世界一の剛腕女王・竹中絢音が語るアームレスリングの魅力。「目で喧嘩を売っていると思います、常に(笑)」

Career
2024.04.30

「世界最速の競技」、「卓上の格闘技」などの愛称で知られ、世界中で親しまれるアームレスリングが、日本国内でも競技人口をじわじわと増やしている。小学4年生の時に競技を始め、ジュニア世代からその名を轟かせてきた竹中絢音は、今年、競技歴14年目に突入。昨年は国内で複数階級を制し、自身の主戦場である55kg級で世界一に輝いた。スポーツトレーナーと2足のわらじを履き、心・技・体を磨き続ける24歳の女王に、競技の奥深い魅力や戦い方のコツについて話を聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、トップ写真=Kodansha/アフロ、本文写真提供=竹中絢音)

鍛え上げられた腕周りは約35cm。競技人口1億人の世界王者

艶やかなポニーテールを揺らしながら、156cmの自分よりも大きな相手を飄々(ひょうひょう)とねじ伏せていく。

鍛え上げられた腕周りは約35cm。爽やかで愛らしい笑顔が、そのギャップを際立たせる。

アームレスリングの選手だった父の元、10歳からその才能を磨き続けてきた竹中絢音は、13年目の2023年、WAF世界アームレスリング選手権大会シニア女子55kg級で優勝し、世界王者になった。競技人口は1億人超といわれ、海外には強靭な体格を持つ女子選手もいる。

10代で世界を志し、弛まぬトレーニングを続けて国内外のタイトルを積み上げてきた24歳の女王は、自分のキャリアの中で「アームレスリング以外の選択肢は考えたことがないんです」と言って、控えめに笑った。

迷いなく駆け抜けてきた14年間を経て、彼女は今、どんなステージにいるのだろうか。競技の奥深い魅力や、1秒以内の勝負で繰り広げられる駆け引きとともに、自身の現在について語ってもらった。

1秒以下で決着! アームレスリングの魅力とは?

――竹中選手は2023年のWAF世界アームレスリング大会のシニア55kg級で、左右(両腕)で世界一に輝き、JAWA全日本アームレスリング選手権大会では3階級(57kg 級、65kg級、無差別級)で金メダルを6個獲得するなど、輝かしい成績を残しています。昨年は竹中選手にとって、どんな1年だったのでしょうか?

竹中:コロナ禍で4年ぶりに世界大会に行けた年だったので、今までできなかったことがやっとできるようになって、4年間、なかなか試合ができない中で溜まっていた鬱憤(うっぷん)も晴らしたかったですし、練習で積み上げてきたことを出せる舞台に立てたことはすごく大きかったですね。結果も含めて、イメージ通りに自分のやりたいことができた年でした。

――アームレスリングは「世界最速の競技」や「卓上の格闘技」とも言われますが、竹中選手が考える一番の魅力は何だと思いますか?

竹中:私が考える魅力は大きく二つあって、一つは年齢とか性別にかかわらず、いろんな人がやりやすいところです。道具など何も揃えなくても練習や試合ができるので、始めやすいです。もう一つは、決着がつくまでの一瞬の中に、今までのトレーニングや積み上げてきた成果をすべて発揮しなければいけないので、その一瞬に凝縮された魅力があると思います。

――早いと、どのぐらいで決着がつくのですか?

竹中:早いと、0コンマ数秒で決まります。その中に駆け引きがあるので、手を握り合って「レディー・ゴー!」の合図がかかる前から試合は始まっています。長い試合だと10分ぐらい続く人もいますよ。拮抗するとお互いに消耗していくので、倒す力がなくなってきて、決め手が難しくなるんです。私は長くても1分いかないくらいで勝負をつけます。

――握り合ってから開始までのわずかな時間の中で、相手の特徴を掴んで、戦略を練ったりもしているのですか。

竹中:そうですね。ただ特に世界大会になると、出場選手が10人、20人と多くなりますし、全員に合わせてやっていると自分のスタイルが固まらなくなってしまうので、そういう時はどんな相手にも自分の強みが通用するような戦い方を目指しています。逆に、格闘技みたいなワンマッチだと、基本的に5本勝負で3本先取したほうが勝つので、そういう時はその相手の対策をしっかり練って試合をしています。

――2022年9月には、AJAF全日本選手権大会の男子の部、A2(上から2番目のカテゴリー)の60kg級(右手)で優勝しています。性別を超えて試合ができるのも魅力ですね。

竹中:そうですね。でも、以前は、全日本選手権に関してはカテゴリーを超えてチャレンジできなかったんです。2019年に「男子のクラスにエントリーしたいです」と全日本の主催の方に伝えたら、その時には断られてしまって……。でも、ちょっと時間を置いてからまたお願いしてみたら、主催の人が変わったみたいで、それでOKになって出場できたんです。

共通する2つの攻め方「吊り手」と「噛み手」

――これまで対戦してきた選手の中で、強い選手に共通しているポイントはありますか?

竹中:横に倒す力が強いことだと思います。アームレスリングには大きく2つの攻め方があって、まず縦の動きが強いのが「吊り手」で、相手の手を引っ張ることで相手の力を出させづらくする戦い方です。逆に、横の動きが強いのが「噛み手」で、お互いに力が出しやすいポイントを探りながら、自分の力を生かして相手を倒すスタイルです。相手をマイナスにするのが“吊り”で、自分の力をプラスにするのが“噛み”というイメージです。ただ、最終的に倒すのは横の力なので、吊り手で縦に引っ張る動きが強すぎると、方向が合わなくて倒す力が弱くなる場合もあります。自分の力を相手に伝えるのがうまい人も、試合では強いですね。

――テクニックがあるんですね。竹中選手の強みや、スタイルについても教えていただけますか?

竹中:私は、縦が強い「吊り手」ですが、その中でも、横に行く軌道が強いのが特徴です。相手の良さを消しながら、自分の強さを出していくイメージです。相手の腕を引っ張って、肘が伸びた状態で巻き込むと倒しやすいのですが、私は基本的に肘が伸びないので、肘から腕までの塊の部分も強みだと思っています。懸垂をするときは、そのイメージでトレーニングをしています。

――練習相手はほとんど男性なんですよね。体の大きな相手に勝つために、特に工夫していることはありますか?

竹中:身長自体はアームレスリングの有利・不利には直結しないんですが、競技台の高さもあるので、背が低い選手は厚底の靴を履いて、その分を補っていることが多いです。体の大きさを意識するというよりは、対戦相手によって、力が強い位置がどこなのかをよく見るようにしています。たとえば、手の先が強い人なのか、それよりも下が強い人なのかによって、戦い方が変わってくるんですよ。

――それを短時間で見極める判断力が必要なんですね。やりづらい相手はどんなタイプですか?

竹中:私は身長が156cmで、日本女性では普通だと思いますが、やっぱり世界だと低いほうになりますし、自分の55kg級の階級では2番目ぐらいに低いんです。そうなると、相手のほうが腕が長くて、手の位置が自分よりも高くなるので、競技の特性上、テコの原理が働いて、高い位置からの重さに対して対応しづらいところはありますね。練習ではそういう相手のことも想定したトレーニングをしています。

緊張と向き合うルーティンは?

――試合の映像などを見ていると、緊張とは無縁で、常に飄々(ひょうひょう)と試合に挑んでいるイメージがあるのですが、実際はどうですか?

竹中:実は、試合前はものすごく緊張しているんですよ(苦笑)。相手が強くなれば強くなるほど自分の自信のなさが出てきてしまって、「どうしよう」と不安になるんです。それは競技を始めた頃から変わらないので、試合の前に舞台袖などで、自分なりに対策するようにしています。

――緊張をほぐすためのルーティーンや対策は、どんなことをしているんですか?

竹中:すごく単純なんですけど、まず大声を出すんですよ。「あーーー!!!」と叫んで、緊張を吹き飛ばすようにしています。あとは、緊張で少し足が震えちゃうことがあるので、そういう時は地団駄を踏むように、地面をバンバン踏んだりもします。

――それは意外でした。試合中は目力の強さも印象的ですが、相手との心理的な駆け引きはしていますか?

竹中:どうなんでしょうね、あまり意識したことはないのですが。でも、結構、目で喧嘩を売っていると思います、常に(笑)。

スポーツトレーナーとタイ古式マッサージ師の資格も

――平日はアームレスリング専門ジムなどでパーソナルトレーニング指導や練習会などをされていますが、スポーツトレーナーの道に進んだきっかけは何だったのですか?

竹中:自分のトレーニングをする中で、体のことを知っておいたほうが競技にも生きると思って、高校卒業後に独学で勉強を始めたんです。結果的に、トレーナーの仕事をすることで生活と競技のどちらにも生かせると思ったので、テキストを買って勉強して、資格を取りました。あと、タイ古式マッサージのセラピストもやっていて、そちらは授業を受けに行って資格を取得しました。

――タイ古式マッサージもできるんですね! セラピストになろうと思われたきっかけや、学んだことで生きていることを教えてください。

竹中:もともと解剖学に興味があって、パーソナルトレーナーの勉強をしていた時に、解剖学に詳しい先生がタイ古式マッサージの講師をやっていたので、筋肉とか骨、リンパとか神経系などの仕組みをもっと詳しく教えてもらいたいと思って勉強しました。体に対する理解を深めたことで、トレーナーの仕事や、競技にも生きていると思います。

――そういう知識は、ご自身のケアにも生きますか?

竹中:そうですね。長期戦が続くと腕の疲労につながるので、練習や試合の後は自分で揉んだり、マッサージガンを使ったり、ストレッチなどをしっかりするようにしています。

世界一になって感じた「まだここじゃない」

――個人的に、一番うれしかったのはどのタイトルですか?

竹中:それが、実は今まで、すっごくうれしいと思ったタイトルがまだないんです。ずっと世界を目指してやってきてましたし、全日本選手権は世界に出るために必要なものとして捉えてきて、去年、やっと世界一を取れたんですけどね。決勝を戦ってみたら「まだだな」という感じで。自分の力を出しきれなかったというよりは、「もっと強い人もいるだろうし、自分もまだまだ強くなれる」という可能性が見えたから、「(目指すところは)まだ、ここじゃないな」っていう感覚でした。

――世界一の舞台に立ったことで、さらにその先が見えたんですね。竹中選手の活躍を皮切りに、国内でもアームレスリングの注目度は少しずつ高まっていると思いますが、実感としてはいかがですか?

竹中:メディアの方から連絡をいただいたり、YouTubeで出しているトレーニングなどの動画を見ていただいた方から、「こういう世界を知らなかったから、すごいと思った」とか「腕相撲じゃなくて、アームレスリングって格闘技みたいな戦いなんだ」というようなことを言ってもらえるので、競技の魅力がいろんな人に伝わるのはうれしいですし、今後も、自分の活動を通して発信し続けていきたいと思っています。

【中編はこちら】世界最強アームレスラー・ 竹中絢音の強さのルーツとは?「休み時間にはいつも腕相撲」「部活の時間はずっと鉄棒で懸垂」

【後編はこちら】競技人口1億人、プロリーグも活性化。アームレスリング世界女王・竹中絢音が語る競技発展のヒント

<了>

25歳のやり投げ女王・北口榛花の素顔。世界を転戦するバイリンガル、ライバルからも愛される笑顔の理由

女子フェンシング界の歴史を塗り替えた24歳。パリ五輪金メダル候補・江村美咲が逆境乗り越え身につけた「強さ」

「五輪には興味がない」「夢を後押しするのが夢」櫻井つぐみら五輪戦士育てた指導者・柳川美麿の指導哲学

馬瓜エブリン“1年間の夏休み”取った理由。「不安はあったし、怖かった」それでも人生に必要な「計画的策略だった」

女子陸上界のエース・田中希実を支えたランナー一家の絆。娘の才能を見守った父と歩んだ独自路線

[PROFILE]
竹中絢音(たけなか・あやね)
1999年生まれ、岐阜県出身。アームレスリング選手だった父のもとで10歳の頃に競技を始め、世界を志す。中学3年生の時に全日本アームレスリング大会で優勝、高校1年生の時には3階級で優勝。世界アームレスリング選手権大会のジュニアでも2連覇を達成。2022年の全日本選手権大会男子の部の60kg級で優勝するなど、階級、性別を超えてタイトルを獲得。2019年からコロナ禍で4年間国際大会から遠ざかったが、2023年のWAF世界アームレスリング選手権大会のシニア55kg級では圧巻の強さで世界一に輝いた。また、JAWA全日本アームレスリング選手権大会では3階級で金メダルを6個獲得。普段はスポーツトレーナーとしてパーソナルトレーニング指導やアームレスリングの練習会を行っている。日本タイ古式マッサージ協会認定セラピストとしても活動。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事