ラグビーW杯でKing Gnu『飛行艇』をアンセム化したDJが語る“スポーツDJ”とは何者か?

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2024.10.22

かつては競技そのものや試合だけが売りだったプロスポーツの世界は、大きく様変わりした。野球場のボールパーク化、「顧客起点マーケティング」でリピーター増を狙うJリーグの戦略、そして“第三のプロリーグ”としてすっかり定着した感のあるBリーグの台頭など、日本のスタジアム、アリーナ界隈は大きな盛り上がりを見せている。観戦スタイルも、今や五感をフルに活用する「体験」へと進化している。この変化の中心にあるのが、最新技術を駆使した新しいスタジアム・アリーナの登場と、そこで活躍するスポーツDJの存在だ。観客を盛り上げ、臨場感を演出し、時に選手のパフォーマンスを引き出す“演出家”スポーツDJとは何者か? 日本におけるスポーツDJの先駆者、DJ KAnaMEに聞いた。

(インタビュー・構成=大塚一樹、トップ写真=ロイター/アフロ、本文写真提供=1枚目&2枚目:GENRE BNDR / GOTAQUITO、3枚目:Copyright to Mathias Kuesters.)

スポーツDJってなんだ?

――DJというと、一般的にはクラブなどでダンスをする人のために音楽をかける、曲をつなげたり、ミックスしたり、スクラッチをしたりするあのDJを思い浮かべると思うのですが、スポーツDJとはいったいどんなものでしょう?

DJ KAnaME(以下、KAnaME):一般的にDJといえば、クラブDJを指すことが多いかもしれませんね。クラブDJの目的は、フロアを盛り上げてお客さんを踊らせることが目的です。スポーツDJは選手、観客、そして競技自体のために音楽を選び、その試合や競技そのものの高揚感を演出するのが主な仕事になります。

 スポーツDJと言っても、選手紹介やファンとのコールアンドレスポンスなど、声を出すことに注力するラジオのDJに近い仕事をする人もいれば、音楽だけを担当するDJもいます。現状では、スポーツDJの定義はさまざまですが、共通するのは会場を盛り上げて高揚感をつくることですね。

――日本で最初に「スポーツDJ」を名乗ったのがKAnaMEさんと聞きました。KAnaMEさんのスポーツDJの定義はどんなものなのでしょう?

KAnaME:私がスポーツDJを名乗り始めた頃、日本にはスポーツDJという職業自体がありませんでした。一方アメリカではスポーツDJがスタジアムやアリーナにしっかりとした“自分の場所”を持っていて、現地で経験したことをなんとか日本に持ち込もうと試行錯誤しました。  日本でスポーツ現場にいるDJというと、選手紹介、煽り、音楽、効果音など活躍する場が限定的な印象があるかもしれませんが、本来のスポーツDJは、会場全体の音響演出を担当し、お客さんが入場してから帰るまで、すべての場面で音を総合的にプロデュースする専門家のことだと私は思っています。

アメリカでの偶然の出会い

――スポーツDJとの出会いはアメリカですか?

KAnaME:はい、2007年に自分の人生に行き詰まりを感じて、アメリカのフロリダに渡りました。そのときは特に目的があったわけではなく、ウェイクボードが趣味だったので、ウォーターパラダイスと呼ばれるフロリダへというくらいのカジュアルさでの渡米でした。そこで出会ったのがスポーツDJでした。

――渡米以前は何をしていたんですか?

KAnaME:16歳の頃からアルバイトで地元・福岡のラジオ局で制作アシスタントをしていました。DJもその頃に始めていますが、キャリアのスタートはラジオ畑です。2001年に上京して、ラジオのディレクターや構成を担当していたのですが、あるときサッカー・Jリーグの東京ヴェルディで音楽担当兼演出ディレクターをやらせてもらうことになったんです。この時はBGM・効果音を加える音響効果スタッフ、いわゆる“音効さん”的な役回りで、スポーツDJの存在も知りませんでした。日本にも「スタジアムDJ」という方は何人かいましたが、主に声を出す盛り上げ役といった感じでした。

――アメリカでのスポーツDJとの出会いはどんなものだったのですか?

KAnaME:フロリダにはとりあえずなんとかなるだろうと軽い気持ちで行ったのですが、そんなに甘くはありませんでした(笑)。車がないと生活できないし、お金もどんどんなくなっていって・・・・・・。そんな時にお世話になった日本食レストランの店主に紹介してもらった人に「この日にここに来て」と“何か”に誘われたんです。よくわからないまま行ってみると、そこはNHLのアリーナで、なにやら試合をやっている。

 誘ってくれた人が、私に「DJをやってみないか?」と言っている。意味がわかりませんでしたが、軽い気持ちでプレイしたところ、思いのほか会場が盛り上がりました。

 後でわかったのですが、レストランの店主が事前に私の経歴を話していてくれていて、その話をした人がたまたまNHLクラブのオーナーだった。ウソみたいな話ですが、私を誘ってくれたのがオーナーで、たった一回のプレイでスポーツDJとして契約することになりました。

――偶然なのか必然なのか、面白い話ですね。アメリカには当時すでにスポーツDJという職業が確立されていたんですか?

KAnaME:アメリカではスポーツDJが当たり前の職業として存在していました。周囲の認知度は全然違いますね。プレイする‟場所”からして違います。“音効さん”のような裏方ではなく、ターンテーブルとミキサー、サンプラーを備えたDJブースが、会場の目立つところにあります。スタジアムで鳴る音は、スピーカーから流れてくるものではなく、あのDJが出していると会場の全員が認識している状態ですね。日本でも最近になってようやくバスケットボールのBリーグで、DJがハーフタイムに中継カメラに抜かれて盛り上がるみたいな光景が見られるようになりました。でもそれはスポーツDJの仕事のほんの一部でしかないんです。

海外の選手が操作卓に詰めかけ人だかりが

――帰国後、スポーツDJとしての活動の最初は、プロ野球だったとか。

KAnaME:NPBの西武ライオンズさんから「メジャーリーグのボールパークのように、スタジアム自体を“感動空間”にしたい」というお話をいただいて、それまで“音効さん”としてやってきたことと、アメリカでの経験が活かせると思いました。日本のスポーツの現場にも総合的に音の演出をするスポーツDJが必要だと思い、Sports DJ(スポーツDJ)と名乗り始めたんです。

 もちろん日本にはそんな肩書きはなかったので、相変わらず“音効さん”とか音響ディレクターという扱いでしたが、可能なときはスポーツDJとしてクレジットを入れてもらったり、ハッシュタグ「スポーツDJ」をつけてSNSで発信したり、いつかこの仕事が認知されたらいいと思ってやっていました。

――そこからスポーツの現場でも複数の競技でエンターテインメント化が進んだこともあり、日本でも「スポーツDJ」とは呼ばずとも、その役割をする人が必要になっていきます。

KAnaME:そうですよね。Bリーグや東京五輪に向けて盛り上がっていたバスケットボールでは、2017年から天皇杯(全日本バスケットボール選手権大会)を担当したり、男女の日本代表の国内試合を担当したりしてきました。一つの転機になったのが、車いすバスケットボールの国際大会、WORLD CHALLENGE CUPです。周囲から「東京開催のオリンピック・パラリンピックが控えているから、スポーツDJは絶対に必要になる。バスケと同じく車いすバスケも注目を集める」とアドバイスをもらって、担当しました。

 この大会でアメリカやオーストラリア、中国の選手が、私のかけた曲や音を気に入ってくれて、「あの曲はなんていう曲だ?」「あの効果音はどうやって出しているんだ?」と私のいる操作卓のところに集まってきてくれるようになったんです。

――それまでにはなかった反応が?

KAnaME:自分としても選んだ曲が気に入ってもらえたり、場面に合わせて高揚感を演出するために考えて音を出していることが伝わり、直接反応がもらえてうれしかったです。操作卓に選手の人だかりができているのを見た代理店の人が私のことを面白がってくれて、いろいろな競技を任せてもらうきっかけになったんです。

 2019年には、バスケットボールや車いすバスケットボールに加えて、日本陸上連盟主催の主要大会や横浜で行われた世界リレー、トライアスロンのオリンピックテストイベント、卓球のチームワールドカップなどを担当させてもらいました。

ラグビーW杯とKing Gnu常田さん本人のつぶやき

――2019年には、ラグビーワールドカップも担当されています。

KAnaME:ラグビーワールドカップは、日本でスポーツDJの存在がメディアに足跡を残した大会じゃないかと思っているんです。私は、開幕戦、準決勝、決勝を含む7試合のメインDJを担当したのですが、日本戦で毎回かけていたKing Gnuの『飛行艇』が、その歌詞や曲調もあいまって「日本の快進撃を後押しする曲だ」と新聞に取り上げられたんです。

――この曲は、ヒットチャートにいたからかけたとかではなく、ラグビー日本代表に合わせて用意していた?

KAnaME:8月にリリースされた時点で、この曲はラグビーに合うなと思っていたんです。ラグビーワールドカップには『ワールド・イン・ユニオン』というアンセムがあるんですけど、せっかく日本で開催されるビッグイベントですから、「ラグビー日本代表といえば」とか、「ラグビーワールドカップ2019といえば」すぐ思い浮かぶようなアンセムができたらいいなとは思っていたんです。

 選手からも「あの曲に後押しされた」というコメントがあったり、King Gnuの常田大樹さんがSNSで会場の様子に「こういう姿をイメージして曲を作ってたから、この様子にはグッとくるわ」とつぶやいてくれたりして、この曲をスポーツDJが選んだという事実を広く知ってもらうきっかけになったんです。

無観客、無音のオリンピック会場で気づいた「音の大切さ」

――各競技団体の主催試合が演出面で盛り上がったのも「東京五輪に向けて」ということが大きかったと思います。それが無観客となってしまいました。

KAnaME:東京オリンピック・パラリンピックでは、福島で行われたソフトボール、陸上競技、車いすバスケットボールを担当しました。無観客でいうと、オリンピックの前にも各競技のオリンピック予選やプレ大会はコロナ禍でも行われていたんですね。いつもなら大勢の観客がいる中でプレーするのが当たり前のアスリートたちが、関係者以外誰もいないスタジアムやアリーナで戦わなければいけなくなった。スポーツDJとしては、アスリートに寂しい思いをさせるわけにはいかない。無音でプレーさせるわけにはいかないという思いはありました。

 アスリートの気持ちが少しでも盛り上がるようにウォーミングアップの時から音を出したり、入場や登場のときのボルテージを上げるような工夫をしたりしていました。出場選手の好きな曲や勝負曲なんかもリサーチしたりして。それで気づいたのは、普段は、競技があって、アスリートがいて、観客がいて音があるという関係性なのが、競技とアスリートと音というシンプルな形になったことを理解していれば、無観客でもやることは変わらないなということなんです。

 選手は集中しているし、会場を盛り上げるよりも、試合に向けて集中力やテンションを高めるような音の出し方ができるんじゃないかと。

――たしかに、無観客の方が集中力が高まって個人記録が出るという話もありました。実際には、コロナ禍で休養十分だったなどの複数の要因がありそうですが。

KAnaME:音の力ってすごく重要なんだなと改めて思わされたのも無観客で静まりかえったスタジアムやアリーナで音を出す機会があってこそでした。僕は普段から「音を出さないことの大切さ」についても考えているのですが、もしかしたら、トゥーマッチな音を出しているのかもしれないと、一歩引いた視点で音楽の効果を見ることができました。

――音を出さないことの大切さとは?

KAnaME:例えばバスケットボールの試合で、選手がスリーポイントシュートを打ちます。ボールが選手の手から離れた時点では、そのシュートが入るかどうかわかりません。でも「何か入りそうな気がする」という直感が働いたら、パッと音を絞ることがあるんです。

 その瞬間、無音のコートに「シュパッ」というボールがネットを通過する音だけが響く・・・・・・。アリーナのフロアに響くバッシュの音とか、ラグビーで体と体がぶつかり合う音とか、そういうスポーツが本来持つ音を際立たせるためにあえて無音をつくることもあります。

 スポーツDJにとっては無音も音になると思うんです。これは、音を出してお客さんを踊らせるクラブDJとも、音が途切れたら困る“音効さん”とも違うところですね。

歌詞の内容があわや国際問題に?

――かける曲については、クラブとはまた違うセンスが求められると思うのですが、どうやって選ぶとかはあるんですか?

KAnaME:僕のスタイルはかなり特殊だと思うんですけど、基本的にはセットリストはないんです。天気によっても変わるし、試合の流れによってもかける曲が変わります。もちろんこれをかけようと決めて持っていく曲もありますが、状況や場面に合わせて臨機応変に曲が出せるように、USBではなく、必ずDJ機材にPCをつなぎます。

――曲を探すのも大変なのでは?

KAnaME:サブスクのヒットチャートも国内外問わずチェックしますし、毎週水・金に更新される新曲のプレイリストにも必ず目を通します。

 スポーツDJならではの苦労といえば、歌詞に気を遣わなければいけない場合があることです。英語詞は特に「F-word」の取り扱いにも気をつけないといけません。使う曲は、全部自分で翻訳して問題がないかチェックします。

 国際大会になるともっと気を遣います。その国で流行っている曲や、伝統的にスポーツの現場でよく使われる曲などもあるので、出場国に絞ってチェックしたりします。試合前のセレモニーなどで国歌を流すのもスポーツDJの仕事なので、そこは絶対にミスが許されません。僕の場合は、国歌や選手紹介など重要な曲や音は、別ラインでもう一台のPCで操作しています。

――たしかに。国歌は盛り上がりとは別に厳粛な雰囲気もありますもんね。

KAnaME:国歌じゃなくても、対戦国同士の歴史に触れるような歌詞があって、国際問題になりかけたこともありました。僕が担当した試合ではありませんでしたが、国際大会では歌詞が歴史的、政治的背景でセンシティブに受け止められる場合があるので、やっぱり全訳、歌詞チェックは必須だなと改めて思いました。

スポーツ体験をさらに特別なものにする“音”をつくる仕事

――今後、日本のスポーツ界にとってスポーツDJはどんな役割を果たしていくのか? KAnaMEさんはどんなことに取り組んでいるかを教えてください。

KAnaME:自分の取り組みからお話しすると、今は既存の音源を流すのが当たり前ですが、選手の紹介の音源や入場曲、インフォメーションのBGMなどのオリジナル音源をつくりはじめています。

 スポーツDJの未来の話だと、日本でもいろいろなスポーツがプロ化、エンタメ化していて、それを盛り上げる人材が求められていると思います。スポーツの最大の魅力は、選手のパフォーマンスであり、選手が演じる筋書きのないドラマであることは間違いないのですが、そこに寄りそう“音”、物語や緊迫感、感動を盛り上げる“音”の存在は、足を運んだ観客のスポーツ体験をより素晴らしいものにしてくれます。だからこそ、会場全体の“音”をつくり上げ、音響演出を総合的にプロデュースする専門家であるスポーツDJが必要になってくると思っています。

【連載後編】パリに平和をもたらした『イマジン』、日本を熱くした『飛行艇』と『第ゼロ感』。スポーツを音で演出するスポーツDJ

<了>

I AM DJ(アイアムディージェー)とは

世界的なシェアを誇るDJ機器ブランド『AlphaTheta』『Pioneer DJ』を展開するAlphaTheta社が送るDJインタビューコンテンツ。さまざまなDJの歩んできたキャリアと音楽への情熱、そのバックボーンを深く掘り下げ、まだまだ一面的にしか知られていないDJという職業に多方面からスポットライトを当てる。“音楽で人をつなぐ”プロフェッショナルであるDJのアイデンティティーに迫る“Untold Story”をお届けする。

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[PROFILE]
DJ  KAnaME(かなめ)
高校卒業後、地元・福岡でラジオ制作のキャリアをスタートさせる。2001年に拠点を東京に移しラジオディレクター、構成作家などを担当。同時期に東京ヴェルディの音楽担当兼演出ディレクターを担当。2007年、単身アメリカ・フロリダに渡りSports DJに出会う。帰国後は、R&B、HipHop、FUNK、ROCK、HOUSE、EDMなどジャンルを問わないDJスタイルで活動。主戦場をCLUBからプロスポーツ会場に移し、日本国内におけるSports DJの先駆けとして活躍。東京2020オリンピック競技大会ではソフトボール、陸上、パラリンピックの車いすバスケットボールなどを担当。2024-2025シーズンよりプロバスケットボールチーム千葉ジェッツのアリーナDJに就任。現在では自らも会場で使用するBGMなどの音楽制作も行う。

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