早田ひなが意外な場面で見せた“笑顔”。全日本選手権3連覇で示した、女王としての「満点解答」
1月26日に行われた全日本卓球選手権、女子シングルス決勝。早田ひなが張本美和を退けて圧巻の大会3連覇を飾った。パリ五輪で左腕を痛めたこともあり、コンディションを心配する声もあった中での出場。加えて、張本美和、大藤沙月らの台頭もあり、早田の優勝が絶対とは言い切れないという戦前の予想の声に対して、早田ひなは“満点解答”を示してみせた。
(文=本島修司、写真=松尾/アフロスポーツ)
大藤沙月が語った敗因「頭の良さで負けた」
全日本卓球選手権、女子シングルス。早田ひなは危なげなく勝ち上がり、迎えた準決勝。
「頭の良さで負けたと思う。戦術、経験の部分で負けたと思う。自分のプレーをさせてもらえなかった。1ゲーム目の1本目しか打たせてもらえなかった」
これが、大藤沙月が試合後に出したコメントだ。
大藤といえば、大きく振るバックハンドを筆頭に、豪快なスイングの攻撃力が特長。ピッチの速い早田の卓球に対抗できるゲームチェンジャーは彼女かと思われたが、現実は甘くはなかった。
1ゲーム目の1本目。大藤のコメント通りの展開だった。ループドライブを入れてから、大きなフォアハンドドライブで大藤が早田を打ち抜いた。しかし、大藤らしさと持ち味が出ていたのは、確かにこの1本だけだったかもしれない。
そこからは、早田の「うまさ」ばかりが際立つ展開になっていく。
2-1とするシーンの早田のバックドライブは、打つ瞬間までコースが読めない。結局、右利きの大藤のフォア側のクロスへ打ち込むと、大藤がまったく反応できなかった。
7-7からラリーの打ち合いを大藤が制して1点リード。点数的には互角だ。しかし、8-8へ早田が追いつく場面でもフォアドライブがどちらのコースへ来るか読み切れない。打つ瞬間までわからせない。そして、それを早田が楽しんでいるかのように、その表情には妙に余裕が感じられる。
大藤の動き、特に攻撃が、どんどん封じられていく。その後は、大藤を動かして打たせてからの、逆襲のフォアドライブ。すべての動きを読み切っていたかのようにこれも鮮やかに決まる。10-8でこのゲームを制する。
ただ「強い」というよりも…
2ゲーム目。台上ストップも混ぜて、5-3と早田がリードを奪いながら開始。ここからは緩急をつけたフォアドライブ。試合中盤のバリエーションが豊富な姿は、まるで中国のトップ選手のようだ。大藤も必死にカウンターで食らいつき9-9とするが、今度は速いフォアドライブのみに切り替えた早田が10―9でここも制する。
3ゲーム目。ここでも早田のチキータが冴える展開に。終始、早田がリード奪いながら7-4とすると、バックミートの打ち合いに。この打ち合いでも早田が優勢。そうなる理由は、ただのバックミートの打ち合いではないからだろう。ここまで大藤は早田から「どのコースに来るかわからない」「いきなり違う技術が出てくるかもしれない」という意識を植えつけられているからだ。10-5からは絶妙なフォア前に短いナックル性のショートサーブ。大藤がこれを浮かしてしまいレシーブミスとなり、このゲームも早田が制する。
4ゲーム目。一矢報いたい大藤はバックフリックを駆使した。なんとか6-6へ持ち込むと、バックフリックからバックミートの打ち合いへ。大藤も黙って見ているだけではない。必死さを感じるゲームとなった。1つ得点パターンを見つけたことで、うまく噛み合った大藤が、ここは11-7で制する。
5ゲーム目。早田はまた一つ気持ちが切り替わったか、今度は前陣での打ち合いを選択。切り替えが早く、ここでも戦術のアイデアが次々と飛び出す。最後はラリーを、体を沈み込みながら打ち抜いた早田が勝利。
ただ「強い」というよりも、アイデアと戦術が豊富で「翻弄した」という印象の強い試合だった。
張本美和が味わった大きな壁「全然、及んでない」
「全然、及んでいない。こんなに頑張っているのに。通じるものが少ない」
決勝戦後の張本美和のこのコメントは、現在の日本卓球女子の勢力図が「早田一強」であることを改めて示している。
決勝戦、1ゲーム目。フォア前のショートサーブから、早田のミドルへドライブを打って積極的に攻める張本。挑戦者らしい勢いを感じる。この時点では、張本の初優勝の期待も膨らんだが、そう簡単にはいかなかった。ピッチの速いバックの打ち合いになると、力の差は歴然とした。
早田はクロスへバックミートを打ち、その後はミドルに来たボールに対し、シュートをかけたようなバックミートまで見せていく。ケガの影響もあり「怖くてできなかった」というバック強打の練習。しかし、ここにきてその感覚が戻ってきたように感じる。
4-2としてからはフォアクロスドライブも冴える。そして早田が大きな声を上げる。絶叫だ。
しかし、早田は大会の最中、ずっと叫んでいたわけではない。準決勝ではあまり声を出さず割りと静かな戦い方をしていた。球種と戦術、そして闘志を出すタイミングまで。すべてに“メリハリ”がある。このゲームを11-3で圧倒した。
点数を取られたはずの早田が見せたのは「笑顔」
2ゲーム目。3-3で競り合いになると、早田の豪打が爆発。そして絶叫。ここが勝負所と読んでいるのが見てとれる。
大会を通じてメリハリがあり、そして、決勝戦を頂点としてボルテージが高まっていく。それはまさに「彼女だけが勝ち方を知っている」という雰囲気すら漂わせていた。
9-5とここも早田が大幅にリード。張本は苦戦しながらも、ロングサーブに切り替えて、早田のフォアを深く突くように出す作戦に出る。これも効いてはいるのだが、早田は、凌いで、凌いで、逆襲のフォアドライブを打つパターンをすぐに確立してしまう。11-6。このゲームも早田の圧勝だ。
3ゲーム目。張本も前陣速攻で仕掛けいく。4-1と張本リードで開始。しかし、4-2からはフォアハンドのシュートドライブがサイドを切った。それも、とてつもない角度でサイドを切った。勢いまで早田が優勢。張本がまるで“お手上げ”といわんばかりの仕草を見せる。すぐに5-5と追いつかれてしまう。
張本は打点を速めて、早田を大きく左右に振り、8-8とする。張本だってアイデアが豊富なのだ。張本が進化していないわけではない。とても高校生とは思えないほどに強い。ただ、早田という大きな壁は想像以上に厚い。
ここでも点数を取られたはずの早田が見せたのは「笑顔」。点数を取った側の張本に笑顔はなかった。デュースまでもつれ込んだが、13-11で早田が取りきった。
4ゲーム目。ここも一進一退の攻防で6-6。得点の上では接戦だ。しかし、やはり早田には余裕があり、張本は一杯一杯という雰囲気が漂う。ゲームカウントが3-0だから当然といえば当然だが、早田はこの試合でも開始当初から楽しそうだった。そう、「次にどの戦術でいくか」「次にどの戦術に変えるか」を、明らかに楽しんでいる。
例えば。ラリーで回り込みフォアドライブを決めた。じゃあ、次は意表をついてレシーブからいきなり打っていこう、フォアクロスにしてみよう、そんな具合に。そのたびに笑顔が増えていく。終わってみてば決勝戦は4-0。そこには、女王としての余裕と風格が漂っていた。
「サボテンを育てている感覚」
早田がパリ五輪で左腕を痛めたことは、日本中が知るところだ。結局、その後も満足に練習ができない状況にあったことを本人が語っている。
そんな中で早田は、練習時間を1~2時間減らし戦術の勉強に当てたという。そして次のフレーズが飛び出した。
「私の中ではサボテンを育てている感覚。サボテンは月に1~2回水をやればいい」
そう、パリ五輪後、単にケガの回復だけに努めていたわけではないことは、現在の戦い方からも感じ取れる。そしてそれは大藤、張本のコメントからも、ひしひしと伝わってくる。
インタビューの締めくくりに早田は言った。「強さより、うまさで勝った」。まさにそれを感じさせる全日本選手権となった。そしてその後で、カメラに向かっておどけるしぐさを見せた。
楽しむ。だけど、絶対に乱れない。
決して枯れもしない。まるでサボテンのように。
全日本選手権・女子シングルス3連覇を達成した早田ひなは、まだまだ後輩たちの厚い壁となり、日本女子卓球のトップに君臨し続ける。
次なる最大目標、ロサンゼルスの五輪で、金色のメダルを手にする日まで。
<了>
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