ボランチは「一番楽なポジション」? “持たざる者”橋本英郎が11人の一員として必要とされ続けた理由
小学6年生の頃、地元の街クラブのエースストライカーでキャプテンだった橋本英郎は、中学入学と同時に入団したガンバ大阪ジュニアユースで、100人中最下層という人生最大の挫折を経験。入団当初は毎日やめたいと嘆き、練習前には「雨よ降れ」と念じる日々を送った彼は、当時「仰ぎ見る天才」だった稲本潤一ら同期にもまれながら、橋本はいかにしてプロ契約を勝ち取り、日本代表に至る選手にまで上り詰めたのか。そこで本稿では、橋本英郎の初著書『1%の才能』の抜粋を通して、“持たざる者”の一つの成功例を紹介することで、特別な能力がなくてもプロとして成功するためヒントを探る。今回はサッカーにおいて「考えること」の重要性について。
(文・写真提供=橋本英郎)
「助け合える」スポーツ、サッカーの特性を生かす
「90分間考えて走り続けろ」と言ったのは、私を日本代表に選出してくれたイビチャ・オシムさんでしたが、私は自分がやっていたのがサッカーというスポーツだったことをとてもラッキーだったと思っています。
生まれ持った体格に恵まれているわけでもなく、特別な才能があったわけでもない。足は速かったけれど、それだけで勝負できる選手ではなかった私が、曲がりなりにもプロとしてプレーを続けられたのも、それこそオシムさんに選んでいただいて日本代表になれたのも、サッカーが「考える」スポーツだからだと思うのです。
「サッカーはどんなスポーツですか?」と聞かれてまず浮かぶのは、「ゴールを奪い合うスポーツ」だということです。味方チームの11人で1つのボールを追いかけ、ゴールを目指す。当然、相手の11人もこちらのゴールを目指します。決められた広さのピッチの中で、22人の選手がお互いに関係し合いながらプレーするのがサッカーです。
私にとって、ピッチの中に「味方がいる」、一人ではなくみんなで助け合いながらプレーできることが何よりも重要でした。
個人競技ならば、成長段階や上達の過程において他者との関わりが重要だったとしても、最後は純粋に個人の能力勝負になります。しかし、サッカーは自分の苦手なプレーはそれを得意とする誰かに任せたり、ピッチの中の味方に指示して動いてもらうことで補い合ったりできます。 この余地があることが、私がプロサッカー選手になれた最大の理由であり、11人いる味方にどう助けてもらうか、他方11人いる相手の動きをどう読んで、有利な方向に持っていくかを考えながらプレーできたことが、厳しいプロの世界を生き残ることができた秘訣だと思っています。
便利屋からポリバレントへ
小学生のときは“点取り屋”、ジュニアユースではFW、ユースでは、FWの他にもサイドハーフなど攻撃的な中盤のポジションをやることもありました。
プロ入り後、ボランチのポジションを確立するまでは、「空いているところで出場する」立場だったので、当然さまざまなポジションを経験することになります。これが思いのほかその先のキャリアで役立ちます。
プロでやったことのあるポジションだけでも、サイドバック、サイドハーフ、FW、そして一番多くプレーしたボランチと、GK以外のほとんどのポジションを経験しました。センターバックもごく短い期間やったことがあります。
特定のポジションがなく、便利屋的に使われることに「俺ってただの器用貧乏やん」と悩んだことはありましたが、実はいろいろなポジションや役割を経験できたことが、私のようなタイプの選手にとってとても重要な成長の糧になるということが後にわかります。
それをはっきりと示してくれたのが、メディアなどを通じてオシムさんが有名にしてくれた「ポリバレント」という言葉と考え方です。
それまで日本では複数ポジションをこなせる選手は「便利屋」とか特定の強みのない選手として軽く見られる傾向にあったと思います。「ユーティリティプレイヤー」という言葉はありましたが、それでもやはり便利屋的ニュアンスが強い使われ方だった気がします。
いわゆる「隙間産業」で空いているポジション、足りない場所を埋める形で生き残ってきた私は、こうした自分の立ち位置にちょっとしたコンプレックスを持っていました。しかしオシムさんが発した、元々は化学用語だという「多価(難しいことはわかりませんが、原子が他の原子といくつ結合できるかを見たときに、より多いものという意味らしいです)」という意味の「ポリバレント」という言葉のニュアンスを聞いたときに、自分がプロサッカー選手としてやってこられた理由の裏づけをもらった気がしました。
「ポリバレント」の出現によって一番変わったのは周囲の評価ですが、オシムさんが同時に発した「考えながら走ることの重要性」「サッカーには水を運ぶ人が必要」というメッセージと併せて考えると、まさに 〝持たざる者〞である私が11人の一員として必要とされる理由が「ポリバレント」であることだと感じることができました。
“天職”ボランチは味方に囲まれた「楽なポジション」
複数ポジションをこなせることは現役時代を通じて私の強みでしたが、特に「ボランチ」というポジションは天職とさえ思えるほど、自分に合っていると思えるポジションでした。
テレビ中継などで解説をする際もボランチに目が行きますし、ボランチの視点を通してピッチで起きていることを把握し、試合の流れを見ることが多いです。
なぜボランチが合っていたのか? 真っ先に浮かぶ答えは「楽だから」。ちょっと拍子抜けの答えかもしれませんが、ボランチは私が経験した他のどのポジションよりも圧倒的に楽なのです。
ポルトガル語で「かじ取り」を意味するとか、実はそれが語源ではないとか、言葉に関する論争はあるようですが、私から見たボランチは、ピッチの中央でプレーすることから「360度全方位に助けてくれる味方がいるポジション」なんです。
アメリカンフットボールやラグビーは、ポジションによって完全に役割が分離されていて、求められる能力もまったく違います。サッカーはそこまで明確に役割が分かれていませんが、それでもFWに求められることとセンターバックに求められることは違い、自陣近くでプレーするポジションなのか、敵陣深く入っていくポジションなのかによって、求められることはまったく異なります。
ボランチは、攻撃では自分より前に、守備では自分より後ろに、自分よりそれを得意としている選手が控えています。その選手に助けてもらいながらプレーできるというのは私にとってはとてもストレスレスな世界です。
例えばサイドバックなら、仮に相手陣内深くに攻め入ったとしても、ボールが相手チームに渡った瞬間に守備要員として自陣に戻らなければいけません。この上下動はそれほど苦にならないのですが、対峙した相手に突破を許してしまうともう後がありません。センターバックのカバーリングやGKのナイスセーブは期待できますが、基本的に助けてくれる味方が少なすぎます。
FWはFWで、フィニッシャーとして「ラストワンマイル」を任される役割があります。最後に決めきる責任を常に背負い、結果を出し続けなければいけないプレッシャーがつきまといます。サイドハーフやボランチより前目の中盤の選手はスルーパスやラストパス、ゴールに直結するプレーが求められます。
何度ナイスセーブをしてもたった一つのミスがそのまま失点につながるGKの重責はいうまでもありません。
それぞれのポジションの本職の選手に話を聞いたらまた違うとらえ方があるのかもしれませんが、これら他のポジションに比べたらボランチは「何もしなくていい」といえるくらい気が楽です。少し攻撃に参加できれば、攻撃でも貢献したと評価され、守備の局面でボールを奪うような動きや的確なカバーリングができればディフェンス面の能力が評価されます。センターバックという最後の砦がいるので、守備に関してはある程度思い切った仕掛けもできますし、相手のプレーを遅らせることに徹することもできます。
ボランチはボールに絡んだプレーも多いので、“ムダ走り”が少なく考えながらプレーするのに適しているのです。
パスの精度と相手の立場を理解することの重要性
「複数ポジションを経験したことが生きた」というのも、FWからセンターバック、頻度は低いですがGKまでいろいろなポジションの選手と攻守にわたって関わり合うボランチを主戦場にしていたからこそということも大きかった気がします。サイドにいる中盤の選手にボールを預けるにしても、このポジションを経験しているのとしていないのでは出すタイミング、足元なのかスペースなのか、ボールの質などあらゆることが変わってきます。パスの受け手は何を望んでいるのか? どんなプレーをしようとしているのか? 戦局を読み、効果的なプレーをするために味方の選手を“動かす”プレーをすることもあります。
こうしたプレーをするためには、自分がそのポジションでプレーしたリアルな経験が重要になります。あえてオフ・ザ・ピッチの話を強調すると、それまで“お山の大将キャラ”でミスする味方に詰めまくっていた私が、ジュニアユースでの挫折を経て“詰められる側”になったこと、ミスを叱責する側、される側、詰める側と詰められる側の両方を体験し、言われる側の気持ちを理解したことがパスの出し方、ピッチの中での味方との関わり方の大きなヒントになりました。
ガンバ時代にコンビを組むことが多かったヤット(遠藤保仁)はパスの受け手に合わせたプレー、受け手を動かすプレーがすごく上手でした。身近にこうしたお手本がいたことも、一つのプレー、一つのパスを考えるヒントになったと思います。
(本記事はエクスナレッジ刊の書籍『1%の才能』より一部転載)
<了>
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[PROFILE]
橋本英郎(はしもと・ひでお)
1979年5月21日、大阪府生まれ。ガンバ大阪のアカデミーを経て、1998年にトップ昇格。練習生からプロ契約を勝ち取り、不動のボランチとしてJ1初制覇、アジア制覇などガンバ大阪の黄金期を支えた。その後、2012年にヴィッセル神戸、2015年にセレッソ大阪、2016年にAC 長野パルセイロ、2017年に東京ヴェルディ、2019年にFC今治に移籍してプレーし、2022年おこしやす京都ACに選手兼ヘッドコーチとして加入。現役選手としてプレーしながら、Jリーグ解説者、サッカースクール・チーム運営など幅広く活動。日本代表としては国際A マッチ・15試合に出場。2023年1月に引退を発表。25年間の現役生活に終止符を打った。
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