
「こんな自分が決勝まで…なんて俺らしい」銀メダル。高谷大地、本当の自分を見つけることができた最後の1ピース
オリンピックで獲得したメダルの色の価値、捉え方は選手にとって十人十色。パリ五輪・レスリング男子フリースタイル74kg級で銀メダルを獲得した高谷大地は、「よくここまで頑張った」と自身をたたえ、胸を張る。一時は気持ちが引退に傾いていた中で、沈んだ気持ちを再起させ、オリンピック準優勝までたどり着けたきっかけとは?
(文・本文写真=布施鋼治、トップ写真=長田洋平/アフロスポーツ)
「こんな自分が決勝まで進出することができた」
「一番おいしいところを持っていけないなんて、なんて俺らしいんだろう」
ラザムベクサラムベコビッチ・ジャマロフ(ウズベキスタン)にフォール負けを喫したというのに、なぜか高谷大地の気持ちは晴々としていた。
2024年8月10日(現地時間)、パリ五輪・レスリング男子フリースタイル74kg級ファイナル。ジャマロフに対してはさまざまなシミュレーションを立てていたが、エビ固めで決められることは想定外だった。
マットに両肩がつかないようにクラッチを外そうともがいたが、逃げ道は見つからない。逆に動こうとすればするほど、丸め込まれた角度はきつくなっていく。
「なんか普通に別のパターンでくるのかなと想像していました。まさかああいうふうにくるとは――。自分と相手の身体の柔らかさがパチンと合ってしまった感じでした」
「よくここまで頑張ったよ」と自分を褒めようとした刹那、主審がマットを叩く音が耳に響いた。静粛を打ち破るような大歓声。この時点で高谷のオリンピック挑戦は幕を閉じた。初挑戦で銀メダルを獲れたことより、高谷は全力で闘い抜けたことに満足した。だからこそ「決勝までこれた、自分はなんて幸せ者なのだろう」とさえ思った。
「世の中に数えきれないほどのアスリートがいる中で、こんな自分がスポーツの頂点に値する大会に出場することができ、しかも決勝まで進出することができた。対戦相手、審判、自分が闘える環境を用意してくれた人、関係者、家族――。自分を取り巻くすべての人に感謝したかった」
銀メダル獲得は「自分を見つけることができたから」
高谷を語るうえで5歳上の実兄・高谷惣亮(現・拓殖大レスリング部監督)は必要不可欠な存在だ。2012年のロンドン大会から2021年の東京大会までオリンピックに3大会連続出場という記録を打ち立てた日本レスリング界のレジェンド。全日本選手権では12年連続優勝という、歴代5位の記録を打ち立てた。
高谷はいつも兄の背中を追いかけていた。「天才といったらちょっと違うかもしれないけど、兄は学生時代から身体能力がずば抜けていた。高校のときのスポーツテストなんて、Aを飛び越えSという評価を受けるくらい。どんな種目をやっても、一番をとる人でした。たぶんレスリング以外の競技をやっていても、オリンピックに行っていたと思う」
対照的に弟のほうは飛び抜けた運動神経の持ち主とは言い難く、スポーツの成績も3段階で評価すれば“B”だった。
「走りも遅かったし、ボールを投げても全然飛ばない。体力もそんなにあるわけではなかった」
あえて何か突出したものを挙げるとするなら?
「唯一あるかなと思ったのは継続力くらいですかね」
継続力がパリ五輪での活躍につながった?
「う~ん、というより(銀メダル獲得は)自分を見つけることができたからですかね」
気持ちが引退に傾いていた中での自問自答
話はコロナ禍の影響で開催が1年延期された東京五輪まで遡る。献身的に兄の練習パートナーとして行動していた高谷は兄の決戦前日に自分の練習をしているさなか、ヒザの内則じん帯を損傷してしまう。
幸いその練習に兄は参加していなかったが、高谷の脳裏には「引退」の二文字がよぎった。「手術が必要」と言われたら「引退しよう」と心に決めていたが、ドクターは「2度(中程度の重傷)なので、2~3カ月で治る」と診断した。それでも進退についてはまだモヤモヤが残っていた。もっといえば、ケガが癒えても気持ちはやめるほうに傾いていた。
東京五輪は無観客での開催だったので、練習パートナーである高谷は会場には入れなかった。兄を会場入り口で見送ったあとはホテルでテレビ観戦したが、兄は初戦で敗退を喫してしまう。心の中で何かが弾けた。
「それまでずっと兄をサポートしてきたけど、僕から見たら力を出し切らずに終わってしまった。しかも最後は物言いをつけるような感じだったので、すごくカッコつけているように見えた。それを見たとき、自分の中で弟としての役目は終わったと思いました」
これからのことを考えると、自分が何者なのかを改めて考えざるをえなかった。
「兄貴はメダルを獲れなかった。だったら自分に何が残るのか。結局、高谷惣亮の弟という称号しか残らないじゃないか」
それまでに高谷は国内では二大選手権といわれる全日本選手権と全日本選抜選手権を1度ずつ制しているが、どららかといえば2~3位が定位置という、いわゆる惜しい選手の一人だった。兄を追いかけるように、2014年には世界選手権に66kg級で初出場を果たしたが、7位に終わっている。
高谷は「自分はレスリング選手として何も残していない」という結論に至った。元日本王者であることは確かだが、輝かしい兄の実績とは比べようもなかった。
「自分をもっと作りなさい」見つからなかった、最後の1ピース
「これから先、どうやって生きていけばいいのか」
そんな不安な思いにかられた高谷は所属する自衛隊体育学校でトレーナーを務める塚田陽一に自らの思いの丈を聞いてもらうことにした。自衛隊体育学校に入校したとき、高谷はケガをしており、すぐレスリングの練習の輪の中に入ることはできなかった。一人で黙々と自主トレに励む高谷に、初めて声をかけてくれた人が塚田だった。高谷にとって、塚田は初めて出会うタイプの“大人”だった。
「高校でも大学でも、そして兄貴や家族も、みんな(僕に対する意見は)肯定か否定しかなかったんですよ。(そのせいか)僕は物事をずっと一人で決められなかった。塚田さんにも最初は『トレーニングのメニューを教えてください』と頼みました。そうしたら、『いや、そういう意味でメニューを与えているわけじゃない』と釘を刺されました」
その後、塚田と会話を重ねるうちに、世界を目指すアスリートだったら、練習メニューは強い目的意識を持って自分で決めなければならないということを理解した。そして何かに取り組むときには肯定か否定かだけではなく、その中間もあることを学んだ。
東京五輪後、塚田に会うと、高谷は「もうレスリングをやめたい」と本音を漏らした。まだ迷いがあることを見透かしたかのように、塚田は矢継ぎ早に高田に質問した。
「なぜやめたいの?」
「やめて、どういうふうにしたいの?」
そのときの高谷は階級を65kg級から74kg級に上げてから数年経っていたが、通用すると思っていたものが通用しないなど壁にぶち当たっていた。高谷は言葉を続けた。
「このままだと今まで取り組んでいたものが合っているかどうかもわかりません」
高谷の不安を察しながら、塚田は説得した。
「でも、向上しているところはちゃんと向上している。今勝たなくてもいい。ここからさらに伸びていくわけだし、まだ(誰かに)クビを宣告されたわけでもないんだから、精一杯抗ってもいいんじゃないか」
さらに、塚田はこうも言った。
「自分をもっと作りなさい」
高谷は、ハッと気づかされた思いがした。自分のレスリングを完成させるために、捜しても捜しても見つからなかった、最後の1ピースを突然発見した気がした。
「やっぱり恩師離れとか、兄貴離れというところで、どうしても踏ん切りがついていなかったんですよね。何か心配事があったら、兄貴にすぐ聞いたり高校時代の恩師に電話をかけたりしていましたからね」
相談したからといって、問題の根本が解決したわけではない。気持ちが安らいだだけだった。
「どうやったら、兄貴みたいに前向きに考えたりできるんだろう」
そんな疑問が湧いても、具体的な解決策を見出すことはできなかった。しかしながらその糸口をつかみかけた高谷に、塚田はメンタル専門のトレーナーを紹介した。
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<了/文中敬称略>
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[PROFILE]
高谷大地(たかたに・だいち)
1994年11月22日生まれ、京都府出身。レスリング選手。拓殖大学卒業後、自衛隊体育学校に所属。2019年に65kg級から74kg級に変更。2023年の世界選手権で銅メダル獲得。2024年パリ五輪・レスリング男子フリースタイル74kg級では銀メダルを獲得した。兄は3大会連続でオリンピックに出場した高谷惣亮。
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