
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
フェンシング、水泳、射撃、ランニング、オブスタクル――。万能性を競う難易度の高い複合競技「近代五種」。その第一線で戦う才藤歩夢は、ファッションブランドや化粧品のイメージキャラクターなど、モデル活動も行うマルチアスリートだ。元オリンピアンで指導者の第一人者でもある父のもと、幼少期からさまざまな競技を嗜み、現在はプロとして世界を転戦している。近代五種の魅力、そしてキャリアのターニングポイントとは? 本人へのインタビューを通して、異色のキャリアの原点に迫った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=YUTAKA/アフロスポーツ)
「気持ちを切り替える余裕ができる」近代五種の魅力
――近代五種はフェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃+ラン)を行い、万能性を競う難易度の高い複合競技で、その過酷さから「キング・オブ・スポーツ」と呼ばれますが、才藤選手にとって競技の魅力はどんなところですか?
才藤:5種目あるので、順位の入れ替わりが激しく、見ていてもやっていても楽しいスポーツだと思います。苦手な競技があっても得意な競技でしっかり挽回できます。例えばフェンシングは対人競技で、必ずしも毎回、同じ人が勝ち続けるわけではなく、試合やコンディションなどによって表彰台に上がる人も入れ替わります。
――近代五種だけでなく、フェンシング・エペでも国内トップクラスの実績をお持ちです。2028年のロサンゼルス五輪では新競技としてさまざまな種類の障害物をクリアしてゴールを目指すタイムレース「オブスタクル」が入ることが決まりましたが、競技の得意・不得意に関してはいかがですか?
才藤:オブスタクルが加わる前は、フェンシングと馬術と射撃が得意で、水泳とランは課題がありました。ただ、オブスタクルは他の競技とまったく違う競技で、まだ新種目になってから近代五種のレースには出ていないので、自分が得意なのか苦手なのかもよく分かってない状況です。
――複数種目に取り組みながら突き詰めていく難しさは想像できませんが、どんなふうにバランスを取っているのですか?
才藤:一種目に取り組んでいると、調子が良くない時期もあると思いますが、近代五種は5種目あるので、「今は水泳に集中しよう」とか、「調子が悪かったらランに頭を切り替えよう」と、複数種目があるからこそ救われている部分があります。ケガをしてしまった時も、「この種目はできないけど、こっちの種目ならできる」と、気持ちを切り替える余地があります。複数種目に取り組む大変さはもちろんありますが、それは近代五種ならではの要素だと思います。
多彩な競技に触れた幼少期
――お父様の浩さんは、1988年ソウル五輪出場に出場した近代五種アスリートで、2012年ロンドン五輪で監督を勤めた指導者の第一人者でもあります。才藤選手が近代五種を始めたきっかけはお父様の影響だったのですか?
才藤:そうです。物心ついた頃から、フェンシングや乗馬などいろいろな競技をやっていたのですが、当時は近代五種競技として認識していたわけではなく、習い事を楽しみながらやっている感覚でした。中学時代は陸上部で、スイミングスクールにも通っていました。
――本当に多彩ですね。他に、やってみたいと思った競技はありましたか?
才藤:バレーボールはテレビでよく見ていて、試合を見に行ったりもしました。近代五種は水泳やランなど、個人競技なので団体のチームスポーツはやってみたいなと思っていました。
――スポーツ観戦もお好きなんですか?
才藤:好きでよく見ています。バレーボールは観戦に行きますし、先日、初めてバスケも見に行きました。また、海外で活躍している女子サッカーの選手と同じトレーナーさんに見てもらっている関係で、最近はその選手と一緒にトレーニングをする機会もありました。
――他競技との横のつながりもあるのはいいですね。指導の中でお父様から学んだことや、大切にしているアドバイスはありますか?
才藤:試合になったら自分一人で戦わなければいけないので、父からはいつも「楽しんでやってこい」ということを言われ続けてきました。それは昔から変わらず、今でも試合の時にはいつも「楽しんで」と言って送り出してくれます。
「競技をもっと多くの人に知ってもらいたい」
――高校時代にはフェンシングの強豪校・埼玉栄高校に進学して腕を磨いたそうですね。当時はどんな目標を描いていたのですか?
才藤:高校の時は近代五種でもフェンシングでも、トップを目指して頑張っていました。また、競技を少しでも多くの人に知ってもらいたくて、そのためにはどうしたらいいのかよく考えていました。自己紹介の時に「近代五種をやっています」と言ってもピンとくる人があまりいなくて、「何それ?」から会話が始まってしまうことが多く、「走ったり、泳いだり……」と、毎回説明していて(苦笑)。知っている人がいたら「なんで知ってるの?」とこちらがびっくりしちゃうぐらいの感じだったので、「自分が活躍することで競技の魅力をもっと周りに伝えたい!」と思っていました。
――国内競技人口は男女合わせて50人ほどと少ないですが、ライバルと切磋琢磨する上ではどんなことを意識してきたのですか?
才藤:試合に出てくるメンバーは毎回対戦するので顔見知りになります。フェンシングは同じ選手と何度も対戦しているので、相手の特徴がわかるようになりますし、水泳やランも、各選手のペースかがわかっている状態で対戦するので、自分の持っているパフォーマンスをいかに出し切れるかということに集中して取り組んでいます。
転機となったプロ転向「気持ちの上げ下げは自分次第」
――才藤選手にとって、キャリアのターニングポイントはいつだったのですか?
才藤:大学を卒業して、マイナビに入社したタイミングだと思います。それまでは大学とか高校の部活の延長線上でやっていた感覚だったので、企業に所属して、自覚を持って競技に打ち込めるようになりました。
――現在はプロアスリートとして、トレーニングに集中できる環境なのですね。
才藤:そうです。マイナビに所属させてもらっていて、トレーニングに打ち込める理想的な環境で、ありがたいです。
――影響を受けたプロアスリートはいますか?
才藤:同じ近代五種の女子選手で、ドイツのドグ選手です。彼女はいつも、試合そのものを楽しんでいる選手で、調子が悪くても常に前向きに考えている姿がとてもいいなと。フェンシングは総当たり戦なので、負けが続くとどうしても気持ち的に落ちてしまう部分はあるのですが、ドグ選手はそこでうまく切り替えてやっていたんです。その選手を見てから、「苦しい時に気持ちを上げるか、下げるかは自分次第なんだな」と思うようになりました。
試合に負けると、悔しくて気持ち的に落ちてしまうものですけど、そこで切り替えないともったいないなと思うようになって。そこからはプラス思考で競技に集中できるようになったと思います。
――ドグ選手が競技を楽しんでいるのは、どういう瞬間に分かるものですか?
才藤:競技中の表情もそうですし、例えばフェンシングで得点を奪われた相手に「今の決め方は良かったね!」「今のはやられたよ」と声をかけたりするんです。驚いたのは、ランニングの最後のゴールテープ直前で相手に抜かれて負けてしまった時に、敗れた相手選手に「この後もう一回レースやろうよ!」と話しかけているのを見た時です。本当にプラス思考で、レースを楽しんでいるんだなと思いました。
モデルとしても活躍「自分の違った一面を」
――SNSでは、ゴルフにチャレンジしたり、旅行を楽しんでいる姿なども発信されています。オフは、競技を離れて無心になれる瞬間でもあるのですか?
才藤:そうですね。ゴルフは難しいですが、無心で楽しめるスポーツだと思います。まだコースには行っていないので、打ちっぱなし止まりなんですが、練習の合間に行って、無心で集中してずっと打っています。そこは負けず嫌いが出てしまうのかもしれません(笑)。最近は、昔習っていたピアノをまた再開しようかなと思っていますが、他にも趣味と言えるものを探し中です。
――アクティブですね! ファッションブランドやスポーツアパレルブランド、化粧品ブランドでのモデルなどでも幅広く活躍されていますが、ご自身の活動の中で、モデル活動はどんなふうに捉えていますか?
才藤:日々練習しているので、モデルのお仕事は気分転換になりますし、普段はスポーツウェアばかり着ているので、自分の違った一面が見られるかな、と思いながら楽しんでやっています。ポージングは難しいですが、カメラマンさんに教えていただきながら、うまく撮ってもらっています。
――試合などで、モチベーションを上げる自分なりの方法はありますか?
才藤:試合中はメイクができないので、ネイルやヘアカラーなどでモチベーションを上げています。ネイルは長すぎなければ特に問題はないです。どの競技をしていても、手は目に入ってくるので、「頑張ろう!」という気持ちになります。
オリンピックへの思い「日本も勝てるはず」
――社会人1年目の2019年には、全日本選手権で初の全国優勝を果たし、東京五輪出場まであと一歩というところでした。2022年には準優勝、23年に2度目の優勝を果たしていますが、直近の目標を教えてください。
才藤:まずはオリンピックに出ることで、出た上で結果も残せたらいいな、というふうに思っています。これまでは全日本選手権で優勝したりしたタイミングとか、オリンピックの選考とうまく噛み合っていなかったので、なかなか難しい部分がありました。もちろんワールドカップも重要な大会なので切り替えて臨んできましたが、今の一番の目標はロサンゼルス五輪に出場することです。
――出場できた時の、パフォーマンスや、メダルへのイメージはどのように描いていますか?
才藤:これまで、近代五種で日本人選手が海外で活躍する機会は少なかったのですが、例えば同じアジアの韓国は強豪国なので、日本も勝てるはずだと思っていました。実際に、パリ五輪では佐藤大宗選手が銀メダルを獲得して活躍してくれたので、それを証明してくれましたし、私も出場できた時には結果を出したいですね。
【連載後編】近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
<了>
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[PROFILE]
才藤歩夢(さいとう・あゆむ)
1996年9月14日生まれ、東京都出身。近代五種選手。近代五種競技のオリンピック選手であった才藤浩氏(元日本代表監督)を父に持ち、幼少の頃より近代五種競技を始める。2019年と2023年には全日本選手権で個人優勝。また、フェンシング競技(エペ)単体においても国内トップクラスの実力を誇り、学生時代からさまざまな大会に出場。2016年学生日本選手権個人優勝、2015年、2017年、2019年には全日本選手権で団体優勝などの実績を持つ。競技生活のかたわら、各種ブランドのモデル活動や、さまざまなイベントやメディアに多数出演している。マイナビ所属。
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