
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
AFC女子チャンピオンズリーグ(AWCL)でアジア初タイトルを目指していた三菱重工浦和レッズレディースは、準々決勝で中国の武漢江漢大学と対戦。120分間の激闘の末にPK戦で敗れ、ベスト4への道は閉ざされてしまった。楠瀬直木監督が試合後に吐露したタイトルの重みとともに、今大会の背景や、発展を続けるヨーロッパとの比較を通してアジア女子サッカーの現在地を考察する。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=松尾/アフロスポーツ)
届かなかったベスト4。120分間押し込むも…
アジア初代王者への道は、ベスト8で幕を閉じることとなった。
3月23日に熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われたAFC女子チャンピオンズリーグ(AWCL)準々決勝。WEリーグ2連覇中の三菱重工浦和レッズレディースは、中国女子スーパーリーグ5連覇中の武漢江漢大学を迎えた。
招待制で行われた昨年のプレ大会「AFC Women’s Club Championship」(AWCC)で優勝した浦和は、今大会も優勝候補の筆頭に挙げられていた。ベトナムで集中開催されたグループステージは、得点源の高橋はなを欠きながら、初戦でインドのオリッサFCを17-0と圧倒。その後も順調に勝ち進み3連勝、21得点無失点でノックアウトステージに進出した。今回の準々決勝は浦和駒場スタジアムが使用できなかったが、同じ県内のWEリーグ・ちふれASエルフェン埼玉の協力もあって熊谷を使えることとなり、3000人を超えるサポーターが詰めかけた。優位は揺るがない……はずだった。
武漢江大は延長終了間際の120分に、PK戦での決着を見越して187cmのGKチェンチェンを投入。8人目までもつれこんだPK戦で、勝利の女神は無情にも相手に微笑んだ。
ボール保持率は浦和が69%、シュート数は23本(相手は2本)。前線からの守備が機能し、ほぼハーフコートゲームで相手を押し込んだ。圧倒的にボールを握り、柔軟に攻め手を変え、後半はドリブラーの藤﨑智子や推進力を備えた高塚映奈を投入してたたみ掛けた。だが、170cm超の選手たちが要塞を築く武漢江大の堅い守備を最後まで崩すことができなかった。
一方で、失点の気配もほぼなかった。カウンターを狙う相手に対してボランチの柴田華絵がピンチの芽を摘み、最終ラインでは守護神の池田咲紀子とセンターバックの後藤若葉を中心に、今季WEリーグ最小失点を誇る堅守は安定していた。だが、「失点しなければ負けない」のセオリーも、一発勝負のトーナメントには通じない。
「落としてはいけないゲームだった。申し訳ない気持ちでいっぱいです。男子チームが作ってきた歴史に並ぼうというにはまだまだ甘いのかなと思います。そういう甘さが出たんじゃないでしょうか」
試合後に楠瀬直木監督が硬い表情で吐露したのは、WEリーグの代表として戦った責任と、レッズのエンブレムに誓った思いだった。過去3度アジアチャンピオンに輝いた男子チームの栄光も、タイトルへの思いに拍車をかけていた。
発展期を迎えたアジア女子サッカー。28年にはクラブワールドカップも
欧州ではUEFA女子チャンピオンズリーグ(UWCL)が今季で24大会目を迎え、ビッグマッチでは数万人の観客を集めるまでに発展。昨季からはナショナルチームによる女子ネーションズリーグもスタートした。
そして3月6日には、FIFA(国際サッカー連盟)が待ちに待った発表を行った。
2028 年に第1回となるFIFA 女子クラブワールドカップ(4年に1度)をスタートし、2026 年からはFIFA 女子チャンピオンズカップ(クラブワールドカップがない年に毎年開催)が新設されることになったのだ。試合数やサッカーカレンダーとの兼ね合いはあるものの、競技レベルでも興行的に見ても女子サッカーの発展を考えれば両大会の意義は明白だった。
AWCL準々決勝の前日会見の場で、楠瀬監督は同大会が創設されるポジティブな側面を強調した。 「まだ私が現場に立てるうちにそのような大会ができ、非常にうれしく思います。日本のサッカー、大げさに言えば世界の女子サッカーの大きな転機だと思っているので、何が何でも成功させたいです。その成功は観客数、映像・メディアを通した関心度が大きくなっていくことです。ヨーロッパでは小さい子どもから家族連れで試合を見に来るみたいですが、日本もそういうふうになれば、世界に肩を並べられるリーグになっていけるんじゃないかと思います」
ヨーロッパとの環境差を縮められるか
そのような潮流の中でアジア女子サッカーも転機を迎え、ヨーロッパに遅れること24年、ついにAWCLの開催に至った。その分の遅れを取り戻したいところだが、UEFAとAFCの資金力と運営力にもまだ開きがある。
たとえば、大会の金銭的な条件にはその差が垣間見える。AFC(アジアサッカー連盟)のレギュレーションによると、賞金総額はAWCLが130万ドル(約2億円)。一方、UWCLは2400万ユーロ(約39億円)を用意している。特に大きな差があるのは参加費(遠征補助費)で、AWCLでは各クラブは遠征の旅費補助として5万ドル(約750万円)が支給されるのに対し、UWCLではグループステージ出場チームに一律40万ユーロ(約6500万円)が保証されている。
加えて、AWCLのノックアウトステージはセントラル方式ではないため、アウェーチームの遠征費や宿泊費などの負担は膨大だ。また、FIFPRO(国際プロサッカー選手会)の調査によると、ホームクラブはアウェーチームのための移動手段を用意しなければならない他、AFC代表団のために5つ星の宿泊施設、ビュッフェスタイルの食事、ランドリーなどを用意する必要があるという。
これは、男子のAFCチャンピオンズリーグエリートと同様の要件だ。男子のAFCチャンピオンズリーグエリートの賞金総額は4200万ドル(約63億円)で、その格差を考えると、AWCLでクラブ側に課されている要件は妥当ではない。
AFCは、過去にも運営の杜撰さを露呈したことがある。昨年のAWCLプレ大会では、決勝戦の中止を決定。各チームに具体的な説明はなく、浦和のサポーターグループによる署名活動などで結果的に5月に開催されることとなったが、優勝賞金はなかった。
さらにさかのぼれば、昨年2月に行われたワールドカップアジア最終予選の北朝鮮では、中立国での開催となったアウェーの開催地がギリギリまで決まらずに両代表チームが振り回されたことも……。 そのような経緯を考えれば今大会が実現しただけでも喜ばしいことだが、大会の価値を高めてヨーロッパに匹敵する大会にするために、AFCのさらなる環境整備に期待したい。
アジアのクラブ間の移籍で勢力図に変化も?
浦和の挑戦はベスト8で幕を閉じたが、初代女子アジアクラブの王座に輝くのはどのチームだろうか。
今回のAWCLにはAFC加盟協会から21カ国の女子リーグ王者が出場し、8チームがノックアウトステージに進出した。その中で今回、準決勝に進出したのは武漢江大(中国)、仁川現代製鉄レッドエンジェルス(韓国)、メルボルン・シティ(オーストラリア)、ホーチミン・シティ(ベトナム)の4チーム。浦和(日本)以外はほぼFIFAランキング通りの結果となった。だが、FIFAランキングでは見えてこないのが、各クラブが擁する外国人選手の存在だ。
浦和が苦戦を強いられた要因の一つは、武漢江大が冬のオフ期間にケニアやマリ、韓国の各国代表選手を補強し、新チームの情報が少なかったことだろう。加えて、ボール保持を放棄してワンチャンスを狙う武漢江大の“完全に割り切った”戦い方も、クラブレベルではあまり経験がなかったはずだ。ワントップで再三チャンスを演出した高橋とトップ下で攻守のタクトを振った塩越柚歩は、試合後に突き付けられた課題を重く受け止めていた。
「私たちが準備してきたものをもっと工夫して出していければ、最後の(フィニッシュの)アイデアをもっと出せたと思います。そこをチームで打開するのか、個人で打開するのか。個人戦術、チーム戦術、まだまだ足りないところがたくさんあるなと思います」(高橋)
「チームとしての共通理解の部分や、一つ一つのプレーの精度をしっかり上げていかないと、国内ではごまかせる部分があっても、アジアや世界に出た時には通用しないと思いました」(塩越) アジアのクラブ間の選手の移籍はヨーロッパに比べるとまだまだ少ないが、今後、中国や韓国の企業クラブが豊富な資金力をバックにさらに補強に力を入れれば、浦和やWEリーグのクラブにとっても手強いライバルが増えるだろう。
WEリーグからアジアへ。AWCL出場の切符をかけて
浦和にとっては悔やんでも悔やみきれない結果になってしまったが、試合内容を見る限り、アジア覇者になれる可能性は十分にあったように思う。
だからこそ、選手たちの目はすでに次のタイトルに向けられている。遠藤優は「もう一度リーグを取ってACLの切符をつかむしかないので、自分たちにできることに頭を切り替えて頑張ります」と、決意とともにスタジアムを後にした。
今週末にはWEリーグが開催され、暫定3位の浦和は首位のINAC神戸レオネッサの本拠地に乗り込む。スペイン人のジョルディ・フェロン監督の下、多国籍なメンバーで臨んでいる今季の神戸は例年とは違うしたたかさを備えており、これまで外国籍選手が少なかった国内リーグに新たな刺激と面白さを加えている。
浦和がAWCL敗戦の悔しさをバネに巻き返しを見せるのか、あるいは神戸が優勝に大きく前進するのか。WEリーグの優勝争いを占う上位対決を、次のAWCLへの切符をかけた戦いという視点で見るのも面白そうだ。
<了>
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