原点回帰の「下がらない伊藤美誠」。メダル獲得の卓球W杯で見せた“大魔王”完全復活の予感
2025年4月14日から20日にかけて開催された、卓球のITTFワールドカップマカオ。女子シングルスで伊藤美誠が久しぶりに国際大会でメダルを獲得した。長く苦しんできた中で久々に結果が出たといえるこの大会。ターニングポイントとなったのは試合後のインタビューで「自力で勝ち取れた」と語った準々決勝の大藤沙月戦だった。
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
日本人対決、だからこそ「打ち込んで攻める勇気」
ITTFワールドカップマカオ・女子シングルス、伊藤美誠と大藤沙月による日本人対決は準々決勝の舞台で実現した。
共に日本を代表する選手。手の内も知り尽くしている。そして何より、中国から「大魔王」とまで呼ばれ恐れられた伊藤美誠が、近年はやや“押され気味”になっていた「日本の後輩たち」。その日本の後輩たちの中で、今一番勢いがある大藤に勝ち切れたことは伊藤にとってとても大きな一勝だった。
試合内容にも変化が見られた。持ち味がしっかりと発揮されていることが見て取れたこの試合。根底にあったのは「スマッシュ」や「ミマパンチ」と呼ばれるボールの連打。そして、それを可能にするための、原点回帰といえる「台からの立ち位置と距離」だ。
第1ゲーム。試合は大藤の巻き込みのロングサーブ2連発で開始。この長めのサーブからは、大藤の「伊藤を後ろに下げさせようとする姿勢」が見て取れる。
ここ数年の伊藤は、少し「台から距離を取った立ち位置」が多かった。まだこれから先がある選手に全盛期という言葉は使いたくないが、これは「圧倒的に強かった全盛期」とは違う立ち位置だった。
中陣という立ち位置は、相手からすれば伊藤の脅威的な連打が飛んでこない位置でもある。大藤もそのほうがやりすいと感じているのだろう。
それでもこの日の伊藤は下がらなかった。
8-7からは伊藤が巻き込みサーブをフォアのサイドを切る様に出した。大藤を大きく左右に動かしながら、自身は台から下がらずにバックドライブ。これが決まって9-7とした。中陣で大きく動くのが「本来の立ち位置」の大藤とは対照的だ。 このゲームは11-7で伊藤が取り切る。終始、「下がらない伊藤」が目についた。
伊藤特有の決め技は失敗したものの…
第2ゲーム。2-3からの場面は、この試合を象徴している1本が出た。
伊藤が1ゲーム目でうまくいっていたフォア前サーブを短めにサイドを切るように出す。ここは、このパターンに慣れた大藤がしっかり対応。逆に、伊藤のフォアのサイドを切るように返球した。伊藤の体がフォア側に流れる形に。ただ、ここでも伊藤は下がらなかった。下がらないどころか体が横に流れながらも「ミマパンチ」を繰り出す。ラケットには当たったが、体勢的に無理があり、ミマパンチはかなりのオーバーミスに。2-4と突き放される。
それでも「横の動きは球に間に合っている姿」が見られた。何より、台から下がってしのごうとせずに、台に張りついて攻撃的だ。本来の伊藤の立ち位置に戻っている。
「ミマパンチ」とは、カウンター気味のスマッシュや、かなり打点が速くても打ちにいくコンパクトなスマッシュを、そう呼ぶことで定着した伊藤特有の決め技。
このゲームは5-11で大藤が勝利したが、伊藤に近年あまり見かけなかった動きの良さが光った。
原点回帰の立ち位置、帰ってきた「下がらない伊藤美誠」
第3ゲーム。お互い巻き込みサーブの使い手という点が、この試合を面白くし、より激しくもする。
伊藤リードの3-2の場面で大藤が巻き込みサーブを伊藤のバックの深いところに食い込ませるように放つ。台の角に入るような鋭さだ。ここでも大藤の「伊藤をなんとか台から下げよう」とする意思を感じる。
ただ、ここまで「前陣で我慢してきた」伊藤の姿勢の効果が出る。この深いサーブも台に張りついたまましのいで、フォアに来たところミマパンチで仕留めて4-2とする。
この動きは、伊藤本来の「横の動きのスピード」が出ていた。そして、さきほどのゲームで間に合わなかった所まで動き切れている。ミマパンチの打点も早く、定まった形だ。11-9で伊藤が勝利する。
第4ゲーム。序盤から両ハンドでの打ち合いが展開。お互いに負けたくない。火花が飛び散る。
3-4から、大藤は巻き込みサーブをややミドルに寄せた。先ほどまでと同じに見えて明らかに違う。ミドルにカーブがかかって曲がるようなコース取りだ。伊藤をのけ反らせたいという気持ちを感じる。のけ反らせるということは、台の後ろへ下げたいということ。しかし、ここも伊藤が前でしのぎ切る。
9-9からは、2本連続で伊藤が回り込みレシーブを披露。これを冷静に大藤が捌いて、11-9で大藤が勝利した。
ただ、ここでも伊藤は台にピッタリとくっついたまま。結果的に得点にならなかったがやはりこの大会は「伊藤自身の形」ができている。
第5ゲーム。第4ゲームを終えてゲームカウントは2-2。ここも一進一退の攻防が続いた。3-3、6-6、一本取れば、一本取り返す。そんな好試合だ。
ただ、ここから何本か、両ハンドでの大きな打ち合いが展開された。大きな打ち合い、特に台から少し下がっての「男子の様な大きく振るバックハンド」を入れてきた時の大藤は強い。世界的に見ても、この女子の中陣でのラリーではトップクラスのものがある。
この展開が続き、大藤は4本連続ポイントを奪取。6-10と突き放され、伊藤はゲームポイントを握られた。しかし今日の伊藤は、ここからが違った。
何が変わったのか、そして何が戻ってきたか
絶対に台から離れないぞとばかりにバックミートを連発で、打ち抜く。丁寧なツッツキも挟みつつ。バックドライブも前陣で連発。あっと言う前に、6ポイントを連続で奪取。そのまま12-10とひっくり返した。
第6ゲームは、5ゲーム目のその勢いのままに伊藤がフォアで一発抜きのスマッシュを連発。1-0。2-0。打つたびに安定感がどんどん増していく。
2-1からはまたスマッシュで3-1。6-5からもスマッシュで7-5に。このあたりの2発は、「打つ場所を狙った」感じはなく、どこに入ってもいいから前陣に張りついてスマッシュやミート打ちを「打つんだ」という気概が感じられた。
勝つためにスマッシュやカウンターのミマパンチを「打つ」ことに固執している。そのため、立ち位置も変えない。下がらない。そのまま一気に11-7で一気に押し切った。
伊藤に、本来の輝きが戻った瞬間だった。
この大藤との日本人対決の大一番。勝利へのカギは何だったのか。それは、後半のスマッシュ、ミート打ち、ミマパンチの連打にこぎつけた、前半から続いた台から離れない攻撃的な姿勢だろう。第6ゲームの伊藤は、明らかに「絶頂期のような動き」をしていた。
決定力のあるミマパンチを連発で繰り出すために必要なもの。その1つ目は「なるべくフォアで打っていく」「攻撃的でいる」という姿勢と精神面だろう。もう1つは、物理的に「前にいること」。単純な「スマッシュ」と「ミマパンチ」と称されるスマッシュの一番の違いは、カウンター気味であることだった。そのミマパンチが一時期少しばかり鳴りを潜めていたのは、伊藤が台から少し距離を取っていた点も関係してくる。
そこが今回の大藤との試合では“調整”されていたように見える。
大魔王の逆襲が、ここから始まる
伊藤は続く準決勝で、最強中国のホープ、21歳の蒯曼(クワイ・マン)に3-4で敗れた。
蒯曼は最強中国の次世代のエース候補と言われているサウスポーの選手。ここでも前半はゲームカウント2-0でリードしていた。後半での悔しい逆転負けに涙も見せたが、蒯曼もロングサーブを駆使して伊藤を翻弄し、なんとか逆転に結びつけていた。それくらい、今大会の伊藤は崩れるシーンが想像しにくかった。
ずっと好調でばかりいられるスポーツ選手は、なかなかいない。メンタルスポーツと称される卓球ともなればなおのことだ。
大会後のインタビューで伊藤は「最後はラリーではなく単発」「スマッシュだとか、自分の持ち味で、打たなきゃ勝てないなと思った」「スマッシュがどこでもいいから入れば」と語っている。
やはりスマッシュへの意識が再び高まっているのだと感じられる、頼もしいコメント。
本来の類いまれな攻撃性と「立ち位置」を取り戻した伊藤美誠。酸いも甘いも経験し尽した日本の大魔王の逆襲が、ここから始まる。
<了>
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