
ラグビー日本人選手は海を渡るべきか? “海外組”になって得られる最大のメリットとは
欧州に身を置くラグビーの日本人選手は少ない。現役日本代表だと世界最高峰フランスプロリーグ「TOP14」に所属する齋藤直人とテビタ・タタフの2人。さらに国内出身者に絞ると齋藤のみとなる。ではその希少な“海外組”である齋藤は、フランスの地でどのような点に日本との違い、自身の成長を感じ取っているのだろう?
(文=向風見也、写真=REX/アフロ)
国内出身者で唯一の海外組・齋藤直人
ラグビー日本代表の齋藤直人はいま、欧州に身を置く日本人選手の一人だ。
フランスの名門トゥールーズと1年契約を結び、プロリーグ「TOP14」、同時期に開催の欧州チャンピオンズリーグへ挑む。攻めの起点にあたるスクラムハーフとしてパスの精度、球さばきのテンポ、運動量という長所を世界市場へ示す。
一時は同国代表の主戦級であるアントワーヌ・デュポンと定位置を争い、そのデュポンが故障離脱したいまはより存在感を際立たせる。
現在のジャパンにおける海外組は、フランスリーグのボルドー所属のテビタ・タタフを含めた2人のみ。国内出身者は齋藤のみであり、本人が意識せずとも世界のいまを周りに伝えるメッセンジャーとなっている。
「(自身の課題は)いっぱいありますよ。まず、キックゲームで……」
こう語ったのは2月某日。短いオフに一時帰国し、少年少女向けのラグビー教室を開いていた。
その際に齋藤が語ったのが、フランスに身を置いての率直な所感だった。
「どんどん自分でアクションしないとボールはもらえない」
本人の言葉通り、フランスではスクラムハーフの位置により主導権を握るよう求められたり、キックの飛距離が問われたりする。以後、フランスに戻ってからはそのスタンダードに慣れたのもあってか、大一番で自身のキックをスコアにつなげることとなる。
「(フランスでプレーするスクラムハーフのキックは)飛距離も含め、すごいじゃないですか。平気でイグジッド(陣地を挽回するためのキック)を(多くの人にとって利き足と逆の)左で蹴ることもあります。キックは、フランスの9番(スクラムハーフ)にとって大事ですね。そこから(試合を)組み立てもするし、蹴る回数はものすごく増えました」
ボールを手に持って動かすシーンにも、フランスならではの特徴があると続けた。
「(攻撃の)形は持っているんですけど、試合が始まっちゃえば、一人が動いたことに周りが反応する。目の前、目の前の状況にそれぞれが反応する。どんどん自分でアクションしないと、置いていかれるではないですけど、ボールはもらえない。(自身は)まだまだですけど、そこに大きな違いとして感じますし、学んだところかなと」
タックラーとぶつかった走者が、簡単に球を地面に置かないところにも感銘を受けたという。
「日本だと……という言い方は変ですけど……それまでは『ラック(ボール保持者が倒れている接点)を作って次に活かそう』という考えが、けっこうあって、これまでは自分もそうしてきました。ただフランスではそこで少しボールをファンブルさせながらでも(パスを)つなぐ。タックルされても工夫して、身体を引いたり、(相手の懐に)もぐったりして、大きい選手は上からつなぎ、小さい選手も下からうまくつなぐ。そういう練習もします。自分はいままでそういうラグビーをしていなかった。単純に自分のスキルが増えた意味でプラスだと思います」
齋藤はプレーの幅を広げる必要性を痛感すると同時に、新たなステージに挑むメリットを再認識していた。
「どっちのレベルが高い、低いということではなく、違うラグビーを知るというのは、自分の引き出しを増やすことにもつながる」
堀江翔太が語るボトムアップに必要な「個」の力
アスリートの早期の海外挑戦について、齋藤と似た見解を示すのは堀江翔太だ。
一昨年までに日本代表として4度のワールドカップに出場し、その間、国内拠点の埼玉パナソニックワイルドナイツのほかオーストラリアのレベルズにも在籍。レベルズには2013年度からの2シーズン在籍し、国際リーグのスーパーラグビーに身を置いた。
帝京大学卒業後もニュージーランド留学を重ねた希代のフッカーは、現役晩年、国際間の優劣とはまったく異なる文脈で「いろんなラグビーを知る」ことのすすめを説いていた。
「自チームのラグビーしか知らないとなると、その人のラグビーの幅が狭まっちゃう。経験上、僕はいろんなチームでやってきた。その数だけの戦術、戦略があって、それが(自身の)ラグビーの幅になって、(試合中の)焦りがなくなり、どの局面にも対応できて、それが自信になる。チャンスがあればトップじゃなくても海外に行って、いろんなラグビーを知るのもいいと思います」
さらに、日本代表が総じて首脳陣のプランを理解し、それに沿って動くのが得意だと看破。さらなるボトムアップに必要なのが「個」の力だとも語っていた。
「(日本代表は)チームで戦術、戦略を練り込んで(世界と)渡り合える、という感じはある。ただ、ちょっとしたミスで勝敗がわかれるという肌感覚があった。そこは、個人で上げてもらわんと。僕はそういうのを2011年(ワールドカップ・ニュージーランド大会で未勝利)に感じて、海外に行った。海外に行くのがすべてじゃないですけど、若い子が思いを持ってぐっと成長してくれれば、それが代表強化にもつながるのかなと」
海を越えるべき時代が、到来しつつある
海外市場に詳しい関係者の話を総合すると、海外市場でどこまで日本の戦士にニーズがあるかは未知数だ。ポジションによっては頻繁に「求人」が出る傍ら、現行の国内リーグワンの認知度は必ずしも高いとは言えない。
もっともリーグワンは外国人枠の見直しを検討中で、再来年度から一度に出場できる海外出生者の数が減る見込みだ。複数のクラブ首脳は、一時的なレベルの低下や停滞を懸念している。
そのような背景を鑑みると、ハイレベルな環境で揉まれたい選手ほど海を越えるべき時代が、到来しつつある。
繰り返せば、誰もが海外の契約を勝ち取れるわけではなく、その願いをかなえたとて現地で不動のレギュラーとなるかはわからない。
不確定要素の多いであろうそのチャレンジについて、齋藤は言葉を選びながらそれでも有意義だと訴える。
「日本にいたら日本代表の選手ですけど、向こうに行ったら――日本でもそうでしたけど――自分が一番うまいわけでもない。よりハングリーになってやらないといけない。努力して、信頼を勝ち取って試合に出なきゃいけない環境は、自分を成長させてくれると思います」
<了>
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