レスリング鏡優翔が“カワイイ”に込めた想い。我が道を歩む努力と覚悟「私は普通にナルシスト」

Career
2025.05.16

今年3月に発表された第1回「スポーツ言語大賞」にレスリング女子76kg級でパリ五輪金メダルに輝いた鏡優翔が語った「ガンバレと言われるより、カワイイと言われるほうが力になる」が選ばれた。アスリート界にネイルを持ち込んだパイオニアでもある彼女がこの言葉に込めた想い、そして鏡のモットーである「カワイイ……」のあとに続く意外な言葉とは?

(文・本文写真=布施鋼治、トップ写真=エンリコ/アフロスポーツ)

「自分がいいと思っているんだからいいでしょ!」

JOCエリートアカデミー修了式の日、鏡優翔はブリーチやピアスの予約をした。

「その日に脱色してアッシュグレーに。それからだんだん色が抜けて金髪になりました」

その1週間前には高校も卒業しているので、とやかく言う大人はいなかった。


「その分、私は(レスラーとして)やることはやっていたので。だから何も言われなかったし、言わせなかったです」


鏡のキャッチフレーズは「カワイイ」。パリ五輪で金メダルを獲得したとき笑顔を浮かべると、装着したマウスピースに記されていた「カワイイ」の4文字が浮かび上がった。日本のトップアスリートとしては珍しく、「オシャレが大好き」と言ってはばからない。

「たぶん私は普通にナルシスト。自分のことが大好きなので。でも、それは悪いことではないと思っています」


自己肯定感が高くないと、他の選手より秀でたパフォーマンスは望めない。それはアスリートの性(さが)というべきものだろう。しかし、日本では少しでも注目を集める発言をしたり、目立つ行動を起こしたら、周囲から白い目で見られることも確か。その空気感は鏡も肌で感じている。


「自分で自分のことを言いすぎたら、『なんだ、コイツ?』みたいな風潮があるじゃないですか。個人的にはそういうのを取っ払いたくて。『自分がいいと思っているんだからいいでしょ!』と思っています」

鏡にとってオシャレは自分のモチベーションを高めるための一つのツールとなっている。

「今日は美人になったと思ったら、ホントにいろいろ調子がいい。練習もそうだけど、気分が1日ルンルンになる。そうなったら、一日のクリオティも上がりますし」

「今日も、いい一日になる」。寝起きの藤波朱理が掛けた激励

パリ五輪開催時、選手村で鏡は同五輪女子レスリング53kg級で金メダルをとった藤波朱理と同室だった。

「今日も、いい一日になる」

2人の一日はそう語り合いながら、コーヒーを飲むことから始まった。

鏡の決勝はレスリング種目最終日(8月11日)。鏡が会場に向かおうとした朝、すでに金メダルをとった藤波はまだスヤスヤと眠っていたので、鏡は「今日は私がオリンピックチャンピオンになる日だ」と一人で口にした。

「朝日を見ながら、『私がチャンピオンになる朝』だとも思っていました」

「もう今から行くね」と声をかけると、目を覚ました藤波は「頑張ってください」と気合いを入れてエールを送ってくれた。

「私、ギリギリまでラインしちゃうタイプなので」

鏡はSNS世代。選手村から会場までの道すがら、自分のSNSに届いていたメッセージに返事をすることに励んだ。

「前日も、一勝するたびに反響がすごかった。そのメッセージを返すのに必死だった記憶があります。私、ギリギリまでラインしちゃうタイプなので」

パリ五輪に出場するまでに鏡は2023年に世界チャンピオンになっているが、そのときと比べてもオリンピックでの活躍のよる世間への影響は想像をはるかに超えていた。

「桁が変わるレベルで違う。世界選手権で一勝しようと、優勝しようとそんなことはなかったですからね。対照的にパリでは一勝するたびにストーリーに上がっていましたから」

同じパリ五輪で銀メダルを獲得した男子フリースタイル74kg級の高谷大地のように決戦数カ月前からSNS断ちを実行していた者もいたが、鏡は逆のタイプだった。

「すごいな。みんな見てくれているんだなと思っていました」

それも、鏡の普段からの努力の賜物だろう。大会や会見で記者やカメラマンに囲まれるごとに、鏡は旬のネタを盛り込んだネイルを披露していたりするなど、話題には事欠かないアスリートだったからだ。

ネイルを持ち込んだパイオニアの“ひまわりポーズ”

振り返ってみれば、かつて女性アスリートは化粧っ気のないことがスタンダードだった。レスリングに関していえば、カリメロを彷彿させるショートカットが定番。少しでも洒落っ気を出そうものなら、指導者からは「化粧をするなら、練習しろ」と言われそうな雰囲気だった。

少なくとも日本で鏡はアスリート界にネイルを持ち込んだパイオニアといえる。

「海外の選手は普通に化粧しているので、いいかダメかというルールはなかった気がします。UWW(世界レスリング連合)のルールに則っても、できることだと思ったので、わたしはネイルを始めた。それまで日本にいなかったですよね。ネイルをしている選手は」

ネイルデビューは大学2年の後半だった。2023年7月、世界選手権出場を懸けたプレーオフ(代表決定戦)では大好きなひまわりをデザインしたネイルを披露して話題になった。

「私はひまわりが大好き。元気が出るひまわりカラーで気合いを入れた」

なぜひまわり?

「ひまわりは太陽に向かって咲く花。見ているだけで元気をもらえるじゃないですか」

鏡は勝つたびに両手に顔を乗せる仕種を見せる“ひまわりポーズ”が定番になりつつある。

「手が葉っぱで顔がひまわり(笑)」

レスリングが最優先。「出会って数年の男に私の…」

ひまわりは小さい頃から好きな花だった。

「花の意味を調べたら余計好きになって、『だったら、私はキャラクターとしてひまわりになればいい』と勝手に周囲に『ひまわり姫と呼んで』と頼むようになりました」

鏡の周辺でもひまわり姫は定着し、いまでは省略され“姫”と呼ばれている。

“カワイイ”だけをクローズアップされがちだが、鏡のモットーは「かわいく、強く、カッコよく」。普段の練習を怠ることはない。進学した東洋大学は男女共学で、レスリング部は男子のほうが多い。

当時、外野からは「彼氏ができたら、弱くなってしまうのでは」という声もあった。実際コンタクトスポーツでは異性と交際することで練習が疎かになったり、結果が出なくなってしまうことがよくある。

そういうネガティブな意見を鏡はある程度覚悟していた。楽しい青春も大事だが、「何かあってもレスリングが最優先」というルールは守り続けた。

「わたしは小1からずっとレスリングをやっているわけじゃないですか。(仮の話になるけど)出会って数年の男に私の十何年を乱される筋合いはないというマインドは持ち続けています」

ひまわりの根は地中深く、まっすぐ伸びる。カワイイの裏側には、絶対曲がることのない強い信念がある。

【連載前編】「ケガが何かを教えてくれた」鏡優翔が振り返る、更衣室で涙した3カ月後に手にした栄冠への軌跡

<了>

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[PROFILE]
鏡優翔(かがみ・ゆうか)
2001年9月14日生まれ、山形県出身。女子レスリング選手。小学1年生のころからレスリングを始め、小学3年から6年にかけて全国大会4連覇。中学3年時に上京し、JOCエリートアカデミーへ入校。帝京高校に進学後、インターハイ3連覇。2020年に東洋大学へ進学し、全日本レスリング選手権大会で2連覇を達成。世界の舞台でも2022年の世界選手権で3位入賞を果たし、翌2023年に初優勝。迎えた2024年のパリ五輪では、日本初の快挙となる女子最重量級でオリンピック金メダルを獲得。

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