
何事も「やらせすぎ」は才能を潰す。ドイツ地域クラブが実践する“子供が主役”のサッカー育成
日本各地で急増するサッカースクール。「J下部組織に○人輩出!」「トレセン選手多数!」といったキャッチコピーが並ぶ一方で、子どもたちは“やらされるサッカー”に疲弊していないだろうか。短期的な成果を追うあまり、長期的な成長やサッカー本来の楽しさが置き去りになってしまっては本末転倒。いまドイツでは、そのような風潮を改めて見つめ直す動きが進んでいる。ミュンヘンで開かれた育成指導者カンファレンスで登壇者から口々に語られたのは、“子どもが主役のサッカー”について。そこには、育成の原点に立ち返るヒントが詰まっていた。
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
早期英才教育アピールは聞こえがいいが…
日本において子どもたちがサッカーの指導を受ける環境として、一つのチームに所属して平日に練習して週末に試合を行うサッカークラブと、個人の技術向上のために通うサッカースクールの大きく2つに分けられるのではないだろうか。
そして近年はあの手この手のサッカースクールが各地で年々増えてきている。SNSのタイムラインを眺めていると、「これさえやればレギュラー獲得」「毎日10分のトレーニングでトレセン選手に」「足業を身につけてライバルに差をつけろ」といった投稿でにぎわっている。
こだわりを持って細部を掘り下げ、新しい理論が生まれる。それ自体は素晴らしいことだ。でも選手の成長に目を向けると、最新であればあるほど大事なわけではないし、いろいろなことをやればやるほど成長するわけでもない。
早期英才教育アピールは、保護者に対してとても聞こえがいい。やればやるほど我が子がどんどん成長していくという夢を見させてくれる。そしてやらなければ置いていかれる……そんな不安に駆られることもあるだろう。気がつくと子どものキャパシティや成長スピードを考慮せずに、大人主導で、大人でもこなすのが苦しいスケジュールを日常化させていないだろうか?
育成とは短距離走ではなく、マラソンのようなもの。短期的な成果や取り組みだけではなく、いかに長期的な視点で、選手それぞれを成長へ導けるかどうかが重要になる。いつだって、どんなことだって、本質が何かを理解し、そこへの取り組みを整理して、芯の部分を守ることのほうが重要なのだ。
サッカー大国の一つドイツでは、2025年6月下旬にミュンヘンで2日間の育成指導者カンファレンスが初開催された。バイエルン州サッカー協会とドイツプロコーチ連盟の共催で行われ、ドイツの育成環境や育成指導者、保護者のあり方について、さまざまな講義やトレーニングデモンストレーションが行われた。本稿ではそこで筆者が学び得た話をご紹介したい。
大人が介入しない純粋な「サッカー」をする機会の減少
ドイツサッカー連盟育成ダイレクターのハネス・ヴォルフが登壇し、われわれ指導者に強調していた言葉が、とても心に残っている。
「『サッカー』とはどんなスポーツかは、『サッカー』をしなければわからない。『サッカー』をしなければ、サッカーの楽しさはわからない。ここで言う『サッカー』とは、大人が介入しない、子どもたちだけの時間と世界と関係性がある中での『サッカー』だ。昔は子どもたちだけで集まって空き地やミニコートで自分たちの世界観でサッカーを楽しむことができた。でも現代ではそうした環境はどんどん減ってきている。共働き世帯のために、午後遅くまで学校に滞在できるように教育システムも変化してきている。純粋な『サッカー』をする機会が減ってきているのに、サッカークラブのトレーニングで『サッカー』ができるのが練習最後のミニゲームや紅白戦だけではダメなんだ」
ドイツではチームの結果にこだわりすぎず、選手個人が成長するように導くことが、育成年代ではとても大切にされている。そんななか、ポジションごとの個別トレーニングが発展し、選手個々へのアプローチが増えているのは、この5年間で見られる傾向だ。
だがこれも極端化してしまうと弊害が生じる。例えば、7人対7人でゲーム形式やオフェンス対ディフェンスの戦術トレーニングを行うとする。それぞれのポジションでそれぞれのタスクがあり、それぞれのプレーを行う。サッカーにおいて、とても大切な要素だ。ただポジションごとにボールコンタクト数を計測してみると、センターバックやボランチの選手が100回近くボールを触っている間に、FWの位置にいる選手は20回も触れないなんてことが普通に起こる。
以前、元日本代表FW岡崎慎司も、「戦術トレーニングで例えばビルドアップがテーマだとすると、FWの僕らはほとんどボールタッチがない。ただ前で走っているだけだった」と現役時代を振り返っていたことがある。
通常の試合でもボールコンタクトのポジションごとの傾向というのはあるし、FWは少ないボールタッチ数の中でクオリティの高いプレーが求められるポジションではある。ただ、それを成長段階の育成選手にも同じようにするのは、「違うのではないか」と考える視点が必要だろう。
逆もしかりで、短い時間で何回も連続でシュートをするトレーニングがある。ボールコンタクトの観点からすると十分ではあるが、そんなに連続でシュートをする場面は試合の中でどれほどあるだろうか?という視点で考えることも大切だ。その間でうまくバランスをとるためには、練習と試合頻度のバランスが最適化されることが欠かせない。チームとして戦う感覚を身につけることもすごく重要。それこそスクールばかりになってしまったら、ヴォルフが言う「『サッカー』を知る・学ぶ・楽しむ機会」が損なわれてしまう。
バイエルン州のアマチュアクラブの矜持
サッカーは包括的なスポーツだ。一つのことにこだわりすぎると全体像を描くことができない。育成年代ではさらにその部分が重要になってくる。
今回の育成指導者カンファレンスではバイエルン、1860ミュンヘン、ウンターハヒングといったプロクラブの育成代表が登壇し、トレーニングデモンストレーションを行ってくれた。どれも学びになる時間だったが、それ以上に印象的だったのは、バイエルン州のアマチュアクラブが3クラブも登壇し、自クラブの取り組みを紹介してくれたことだ。
ブンデスリーガ1部で活躍するハイデンハイム所属のシュテファン・シマーらを輩出したクラブとして知られ、現在トップチームがドイツ4部リーグに所属するFCメミンゲンの取り組みはとても印象的だった。このクラブは毎年10〜12人がブンデスリーガ(ドイツ1部・2部)の下部組織へ移籍を果たしているが、実にトップチーム選手の50%が自クラブの育成育ちだという。ステップアップしていく一握りのトップ選手だけではなく、それに続く選手たちがこのクラブで育ち、このクラブを支えている。
まだ33歳という若さながら育成ダイレクターとしてFCメミンゲンを支えるミヒャエル・マイアーは、「クラブ内で同じベクトルで育成ができるよう、定期的に育成指導者会議を開催し、ディスカッションを行う」と話していた。ある年代の試合映像を見ながら、担当指導者が説明し、それに対して質問したり、提案したり、オープンに意見を出し合うことで、指導者は自身をアップデートすることができる点を重要視している。
またMTVミュンヘンはクラブ会員8500人と、バイエルン州でも最大規模のスポーツクラブ。うち3500人が育成年代で、26ものスポーツ部門がある。才能ある子どもたちはさらに上を目指し、それでもクラブに集まる子どもたちみんなが試合に出られる環境作りを大事にしている。
実はもともとサッカー部門はなかったそうだが、地元の住人たちからの強い要望を受けて、2022年に創設。小さな子どもたちを中心に8つのチームを作り200人が入会。当初は10人の指導者がなんとか回していたが、わずか3年間でサッカー部門の組織が整理され、クオリティもどんどん上がってきている。評価が高まることで会員数は200人から500人へ、チーム数は25チームになり、指導者は35人体制となった。25チームの内わけは、年齢別、性別別、レベル別で幼稚園チームからU-19までと幅広い。35人の指導者はほぼすべてが指導者ライセンスを取得している。ライセンス講習会の費用はすべてクラブ持ちであり、クオリティの高い指導者が子どもたちの指導につくことを大切にしている。
クラブとして大事にしているのはスポーツ面での目標と、社会面での目標を明確に持つこと。スポーツ面の目標は、所属選手全員が自分に合ったレベルで試合に出て成長すること。レベル別で才能ある選手は上位リーグで切磋琢磨し、まだそこまでの成長をしていない選手でも年間を通してリーグ戦に参加できるチームを準備して、サッカーが好きな子たちが可能な限りみんなこのクラブでサッカーができるように取り組んでいる。社会面での目標は、互いにリスペクトをもって、人としての成長を大事にすること。サッカーのうまい下手が、人としての優越を決める基準になどなってはならない。
優先順位、評価基準を改めて考えてみることの重要性
小さいころからあれもこれもと手を出さずに、子どもたちが子どもたちらしく無理のないスケジュールで健全に成長できる環境作りはベースであってほしい。「サッカー選手として上を目指すこと」が、「学業にも勤しむこと」や「家庭での時間・友達との時間」を諦めることと同意であってはならないはず。
われわれはどこかで「プロの下部組織に選手を何人輩出したか」「全国大会に出たかどうか」でそのクラブの価値を評価しがちだ。そのような評価基準を受けて、クラブ側も、さらにはスクールであっても、そうしたわかりやすい成功例ばかりを宣伝にもちいて前面に押し出す。
だがそれよりも大切なのは、長くクラブでプレーしてきた子どもたちが、たとえプロになれなくても、トレセンに選出されなくても、全国大会に出られなくても、サッカーをやめずにプレーを続けているか。日常のクラブでのトレーニングのなかでサッカーの楽しさを膨らませ、学校生活も大事にし、選手として、人間として確かな成長を遂げ、社会でしっかりとした歩みをしているかどうかではないだろうか。
<了>
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