英紙記者が問う「スター選手放出の愚策」。迷走のマンチェスター・U、全責任はアモリム監督にあるのか?
マンチェスター・ユナイテッドがまたも迷走の様相を呈している。現在プレミアリーグ3勝3敗1分けの10位と低調な滑り出し。ルベン・アモリム体制が描いた“改革構想”は、なぜ機能しないのか? 補強、選手放出、経営判断──関係者の思惑が錯綜する中、真の責任はどこにあるのか。本稿では、アモリム招聘の舞台裏から不可解な放出劇までをたどりつつ、ユナイテッドの現状を現地英紙記者の視点で問い直す。
(文=ジョナサン・ノースクロフト[サンデー・タイムズ]、翻訳・構成=田嶋コウスケ、写真=AP/アフロ)
クラブ初の「ヘッドコーチ」就任の背景
マンチェスター・ユナイテッドが、オランダ人のエリク・テン・ハフ監督を解任したのは、2024年10月のことだった。解任の直後、共同オーナーを務めるジム・ラトクリフの側近たちは意気揚々としていた。
ようやく、ユナイテッドは正しい道を歩み始めることができる──。
少なくとも2024年秋の時点で、彼らはそう確信していたのだ。実はこのとき、若手監督としてヨーロッパ中の注目を集めていたルベン・アモリムを、ユナイテッドに迎え入れる算段もついていた。
クラブにとって好都合だったのは、アモリムがユナイテッド史上初となる「ヘッドコーチ」との役職でオファーを受け入れる意思を示していたことである。いわゆる“マネージャー”ではなく、ヘッドコーチ。この肩書は、クラブが進めようとしていた組織改革を反映するものだった。
テン・ハフは、ジョゼ・モウリーニョ、デビッド・モイーズ、ルイス・ファン・ハールと同じように、選手補強の全権を握ろうとした。一方のアモリムは、トップチームのトレーニングに専念し、選手補強は首脳陣やデータ分析チームに任せる方針を示した。つまり、リバプールやチェルシー、マンチェスター・シティといったビッグクラブが採用している運営モデルにユナイテッドも近づこうとしたのである。
アモリムの招聘に大きな役割を果たしたのは、2024年からクラブCEO(最高経営責任者)を務めるオマール・ベラーダだ。彼はFCバルセロナのマーケティング部門責任者を務めた後、2011年にマンチェスター・シティの国際事業部長に就任し、2020年からはシティ・フットボール・グループのフットボールCOO(最高執行責任者)を務めた人物である。
ベラーダはアモリムの招聘に積極的に動き、交渉を主導した。アモリムの希望は、監督を務めていたスポルティングでの立場を尊重し、2025年夏にユナイテッドへ移ることだった。しかしベラーダはポルトガルに飛び、「来夏ではなく、今すぐスポルティングを離れてほしい」と本人を説得した。その結果、契約をまとめることに成功したのだ。
現時点では肩透かしといえるアモリム政権
今度こそ体制を立て直せるはずだ──。アモリムの招聘を機に、クラブ内部には「改革を成功させよう」という気運が高まっていた。
振り返れば、ユナイテッドの歯車が狂い始めたのは、アレックス・ファーガソンが引退した2013年以降である。ファーガソン時代のユナイテッドは、このスコットランド人指揮官がクラブの全権を掌握することで帝国を築いていた。しかしこの御大がユナイテッドを離れると、途端に勝てなくなった。その後、時代とともにフットボールクラブの在り方も変わり、いわゆる“ファーガソンスタイル”は時代に合わなくなっていった。ベラーダCEOは、アモリムの就任により「監督権力が強かった従来の運営スタイルから脱却できる」と強調した。
しかし今回のアモリム政権も、現時点では大きな肩透かしに終わっていると言わざるを得ない。サポーターたちは、新監督が就任するたびに何度もクラブに裏切られてきた。メディアも新しい顔がやってくるたびに「改革前夜」「夜明け前」と期待を煽ったが、いつも結果が伴わなかった。「今度こそは違う」という期待とは裏腹に、アモリムを招聘したユナイテッドはお馴染みのパターンに陥ってしまっているのだ。
すなわち、結果も内容も伴わず、補強選手の多くが期待外れ。経営陣の判断は疑問視され、最終的に監督の手腕に疑問符がつく、というお決まりの流れである。
不可解なスター選手放出の背景
ユナイテッドは、アモリムのビジョンにすべてを賭けた。しかし、最大の武器とされた3バックシステムは、就任から1年が経過しようとしているのに未だに機能していない。
その結果、クラブはユースアカデミー出身の最高のタレント――マーカス・ラッシュフォードとアレハンドロ・ガルナチョを構想外とした。ラッシュフォードはバルセロナにレンタルに出され、ガルナチョは国内リーグのライバルであるチェルシーに売却された。さらに、コビー・メイヌーもベンチ暮らしが続いている。
彼らのパフォーマンスがよくなかったから構想外になったのか――というと、そうとも言い切れない。単純にアモリムが求める戦術にフィットしなかったのだ。そしてユナイテッドはアモリムの要求に応える形で、選手補強に約2億4000万ポンド(約480億円)の莫大な資金を投じた。それにもかかわらず、共同オーナーのラトクリフは人員整理やコスト削減を同時に進めているという矛盾した運営が続いている。
理解しがたい27歳ラッシュフォードの放出
ユナイテッドの迷走を象徴しているのが、ラッシュフォードのケースだろう。アモリム政権の1年目にラッシュフォードがトレーニングに遅刻したことがあり、この一件をきっかけに、アモリムとラッシュフォードの関係は悪化した。結果としてアモリムは、ラッシュフォードとの関係を絶った。
その年の冬の移籍市場で、ラッシュフォードはアストン・ヴィラにレンタルに出され、今シーズンもバルセロナへとレンタル移籍することになった。問題は、バルセロナへのレンタル移籍に含まれた契約内容である。ユナイテッド側は「監督との関係が悪化したラッシュフォードの放出」と「給与削減」を急ぐあまり、バルセロナに移籍金2600万ポンド(約52億円)という格安での買取オプションを認めてしまったのだ。
しかも、ラッシュフォードがラ・リーガやUEFAチャンピオンズリーグの優勝に貢献したとしても、その金額は変わらないという不可解な条件だ。可能性は極めて低いとはいえ、ラッシュフォードがバロンドールを獲得してもその買取金額は据え置かれるというのだから、バルセロナにとっては極めて有利なオプションである。
皮肉なことに、ラッシュフォードはバルセロナで再び輝き始めた。現時点で、3ゴール、5アシスト。ユナイテッドのユースアカデミーで「最も才能豊かな逸材」と期待されたラッシュフォードは現在27歳。これからキャリアの全盛期を迎えるところだ。出場機会を重ねれば、スペインの地で結果を残すのは容易に想像できる。
今やラッシュフォードは8000万ポンド(約160億円)級の価値を持つアタッカーに見える。それだけに、バルセロナに認めてしまった契約内容と、ユナイテッドの判断が理解しがたいのだ。
【連載後編】「アモリム体制、勝率36.2%」再建難航のファーガソン後遺症。名門ユナイテッドは降格候補クラブなのか?
<了>
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