中国に1-8完敗の日本卓球、決勝で何が起きたのか? 混合団体W杯決勝の“分岐点”
卓球の混合団体ワールドカップ2025が中国・成都で行われ、決勝で日本は中国にゲームカウント1-8で敗れたものの、初の銀メダルを獲得。一定の成果は挙げた一方で、中国には予選・決勝ともに敗れ、力の差を痛感させられる結果となった。新フォーマットへの対応が問われた今大会。なぜ中国の強さがここまで際立ったのか?
(文=本島修司、写真=新華社/アフロ)
強い中国が“より一層強くなった”現在地
卓球混合ワールドカップ2025。この大会は、まったく新しい「8ゲーム先取制」の導入がニュースとなり、世界中から注目を集めることになった。
ダブルスとシングルスを、各3試合ずつ行い「何勝したか」ではなく、ゲーム数で「8ゲームを先に取ったほうが勝ち」という新しいルール。
しかし、このルールは今回の大会のためだけに用意されたものではない。2028年のロサンゼルス五輪でも同様のルールが採用されることが検討されているのだ。つまり、このルールでの勝ち方を極めればオリンピックでの金メダルも見えてくることになる。
決勝戦は大方の予測通りに日本VS中国の組み合わせとなった。しかし今大会、終わってみるとこのルールで圧倒的な強さを見せたのは、やはり中国。
強い中国が“より一層強くなった”印象を受けた。世界王者の中国をさらに一強へと押し上げた、この新ルールでの勝利のポイントは、どんなところにあるのか。
もともと「先手必勝」、それが中国の卓球だった
中国卓球の特徴とは何か。それはもともと先手必勝の攻撃性だと言われてきた。
まずはプレー面。サーブから強烈な回転、そしてそこから3球目を逃さない。ダブルスでは、台からワンバウンドで出るようないわゆる「長いボール」はドライブで打っていくのは卓球の定石だが、シングルスでも「長いボールは全部打つ」とばかりに、試合開始から猛攻撃を仕掛けてくる。
卓球選手というより、すべてのスポーツにおいて「スロースターター」というものが存在する。立ち上がりは遅いが、試合が進むにつれて、じわじわ調子を上げて追い上げるような選手だ。
しかし、中国の卓球選手でスロースターターというのは見たことがない。代わりに見させられるのは、出足から猛攻撃を仕掛けてくる姿。これにより他国の選手の中にいる「立ち上がりがイマイチな選手は」ひとたまりもなく主導権を握られ、大差のリードをつけられてから試合が始まってしまう。
もう一つ、中国の先手必勝を表す現象がある。「タイムアウト」だ。これは卓球ファンにお馴染みの現象だが、通常のルールの試合でも2ゲーム目あたり、下手をすると1ゲーム目の途中から、1試合に1度しか使えないタイムアウトを使ってくる。「ここが勝負所」と思えば躊躇することなくタイムアウトを取り、そのゲームを仕留めにかかる。このあたりからも、中国が先手必勝の国であることがわかるはずだ。
中国がこだわった「1番手・混合ダブルスの勝利」
今大会、日本と中国は予選と決勝戦で、2度激突することになった。
単純に結果だけを見ると、予選では5―8。松島輝空が梁靖崑から2ゲームを奪い、男子ダブルスでは篠塚大登・戸上隼輔ペアが2-1で勝利。決勝での中国撃破の可能性もわずかながら見出せていた。
しかし、大一番となったその決勝戦では1-8と完敗することになる。追いつく可能性を見出したかったところだが、むしろ「突き放された」「中国の強さがより際立ってしまった」という印象だ。
何が明暗を分けたのか。
この決勝戦。一つ一つの試合結果ではなく8ゲーム連取すると勝てるルールの中で、中国は1番手となる混合ダブルスに、思い切り力を入れてきた印象がある。
男子のエース王楚欽と、女子のエース孫穎莎で、世界最強のペアを結成。日本は松島輝空・大藤沙月のペアで挑んだが、4-11、4-11、6-11という完敗を喫してしまった。豪快なラリーの応酬に、好調を維持している日本の新星・松島が食らいつき、中陣から台の中へ飛び込んで決めにいくような見せ場もたくさんあったが、やはり世界ランキング1位同士のペアの前では厳しい戦いとなった。
第2試合の女子シングルスは張本美和が、王曼昱に6-11、7-11、6-11のストレートで敗退(合計0-6)。第3試合の男子シングルスは張本智和が登場し、林詩棟から1ゲーム目を11-6で勝利、しかしその後は、5-11、6-11と逆転されてしまい1-2で敗退。これにより、団体戦トータルのゲームカウントは1-8で決着した。
混合ダブルスで圧倒的な強さ見せ、3-0で折り返すこと。これを狙ったと思われる中国の強さは、予選の時よりも巨大なものになっていた。
「日本はオーダーミス」の声も?
団体戦特有の現象として、今大会でも「日本のオーダーミス」を指摘する声も少なからず上がった。
戦前の大方の予想では、1番手の混合では、早田ひな・戸上隼輔のペアで挑むと思われていた。しかし、日本はここを松島・大藤というペアで挑んだ。
これは、奇襲を仕掛けるような変則オーダーとも、勢いのある若手にかけたとも受け取れる。また、このペアの経験値を上げて今後もこれでいけるかどうかを確かめる意味合いもあったのかもしれない。
ただ、「早田・戸上」でなければ、「王楚欽・孫穎莎」という世界最強コンビには太刀打ちできないのではないかと感じていた方も多いのではないか。
結果、やはり0-3で圧倒されてしまった。そして8ゲーム先取制で0-3から開始となると、ここから「巻き返す」という意識で試合に挑むことになる。
中国の選手層は徹底的に分厚い。ビハインドから「巻き返す」という気持ちで挑むのは、かなりの難しさを感じる。
この決勝戦から浮き彫りになったのは、8ゲーム先取制で重要なことは「1番手の混合ダブルスを勝つこと」。加えて、少なくとも「1番手の混合ダブルスで絶対に1ゲームは取ること」ではないか。
そして、先手必勝の代名詞・中国は、そのことを早くから感じ取り、この1番手に全力をかけて挑んできたように感じられた。
早田を使えなかったことには、さまざまな理由があるだろう。
体調面や、もしかするとケガの回復具合など、それは早田と監督にしかわからないことだと思う。しかし、ここで早田が出ていたらどうだったかという部分も今後は見どころとなりそうだ。
アウェイの地で見出した“新しい卓球”の姿
大会を終えて一つ思うのは、こうした「オーダー」というファクターに対し「完璧なオーダー!」「オーダーミスだ!」「このオーダーには狙いがあるはず!」といった、喧々諤々の議論がなされること自体が、この団体戦の醍醐味なのかもしれないと感じる。
この決勝戦で、最もスポーツファンが「盛り上がった」のは、試合内容はもちろんだが、オーダーに関する議論と賛否だった。
逆に言えば、今回のオーダーからオリンピックに向けてどう試しながら変えていくのか、そして2028年のロス五輪では、どんなオーダーの結論にたどり着くのか。卓球の世界大会に、今までになかった“面白味”が増した。この盛り上がり方は、卓球の見方の「幅を増した」と言えそうだ。
改めて述べるまでもなく、個人競技には個人競技の良さが、そして団体競技には仲間と共に同じ目標に向かっていく良さがある。
卓球はこれまでも団体戦と個人戦があった。だが、個人競技という印象のほうが先行するスポーツだった。そこに8ゲーム先取制という「チームとしての組み合わせ」「チームとしての一体感」が加わった。
国際的な情勢から、中国で開催されたこの大会の会場では日本の選手たちに対して野次が飛ぶ場面もあった。日本にとってはかなり“アウェイ感”があったこと、そしてその状況が試合よりも注目を浴びる形となってしまったことは非常に残念だ。
しかし、孫穎莎は観客のブーイングをたしなめ、日本人チームに対して中国人選手がリスペクトを示す姿もあった。そうしたスポーツマンシップを感じる仕草の美しさが際立つ光景には心が癒される思いだった。
ただの団体戦とは違う、捻ったオーダーを出すこともできる“新しい卓球”の姿。そこでも日本はしっかりと銀メダルを確保する強さを見せることはできている。
あとは卓球大国・中国に勝ち切り、頂点を取れるかどうか。
選手個々の成長はもちろん、やり方一つと、そして、どんなオーダーで挑むかの作戦次第で、日本にもきっと世界一になるチャンスはあるはずだ。
<了>
早田ひな、卓球の女王ついに復活。パリ五輪以来、封印していた最大の武器とは?
橋本帆乃香の中国撃破、張本美和の戴冠。取りこぼさない日本女子卓球、強さの証明
中国の牙城を崩すまであと一歩。松島輝空、世界一・王楚欽の壁を超えるために必要なものとは
ダブルス復活の早田ひな・伊藤美誠ペア。卓球“2人の女王”が見せた手応えと現在地
「打倒中国」が開花した世界卓球。なぜ戸上隼輔は世界戦で力を発揮できるようになったのか?
この記事をシェア
RANKING
ランキング
まだデータがありません。
まだデータがありません。
LATEST
最新の記事
-
サッカー選手が19〜21歳で身につけるべき能力とは? “人材の宝庫”英国で活躍する日本人アナリストの考察
2025.12.10Training -
なぜプレミアリーグは優秀な若手選手が育つ? エバートン分析官が語る、個別育成プラン「IDP」の本質
2025.12.10Training -
ラグビー界の名門消滅の瀬戸際に立つGR東葛。渦中の社会人1年目・内川朝陽は何を思う
2025.12.05Career -
SVリーグ女子の課題「集客」をどう突破する? エアリービーズが挑む“地域密着”のリアル
2025.12.05Business -
女子バレー強豪が東北に移転した理由。デンソーエアリービーズが福島にもたらす新しい風景
2025.12.03Business -
個人競技と団体競技の向き・不向き。ラグビー未経験から3年で代表入り、吉田菜美の成長曲線
2025.12.01Career -
監督が口を出さない“考えるチームづくり”。慶應義塾高校野球部が実践する「選手だけのミーティング」
2025.12.01Education -
『下を向くな、威厳を保て』黒田剛と昌子源が導いた悲願。町田ゼルビア初タイトルの舞台裏
2025.11.28Opinion -
柔道14年のキャリアを経てラグビーへ。競技横断アスリート・吉田菜美が拓いた新しい道
2025.11.28Career -
デュプランティス世界新の陰に「音」の仕掛け人? 東京2025世界陸上の成功を支えたDJ
2025.11.28Opinion -
高校野球の「勝ち」を「価値」に。慶應義塾が体現する、困難を乗り越えた先にある“成長至上主義”
2025.11.25Education -
原口元気が語る「優れた監督の条件」。現役と指導者の二刀流へ、欧州で始まる第二のキャリア
2025.11.21Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
『下を向くな、威厳を保て』黒田剛と昌子源が導いた悲願。町田ゼルビア初タイトルの舞台裏
2025.11.28Opinion -
デュプランティス世界新の陰に「音」の仕掛け人? 東京2025世界陸上の成功を支えたDJ
2025.11.28Opinion -
ベレーザが北朝鮮王者らに3戦無敗。賞金1.5億円の女子ACL、アジア制覇への現在地
2025.11.17Opinion -
早田ひな、卓球の女王ついに復活。パリ五輪以来、封印していた最大の武器とは?
2025.11.17Opinion -
リバプール、問われるクラブ改革と代償のバランス。“大量補強”踏み切ったスロット体制の真意
2025.11.07Opinion -
“ブライトンの奇跡”から10年ぶり南ア戦。ラグビー日本代表が突きつけられた王者との「明確な差」
2025.11.04Opinion -
橋本帆乃香の中国撃破、張本美和の戴冠。取りこぼさない日本女子卓球、強さの証明
2025.11.04Opinion -
ラグビー日本代表“言語の壁”を超えて。エディー・ジョーンズ体制で進む多国籍集団のボーダレス化
2025.11.01Opinion -
欧州遠征1分1敗、なでしこジャパン新たな輪郭。メンバー固定で見えてきた“第2フェーズ”
2025.10.30Opinion -
富士通フロンティアーズ40周年。ハーフタイムを彩ったチアリーダー部“歴代70人”のラインダンス
2025.10.27Opinion -
社員応援団から企業文化の象徴へ。富士通チアリーダー部「フロンティアレッツ」が紡いだ47年
2025.10.24Opinion -
「アモリム体制、勝率36.2%」再建難航のファーガソン後遺症。名門ユナイテッドは降格候補クラブなのか?
2025.10.17Opinion
