「伸びる選手」と「伸び悩む選手」の違いとは? 名良橋晃×澤村公康、専門家が語る『代表まで行く選手』の共通点
「伸びる選手」と「伸び悩む選手」の違いは、どこにあるのか。鹿島アントラーズのレジェンド・名良橋晃と、育成年代からトップレベルまで数多くのGKを指導してきた澤村公康GKコーチ、サッカー界の専門家の二人がその答えを探る。GKとしてJリーグMVPに輝いた早川友基の存在、9年ぶりの鹿島アントラーズのJ1優勝を通して浮かび上がったのは、強い選手の存在感、勝つチームの空気、声の力、そしてトップに行く選手が必ず持つ“ある共通点”だった。
(インタビュー・構成=鈴木智之、写真=YUTAKA/アフロスポーツ)
GKというポジション、そして育成の重要性
鹿島アントラーズのレジェンドであり、現在は解説者として人気を博す、名良橋晃氏。息子の拓真選手は、GKとして川崎フロンターレの下部組織、阪南大学を経て、2021年に藤枝MYFCでJリーガーとしてデビュー。2025年はJFLのグルージャ盛岡でプレーしている。
そんな拓真選手を川崎フロンターレのU-15で指導したのが、GKコーチの澤村公康氏だ。澤村コーチは現在、高知ユナイテッドSC(J3)のGKコーチとして活動するほか、個人でもGKスクールを開くなど、育成年代のGKの成長に心血を注いでいる。
旧知の間柄である二人が、GKというポジション、そして育成について語り合った。話題はまず、201O年の楢崎正剛氏の受賞以来、15年ぶりにJリーグのMVPをGKの早川友基選手が受賞したことから――。
GKがJリーグのMVPに選ばれた意味
澤村:GKがJリーグの年間MVPを獲得したのは、楢崎正剛さん以来の快挙。GK界にとってビッグなニュースであり、僕自身GKコーチを30年以上してきたので、すごくうれしかったですね。
名良橋:僕は早川選手がMVPに選ばれるんじゃないかと思っていたんです。そのぐらいの活躍をしましたよね。早川選手の活躍で、鹿島はどのぐらい勝ち点を積み上げたのだろうというぐらいに、頼もしかったです。
澤村:現代サッカーでは、これまでのゴールキーピングだけでなく、ビルドアップにも加わるなど、GKに求められるものが多岐にわたっています。その中で、どのキーパーも求められる役割に対応するため日々、試行錯誤していると思うのですが、早川選手があれだけの活躍をして、サッカー界全体に認められたのは喜ばしいことです。
MVP受賞後のスピーチで言っていましたが、キーパーをする子どもたちにいい発信ができたというのは、まさにその通りだなと思います。GKコーチ目線で言えば、彼はゲームの中での「決定機阻止」で流れを引き寄せる、あるいは相手に渡さないという、守備の要的な存在でしたね。
名良橋:何より彼は「鉄人」なんですよ。3シーズン連続でリーグ戦フルタイム出場ですし、本当に代えの利かない存在ですね。
澤村:年々、プレーのインテンシティが高くなる中で、コンスタントに鹿島のゴールマウスに居続けたというのは、評価されるべきことだと思います。代表に選ばれてからもそうですが、ゲームを経験すればするほど輝きが増していった。タイトル争いをする緊張感の中での成長というのは大事だなと、改めて感じました。
優勝するチームは、なぜ選手が互いに要求し合うのか?
名良橋:鹿島はトレーニングから緊張感があります。中途半端な選手のほうが浮いちゃうというか。僕が現役の頃から感じていたのは、紅白戦のほうが実際の試合よりもレベルが高いんじゃないかということ。本当に、お金をとってもいいくらいのレベルでした。そこはアントラーズの良さですよね。
澤村:強いチームには、そういった雰囲気がありますよね。僕は「声」があるチームが勝つチームなんだろうなと思います。経験上、降格争いに巻き込まれ始めると、途端に声が無くなるのを感じているので。そのあたり、強いチームにいた名良橋さんに聞きたくて。
名良橋:大事なのは「声」と「熱量」。僕がいた頃のアントラーズだったら秋田豊さんや本田泰人さんがチームを引っ張って、それぞれの選手がそれぞれのタイミングで声を出す。それもただ「頑張れ」とかじゃなくて、ポジショニング一つの要求がすごく細かいんです。
澤村:要求し合うことで、厳しい雰囲気になったりはしないのですか?
名良橋:優勝するチームは、勝つために選手が互いに要求し合えます。やるべきことをサボる選手、やっていない選手には厳しく言います。それは相手に対する文句ではなくて、要求なんです。そうやって互いに高めあえる雰囲気ができるチームは強い。そういう雰囲気があるチームが、優勝するチームなんじゃないかなと感じます。
澤村:「雰囲気」という字について調べたことがあるのですが、一人ひとりの出す「気」の集合体らしいんです。今の話を聞いていると、雰囲気って全体で変えるんじゃなくて、一人ひとりが変えなきゃいけないんだなと。要求する声なのか、呼応する声なのか。それも含めて、雰囲気を作ることなんですね。
今回の早川選手について言えば、僕は「上手いゴールキーパー」というよりも、流れが悪くなった時にきちっと仕事ができる、メンタルも含めて「強いゴールキーパー」だと思いました。アウェイも含めたいろいろな環境下で、彼はストロングでしたよね。
指導現場に立てば立つほど感じるのは、いい選手は「見えないものを見せられる選手」だということ。声は見えないけれど、それが見えるようになるといいキーパーに近づく。勇気、決断力、予測、あとは気やオーラ。僕は鹿島が優勝を決めた最終節、スタジアムで見させてもらいましたけど、キーパーとして「目に見えないものを相手に見せられるようになる力」が、本当に大事なんだなと感じました。
中田英寿に感じた「ブレない選手」の条件
名良橋:澤村さんにうかがいたいのが、たくさんのトップレベルの選手を指導する中で、「伸びる選手」に感じる共通点って、何があると思いますか?
澤村:僕は、いつでも自分が出せる選手だと思います。いつでも、どこでも、誰とでも、どこの国でも、どんなピッチでも。日の丸を背負う選手や海外でプレーする選手は、そういう能力があるんだろうなって思います。名良橋さんはトップレベルの選手を間近で見てこられて、「こいつは代表まで行くぞ」というのはわかるものですか?
名良橋:僕がそれを一番感じたのは、中田英寿さんでした。高校を卒業してベルマーレに入ってきたのですが、本当にブレなかったですね。周りからいろんな声があっても、自分のルーティーンを貫いていました。
例えば試合の前日でも筋トレをやる。「体が重くなっちゃうよ」と言われても、自分の中に理想があって、そこを目指していた。明日の試合も大事なんだけど、ゴールから逆算して、自分の未来のために設計を立てていたんですよね。そのすごさは今になってわかります。
澤村さんは、シュミット・ダニエル選手や大迫敬介選手など、若いうちから見てこられましたよね。やはり予兆のようなものはありましたか?
澤村:野心がありますよね。「こうなれたらいいな」じゃなくて、俺はこうなる、と決めつけている。言葉はあれですけど、良い意味で「勘違い」しているんです。その勘違いを持ち続けられる執着心がある。ケガや離脱があっても、上に行く選手は自分を信じる力がありますね。
この間引退した安藤駿介は、高校2年生の時に指導しました。最初に彼から聞かれたのが「僕はプロになれますか?」だったんです。そのときに僕は「プロにはなれると思うけど、試合に出続けるキーパーになるためには、必要なことがたくさんあるぞ」と伝えました。彼も野心がありましたし、高校生であっても、大人に平気でそういうことを聞いてくる、ふてぶてしさがありましたね。
結果としてプロになり、ロンドン五輪のメンバーにも入った。やっぱり、こういう人間が日の丸をつけるんだなというのを、安藤から教えてもらいましたね。
【連載後編】「木の影から見守る」距離感がちょうどいい。名良橋晃と澤村公康が語る、親のスタンスと“我慢の指導法”
<了>
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[PROFILE]
名良橋晃(ならはし・あきら)
1971年11月26日生まれ、千葉県出身。解説者、サッカー指導者。元サッカー日本代表。現役時代のポジションはディフェンダー。千葉英和高校を卒業後、1990年に日本サッカーリーグ1部のフジタ(ベルマーレ平塚〜現湘南ベルマーレ)に加入。1997年に鹿島アントラーズへ移籍。アントラーズ黄金期を支えた。2007年に湘南ベルマーレに復帰したのち、2008年2月に現役引退を発表。日本代表としては国際Aマッチ38試合に出場。1998年フランスワールドカップでは全3試合で先発出場。引退後は解説者として活躍するほか、指導者としても活動している。
[PROFILE]
澤村公康(さわむら・きみやす)
1971年12月19日生まれ、東京都出身。J3高知ユナイテッドSC GKコーチ。三菱養和SCユース、仙台大学でプレー。1995年に鳥栖フューチャーズの育成GKコーチに就任。以降、ブレイズ熊本アカデミー、大津高校、日本高校選抜、JFAナショナルトレセンコーチ、浦和レッズアカデミー、女子日本代表、川崎フロンターレアカデミー、青山学院大学、浜松開誠館中学校・高校などさまざまなカテゴリーでGKコーチを歴任。2015年からロアッソ熊本、2019年はサンフレッチェ広島、現在は高知ユナイテッドSCでトップチームのGKコーチを務める。これまでシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GK、JクラブのGK、GKコーチなどを数多く輩出している。
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