永里優季「今が自分の全盛期」 振り返る“あの頃”と“今”の自分
日本女子サッカー史上最高のストライカーの一人、永里優季。現在、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表)から離れ、アメリカのシカゴ・レッドスターズでさらなる活躍をみせる永里だが、海外に出て、彼女自身にとってどのような変化があったのだろうか。
また、永里の目には、FIFA女子ワールドカップ2019を直前に控えた現在のなでしこジャパンがどのように見えているのだろうか。そして彼女にとって当時のなでしこジャパンとは、どのような存在だったのか? 改めてその想いに迫る。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=小中村政一)
頭で考えるより、心と身体のつながりを大切にするようになった
最近の永里選手を見ていて思うのは、頭と体が一致しているというか、以前に比べて自分の思いどおりに身体を動かせている、コーディネーションできているなと。自分自身でも、そういった感覚を感じながらやっているのですか?
永里:私の場合、頭と身体というより、“心と身体”ですね。それが一致してきたというのはすごく感じていて。自分が一番心地良いところを見つけられるようになったことが、このような状態につながっているのかなと思います。
「頭」というよりも、「心」ですか?永里:以前に比べて、考えなくなったんですよ。前はもっとロジカルに、試合前も練習の時も全部、こう考えて、自分の中でこうあるべき……みたいなのがあったけれど。
今はそれを半分以下に減らして、もっと自分が何を感じているのかということ、そして、その時の自分の状態をそのまま受け入れるようになりました。良かろうが悪かろうが。
先日もTwitterに書いていましたが、今でもすごく状態が悪い時というのもあるんですか?
永里:あります、あります。
それは具体的に言うと、自分が思ったようなプレーができないとか、コンディション的に理想の状態じゃないということ?
永里:その“状態”が悪い時というのが、心と身体がかけ離れた状態にある時。身体は動くんだけど、心がついてこない時っていうのがあるんですよ、たまに。それはモチベーションの部分であったり。
その時は、実際にプレーにも出てしまったりするのですか?永里:出ちゃいます。
そういう意味では、今はすごく良い状態なんですね。(悪い状態が)出てるように見えないから。
永里:でも、実は先週の試合で(悪い状態が)ちょっと出てしまって。代表組がチームからいなくなったっていうのもあるんですけど。
周りが変わるとプレーも当然種類が変わってきたり、自分自身のやらなきゃいけないエリアも増えて、“(~する)べき”が増えてしまうんですか?
永里:増えちゃう。そうすると、自分が今までフォーカスしてきた部分の仕事だけに集中できなくなってしまって、やることが増えて、ストレスが溜まって、気持ちがダウンして、集中力も散漫になってミスが増えるし……という状態になってしまう。
普通の選手だと年に1回出たらいいぐらいの(素晴らしい)プレーがけっこう頻繁に出るじゃないですか。ボールを蹴る前のところの質も高いし、ボールを受けたあとの正確なトラップからのシュートのところも素晴らしい。意図してそこまで持っていってる感じのプレーがすごく出ますよね。以前のプレーでは正直なところ、そこまで感じなかった。前はその中で、必死に努力したとか、ポジショニングですごく考えた上での結果だったように見えました。今は本当に自然体で、そういう意味でいうと、昔より全然良い状態に見えます。
永里:それは自分でも感じていますし、何より、明らかにサッカーが上手くなっていっているという自分の中での自信があって。10年前に比べたら、当時は自分の今持っているスキルと比べものにならないくらい下手でしたし。
今も自分自身では、下手だなって思ってますけれど、過去に比べたら自分自身がその技術に自信を持てるようになってきたからこそ、心に余裕が持てるようになって、次のプレーを考える幅も広がるし、準備の仕方にも余裕が生まれる。それが全部今のプレーにつながっているなというのは、自分の中ですごく感じます。
最近のインタビュー記事なども読ませていただきましたけれど、もうだんだん、求道者みたいになってきたなって。“仙人状態”になってるなって感じます(笑)。
永里:(笑)
今は、結果はもちろんだけど、結果というよりもその場その場でちゃんとしたプレーをする、みたいなことを意識しているのですか?
永里:そっちですね。昔はホント、結果を求めることに生きる術を見出していたところがあって。でも、それが自分の中でのすべてになると、その生き方が窮屈になり始めて、結局自分が結果を出すためには、チームとの関係もあるし、チームメートもそれなりのレベルになかったら自分自身も結果を出せない、ということに気づいて。それから、一つひとつの自分のプレーにフォーカスするようになって、また結果が出始めるようになりました。
その好循環で、チームメートとの関係もすごく良さそうですよね。そういうメンタリティのほうが、周りも上手くやりやすいんでしょうね。永里:それはすごく感じますね。今のチームメートからも言われるのが、私とプレーすると自分が上手く見える、サッカー選手として上手い選手に見えるから、私と一緒にプレーしたいって言われることが多くなって。
すごい。でもそのレベルまで到達することはなかなかないし、どの競技でもトップ・オブ・トップの選手しかいけない領域だから、そこの域にいった人が何を考えているのか興味があります。どう考えても、今が自分の全盛期なわけですよね?永里:自分の中ではそうですね。
トップを経験した選手に共通する、ある考え方
おそらく、周りから見てもそうだと思いますよ。だからこそ、今回のワールドカップで永里選手がプレーしないというのは、日本はもちろん世界のサッカーファンからしても、残念すぎます。チームメートにも代表選手がいますが、そういう選手たちからも「なんで?」って言われたのでは?
永里:「なんで行かないの?」というのは言われましたけど。でも結局、自分自身が幸せだから、今。そこに行っていなくても。
とにかく、自分のプレーの質を高めて、成長していければいいと。永里:そこだけです。
そうなった人って強い。それこそ、アスリートだけでなくビジネスマンや、どんな人でも、昨日の自分よりちょっとでも成長している自分がいたら、それは成功ですからね。でもスポーツ選手でそこに到達できる人って、なかなかいないですよね。いろいろな人を見ている中で、そんな人っていますか?
永里:私が今感じているのは、このサッカー界って、みんな有名になりたい、何かタイトルが欲しい、とか、何かの“結果”に縛られている。レギュラーとして最高の数字を出したい、とか。そういう人がどんどん増えているような気がして。純粋にサッカーが好きで上達したくて、今の自分よりももっと上手くなりたいって思ってプレーしている人って、本当に限られているんじゃないかなっていうことを、自分の中で最近感じていて。
今の男子の日本代表で、そういったタイプの選手は誰かいますか?永里:中島翔哉選手は、たぶん、そういうタイプだと思うんですよ。
わかります。「とにかく、サッカーが上手くなりたい」というタイプですよね。カタールに移籍する時も、きっと周りからはいろいろ言われたと思いますが、自分はそこで成長できる自信があるからブレた感じがない。仮に、代表メンバーから外れる時期があっても、彼の場合、自分自身のサッカーを成長させたい以外のことを感じないと思います。
永里:なんかこう、代表ありきな人が多いなというのは感じます。もっと言えば、自分自身のサッカー選手としての人生を、そこまで考えていない人が多いのかなと。
ただ、これまでの話を聞いていて、永里選手の考えはすごく理解できるんですが、単純にいちサッカーファン、永里優季ファンとして、それでも「もったいないな」という気持ちにはなります。こんなに良い状態にある今こそ、世界のトップとガチでやるのが見たかったなっていう。
永里が振り返る、当時のなでしこジャパン
永里選手が今、世界のトップリーグでこのように活躍できて、自分自身のプレーができているというのは、代表にこだわらなくなったということも、その要因としてあるんでしょうか?
永里:自分の中で何が価値なのかっていうのがだんだんわかってきたんですよ。代表でプレーすることに。自分が10年以上代表でプレーしていた時って、なんだか戦場に行くような感覚だったんです。責任であったり使命感であったり、なんかこう、守らなきゃいけないっていう、そういう志を持ってやらなければいけないという場所だったんですけれど。それがなんだか、変わってきちゃった感覚があって。
前回の2015年のワールドカップの時までは、その感覚は残っていたんですよね?永里:はい、その感覚でプレーできていました。当時の日本代表メンバーは、そういう志を持った選手がやっぱり多かったです。だから、決勝に行けたと思っているし。最後は惨敗でしたけど……。
いや、でも決勝まで行ったのも、とんでもない功績だと思いますよ。その前の大会で優勝したことで、他の国から徹底的に研究されていましたし。正直、あの大会はグループリーグで負けてもおかしくないと思っていました。永里:選手たちも、決勝まで行ける自信はそこまでなかったと思います。
それはやっぱり仕方がない部分もありますよね。なぜなら、その前の大会で優勝して、そこからの4年間が長すぎた。もちろんその間にオリンピックもありましたが。その状況で、同じ体制で、監督も同じで、同じ一体感を出していくというのはやっぱり難しいなと。永里:難しいです。でも、あの時ってやっぱり大会の中で試合ごとに一体感が出ていて。だから決勝まで行けたんだと思います。
日本代表が世界に勝つために必要な“武器”
そういう意味では、今回のワールドカップは、その2大会と比べられてしまいますよね。
永里:もちろんそうですね。
その中で、世界との戦いを体感している選手って数人しかいない。その上、当然日本のサッカーはしっかり研究されるわけで。永里:ここ最近の試合を見ていても、完全に研究されているなというのは、すごく感じます。
研究された上で、強いフィジカルと体力、強い気持ちを持った外国人選手たちが挑んでくるのを受けなければいけない、ということになります。
永里:ノリさん(佐々木則夫元監督)が監督の時、私が感じてた日本代表の選考基準って、戦えるかというのと、守備ができるかっていうのが重要だったんですよ。
そこができないと絶対に選ばれなかったし、そうしないと勝てないのをノリさんは知っていたから。いくら攻撃力があろうと、そこがなかったらチームとして勝てないというのがわかっていたから。
でも、今選ばれている選手たちは、一人でドリブルで局面を打開したり、フリーな状態で前を向いて力を発揮できる選手が多い。ただ、その反面、守備になった時に、あまりにも何もできない場面というのを目にすることが多いと感じます。
それって、国内のリーグであるなでしこリーグの性質も関係してますよね。永里:なでしこリーグでの戦いにおいては、その能力を必要とされていないのだと思います。ただ、世界との戦いでは、当然、そこが求められますから。そこをどうするか、だと思います。
<了>
第2回 永里優季が考える女子サッカーの未来 “ガラパゴス化”の日本が歩むべき道とは?
第3回 永里優季のキャリア術「先のことを考えすぎない」 起業した理由と思考法とは?
PROFILE
永里優季(ながさと・ゆうき)
1987年生まれ、神奈川出身。シカゴ・レッドスターズ所属。ポジションはフォワード。2001年に日テレ・ベレーザに入団。2010年にドイツへ渡り、ブンデスリーガ1部トゥルビネ・ポツダムへ移籍。
2013年イングランド1部チェルシー、2015年1月にドイツ1部ヴォルフスブルク、8月にフランクフルトへ。2017年よりアメリカのシカゴ・レッドスターズへ加入。女子日本代表“なでしこジャパン”として、2011年FIFA女子ワールドカップでは優勝、2012年ロンドンオリンピックでは銀メダル獲得に大きく貢献。
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