バスケ日本代表を躍進させた改革とは? 陰の功労者が描く“世界トップ”への道
日本バスケットボール協会の東野智弥は、技術委員会委員長就任後、数々の改革を行ってきた。21年ぶりの自力でのワールドカップ出場、東京五輪出場という、男子日本代表の躍進の背景にはこの男の存在がある。東野が取り組んできたこと、そしてこれから先に見据えるものとは?
(文=三上太、撮影=谷内仁美)
世界でトップに立つためにどうしたらいいのか考えた
東野智弥が公益財団法人日本バスケットボール協会の技術委員会委員長に就任したのは2016年5月のこと。その2年前に国際バスケットボール連盟(FIBA)から発令された無期限の資格停止処分が解け、本格的に東京五輪に向けた日本代表チームの強化と、その後に続く若い世代の育成を推し進めることが彼に与えられたミッションだった。
しかし、当時はそれらのミッションをどのように進めるべきか、明確な答えがなかったと東野は認める。
「2016年7月に行われたリオデジャネイロ五輪の世界最終予選に出た男子日本代表は、ラトビア代表に48対88で大敗し、チェコ代表にも71対87で敗れました。8月に行われた、当時渡邊雄太が所属していたジョージ・ワシントン大学との親善試合でも3連敗を喫したわけです。これはもう一度足元から見直す必要があるぞと考えました。何がよくて、何が悪いのかをもう一度検証しなければいけないと思ったんです」
検証を進めるなかで最初にぶち当たった壁は、日本に「強みがない」ことだった。むろん勤勉さや粘り、細かいことへの追求といった国民性とも言うべき長所はあるが、バスケットにおけるそれを見つけられなかった。いや、敏捷性やシュート力といった長所はあるのだが、単体では大きな効果を出しえない。ではどうしたらいいのか。深掘りしていくと、東野が以前から漠然と感じていた違和感にたどり着いた。
「男子も女子も『アジアを勝ち抜いて世界へ』という意識だったんです。もちろんそれはそのとおりなんですけど、でも実際にアジアを勝ち抜いても、世界では負けているわけでしょう。中国などは世界を倒そうとさまざまな施策をしているんですね。それではいつまでたっても追いつかない。根本的なところから見直して、世界でトップに立つためにはどうしたらいいのかと考えれば、おのずとアジアでも勝てるだろうと考えたわけです」
大風呂敷を広げている。そう思われるかもしれないが、結果的に今、男子日本代表が21年ぶりに自力でワールドカップ出場を決めたことを考えると、その原点が東野の着想にあったことは否定できない。
世界で戦うための「一気通貫」のシステム作り
それまでアジアでも10番目付近を行ったり来たりしていた男子日本代表が、世界で勝つためには何が必要か。明白だった。世間一般でも言われるとおり、サイズ、つまりは身長の高さである。2016年のリオデジャネイロ五輪に出場した12カ国の平均身長は約200cm。対する日本は約190cmである。この差をいかに埋めるか。
「それはつまり『弱みを最少化する』ことなんですね。日本の弱点とされてきたインサイドでの攻防とリバウンド。ここで相手にアドバンテージを取られてしまったら、日本の長所と言われる速さやシュート力にたどり着かないんです。だから身長という弱みを最少化してこそ、自分たちのよさを出せると考えたんです」
とはいえ、さまざまな技術が発達した現代社会においても、身長を思いどおりに伸ばすことはできない。東野は半分本気、半分冗談で「『ドラえもん』のビッグライト(その光を浴びると対象物が大きくなる秘密道具)があれば、日本を勝たせられると思ったんです」と笑う。しかしそれはできない。ドラえもんは、いない。
そこで東野は、「ビッグライト」の代わりになるものを探した。それが海外でプレーする選手を招集してすぐにチーム化できるコーチの招へいであり、帰化選手の招集であり、日本国籍を持っている、もしくは選択が可能な、いわゆる「ハーフ」と呼ばれるサイズの大きな選手を世界中から発掘することだった。
むろん彼らを招集したからといって、すぐに勝てるわけではない。それ以前に、そうした選手だけでチームを作ることは数の上からもできないし、これまで日本をけん引してきた自負を持つ選手たちは国内にも数多くいる。ビッグライトを当てつつも、国内にいる選手をいかに世界基準に引き上げていくか。
「そのためには世界を知らないといけません。日本人は積み上げていくことが得意な国民性です。毎日やり続けることに関しては世界でもトップクラスにあると思っています。ただそれが世界レベルのものでなければ、毎日繰り返しても世界レベルには到達しないんです。だから私は、アルゼンチン代表をロンドン五輪で4位に導いたフリオ・ラマスを男子日本代表のヘッドコーチに、NBAで活動を続けていた佐藤晃一をスポーツパフォーマンスコーチに、それぞれ招へいしたんです」
それだけではない。現代バスケットの戦術では欠かせない「ピック&ロール」の世界基準を身につけるべく、ルカ・パヴィチェヴィッチ(現アルバルク東京HC)をテクニカルアドバイザーとして招へいし、日本代表重点強化選手70名を対象としたキャンプを毎月行い、世界基準を徹底させていった。
チーム戦術だけではなく、「ゲームを細分化することでレベルアップすることがわかり、そのために個人レベルで落とし込むことが重要」と考えてスキルコーチを採用し、また国内のコーチライセンスにもテコ入れし、BリーグのヘッドコーチにはS級ライセンスを持たせることで国内のコーチのレベルも引き上げていった。
「いかに世界レベルの日々を創出していくか。もちろん戦術や技術も必要ですが、それはYou Tubeなどで動画を見ればわかります。でも結局のところ、選手自身、コーチ自身が変わるようなプレゼンをしなければ、変わらないと思ったんです。それを促さない限り、日々は変わらないし、日本のバスケットの文化は変わらないんです」
そこで生まれたキーワードが「日常を世界基準にしよう」だったわけである。
さらにそれを浸透・継続させるべく東野の改革は続く。
さまざまな分野のスペシャリストを集め、その英知を結集して意見を出し合う技術委員会と、それぞれの専門部会を設けた。今後、新たに1つか2つ増やす計画もあると言うが、現状で9つの部会を立ち上げ、大会ごとに上がってくるレポートに対して改善策を提案し次の大会に生かしていく。文字どおり「日本一丸のPDCA(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)」である。
改革は男子に限られた話ではなく、女子にも適用し、また男子でもA代表だけでなく、アンダーカテゴリーの日本代表や、将来その可能性を秘めた選手たちへの育成にまで至った。世界で戦うための「一気通貫」のシステムを作り上げたのである。
「『一気通貫』のシステムに関しては、私が以前研究をしていたアルゼンチンの取り組みを参考にしました。アルゼンチン協会は彼らが土台となって、すべての選手、すべてのチームが競争して、みんなで世界を目指すように方向づけたんです。そうすることで国内から不満の声も聞こえなくなってきました。日本も目指すところはアジアではなく世界だと。国内でBリーグやWリーグをやっていて、もちろん国内で勝つことも素晴らしいことなんだけれども、世界に立ち向かうために何をやるのか。そういうキーワードをきちんと出さなければバスケットボールの発展はないと考えたんです」
「一気通貫」に世界を目指すためには、変化もいとわない。代表のカテゴリー分けでも2019年度からU20が新設された。
「どんどん変えていきます。世界と戦ううえでは、どうしてもやってみないとわからないことがあります。やってみてダメなものがあれば、それをさらにアグレッシブに前進させることが、世界の成長曲線に追いつき、さらにレベルアップすることになります。私はこれでいけると思っているんです。なぜなら、我々日本人にはやり続ける力と、粘りがあるからです」
むろんこれまでの日本が何もしていなかったわけではない。世界を目指してはいたが、結果として世界で通用したかといえば、それは歴史が教えてくれている。
「どこかつながらなかったんです。カリフォルニアサイズの日本で地方とか中央だとか言い合っているし、実際に男子は2つのリーグに分かれていた。しかも40チーム以上あったわけでしょう? でもそれがチャンスでもあったわけです。そのチャンスを日本代表にどう生かすかというプログラムを作ったときに、日本代表はとんでもないチームに変わっていったんです」
普及・発掘・育成から代表チームの強化、選手のレベルアップ、コーチやレフェリーの養成、それらすべてがリンクしていったことで、ワールドカップ・アジア予選における男子日本代表の「4連敗からの8連勝」につながった。東野はそう見ている。八村塁(ワシントン・ウィザーズ)や渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)、ニック・ファジーカス(川崎ブレイブサンダース)の加入だけがその要因ではなく、みんなが世界を目指すことに目を向け、つながったからこそのワールドカップ出場であり、その後の東京五輪の開催国枠での出場権獲得にもつながったというわけだ。
バスケへの関心、人気をレベルアップにどうつなげるか
ここ数十年、世界はもとよりアジアでさえなかなか結果が伴わなかった男子日本代表。FIBAからの無期限の資格停止を受けるなど紆余曲折を経ながらも、Bリーグが誕生し、日常を世界基準に変えていこうとしたことで、自力としては21年ぶりのワールドカップ出場という大きな結果を生み出した。それが東京五輪の出場権獲得にも大きな影響を及ぼしたのは間違いない。
ただ、それで満足をしていたら日本のバスケットの未来はまたも閉ざされてしまう。女子日本代表が常に世界と戦いながら、それでもやはり注目から一歩遠ざかってしまうのは、決して彼女たちに問題があるわけではなく、男子日本代表の活躍にかかっているところが大きい。
日本のバスケットの未来について、東野はこう言及する。
「変化してきた現状に何かを付け足すというよりも、東京五輪までという短期の強化と、その次のところはちょっと切り離して、またゼロから考えなければならないと思っています。オリンピックに44年間も出ていなくて、ワールドカップも21年間、自力で出ていないなかで、ただ今のままの勢いだけに任せると落とし穴があるのではないかと私は思っています。
今も将来構想の中で改革を行っています。それは大会方式の再考であったり、リーグ戦文化を入れること、ディベロップメントセンター(育成センター)の設立、コーチのライセンス制度の再構築、レフェリーとの関係性も含めて、さまざまなことを考えています。もちろん社会を取り巻く環境が変わっているなかで、いかに今の子どもたちを育てていくかを考えなければなりません。それが未来につながるわけですから」
その一環として、東野は3×3(スリー・エックス・スリー)を5対5の育成ツールにしてはどうかと考えている。そこには「DNP(=Did Not Play)」、つまりゲームでプレーしなかった選手をなくすという考えも含まれている。
「中学1年生や高校1年生の多くはゲームに出られなくて、ボールハンドリングをしたり学校の外を走ったり、腹筋などの体幹を鍛えるだけで1年が終わってしまう。そうではなく、3×3を取り入れることで彼らにもプレーの場所を与えて、DNPをなくしていく。3×3はハーフコートサイズのスペースしかありませんし、フィジカルにプレーしないとうまくいかないんです。攻守の切り替えも5対5以上に速くしなければいけないし、試合全体の時間配分なども、コーチが声をかけられないルールですから、選手たち自身でしなければいけない。そうした経験はすべて5対5にも通じるところです。
3×3の大会が増えればバスケットそのものも盛んになって、代表レベルの選手発掘ももっと増えると思うんですね。正式ではありませんが、2024年(パリ)、2028年(ロサンゼルス)のオリンピックでも3×3は公式競技として認められるだろうと言われています。であるならば、日本も今からその文化を変えていかなければいけません。
3×3のクラブができるかもしれませんし、もしかするとひとつのバスケット部で3×3でプレーする人と、5対5でプレーする人を分けて、メンバー選考をするところも出てくるかもしれません。それを年に1回シャッフルする。いい選手は引き上げ、ケガをした人はリハビリをして、3×3から復帰するといった新たな構造を作ってもいいかもしれません」
自ら「妄想を現実にしてきた」と自負する東野の頭の中には、いくつもの妄想、アイデアが詰まっている。
2016年、日本国内でバスケットをする競技者人口は63万人だった。1990年代、マイケル・ジョーダンが世界を虜にし、『スラムダンク』の連載が始まった頃は、競技者人口が100万にも達していたが、それが63万人まで減少し、さらにそのうちの約89%、56万人は小中高生である。大学に目を向けると競技者人口は一気に減ってしまう。
むろん競技者登録をせずにバスケットを楽しんでいる愛好者もいるだろうが、国内に約760もある大学に進みながら、競技者登録をしない要因のひとつに「DNP問題」があると東野は考えている。
それと併せて、成熟した選手をもう少し早く育成していくことも大事だと考えている。
「日本では大学を卒業した22歳でプロになった、日本代表になったと喜んでいますが、世界では18歳でプロになる選手が多くいます。世界の潮流からすれば日本は遅れているんです。もちろん日本の社会や文化を考えると、セカンドキャリアのことを含めて大学に進学する選手のほうが多いことはわかっています。Bリーグで1億円プレーヤーが誕生しましたが、そうした選手もまだまだ少ないのが現状です。だからこそU20を新設したように大学バスケットの改革も急務だと思っています」
日本のバスケットの未来をより明るくするためには、そうした新しい将来を協会が主導して築いていかなければならない。よりきめ細かい目で可能性のある選手をどんどん引き上げ、安全と信頼のある協会をバックボーンに海外へ挑戦していく。国内が空洞化してしまうのではないかという懸念もあるが、そこは高いコーチングスキルを身につけたコーチ陣がカバーし、より国内をレベルアップさせていくことで、海外挑戦をした選手との融合、海外で発掘された新しい選手や帰化選手たちとの融合を行い、次の日本は新しく、プラスされたものになる。
「これまではこうした大枠をないがしろにしてきて、一つひとつの技術や、一つひとつの練習など、数々の『一つひとつ』をやってきました。でも大枠がなければ、それらをいくらやってもつながりません。大枠を策定して、選択したものをつなげていけば、日本のバスケットはおそらく世界の成長曲線にもついていけるし、さらにレベルアップすると考えています。我々の大好きなバスケットがもっと世界に追いつけ、追い越せの状況になっていく。とてもうれしいことに、今は多くの人々がバスケットに関心を持ってくださっています。でも、だからこそ今の勢いというか、短期の関心、人気ではダメだと感じています。それをさらにどうレベルアップさせるか。今のことをそのままやっていても、私はうまくいかないと考えています。そのために何をやるかが私の次のミッションだと思っています」
協会だけではうまくいかない。みんなでつながることが重要
大枠という名のキャンバスを広げたら、あとはその中身を描く人を選んで、任せていく。それが東野の役割であり、大枠の中身までを自分ひとりで描くつもりはないと認める。
「私は25歳で現役を引退してから、20年間、『クラッシャーバスケットボールキャンプ』と呼ばれるキャンプを続けていました。参加する子どもたちにサインをするとき、いつも『楽しく・一生懸命に』って書くんです。でも楽しくっていうのは『楽をする』こととは違う。一生懸命に楽しむことなんです。
我々が学生の頃は、一生懸命というと眉間にしわを寄せて、厳しく叱責されながらもやることでしたが、今はそうであってはいけません。みんなで楽しみながら、一生懸命に何かを達成していく。達成することで学んでいくことが大切です。そのためにはコート上の5人がバラバラでは力が出ません。
5人がひとつになることで力になって、楽しく・一生懸命になれるんです。そうすれば、バスケットを通じてよい人間になれるよと伝えてきました。未来に向かって描くキャンバスも同じです。コーチたちがよいアプローチをして、ちゃんと教えていけば、日本のバスケットは絶対によくなると思うんです。絶対はないけれども、やればやるだけ成果は出てくると思うんです。私はそう信じています」
コーチだけではない。選手やクラブ、リーグ、レフェリー、スポンサー、ファン、メディアなどバスケットボールというキャンバスに何かを描こうとした人たち全ての活動が、日本のバスケットの未来につながっていく。
「それら一つひとつがつながることで、みんながいい笑顔になるんです。我々日本バスケットボール協会だけがやってもうまくいきません。みんなでつながっていくことが重要なんです」
“クラッシャー”は不変。熱く激しく道を突き進む
今年のNBAドラフトで八村塁が日本人として初めて、ドラフト1巡目9位でワシントン・ウィザーズに指名され、入団を果たした。東野はそれを「とんでもない新しい未来が始まった」と言う。しかし、その「未来」は今が過去に変わる積み重ねで生まれたものだ。今あるものを精査し、もっと質を上げていけば、日本の未来はよりよい方向に変わっていく。それを八村のNBA入りで、改めて違和感なく口にできるようになったと東野は明かす。
「まだまだ難しいところもあるんですけど、やはりいろんなことを積み上げていかなければいけないし、形にもしなければいけません。またそれが正しいかどうかもわからないわけですよ。
それでもひとつずつ……ワールドカップのアジア予選で男子日本代表が4連敗しているなかでこれを言っても理解してもらえなかったかもしれませんが、その後の8連勝で風向きが変わりました。だから今、『なぜ変わってきたか?』『こういう考えをしているから変わってきたんだ』と言えるようになってきました。
そうしたキャッチボールみたいなことをやっていくしか、未来を築く方法はないと思うんですね。今はよいことを実践している人や、そのもの自体にフォーカスしつつ、その本質がなんなのかを検証したいと思っています。日本のみならず、ほかの国がやっていることにも忘れず目を向け、突き進んでいきたいと思っています」
現役時代、その激しいプレースタイルから“クラッシャー”の異名を持つこととなった東野。それは技術委員会委員長になっても変わらない。東野はこれからも世界の壁を突き破るべく、笑顔で、しかし内では熱く、激しく道を突き進む。
(本記事は東邦出版刊「Basketball Lab」より転載)
<了>
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PROFILE
東野智弥(ひがしの・ともや)
1970年生まれ、石川県出身。北陸高校~早稲田大学~アンフィニ東京。25歳で現役を引退し、指導者の道へ。コーチ時代にはトヨタ自動車アルバルク(現アルバルク東京)をJBLで、浜松・東三河フェニックス(現三遠ネオフェニックス)をbjリーグで、それぞれ優勝に導くなど、2つのリーグで優勝を経験。前後して男子日本代表のアシスタントコーチとしても2006年の世界選手権(現ワールドカップ)に参戦するなど数々の経験を積んでいる。2016年、現職に就任。混迷を極めていた日本のバスケット界に新しい道を示した。
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