
“常勝”鹿島の哲学を強固にするメルカリ新体制 「世界」に打って出る準備は整った
年間売り上げが70億円に上り、Jリーグ有数のビッグクラブであった“常勝軍団”鹿島アントラーズは、なぜメルカリを迎えた新体制に挑むことを選択したのか?
その秘密はクラブが積み重ねてきた“歴史”、ジーコから叩き込まれた“フィロソフィー”に隠されていた。
そしてその確固たる基盤の上に小泉文明新社長が思い描く、プロフットボールクラブとしての新たな姿とは?
新体制で注目の集まる“新生”鹿島のこれまでとこれからを見つめた。
(文=田中滋、写真=Getty Images)
引っ越し完了。クラブは新たな船出へ
2年連続のアジア制覇を目指した鹿島アントラーズによるAFCチャンピオンズリーグでの戦いは準々決勝で終わった。その翌日から2日間、チーム練習がオフになるにもかかわらず、アントラーズクラブハウスは慌ただしい様子を見せた。両手に荷物を抱えた職員が何度も通路を往復する。いらなくなった書類をシュレッダーにかける職員の姿も見えた。
日本製鉄からメルカリへの株式譲渡が完了し、8月30日から鹿島アントラーズを経営する株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シーの社長は、株式会社メルカリの取締役社長兼COOである小泉文明氏が就任することとなった。
「引っ越しだよ」
シュレッダーをかけ終わったクラブ関係者が明かす。部署ごとの配置転換が行われ、これまで社長室として使われていた部屋は会議室となるという。親会社がメルカリになったことによる変化が少しずつ、いろんなところで目に見えるようになってきた。
世界に打って出る力をつけるための新体制
国内タイトル19冠に加え、昨年のAFCチャンピオンズリーグを含めると20ものタイトルを獲得し、Jリーグを代表するクラブである鹿島の経営権が、日本製鉄からメルカリに移ることは大きな驚きを持って受け止められた。茨城の片隅にある鹿嶋市をホームタウンとするこのクラブは、Jリーグが開幕当初から謳う「地域密着」の最たる成功例として認知されてきたからだ。
鹿島アントラーズというクラブが誕生した背景を語るとき、クラブと地域の密接な関係を抜きにすることはできない。もともとの母体である住友金属工業(現日本製鉄)にとって鹿島製鉄所は最も重要な巨大プラントだった。しかし、交通の便が悪く、配属を嫌う社員も多かったという。そこでJリーグ発足を機に前身である住友金属工業蹴球団をプロ化させ、工場に勤務する社員ならびに地域住民が誇れるようなクラブにしようとした。
つまり、その存在は住友金属社員の意欲増進を目的としたものということができるだろう。この形は旧来の企業スポーツの有り様としては珍しくない。むしろ一般的な形と言える。
しかし、時代は変わった。いまでは鹿島アントラーズ・エフ・シーの年間の売り上げは70億円に上り、すでに親会社の支援を必要としない経営体制ができあがっている。いまでも十分に健全なプロサッカークラブである。ところが、クラブはもう一歩踏み出し、アジアだけでなく世界に打って出る力をつけようと目論んでいる。
そこでメルカリである。企業スポーツの残滓をすべて脱ぎ捨て、フットボールをビジネスと捉え、そこに集うファンやサポーターへのサービスを充実させることでマネタイズする体制ができあがった。
「常勝鹿島」であり続けるフィロソフィー
鹿島というクラブは、時代の潮流を見逃さないことでこれまで生き残ってきた。1990年代半ばからバブル崩壊の影響はJリーグにも影を落とし、多くのクラブが縮小傾向に向かった。Jリーグ開幕当初は、ジーコやリトバルスキー、リネカーを筆頭に名だたるビッグネームが各クラブに名を連ねていた。しかし、その風潮も一段落しようとするなかで、鹿島はあえて攻めの一手を打つ。レオナルドやジョルジーニョといった当時の現役ブラジル代表を獲得。いまでは考えられないがバイエルン・ミュンヘンと交渉し、ジョルジーニョとマジーニョを獲得したのである。当然、クラブは赤字を抱えることとなったが、そこで初めてリーグタイトルを獲得したことが、今日の「常勝鹿島」と呼ばれる始まりとなった。
事業面を見ても、他クラブよりいち早く本拠地であるカシマスタジアムの指定管理者となり、5G時代の到来を見据えてNTTドコモと手を組みスタジアムに高密度Wi-Fiを施設、アントラーズホームタウンDMO(スポーツツーリズムを軸とした鹿行地区の観光プラットフォームを確立するために設立された一般社団法人)を立ち上げて鹿行地域の観光にアントラーズを組み合わせ、海外からも多くのサッカーチームの招致に成功している。あまり知られていないかもしれないが鹿行地域は観光資源が豊富に存在する。アワビやメロンなど、この地域ならではの海産物も農産物も多い。
新たに社長に就任した小泉氏が見据えているのは、スタジアムに足を運んでサッカーを真剣に観るファンやサポーターだけではない。その場所に来ることで楽しさや感動体験を提供できれば、究極的には「サッカーを観なくてもいい」と考えている。
「サポーターのみなさまの体験というのはもっともっとリッチに、スタジアムに来て本当に楽しかったと言ってもらえるチームにしたいと思っています」
この姿勢が基本軸であるため、先日行われた試合では試合後の東京行きのバスに乗り切れず、スタジアム周辺で立ち往生するサポーターが続出した問題についても、すぐにTwitterで反応、できる限りの改善を約束していた。
改革のすべてが成功するかはわからない。大きな変化には必ず大きな痛みが伴う。どこかでアレルギー反応が出るかもしれない。しかし、Jリーグのライバルクラブとは一線を画す一歩を踏み出したことは確かだ。
メルカリと社長を兼任することになる小泉氏は“財布”になるつもりはないと言う。
「私たちは“すべては勝利のために”というアントラーズのフィロソフィーは非常に重要だと考えております。そういう中でも今後アジアチャンピオンとして世界に打って出る。そのためにビジネスをしっかりまわすことで、そのお金でチームを強くし、チームをさらに常勝軍団として地位を獲得していきたいと考えております」
フットボールビジネスの中でしっかりお金を稼ぎ、そのお金をクラブに投資して、さらなる利益を生み出す。そのサイクルをどんどんまわしていく。
クラブができあがったとき、ジーコから「プロとはどういうものか」を叩き込まれ、それをいまでも守り継いできた鹿島アントラーズ。当たり前のことを当たり前にやる文化が染みつき、それがチームの強さとなってきた。今後、その文化が経営面でも生かされることになる。
親会社がポンッとお金を出す関係でもなく、企業スポーツの名残のような関係でもない。鹿島とメルカリが、プロフットボールクラブの新たな形を見せる。
<了>
岩政大樹の「ジュニア指導論」 準備期間1日で子どもたちを“解き放つ”方法とは?
久保竜彦の“破天荒さと凄み”を生かせなかった日本の現実 戦友たちの証言で振り返る
鹿島「16億円」は本当に“安すぎる”のか? 経営コンサルタントが語る買収の考え方
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
2025.07.01Opinion -
なぜ札幌大学は“卓球エリートが目指す場所”になったのか? 名門復活に導いた文武両道の「大学卓球の理想形」
2025.07.01Education -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion -
スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験
2025.06.19Education -
なぜアメリカでは「稼げるスポーツ人材」が輩出され続けるのか? UCLA発・スポーツで人生を拓く“文武融合”の極意
2025.06.17Education -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
日本代表からブンデスリーガへ。キール分析官・佐藤孝大が語る欧州サッカーのリアル「すごい選手がゴロゴロといる」
2025.06.16Opinion -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
移籍金の一部が大学に?「古橋亨梧の移籍金でも足りない」大学サッカー“連帯貢献金”の現実
2025.06.05Business -
Fビレッジで実現するスポーツ・地域・スタートアップの「共創エコシステム」。HFX始動、北海道ボールパークの挑戦
2025.05.07Business -
“プロスポーツクラブ空白県”から始まるファンの熱量を生かす経営。ヴィアティン三重の挑戦
2025.04.25Business -
なぜ東芝ブレイブルーパス東京は、試合を地方で開催するのか? ラグビー王者が興行権を販売する新たな試み
2025.03.12Business -
SVリーグ女子は「プロ」として成功できるのか? 集客・地域活動のプロが見据える多大なる可能性
2025.03.10Business -
川崎フロンターレの“成功”支えた天野春果と恋塚唯。「企業依存脱却」模索するスポーツ界で背負う新たな役割
2025.03.07Business -
Bリーグは「育成組織」と「ドラフト」を両立できるのか? 年俸1800万の新人誕生。新制度の見通しと矛盾
2025.02.28Business -
オールスター初開催SVリーグが挑んだ、クリエイティブの進化。「日本らしさの先に、“世界最高峰のリーグ”を」
2025.02.21Business -
「アスリートを応援する新たな仕組みをつくる」NTTデータ関西が変える地域とスポーツの未来
2025.02.03Business -
最多観客数更新のJリーグ、欧米女子サッカービジネスに学ぶ集客策。WEリーグが描く青写真とは?
2025.01.28Business