「貧しい家庭から“次のパッキャオ”が生まれる」 全く新しい格闘技“ONE”の野心とロマン

Opinion
2019.10.10

10月13日、両国国技館にて100回記念大会を迎える総合格闘技団体「ONE Championship」。

日本では2回目となる開催で、ONE史上初の1日2部制に挑む今大会には、チャレンジに次ぐチャレンジ、「とにかくやるんだ」というONEのDNAともいえる野心が見え隠れする。

世界的に評価される彼らの魅力、注目選手、そして見据える今後のビジョンとは? ONE Championship株式会社の秦“アンディ”英之代表取締役社長に話を聞いた。

(インタビュー・構成=布施鋼治、撮影=松川智一)

スポーツを通じて全てを学んだ

幼少の頃はアメリカで過ごしていたとお聞きします。スポーツは身近なものだったのですか?

アンディ:アメリカという国はスポーツが生活の周りに360度ある環境なので、季節ごとにいろいろなスポーツが存在していました。僕も水泳、ゴルフ、野球、サッカー、バスケットボール……。あらゆるスポーツをやらせていただいた。親に感謝ですよ。

子どもの頃からスポーツが大好きだった?

アンディ:スポーツには教育的な要素がある。例えば、結果を出せなかったら試合に出してもらえなかったり、年齢を理由に上のリーグでプレイできるはずだったのが下に落とされたり。理想と現実の機微をスポーツから教えられたと感じています。スポーツを通じて全てを学んだといっていい。

そうした中、格闘技というジャンルが入り込んできた時期は?

アンディ:冷静に振り返ってみたら、実は早い時期から僕は格闘技から多大なる影響を受けている。僕はフィラデルフィアに住んでいたんですけど、あの街で『ロッキー』(不朽のボクシング映画の名作)は撮影されている。のちにシリーズ化されたけど、最初の頃から観ていました。もう一つは『ベスト・キッド』(空手を題材にした、アクション映画)。あとはプロレスですね。僕はトニー・アトラスやジミー・スヌーカ(※1)が好きだった。
(※1 共にWWF、WWEで活躍。日本のプロレスにも参戦し、人気を博した)

とはいえ、まさか格闘技ビジネスに関わるとは夢にも思わなかった?

アンディ:これまでにもスポーツに関わるビジネスに携わってきたけど、格闘技にはたどり着かなかったというほうが正しいですかね。「嫌い」とか「興味がない」というわけではなく、たどり着かなかった。前職(※2)で新日本プロレスさんとお仕事するようになったり少しずつは近づいていたのでしょう。ただ、自分が本流に入るとは夢にも思わなかった。
(※2 スポンサーシップに対する投資価値を評価・測定・コンサルティングを行うスポーツデータリサーチ会社、ニールセンスポーツの日本法人代表を務めていた)

実在するヒーローは日本でも誕生させないといけない

日本代表から見た、ONE Championshipの魅力とは?

アンディ:シンプルに言うと、各大陸におけるスポーツビジネスは欧米には多くの事業がある。その一方でアジアには少ない。ただ、アジアにはマーシャルアーツの文化がたくさんある。この眠っている資源を有効活用できないか。そこにONE Championshipというプラットホームの存在意義はあると思います。

もう一つは日本にいると気づきづらいけど、アジアにはスポーツを通じたヒーローが少ない。ONEでは“実在するヒーロー”を送り出そうと考えています。東南アジアにはいまだ発展途上の国が多いけど、これからまさに若い力が国を作り上げていくケースも多い。そうしたタイミングで彼らを勇気づけるようなヒーローを作り上げる。そこにONEはドンピシャリ、ハマったと思います。

ミャンマー出身のアウンラ・ンサンはミャンマーの英雄で彼の地元にはすでに銅像まで立っている。現在は練習の拠点をアメリカに置いているけど、ミャンマーに帰国すれば、空港に何百人もの出待ちがいる。

この間、ONEのマニラ大会を現地で取材させてもらいましたけど、出場選手の通用口には何百人もファンが押しかけていた。いまの日本にはない熱気を感じました。たぶん力道山の時代とか、日本にも似たような熱気があったと思いますが。すでにONEから第2、第3のマニー・パッキャオは生まれつつあると感じます。

アンディ:実在するヒーローは日本でも誕生させないといけない。ヒーローとうたっている以上、ただ勝っているという次元ではなく、社会のヒーローとして本気になって人々が応援する存在を創出しないといけない。だから次世代の選手には「自分がなる」、もしくは「なりつつある」という意識を高めてもらいたい。

10月13日の東京大会の第1部に出場する、20代前半の若松佑弥選手や平田樹選手はまさに次世代のホープに当たりますね。

アンディ:発展途上国には著しい経済格差があるので、本当に貧しい家庭からONEの世界王者になることで生活水準が一気に高くなるという格闘ロマンがある。そういう場面を目の当たりにするからこそ、見ている人たちもONEアスリートの活躍を素直に受け入れることができる。

その一方で日本は先進国なので、社会問題は非常に複雑。表面上にはなかなか出てこない問題もあったりする。どちらが良くて悪いという問題ではなく、問題解決という意味では東南アジアのほうがシンプルに受け入れられやすいことは確かでしょう。そうした土俵のない国々に土俵を作ってきた。

確かに。長い間、総合格闘技(MMA)の大会が禁止されていたタイで、ONEは現地の政府に認めさせたうえでMMAの試合を組みました。

アンディ:逆に日本の場合、スポーツ、格闘技、経済の歴史がある。いろいろな歴史があるからこそ、東南アジアとは異なる問題が複雑化していることを感じています。

現在は世界で興隆しているMMAにしろ、その源流は間違いなく日本にある。それは修斗やパンクラスの歴史が証明している。だったらフィリピンやタイのようにMMAの土壌がなかったところのほうがONEの基盤が成立しやすい?

アンディ:いま日本が直面している問題も、アジアで産みの苦しみを経験してきたチャトリ(シットヨートン=ONE Championship代表)からしたら、実は同じように見ているかもしれない。

というのは?

アンディ:表面上で起こっている問題は違うけど、要素は一緒ということです。いまやONEが大人気のフィリピンも最初から現地の人々がONEに関心を寄せたわけではない。地道なプロセスがあったからこそ現在の興隆がある。チャトリから「フィリピンの最初の大会は実際の観客は数人しかいなかった」と聞いています。

そんな時代もあったんですね。

アンディ:去年だったらONEのソーシャルメディア視聴回数は30万程度だったけど、現在は42億ビューアーまで跳ね上がっている。

42億!

アンディ:来年は250億になることが見込まれています。昔のテレビがマスメディアだった時代からいまはスマホなどのソーシャルメディアを介して、個人もコンテンツを発信していく時代になった。ONEも最先端のモデルに乗じて事業体を広げてきました。また、デジタル時代において唯一誕生したスポーツプロパティでもあります。

10月13日、現場で予想だにしなかった科学反応が起きる

日本ではその一つの集大成が今年3月31日に両国国技館で開催された第1回大会だったと思います。

アンディ:あの日は初めて格闘技を観戦した人が「こんなイメージではなかった。楽しかった」と口を揃えていた。これは0NEのコンテンツ力としての高さの裏返しでしょう。我々の役目はそのコンテンツ力の高さをより多くの人に伝えていくことだと思います。今後は格闘技ファンを大事にしながら、さらに一般層にもパイを広げていかないといけない。

その前回の日本大会には「ニューエラ=新時代」というサブタイトルがつけられていた通り、その後日本の格闘技界は新時代に突入した感があります。

アンディ:今回は100回記念大会である一方で、100年後にもONEを継承したいという思いがあって、「CENTURY 世紀」というタイトルをつけている。短期的な目線ではなく、中長期的な目線を持ちながら、どうやって現在の動きを加速させるか。でも、加速させるためには助走が必要なんですよね(苦笑)。助走のエネルギーを10月13日まで蓄えながらしっかりと結果を出したい。

今回はONE史上初の1日2部制興行となりました。第1部はなんと午前9時開始。これは全米に衛星生中継するための設定時間なんですよね?

アンディ:はい。一番の目的はTNT(ターナー・ネットワーク・テレビジョン。ワーナーメディア傘下のワーナー・エンターテインメントが運営するアメリカの衛星放送&ケーブルテレビ向けチャンネル) での放送です。アジアのプロパティがこのタイミングで全米生中継されるということは非常に意義がある。もともとTNTのほうからONEの放送権を買いにくるということ自体が異例なんです。今までは日本側が海外にお金を払って放送してもらうケースばかりでしたから。これは歴史的な転換期だと思います。

よって午前の部は新時代の歴史を作るPART1。午後のPART2に関していえば、これからの未来に向けた新たな価値観を創出する大会なので、次世代のスターを埋め込みながらやっていきたい。さらに日本のMMAの歴史が垣間見える修斗-パンクラスの世界王者同士の対抗戦もある。

1日2部制興行をどちらとも成功させる。これは、ある意味とてつもなく高いハードルだと思います。

アンディ:はい。高いハードルであることは間違いない。ただ、逆にこれは我々にとって大きなチャンスであり、それだけ人を呼べるという発想をすることもできる。

ポジティブな捉え方ですね。

アンディ:もしかしたらこれはONEのDNAなのかもしれない。どんな無理難題を出されても「難しい」と弱音を吐くのではなく、「とにかくやるんだ」という方向に持っていく。この野心がないと、ONEではない。大会日時が近づけば近づくほど、時間が敵になってくる。でもね、そこで奇抜なアイディアを結集させると、現場で予想だにしなかった科学反応が起きる。

<了>

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PROFILE
秦“アンディ”英之(はた・あんでぃ・ひでゆき)

1972年生まれ。ONE Championship株式会社 代表取締役社長。明治大学卒業後、ソニー株式会社で働く傍ら、アメリカンフットボール選手としてアサヒビールシルバースターで日本一を経験。同社に2012年まで在籍し、FIFAとのトップパートナーシップ等、全世界を束ねるグローバル戦略の構築を担当。2010年FIFAワールドカップをはじめ、数々のFIFA主催大会を絡めた活動を推進。ワールドワイドで展開するスポーツデータリサーチ会社ニールセンスポーツの日本法人代表を経て、2019年1月、現職に就任。

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