
川崎の“新星”田中碧が考える「海外移籍」中村憲剛が “親心”で贈ったアドバイスとは?
10月14日、U-22世代の国際親善試合ではあるが、敵地ブラジルの地で素晴らしい3本のミドルシュートを突き刺し若き日本代表がブラジルを破ったニュースは日本でも大々的に報道された。
その試合で同点弾、そして続く逆転弾の2ゴールを奪ってみせたのが、川崎フロンターレに所属するMF田中碧である。
東京五輪を目指すチームの中心選手としても期待される彼が描く未来図、そして彼の成長を温かく見守る中村憲剛がアドバイスした「海外移籍のメリット・デメリット」とは?
(文=江藤高志、写真=Getty Images)
“評価はうなぎのぼり”五輪世代での活躍ぶり
「こりゃ移籍しちゃうな」と冗談を飛ばすのは庄子春男GM。U-22ブラジル代表に対し、アウェイで2得点を決めた田中碧について話しかけた時の第一声だった。地上波のニュース番組でも報じられたその活躍は、それだけセンセーショナルなものだった。
その田中を含め、若い選手たちの海外移籍についてよく考えてと話すのが中村憲剛だ。
「最初に誤解がないように言いますが、アオ(田中碧)の海外移籍に関しては行けるのであれば行けばいいと思うし、チームのために残ってほしいという年齢でもないので基本は応援したいスタンスです」と話し始めた中村は、「ただ、タイミングは熟考してほしいと思っています」と言葉を続ける。
実は、中村と田中は海外移籍について6月のトゥーロン国際大会2019からの帰国直後には話している。
「相談を最初に受けた時はどこかからオファーきたんじゃないの?(笑)っていう話はしました。トゥーロンでチームとしては準優勝、個人として3位の選手と表彰されたわけで」
結果的に今夏、田中には正式なオファーはなかったが、その上で、中村は田中に対し「気持ちは理解できるけど、今じゃないのではないか」という話をしたという。
「うちに居てしっかりプレーできているからそれを評価されて招集され、トゥーロンでもしっかりプレーできた。それが、移籍してまったく別のスタイルのサッカーの中で試合にも出られず、コンディション不良・試合勘不足で東京五輪を落とすことになったらもったいない。だから相談を受けた時に、考えられる移籍のメリット・デメリットを伝えました」
田中の才能は誰もが認めるものがある。目立っているものの一つにがむしゃらさはあるが、「それだけでは世界と太刀打ちできない」と中村は一刀両断。そして具体的に必要な要素を挙げていく。
「技術、ポジショニング、駆け引き、展開力……他にもありますが、海外でボランチとして勝負するなら国内で磨かないといけないところはまだ多いと思います」
さらに、移籍するからには入念な下調べが必要とも話す。
「出番がありそうだと下の順位のチームに行くと、成績次第で、取りたいと言ってくれた監督やGMの解任のリスクもある。海外移籍には勢いは必要ですが、勢いだけでもだめじゃないかと思います」
そもそも川崎のアカデミー出身の田中は、ユースでエースの証である10番を背負い2017年にトップ昇格。同じくユースで10番を背負った脇坂泰斗、三好康児、三笘薫などとは毛色の違うプレースタイルを見せる。足元の技術はもちろんだが、それ以上に泥臭いプレーができる選手で、華麗さというよりは力強さに特徴を持つ。
その田中がブレイクするきっかけは、唐突に訪れた出番での堂々としたプレーぶりだった。
2019年のJ1第3節のアウェイの横浜F・マリノス戦。ベンチスタートで準備していた田中に、急遽出番が巡ってくる。試合前のピッチ内練習中に大島僚太が負傷、欠場を余儀なくされたのだ。試合開始直前に出場を言い渡された田中は、得失点の両方に関わる一方、名門クラブを相手にしたアウェイマッチにも動じず、技術が必要な川崎の中盤を支えた。
鬼木達監督の信頼を勝ち取った田中はここからポジションを掴み、大島不在のチームをタフな仕事ぶりで支えた。川崎に関わる誰もが驚いたのが、9節のアウェイ、ヴィッセル神戸戦でのプレー。マッチアップしたアンドレス・イニエスタに対し気後れすることなくハードマークを仕掛け、イニエスタから自由を奪った。評価はうなぎのぼりだった。
田中自身が語る“想像以上の成長”
23歳以下で編成される東京五輪については、その参加資格は1997年1月1日以降に生まれた選手となる。つまり1998年9月10日生まれの田中碧は、1学年分のハンディがあることになる。しかしトゥーロンに参加した田中はこのハンディをものともせず主軸選手として活躍。日本代表がトゥーロンで戦った全5試合のうち、グループステージ第2戦のチリ戦を除き先発フル出場。PK戦でブラジルに敗れた決勝戦後の表彰では、大会全体3位の評価を得て個人表彰されている。
東京五輪世代については、同時期にブラジルで開催されたコパ・アメリカにU-22の複数選手が招集されており、トゥーロン組は東京五輪世代のB代表という位置づけといえる。ただ、その代表チームにあって田中が出色の出来でアピールしたのは確か。その後、9月に行われたU-22日本代表の北中米遠征、10月のブラジル遠征にも連続招集。ブラジル遠征での活躍は前述の通りで、着実に東京五輪での代表入りに向け前進している。
ある意味飛ぶ鳥を落とす勢いとも言えるが、田中自身は海外移籍について年齢的に早いほうがいいことは理解しつつも、海外で通用する力をつける必要性も理解している。
「年齢的に早く行くことは世界的に見ても普通ですが、ただ力をつけずに行ったところで向こうで苦しむと思うので。あとはいろんな言語だったり環境の面も含めて準備していかないと苦労すると思うので」
語学の重要性について田中が理解しているのは心強いが、この件については中村の説明がわかりやすい。
「(語学については)チャンスがいつ来るかわからないので、突然移籍することもあると思うし、そこで覚えながら成長して成功してる選手もいるので否定はしませんが、(久保)建英を見てもその地の言語を話せることはやはり大事だなと思います。スペイン語があれだけできたら(チームの輪の中に)入るのも早いし、パスも回ってくる。それは相当大きい。なのでそこもちゃんと狙いを持って勉強して準備しておくべきですよね」
言葉の問題は、サッカー選手にとって一番難しいハードルかもしれない。
海外に移籍することが目標ではなく、移籍して通用しなければ意味がないと考える田中はトゥーロンの直後には「(トゥーロンでの経験で)ブラジルだったり、そういう相手とやらないといけないんだなというのを自分の中で感じられました。そういうのを一切知らずにやってきたので」と話していた。
その田中はブラジル遠征後に「まだまだ改めて力が足りないと感じたし、ただ、そこに追いつけるんじゃないかなと感じる自分もいるので。そういう意味では、トゥーロンの時と比べて悲観的に捉えてないですし、より自分の成長速度を上げていけば通用する部分はあると思うので。いい経験になったと思います」と前向きだった。
衝撃的なデビュー戦初ゴールの2018年9月15日の北海道コンサドーレ札幌戦から1年あまり。自らの成長スピードについて「自分の中では想像以上に成長しているなと思います」と分析する田中だが、「ただこの成長速度をさらに上げていかないと追いつけない選手はいると思うので。そういう意味ではまだまだもっともっとやらないといけないことがあるのかなと思います」と手堅かった。
海外移籍はあくまでも手段。高いレベルのリーグで、常時プレーを続けるという目的のために、まずは川崎でできることをやり続けたいと、表情を引き締めた。
<了>
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