
松本山雅、8年過ごした「ソリさんとの別れ」 最終戦で沸き起こった大歓声と拍手
12月7日に行われた明治安田生命J1リーグ最終節、ともに負けられない想いを背負った松本山雅FCと湘南ベルマーレによる一戦は互いのプライドがぶつかり合う白熱した試合展開となった。
2012年、松本のJ参戦初年度以来、8シーズンにわたる長期政権でクラブの一時代築いた反町康治監督はこの試合での退任を発表。
フットボールシティとしての風格が感じられる地・松本で、さまざまな感情が渦巻いたこの試合を豊富な写真の数々とともに振り返る。
(文・写真=宇都宮徹壱)
最終節に漂う「反町時代」の終焉
特急あずさ3号に乗って松本駅に到着したのは、12月7日の午前10時23分のこと。ホームに降りる時、すぐ近くにいた若者のジャージに書かれた「楽しめてるか」の文字に引きつけられた。この日、サンプロ アルウィンでは14時より、松本山雅FCと湘南ベルマーレによるJ1リーグ最終節が行われる。「楽しめてるか」というのは湘南のスローガンなので、彼がそのサポーターであるのは間違いない。もっとも、これから最大限の覚悟をもって敵地に向かう若者に、このような問いかけをするのは忍びない気もする。
サポーターや番記者であれば、ホームはもちろんアウェイであっても、最終節の会場に足を運ぶのは当然の話。ましてや湘南の場合、第33節終了時での順位は下から3番目の16位である。自動降格の可能性は前節でなくなったが、この日の松本戦に勝たなければJ1参入プレーオフに回る可能性が高い。サポーターや番記者が、どのような思いで松本を目指したのかは容易に想像できよう。それに比べると、サポーターでも番記者でもない私は、ある意味お気楽な存在。それでもこの試合には、密かに期するものがあった。
同業者の多くはこの日、横浜F・マリノス対FC東京が行われる日産スタジアムに向かった。1位と2位による直接対決で、両者の勝ち点差はわずかに3ポイント。圧倒的に優勝に近いのは前者だが、いずれにせよ日産でシャーレが掲げられるのは間違いない。一方、こちらは18位と16位の対戦。すでに松本は前節、J2降格が決まっているため「負けたほうが降格」という究極のシチュエーションではなくなった。それでも松本に向かうことにしたのは、前節の指揮官のコメントによるところが大きかった。
「自分の力足らずだった。現場が責任を取るのは当然。長くいる弊害もある」──。前節のガンバ大阪のアウェイ戦に1-4で敗れ、2度目のJ2降格が決まったことを受けて、反町康治監督はこのように発言している。松本がJFLからJ2に昇格して1年目の2012年以降、実に8シーズンにわたってチームを率いてきた反町監督。換言するなら、Jクラブとなって以降の松本のサポーターは「反町時代」しか知らない。そんな両者による伴走が、ついにピリオドを打たれるのが、この湘南戦となるという確信が私にはあった。
反町時代が松本にもたらしたレガシー
早めの昼食を済ませようと、駅前にある信州そばの店に入る。温かい湯気が上るそばをすすっていると、どこからともなく「左サイドバック」とか「育成年代」といったサッカー用語が聞こえてきた。ここからアルウィンまでは7.2キロ。スタジアムではなく駅前のそば屋で、ごく普通にサッカー談義が聞こえてくることに、密やかな感動を覚えずにはいられない。もともと地域リーグ時代から観客が多かった松本だが、Jリーグに8シーズン在籍したことで、サッカーが文化としてしっかりと根付きつつあることを実感する。
今となっては覚えている人も少ないだろうが、松本はつい10年前まで北信越フットボールリーグを戦っていたクラブである。そしてJFLでの2シーズンを経て、2012年にJ2に昇格(当時J3はなかった)。そこでいきなり飛び込んできた「ソリさんが松本に来る!」の報は、前年の松田直樹の加入以上のインパクトと動揺を地元のファンに与えることとなった。北京五輪代表監督であり、アルビレックス新潟と湘南でJ1昇格を果たした名将が、Jリーグに参入したばかりの地方クラブにやって来るのだ。彼らの驚天動地ぶりは当然である。
就任以降の成績は、申し分ないものであった。というより、期待以上のものであったと言えよう。1年目の2012年は12位、2013年は7位、そして2014年は2位に上りつめて、望外とも言えるJ1昇格を達成する。続く2015年はJ1で16位に終わってJ2に降格するも、2016年は3位、2017年は8位、そして2018年は1位となって再びJ1昇格。これまで2003年に新潟を、そして2009年に湘南をJ1に導いた経験のある反町監督だが、同じクラブを2度にわたって昇格させたのは松本が初めてとなった。
県庁所在地ではなく、新幹線も走っていない人口24万人ほどの地方都市に、J1クラブがある。つまりは2週間に一度、鹿島アントラーズや浦和レッズや川崎フロンターレといった名門や強豪とそのサポーターたちが、この松本にやって来るということだ。トップリーグでは当然、負け試合のほうが多くなる。それでも2度のJ1でのシーズンを通して、松本はすっかりフットボールシティとしての風格が感じられるようになった。実はそれこそが、反町時代の最大のレガシーと言えるのではないか。
劇的なエンディングと反町監督との別れ
キックオフは14時4分。この日の入場者数は1万6881人で、今季平均の1万7416人から535人少ない。それでも降格が決まっている試合にしては、むしろ大入りと言えるだろう。今季の松本は、ホームでは2勝しかしていない。にもかかわらず、入場者数が1万4000人を下回ることはなかった。おそらく地元のファンやサポーターもまた「ソリさんとの別れ」を予期していたのだろう。選手紹介の最後に「監督、反町康治」の名前が読み上げられた時、大きな歓声と拍手がスタンドから沸き起こった。
試合は、前半は湘南が、後半は松本が主導権を握る展開となった。前半の松本は、MF岩上祐三のセットプレーやDF飯田真輝の空中戦で何度かチャンスを作るものの、相手のプレッシングに後手に回るシーンが続出。後半はFW町田也真人が攻撃のアクセントとなり、再三チャンスは作るものの湘南GK富居大樹の好守に阻まれ、そのたびに天を仰ぐこととなる。均衡が崩れたのは85分。MF古林将太の右からのクロスにMF金子大毅が頭で反応、流れたボールを途中出場のFW野田隆之介が左足で蹴り込み、アウェイの湘南が先制する。
この時点で、15位清水エスパルスと14位サガン鳥栖のゲームは、ホームの清水が1-0でリード。このまま終われば、勝ち点が清水39、鳥栖36となり、38の湘南が残留することになる。ここで反町監督は、残り時間4分の間に温存していた3枚のカードを一気に放出。前線での圧力を次第に強めていく。そして迎えた90分、右からの町田のクロスを飯田がヘディングで押し込み、最後は途中出場のFW阪野豊史が右足でコースを変えてネットを揺らした。追いつかれた湘南は、歓喜から一転、絶望の奈落に突き落とされる。
アディショナルタイムは5分。湘南の選手たちは最後まで貪欲にゴールを目指すも、そのまま1-1でタイムアップとなった。他会場の結果により、松本と湘南は17位と16位で今シーズンをフィニッシュ。湘南のサポーターにしてみれば、10年前にJ1復帰を導いてくれたかつての指揮官に、土壇場で引きずり降ろされるとは夢にも思わなかっただろう。一方、終了間際の劇的な同点弾に沸いた松本のサポーターも、試合後は何やら落ち着かない様子。無理もない。別れの時は、確実に近づいていたのだから。
なぜ反町時代は8年間も続いたのか?
「J1にいなければ、わからないことがたくさんあります。みなさんも感じたと思います。そして選手も、われわれスタッフも会社も、みんな感じたと思います。それを糧に、これから頑張っていただきたいと思います」
今シーズンの最後を締めくくる、セレモニーでの反町監督のコメントである。進退についての明確な言及はなかったものの、「頑張っていただきたい」という距離感のある言葉から、辞意が固いことが読み取れた。その後の会見でも、「全身全霊でやってきたので悔いはない。眠れない日も多かった。(今季は)長いシーズンでしたね」と発言。そして翌8日の午後、8シーズンにわたり松本を率いてきた反町監督の退任が、クラブ側より正式にアナウンスされた。サポーターの多くは、この結論を覚悟していたはずだ。
実はJ2で8位に終わった2017年のオフにも、反町監督は退任を決意していたとされる。思い通りの結果を出せなかったことに加え、6年にわたる松本での単身赴任にも限界を感じていたはずだ。それなのになぜ、さらに2シーズンも松本にとどまり続けたのだろうか。地域リーグ時代から応援していた友人は、「松本の人たちへの情でしょうね」と指摘する。彼女によれば「ソリさんの車のボンネットに、畑で採れた野菜が置かれてあることがよくあったんですよ(笑)」。そういうファンが、松本にはたくさんいるそうだ。
もう一つ、思い当たることがある。昨年に反町監督を取材した際、湘南の監督を退任した理由について直撃したことがあった。答えは意外にも「3年目(2011年)でブレてしまったから」。そして「他人の意見を大事にし過ぎて、自分の本意ではないことをやってしまった。やっぱりブレずに、しっかりしたスタンスで続けていくことが大事だなと思いました」とも。そうした反省があればこそ、松本ではブレることなく指導を続けることができ、それが8年間という長期政権につながったのではないだろうか。
しかし一方で、長期政権の弊害も懸念していたようだ。古巣の湘南で発覚したパワハラ問題が、長期政権による歪みも一因であったことは衆目の一致するところ。残念ながら松本では、湘南時代のように後継者を育てきれなかった。しかしながら、もし反町時代の9年目があったならば、双方にとって残念な別れが待っていた可能性は否定できない。確実に言えることはただ一つ。2019年最終節での反町監督のラストマッチは、今後も末永く松本の人々の間で語り継がれるだろう。最大限のリスペクトをもって。
<了>
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