石川佳純か、平野美宇か? 苦悩、覚醒、涙の4年間、苛烈な五輪代表争いは最終決着へ
史上稀に見る大接戦となった東京五輪・女子卓球のシングルス代表争い。すでに伊藤美誠の内定が決まっており、残り1枠を争うのは石川佳純と平野美宇だ。
4年にわたる長き代表枠争いも、12日から中国で開催される2019 ITTFワールドツアーグランドファイナルでの結果を受けて幕切れとなる。
伊藤と共に東京五輪の晴れ舞台に立つのは、石川か平野か。葛藤と覚醒が交錯する三者三様の4年間を追った。
(文=栗田シメイ、写真=Getty Images)
2つのシングルス代表枠を巡る過酷な物語
悲願の金メダルへ。メダル獲得を現実的な目標と捉え、日本勢初の金メダル獲得も期待される女子卓球。そのシングルス代表争いが佳境を迎えている。
シングル枠はわずかに2。12月12日から中国で開催される2019 ITTFワールドツアーグランドファイナルでの結果で、残り1枠が決定する。伊藤美誠が一足先に代表を内定させ、女子のシングルス枠を争うのは、石川佳純と平野美宇の2名。8日に行われたITTFチャレンジ・ノースアメリカンオープン決勝で相まみえた石川と平野。貫禄を見せた石川が、ゲームカウント4-2で平野に接戦の末に勝利を収めた。
この結果により、石川は1100ポイントを獲得し、最低有効ポイントで、平野を135ポイント上回り優位に立った。普段感情を表に出す印象が少ない石川の涙が、代表争いの過酷さを物語っていた。だが、そのポイント差もわずか。平野にも十分に逆転のチャンスは残されている。
グランドファイナルで平野が石川の成績を上回れば、この数字は逆転するのだ。史上稀に見る大接戦を制し、東京の舞台に立つのは誰なのか。
卓球界を牽引してきた女王・石川と「黄金世代」
リオデジャネイロ五輪の団体銅メダル獲得から3年弱が経つ。リオを経験した石川と伊藤。リオにリザーブメンバーとして同行したが、出場できなかった平野。これまで卓球界の顔であった福原愛がコートを去ったあと、この三者は非常にハイレベルな争いを繰り広げている。同時に各々が浮き沈みの激しい時間も過ごしている。
世界ランキング6位で臨み、日本のエースとして出場した石川にとって前回大会は悔いが残る大会だった。団体銅メダルに貢献しながらも、シングルスでは試合中に足をつり痙攣を起こし、世界ランキング50位の格下選手に対してまさかの初戦敗退。
「プレー中に痛みはなかった」
「足がつったのは、私の体力がなかったからです」
そう繰り返した石川にとって、地元開催の東京五輪でのリベンジへの想いは並々ならぬものがある。19歳で挑んだロンドン五輪でシングルス4位に入り、全日本卓球選手権大会を3連覇するなどトップランナーとして卓球界を牽引してきた女王は、リオ五輪以降も安定した成績を残し、常に世界ランキングでも上位に食い込んでいる。そういった意味では、最も安定感と実績があるのは石川といえるだろう。ただ、今季は石川も下部ツアーに参加するなど決して本調子というわけではない。そんな女王を脅かしたのが、卓球王国である中国メディアから「大魔王」「ハリケーン」と評された2人の天才少女だった。
伊藤と平野、さらに早田ひなら実力者がひしめく2000年生まれの世代は、「黄金世代」と形容されることがある。幼少期からお互いを知る親友でありライバル。伊藤と平野は、「みうみま」コンビとして、中学時代から注目を集めていた。伊藤が14歳でワールドツアー最年少シングルス優勝を果たせば、平野は16歳と最年少で全日本選手権シングルス優勝を果たす。その後、平野が2017年のアジア選手権で中国のトップ3選手を破る圧巻の内容で優勝に輝けば、伊藤も2018年ツアーでは破竹の勢いで中国選手を撃破している。長らく日本卓球界にとって“壁”であった中国を2人の高校生が圧倒する姿は、日本のみならず世界にも強い衝撃を与えた。
プレースタイルの改革を決意した平野
最初に覚醒したのは平野だった。16歳で迎えたリオ五輪。彼女はリザーブメンバーとして帯同し、出場機会はなかった。そんな中でライバル伊藤の活躍を複雑な想いで眺めていた。
「何かを変えないといけない」
自身のプレースタイルの改革を決意したのも、リオ五輪で選考に漏れたことが契機となっている。どちらかといえば守備に重点を置くスタイルから、スピードを生かした攻撃的な卓球への変貌へと着手し始めたのもこの頃からだ。試行錯誤を重ねながらも、2016年の全日本選手権では伊藤美誠に4-0で勝利。準優勝を果たし変化への手応えを深めた。男子さながらのスピード卓球と、相手が反応できない速度で打ち込まれるラリーは、従来の卓球の技術概念すら変えかねないものだった。事実、2017年の全日本選手権で4連覇を阻まれた石川は「私たちの常識では考えられないプレーでした」と、平野の先進的なスタイルを表現している。
2016年はワールドカップシングルスを史上最年少で優勝し、2017年には全日本選手権も史上最年少で優勝し、世界ランキング5位と日本人としてトップの座に躍り出た。この時点で、一躍五輪の最有力候補へと目されていたのは平野だった。
復調を果たし、「飛び抜けてしまった」伊藤
一方、卓球競技で史上最年少メダリストとなった伊藤にとって2016年、2017年はその独創的なプレーが鳴りを潜めた時期でもあった。伊藤といえば15歳で迎えたリオ五輪でも、緊張を見せることなく、「楽しくて仕方なかった」と話すような強心臓の持ち主だ。そんな伊藤も、過去のインタビューでこの2年間についてこんなことを話している。
「(2016年、2017年は)めちゃくちゃ苦しかったです。私の持ち味は楽しんでプレーすることなのに、まったく卓球を楽しめなくて。オリンピックのメダリストにふさわしい成績を残さなければ、という思いが強すぎたみたいで、いくら練習しても試合で勝てなくなりました」
ライバルの平野が世界を舞台に結果を残していく中、伊藤も意識変革の必要性を感じていた。プレースタイルの見直しを図り、徹底的な基礎トレーニングを反復した。フィジカル面を見直すことで、伊藤のひらめきを重視した感性はより輝きを増していく。2017年8月にはツアーでシングルス準優勝、優勝、ダブルス優勝と復調を見せている。自身が“無限”と表現する技術のレパートリーは明らかに進化を遂げていた。対戦相手が予測もつかない自由奔放なアイデアに、力強さを伴った。前陣速攻型ではあるが、明らかに“異質”といえる伊藤のスタイルは世界でも唯一といって大袈裟でないだろう。その代名詞となったフォアハンドスマッシュである“みまパンチ”もその一つだ。
復調を果たした伊藤は2018年には中国人選手を続々と撃破し、東京五輪の有力メダル候補となる存在となった。2018年、2019年には史上2人目の2年連続全日本選手権3冠(編注:シングルス、ダブルス、混合ダブルス)を達成している。卓球関係者から、「美誠ちゃんは飛び抜けてしまった感がある」という声が多く聞かれたのもこの時期に重なる。2019年半ばには五輪の重圧からかITTFワールドツアープラチナ・ジャパンオープンとT2ダイヤモンドで初戦敗退するなど少し調子を落とす面も見られたが、後半はツアー上位の結果を残し、順当に東京への切符を掴み取った。日本卓球界のエースとなった伊藤は、19歳で2度目の五輪を迎える。
ツアーファイナルは夢へとつながる大一番
伊藤と平野の成績は面白いほど相関している。リオ五輪後、伊藤が不調に陥れば平野が結果の残し、平野が苦しめば伊藤が返り咲く。中国選手にも徹底マークされるほどの存在となった平野の顔から笑顔が消えがちとなったのは、2017年の後半からだ。持ち味のスピード卓球は各国から分析され、対応策が練られた。ワールドツアーでも勝ち進めない日々が続き、コート上はしきりに首をかしげるシーンも目立つようになった。
世界ランキング6位でスタートした2018年は、平野にとって最も苦しい1年だったのかもしれない。特に上位勢に対して勝てない日々が続き、ランキングも9位に後退。
「(プレーに)迷いが出てしまった」
「自分の卓球ができなかった」
試合後には、納得がいかないというような表情でこう漏らすこともあった。
だが、2019年に入り再びツアーでも上位に食い込む機会が出てくるなど復調の気配を見せている。中国選手をなぎ倒していた頃の勢いはないが、随所に持ち味の高速卓球が見られるなど調子は上向きだ。伊藤、石川との代表争いがここまで混沌としたのも、恐らくこの3年半で最も変化したといえる平野の存在が大きい。小学校1年生の時からすでに、「オリンピックで金メダルをとりたい」と発言していた平野にとっても、グランドファイナルは夢へとつながる大一番となる。
補足となるが、東京五輪ではシングルスの枠2つに加えて、団体戦のメンバーが1名選出される。この1名は、世界ランキング上位というわけではなく、代表コーチの推薦によるもの。石川と平野のうち選出に漏れた1名が指名されるとは限らない。エースの伊藤とダブルスの相性を加味し、昨年のグランドファイナルで優勝するなどダブルス世界ランキング1位経験もある、サウスポーの早田ひなが選出される可能性も十分に考えられる。
伊藤と共に東京の舞台に立つのは、石川か平野か。三者三様の時間を過ごした代表争いは、間もなく幕引きを迎える。
<了>
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