
ソフトバンク高橋礼、滅茶苦茶な10代を球界屈指サブマリンへ飛躍させた「3つの金言」とは
今や絶滅危惧種ともいわれるアンダースローを武器に、2019シーズンのパ・リーグ新人王に輝いた、福岡ソフトバンクホークスの高橋礼。日本シリーズの優秀選手を受賞するなど球団の日本一に貢献し、侍ジャパンの一員としてプレミア12優勝にも貢献。今や球界屈指のサブマリンとして将来を嘱望される男は、かつて「めちゃくちゃ」な10代を過ごしていた。なぜ高橋礼は、生まれ変わることができたのか? そこには知られざる「3つの金言」があった――。
(文・撮影=藤江直人、写真=Getty Images)
毎日のように怒鳴られ続けたやんちゃな高校時代
爽やかな笑顔が映える端正なマスクと、思わず見上げてしまう188cmのスラリとした長身。ユニフォームを脱げばモデルのような存在感を放つ2019シーズンのパ・リーグ新人王、福岡ソフトバンクホークスの高橋礼投手の自己分析を聞くと、イメージとのあまりのギャップにちょっと驚かされる。
「(心の)根底にはめちゃくちゃな自分がいるんですよ」
何をもって「めちゃくちゃ」と位置づけるのか。高橋自身は「それはちょっと言えないですね」と、意味深げに苦笑する。ならば時計の針を巻き戻し、千葉県の強豪校の一つ、専修大学松戸高へ入学した直後の、2011年春ごろの立ち居振る舞いを再現してもらえればわかりやすいだろう。
「野球に対する態度がものすごく悪いというか、練習でもチャラチャラしていて、授業も真面目に受けないような生徒でした。入学した初日から、それこそ毎日のように野球部の部長と監督に1時間半くらい説教を食らっていました。学校へ携帯電話も持ってきていて、普通に授業中にいじっていて没収されて。取り上げた先生も冗談半分で、放課後の練習中に『はい、今日没収した高橋君の携帯電話だよ』と返しにくるんですけど、それを見た部長がまた激怒する、という感じでしたね」
千葉県松戸市で生まれ育った高橋は地元の強豪チーム、流山クラブボーイズでプレーしていた中学2年生の秋に、臨時でチームを訪れていたコーチからアンダースローへの転向を勧められた。
「試合でほとんど投げられないし、スピードはめちゃくちゃ遅くて、コントロールも悪いピッチャーだったので『試合で投げられるのなら』と仕方なく転向したら、意外と楽しかったんですよ」
オーバースローでなかなか結果を出せず、チーム内で4番手に甘んじていた高橋は、日本球界では絶滅危惧種に属するといっていいアンダースローに瞬く間に魅せられる。翌年の夏にはエースを拝命。甲子園出場を夢見て入学した専大松戸で、しかし、やんちゃでわんぱくな性格を厳しく叱責された。
「叱られると僕も思わず反発したくなるので、あまり話を聞いていなかったんですけど。それでも、ただ一つだけ、部長に言われた言葉で心に響いたものがあったんです」
呼び出されてはカミナリを落とされ続けた日々で、いつしか「もう野球部を辞めさせられるんじゃないか」と将来を心配するようになった。そうした状況で、部長は神妙な口調で切り出した。
高校で野球をやめると決意した日
「性格は変わらない。けれども、人格は変われる」
胸のなかにストンと落ちてきて、いまでも「自分のなかで基礎になっている、と言ってもいいほど頭のなかにあり続けてきた」と位置づける、まさに金言となる言葉の意味を高橋はこうかみしめる。
「性格はそれまで育ってきた環境とか、生い立ちといったものによってつくられるんですけど、人格は外からの影響を受けることなく、自分の内側から自分の意思で変えていくものなんです。自分はこうなるんだ、と決意した姿になっていく。僕の場合は野球のグラウンドに一歩足を踏み入れた瞬間から、ほとんど別人じゃないか、と言ってもいいほど気持ちを入れ替えるようにしました」
三つ子の魂百まで、ということわざがある。幼いころの性格は年をとっても変わらない、という言い伝えがあるなかで、高橋は「性格を制御するのが人格だと思う」と言い切る。野球をやるときだけ別人になって9年。かつては「めちゃくちゃ」と表現したこともある性格が人格に近づいてきたのかもしれない、と再び自己分析しながら無邪気に笑う。
「自分の性格もちょっとずつ変わってきたのかな、と。人格が性格になればベストなんですけどね」
中学2年時は170cmほどだった身長がどんどん伸び、必然的に増していった馬力をボールに加えられるようになった高橋は、アンダースローから威力のあるストレートを投げ込む稀有な存在へと成長。3年生の春には千葉県大会で準優勝し、関東大会でもベスト4に進出した。
専大松戸にとっても初めてとなる、甲子園出場を射程距離に捉えた最後の夏。期待を背負って勝ち進んだ軌跡は、準決勝で途切れてしまう。延長戦13回にまでもつれ込んだ強豪・木更津総合戦は、満塁のピンチから高橋が投げ込んだスライダーが外れ、押し出し四球となった瞬間に幕を閉じた。
サヨナラ負けというあまりにも残酷な幕切れを、高橋は「燃え尽きました」と振り返る。プロ野球や大学のスカウトから声がかかっていなかった状況も手伝い、高校で野球をやめると決意した。大学で勉強しながら、適当に野球を続ける――進路希望を打ち明けた瞬間に、またもやカミナリを落とされた。
「監督がめちゃくちゃキレたんですよ。お前が野球をやめたら何が残る、勉強なんていまさらできるわけがないだろう、と。自分では勉強ができる方だと思っていたんですけど、確かにテストでは毎回ほぼ学年で最下位でしたからね」
専大松戸を率いていたのは、茨城県の竜ケ崎一や藤代、常総学院を甲子園出場へと導いた実績を持つ持丸修一監督だった。さらに身長が伸びていく高橋の潜在能力に魅せられ、2年生の冬にはオーバースローへの再転向も命じたこともある名将は、野球をやめると申し出てきた高橋にこう言った。
「お前は必ず野球で成功する」
自分で自分にかけた“言霊”
高橋にとって、これが2つ目の金言となった。プロ野球選手になれるような実力はない、と思い込んでいた高橋は「人を信じちゃうタイプなんですよね。野球で成功する、ということはすなわちプロ野球選手になれるということだ、と」と野球をやめる決心を翻意。エスカレーター式で入学できる専修大学野球部で本格的に野球を続ける。そして、2年生にして侍ジャパン大学日本代表に大抜擢された。
韓国・光州で開催されたユニバーシアード競技大会に臨んだ侍ジャパンからは、濵口遥大投手(横浜DeNAベイスターズ)、茂木英五郎内野手(東北楽天ゴールデンイーグルス)、高山俊外野手(阪神タイガーズ)、吉田正尚外野手(オリックス・バファローズ)らがプロ入りしている。
「自分の夢はプロ野球選手になることです」
今シーズンのプロ野球でも活躍した先輩たちと、同じ時間を共有した日々に触発されたのか。大会を終えた高橋は、周囲に対してこう公言している。当時の心境をこう振り返る。
「大学生だけの侍ジャパンでしたが、非常にレベルが高かった。そこへなぜ僕が、と最初は思いましたけど、勝手に自分へ期待するようになりました。それまでは『プロ野球選手になる』と言ったら馬鹿にされていたんですけど、言ってしまった手前、もう戻すことはできない。有言実行させるにはどうすればいいのか、成功するにはどうしたらいいのかをずっと考えるようになりました」
自分で発した言葉ながら自分自身にプレッシャーをかけ、目標を成就させた意味で「プロ野球選手になる」は3つ目の金言となった。4年生の春に立正大学との入れ替え戦に敗れ、秋季リーグを2部で戦ったことで「厳しいかな」と考えていた2017年秋のプロ野球ドラフト会議。ストレートが140kmを超える、異色のアンダースローを追いかけてきたソフトバンクから2位で指名された。
波乱万丈に富んだ高橋の半生は12月20日、日本サッカー協会(JFA)と日本プロ野球選手会(JPBPA)のコラボレーション企画「JFA こころのプロジェクト 夢の教室」で、夢先生として訪れた東京・江東区の区立東雲小学校の5年3組の児童32人を前にして披露されたものだ。
「子どもはめちゃくちゃ好きですけど、子どもの気持ちになるのが難しいですよね。自分がどのようにしてプロ野球選手になったのかを、わかりやすいかどうかはわからないですけど、一応話すことはできたので、高橋礼という選手の存在を認めてもらえたのかなと思っています」
プロ入り後はストレートの最速が146kmに到達したが、プロ初勝利を含めた12勝をあげた、令和のサブマリンはまだまだ成長途上。自分をプロへと導いてくれた3つの金言のうち「性格は変わらない。けれども、人格は変われる」を最も大切にしながら、東京五輪に臨む侍ジャパンでの活躍にも期待がかかる、真価を問われる3年目のシーズンへ向けて鋭気を養っていく。
<了>
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