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猶本光が本音で明かすドイツ挑戦の1年半「馴染むんじゃない、自分のシュタルクを出す」
なでしこジャパンの猶本光がSCフライブルク退団を発表した。ドイツに渡って1年半、日本人選手として生き残る術を身につけた。時にはヒートアップして練習中に投げ飛ばされるようなこともありながら、戦うべきところでは一歩も引かずに渡り合ってきた。初めての海外生活挑戦は、猶本にどのような変化をもたらしたのだろうか?
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=Getty Images)
日独のサッカーに対する考え方の根本的な違い
ドイツ各地でクリスマスマーケットが開かれる12月、町をそぞろ歩く人々の表情はどこか柔らかい。そんな雰囲気が心地いいフライブルクの街中にあるカフェで、なでしこジャパンの猶本光にインタビューを行った。
ドイツに渡り1年半。あるがままを受け入れて、日独の違いを楽しみながら毎日を過ごしてきた。ここ最近の寒さについても「去年より今年のほうが寒い気がする。先週は夜に気温がマイナスだったときがあってグラウンドが凍っていてカチコチ。2日間練習ができなかったです。最悪でしたね」と明るく笑う。そしてこれまでのドイツ生活、女子サッカー・ブンデスリーガでのプレーについての質問にも、言葉を真剣に選びながら、丁寧に答えてくれた。
海外生活は日本でのそれとはやはり違う。いろいろなことがあった。その多くはポジティブな驚きだったようだ。例えば移籍当初、猶本はケガでプレーできない状態だった。すぐにチームに貢献できるわけではない。SCフライブルクはそんな彼女を温かく迎え入れた。最初から仲間として受けとめてくれたのだ。
「フライブルクの練習に参加したときに、監督もそうだったし、選手たちも温かくて。ここでプレーしたいと思ったんですよね。そう考えていたら、オファーをもらえて、絶対に行くと決めました。来た当初は、ドイツ語がしゃべれないし、ケガもしていたから、普通はそういう状況だと仲間に入れないかもしれないじゃないですか。でもすごくみんな仲間として温かく迎え入れてくれて、ありがたかったですね」
海外志向はもともとなかったという。きっかけは筑波大学の先輩である安藤梢がドイツでプレーしていたからだった。自然と意識は海外へ、そしてドイツでのプレーへ向かうようになった。仲間たちのサポートに支えられながら、2018年10月、ついに公式戦デビュー。実際に試合に出るようになると、自分が描いていたイメージとは違うサッカーがそこにはあった。
「パワー、スピードがすごいというイメージがあったけど、いい意味で違ったのは『うまいな』というところ。相手の動きの逆を取ったりとか、速い中にもうまさがあるなと感じた。特にバイエルン・ミュンヘンとか、ヴォルフスブルクは、『日本は技術で勝負する』とか言っていられないレベルで。それくらい上手だし、それに加えて速いし、強いしと感じました」
日本とドイツにおけるサッカーに対する考え方の違いを感じずにはいられない。どんな選手をうまいと捉えるのか。そこでの解釈に差があれば、おのずとズレが生じてしまう。
「違いますよね。日本だと足元のボールタッチが上手なことが『うまい』という評価になっていると思います。ドイツだとそれだけだったら『あの選手は技術はあるけど……』という扱い。サッカーの本質的なところ、ボールに向かっていく強さというところで、戦ってなかったら評価されない印象があります」
ドイツだとガンガン監督に聞きに行くのが当たり前
猶本は練習から積極的に戦う姿勢を打ち出していった。ある時にはガツガツいくようなプレーを周りに見せるために、あえて激しくスライディングタックルでボールを奪いにいくなどのトライもした。ユニフォームを汚し、体を張って競り合いを体感していく。激しさが増してくるとお互いにエキサイティングしてしまうこともある。ある日の練習中のミニゲームでは取っ組み合いになったと明かしてくれた。
「相手のゴール前で私がボール奪ったんですよ。そこで相手がつかんできたけど、振り払ってシュートしようと思ったら、体を持ち上げられて投げ飛ばされて。もはやレスリングみたいな(笑)。私が怒ったら彼女があとでメッセージしてきました。『やりすぎたというか、そういうつもりじゃなかった』って。私が『それもサッカーだから』みたいなことを返したら、『いや、あれはレスリングだった』って(笑)。そんなこともあったなぁ」
感情が高まり合い、バチバチと戦う。それが欧州では当たり前だ。ディスカッションが文化、生活の基盤にある。それは自分の意見を主張し続けるということではない。お互いの意見を理解し合ったうえで、お互いが納得できる解釈を見出そうというプロセスを大事にするということだ。
「日本だと言いたいけど言わないというのが結構あったんですけど、こっちだと普通に言える。相手もちゃんと話を聞いてくれるし、むしろ意見をぶつけたほうが喜んでくれた。もちろん相手の意見もあることで、それはそれで私も勉強になるというか、『あなたはそう思っているんですね』と理解することができる。試合に出られないときに日本だと、なぜ出られないのか、まず自分で考えるというのが普通だと思っていたけど、ドイツだとガンガン監督にも聞きに行くのが当たり前でした。そういうのは面白いなって」
日本には日本の良さがある。相手の立場を配慮して思いやる。それは私たちが誇る美徳でもある。だからといって「自分の意見を口にすべきではない」「自分の良さをチームのために押し殺すべきだ」というのはまた違う。アプローチのとり方の問題なのだ。自己を押さえつけることが必ずしも互いの成長にとって最適な答えとなるわけではない。猶本も練習から自分の出し方を模索していった。
「日本人だし、うまくいかないと文句を言われる対象にはなるんです。そこで何も言い返さないとバーッて言い続けられるんですよ。それで1回言い返したら、ちょっと相手も慌てていて。それから言ってこなくなったりはありましたね。ドイツでは黙って聞くんじゃなくて、言い返したほうがいい」
そうしたぶつかり合いが新しい力を生み出していく。欧州のオーケストラで仕事をしている友人にこんな話を聞いたことがある。日本の音大卒の学生が欧州各地でオーケストラのセレクションや音大の受験を受けるときに、審査員から「すごく正確な音を出す。けど、この音で何を表現したいのか。あなたの音は何なのかというのが見えない」という理由で不合格となることが多いのだと。これはスポーツにおいても当てはまることではないだろうか。
「ドイツに来て最初に監督に『何でもやろうとするな。自分のシュタルク(強み)で勝負しろ』と言われたのはすごく印象的でした。それが何かという部分まで話してくれたんですけど、ドイツでは日本人が日本人らしくプレーしたら異質じゃないですか? 正確にパスをつなぐことが良さになってくるし、チームにリズムが生まれる。だから『ドイツ人みたいに積極的にドリブルしなくていい』と言われたんです。私はドイツに来たら、ドイツのサッカーに馴染まないといけないと思っていたから、それをやろうと頑張っていたんだけど。そうじゃないんだなって気づきました。ドイツでは日本人らしくプレーすると自分の良さが出るし、日本代表だとドイツ人らしくプレーすると、自分は特徴が出せるなと気づきました。代表で生かせるのは球際のところ。私は普通にやっているつもりだけど、球際が強い選手だと評価されているというのは、成長した部分なのかもしれないですね」
ドイツ語をしゃべろうモードの時はいけるんですけど……
自分を出すことが大事だといっても、もちろん最低限やらなければならない役割はある。守備における規律、1対1での競り合いへの積極性、仲間のために走り続ける気概。それがないと、いくら自分の特徴を出そうとしたところでチームの役には立たない。毎日の練習を積み重ねる中で、猶本は自然とそのあたりの感覚を身につけていった。
「去年はしっかりボールを持つというか、中盤がすごくキーになってくるサッカーを志向しているチームだった。だから日本人的な役割を求められていたし、自分の良さをすごく引き出してくれるサッカーでした。やっていても楽しかったし、やりがいもありました」
ゲームの流れを壊さずに正確なプレーでチームにリズムをもたらす。そんな猶本にパスが入ると周りの選手はスッと動き出し、スペースへと流れ込んでいく。中盤で計算される選手として監督からの信頼も厚かった。期待されている分、要求も高い。ボールを奪われることに関してはどこまでもシビアに指摘されていたという。
「他の選手がパスミスしても怒られないけど、私がしたら監督がすっごい怒るんですよ。チャレンジのパスを相手に引っ掛けたというシーンでも、『ヒカーーー!』って(笑)。引っ掛けたのは確かに悪いんですけど、そんな怒んなくていいじゃんってくらい怒っていて。でもそのおかげで自分でもそれまで以上に精度を意識するようになったし、今思えば良かったなと思います」
たとえ怒られたとしてもそれを引きずったり、そこからネガティブな影響が生まれたりということはなかった。どれだけ強い口調で怒鳴られても、それはプレーに対する指摘でしかないことがわかるからだ。オープンなケンカとでもいえばいいだろうか。
「結構、強い口調で言われてたとしても、『自分はこう思ってやった』ということを伝えたら、ちゃんと聞いてくれます。だからそこで逆にシュンとしちゃうと、私が全部悪いというのを受け入れたことになっちゃうから。自分も強くないといけないなというのは思いましたね。しかもこっちの人は、同じテンションで怒っていても、ただ思ったことを言ってるだけなところもあるから。あまり深く考えないようにしています。次は気をつけようっていうくらいで。ドイツ人って試合が終わったらケロッとしていて、根に持たないイメージが自分の中で勝手にあるから。無駄に自分に圧力をかけない。そこまで怒ってないだろうなというふうに捉えていたから。まるでケンカしているように見えるテンションでも、ドイツ人はそうやって意見をぶつけ合ってお互いを理解し合うので、そんなドイツの環境は逆にやりやすくて心地よかった。日本では、気をつけます(笑)」
サッカーだけではなく、ドイツ語習得にも努力し、半年間語学学校に通った。今では普通に生活できるレベルにはある。それでも毎日ドイツ語を使わなければならないのはストレスだったと明かしてくれた。
「やっぱりお肉とかも、薄切り肉はお肉屋さんに買いに行かなきゃいけないじゃないですか。でもお肉屋さんで話して薄切りにしてもらうのが……。いや、お店の人はすごく優しいんです。でも話して買うのが……。だからスーパーでパック詰めになってる肉を買うという妥協をするときもありましたね。ドイツ語をしゃべろうモードの時はいけるんですけど、疲れとかが重なると音楽や動画など日本語に逃げていましたね(笑)。でもずっと日本語を聞いていると、またドイツ語話したいモードになる。やらなきゃいけないって追い込んでストレスにはしたくなかった。勉強したくないときはしないようにしていました。気が向いたときはすごく勉強にも取り組んでいたし、そこは自分の中のバランスで」
自分の思いを自然に表現し、それを相手も尊重してくれる。そうした空気感の中でサッカーをして、生活をする。肩肘張って無理をしなくてもいい。自分ができることを一つずつ丁寧に取り組んでいく。苦しいときは休めばいい。でも必要だと思ったら積極的にチャレンジしていく。そんなドイツ生活を通じて、猶本はサッカー選手として、そして一人の人間としても、大きく深くなっていったのだ。
<了>
【第2回インタビュー】「ドイツのファンとの距離感は居心地が良かった」猶本光、苦悩の10代を乗り越えた現在の境地
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PROFILE
猶本光(なおもと・ひかる)
1994年3月3日生まれ、福岡県出身。2007年、福岡J・アンクラスの下部組織との二重登録というかたちで13歳でトップチーム登録。2010年、主力としてFIFA U-17女子ワールドカップ準優勝に貢献。2012年、筑波大学入学を機に浦和レッズレディースに移籍。2014年になでしこリーグ優勝を経験。2018年、女子サッカー・ブンデスリーガ、SCフライブルクへ移籍。2019年12月にSCフライブルク退団を発表。
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