
トッティ引退の原因とは?「今すぐ家に帰れ!」監督との関係悪化させた深夜の出来事
「わかりました。罰を受け入れます。その代償を受けるのが俺かあなたなのか、見てみようじゃありませんか」。これは2016-17シーズン、ルチアーノ・スパレッティ監督に「練習場から出て行け!」と命令された直後のトッティの発言。日本でも3月に刊行予定の『フランチェスコ・トッティ自伝』に収録されたエピソードだ。その後に待ち受けていたのは悲しい別れ、そしてトッティ自身の引退。2005-06シーズン、トッティを中心としたゼロトップ採用で一時代を築いた2人にいったい何があったのか?
(文=沖山ナオミ、写真=Getty Images)
ファースト・スパレッティ、蜜月時代
ルチアーノ・スパレッティはゼロトップを採用して、美しきローマサッカーを具現化したことで有名だ。2005-06シーズン、故障者が続出するなかで、スパレッティは暫定的にフランチェスコ・トッティをトップに置き、偶然にもそれがうまくはまったのだ。ローマはその後、11連勝。そのうち最初の8試合でトッティは8ゴール決めている。10位から5位まで順位を上げたものの、トッティの負傷離脱とともにローマは停滞した。
負傷入院中、スパレッティは毎晩、トッティを見舞った。2人は朝の3時頃までサッカーの雑談をした。例えばこんなふうに。「さて、親愛なるフランチェスコ君。来季のローマを一緒にデザインしようじゃないか。いろんなオプションをこれから書く。一緒にすべての選手の長所と欠点を考察してみよう」。
2006 FIFAワールドカップ・ドイツ大会を前にして負傷したトッティは不安に苛まれていたが、4日間連日見舞いにきたスパレッティに対して、信頼と愛情を感じたという。当時の2人はお互いを必要とする蜜月関係にあったのだ。もともとスパレッティはローマに来る前から、トッティと仕事をすることが夢だったという。トッティも新監督がスパレッティと聞いたときは喜んだ。その前からトッティは「ウディネーゼのサッカーをそのままローマに持ち込みたい」と同僚のダニエレ・デ・ロッシ、クリスティアン・パヌッチと話していたのだ。
関係悪化のきっかけとなった明け方の出来事
負傷を乗り越え、トッティは2006年のワールドカップ・ドイツ大会に出場。イタリア代表は優勝した。その後のセリエA、2006-07シーズン、スパレッティ2シーズン目もゼロトップはうまく機能した。トッティは26ゴール。「スパレッティは少年時代に経験していたゴールの喜びを思い出させてくれた」。そうトッティは語って感謝している。だが、その頃、2人の関係を悪化させる事件が起こった。
それはカードゲーム。シーズン最終節前日、ローマの選手はトリゴリア練習場に前泊したが、その夜、トッティ主催によるスコーパ大会が開催された。スコーパとはイタリアの伝統的なカードゲームだ。夜中に選手たちがトッティの部屋に集まり、全員、時が過ぎるのも忘れてゲームに興じた。
朝5時半、スパレッティがノックした。「何時だかわかっているのか!?」。トッティは「ミステル(監督)、大丈夫です。明日は勝ちますから。あと2得点してゴールデンシューも取りますよ!」。トッティはお気楽に答えたが、スパレッティから険しい表情は消えなかった。この時点でスパレッティのカード嫌いが相当なものだということをトッティは認識している。「俺が引退することになった原因の一端はそこにあったのかもしれない。いずれにしても、きっかけはその日だった」と。
「俺の目だって濡れていた」 つらく、感動的な別れのシーン
スパレッティはローマを2度指揮している。第1期は2005年から2009年。第2期は2016年から2017年。第1期の2009年、開幕2試合連続黒星がつき、スパレッティは辞任を決めた。
「スパレッティは一言も話さなかった。長い時間、ただ床を見ていた。そして、突然出ていった。数分が過ぎ、再び入ってきた。今度は視線を上げることができた。2、3回、話そうと試みていたが、涙で声が詰まった。何も話さないまま、ただ全員と握手した。俺は最後。カピターノ(主将)だから強いハグを受けた。俺も同じくらいの強さで返した。俺の目だって濡れていたんだよ」
感動的な別れのシーン。ファースト・スパレッティ時代、2人の関係はまだ平穏だったのだ。だが、お互いの心に受け入れられない何かが積もり始めていたことは確かだ。辞任を決めたとき、トッティが引き止めなかったこともスパレッティは不服だったようだ。
「たとえ君が“トッティ”であっても……」
2016年1月、リュディ・ガルシアの後任として、スパレッティはローマに復帰した。この時点でトッティは39歳。スパレッティが彼をスタメン扱いしなかったのは当然だが、それにしてもトッティに体調についての質問すらしなかったのだ。
再度2人はカードゲームの件で揉める。「君たちのなかの数名が、遅くまで起きてカードゲームをしていたそうじゃないか。私はカードを禁止する」と。それに反論したトッティに、スパレッティは「ふざけるなケッコ!」と一喝。ケッコとはごく親しい友人だけが使っていたトッティの愛称だった。
練習においてもスパレッティはトッティを非難した。「フランチェスコ、前回、君を指導していたときはすべて認めていたよ。だが、今回は違う。君は他の選手と同じように走らねばならない。たとえ君が“トッティ”であっても」。その理屈はトッティを一層苛立たせた。「俺は特別扱いしてほしいと頼んだことはまったくない」と。
「今すぐ家に帰れ!」
2人の関係は一触即発状態。そんななか、トッティはイタリアの国営放送RAI局のインタビューを受けた。そこでトッティは「スパレッティにはもう少し違う扱いをしてもらいたい」と語った。だが、監督としてのスパレッティを評価することも忘れなかった。その内容が翌朝の新聞記事となった。
トリゴリア練習場でその記事を読んだスパレッティは、トッティを呼び出して言った。「いったい私が何をすればいいのだ!?」と。そして続けた。「もうたくさんだ。君は自分が間違っているということを何もわかってないようだな。今すぐ家に帰れ!」。
それはトッティにとって最も屈辱的な罰だった。自分の家ともいえるトリゴリアから追い払われたのだから。
「わかりました。その罰を受け入れます。その代償を受けるのが俺なのか、あなたなのか、見てみようじゃありませんか。おわかりとは思いますが、ローマ人は俺の味方です。俺はインタビューであなたのことを称賛したのですよ。それなのに俺は追い出される。となると、その責任はとっていただかないと納得できません」
喝采、そしてスタンディングオベーション
思いをぶちまけたトッティは、憔悴して家に戻った。その日の夜はパレルモ戦だったが、トッティは当然メンバー外。
だが、妻のイラリーが言った。「それなら、みんなで(スタディオ・)オリンピコに行きましょうよ。こそこそする必要はないわ。あなたに非がないのなら、堂々と顔を見せればいいのよ」と。妻に言われるままに、トッティはオリンピコに向かった。
ローマ人はトッティの味方だった。彼がトリブーナ席に姿を現した途端、轟音が鳴り響いた。喝采、そしてスタンディングオベーション。スパレッティはブーイングを受けてはカメラに抜かれた。
トッティは言う。「ティフォージ(サポーター)の愛情がキャリアを通して俺を後押ししてくれた。それは理屈では語れない果てしないほどの感情だ。もちろんそこには理由がある。それはローマのカピターノとロマニスタの関係だから。だからこそ、確固たるものなのだ」と。
2016-17シーズンを終えてトッティは引退した。スパレッティもまたローマを去った。
<了>
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