宮市亮「悲劇からの復活劇」では終わらせない リーグ全試合出場が物語る進化と真の評価

Career
2020.02.27

ブンデスリーガ2部ザンクトパウリでプレーする宮市亮が今季好調を維持している。これまで23節すべてに出場。ベストイレブンにも3度選ばれるなど、攻守にわたりその存在感を示している。「スピードが武器」「ケガが多い」その2つのイメージを覆す存在となった現在の新生・宮市亮はいかにして生まれ、どのような新たな武器を手にしたのか?

(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)

「歩けない状態になってもまだ信じてくれる人がいた」

宮市亮という名前を聞いて、どんなイメージを持つだろうか。サッカー日本代表にも選出されたことがある攻撃の選手で、日本人離れした類まれなスピードが最大の武器だ。中京大中京高校を卒業すると、イングランド・プレミアリーグの強豪クラブであるアーセナルへ移籍を決断。スピードスターとしてどれだけ輝かしい未来が待っていることかと、サッカーファンは期待に胸を弾ませていた。きっと日本の将来を背負って立つ存在になるはずだ、と。しかし現実はなかなか思い通りのシナリオが描けるわけではない。フェイエノールト(オランダ)やボルトン(イングランド)といった欧州の中堅クラブにレンタル移籍を繰り返しながらも、なかなか一つのクラブに腰を据えてプレーする機会が訪れないでいた。

アーセナルからドイツのザンクトパウリに完全移籍を果たしたのが2015年のこと。ブンデスリーガ2部とリーグレベルは少し下がったとはいえ、ようやく自分が所属するクラブのためにプレーができることを心から楽しみにしていた。だが、ここから試練が宮市を襲う。同年に左膝十字靭帯を断裂。リハビリを耐え抜き、1年かけてようやく復帰を果たし、そして少しずつ出場機会が増えてきた2017年に、今度は右膝前十字靭帯断裂の大ケガを負ってしまう。もう宮市はだめかもしれない。そんな空気もあった。それでも宮市は諦めず、復帰に向けて懸命に自分と向き合ってきた。なぜ、押しつぶされることなく、自暴自棄になることなく、またこうしてピッチに戻るまで耐えることができたのだろうか。

2019年10月に行われたDFBポカール(ドイツカップ)2回戦のフランクフルトとの試合後に、宮市は次のように話してくれた。

「サッカー選手ですから、ケガはつきものではあります。でもなんだろう、このままじゃ終われないというのもありました。ケガをして、でも僕以外の、ファンの人もそうでしたし、家族もそうでしたし、歩けない状態になってもまだ信じてくれる人がいた。まだ、お前はできるぞと言ってくれる人がたくさんいたので。いろんな要素がありますけど、そういういろんな要素を含めて、今こうしてもう一回ピッチに立って試合に出れているので、そういう人たちのためにもしっかりプレーして、恩返しじゃないですけど、僕ができることをしっかりやっていきたいですね」

多くの人に支えられて宮市はまたサッカー選手として戻ってきた。本当に素晴らしい復活劇だ。

リーグでもトップレベルのスピードの生かし方

ただしここが彼の終着点ではない。サッカー選手としてのキャリアはまだまだ続いていくのだ。だからこそわれわれも、今の宮市をしっかりと受け止めることが大切ではないだろうか。メディアの報道を見ていると、「悲劇のヒーロー」という扱いばかりが目立ち、大ケガからの復帰というストーリーにばかり焦点が当たっているのではないだろうか。

やはり、サッカープレーヤーとしての宮市もしっかりと取り上げてみたいと思うのだ。取材に訪れたのはブンデスリーガ2部22節ドレスデンとのホーム試合。この一戦でもフル出場を果たした宮市。翌節含めた今季23節終了時で、チーム内で唯一リーグ全試合に出場している。スタメン出場22試合のうち21試合がフル出場で出場時間は1990分にもなる。また6アシスト、そして総走行距離、1対1の競り合い回数はチーム内で現在トップ。ドイツのサッカー専門誌キッカーが選出する各節ベストイレブンにも3度選ばれている。

本人は自身が今季ここまで重宝されている理由をどのように捉えているのだろう。

「やっぱりスピードはこのチームでもそうですし、リーグでもトップのほうだと思う。監督はそこを要求してくれています。スピードは波がないというか、常に脅威になれる武器だと思うので、そこを監督が買ってくれていると思います。あとは何よりケガがないことも」

宮市が自分で分析するように、1部リーグでも十分に通用するだけのスピードが高く評価されているのは言うまでもないだろう。だが、速いだけでずっと試合に出られるほど、サッカーはシンプルなものではない。相手に守備を固められて、守備位置を深くされたら、スピードだけでは攻略できない。

RBライプツィヒのスポーツディレクターのラルフ・ラングニックは数年前の国際コーチ会議で講師を務めた際に、「サッカーの攻撃において重要なのはスピードとアイデアだ。そしてアイデアというのはスピードの変化で生まれるものでもあるから、スピードを使いこなすことがキーファクターになる」と話していたことがあったが、まさにその通りだ。そしてこの指摘は個人としてもそうだし、チームとしても当てはまる。どのようにチームとしてスピードを使いこなすのかというのが大事な考え方であり、そこに宮市がどのように絡むべきなのかが問われなければならない。

だからこそ、戦術理解、チームへの貢献、攻守のバランス、ゲームメイク、チャンスメイク、前線からの守備などさまざまな要素で計算できる選手とみなされないと主軸として起用してもらえない。逆にいうと、ここまで信頼して起用されているということは、スピード以外の部分でも評価されているからこそだ。

体つきも変わり、守備でも貢献

ドレスデン戦では4-2-3-1システムで、攻撃的な右サイドのポジションで起用された。ドレスデンがボールを保持している時には、相手左サイドバックとの距離と角度を丁寧に測りながら、ポジショニングを微調整していく。そこにパスが出たら縦へのパスコースを消しながら、プレッシャーをかける。常に同じように守るだけではなく、機を見てインターセプトを狙えるように、準備している。少しでもパススピードが遅かったり、味方選手のプレッシャーで苦し紛れのパスが出てくる時は一気に距離を詰めてカットしてしまう。

相手のボールをカットしに行く時、体の面の使い方もいい。日本人選手は体を広く使った守備というのが苦手だったりする。ボール保持者に対して距離を取り、“ワンサイドカット”をして追い込もうとするのが守備の基本だが、体の向きを真横にするくらいになって向き合うと、その選手の両脇にはパスコースができてしまうということがよくあるのだ。その辺りで、宮市は体の使い方に向上が見られた。ボールがあるところに足を出すのではなく、ドリブルやパスで相手がボールを運ぼうとする先に体を運び、体の大きさをうまく使ってブロックする。この試合でも好タイミングで“面”を作り、相手のパスをカットする場面が随所にあった。

体つきも変わってきている。2部リーグとはいえ競り合いにおけるプレーは非常に激しいものがあるが、それこそ2m近い大きな選手相手にぶつかられても、がっしりとした体躯でしっかりと受け止めることができている。そしてただ強靭になっただけではなく、しなやかでもあるのだ。プレーの様子を見ていると、芯がぶれずに、スムーズに体重移動ができている印象を受ける。フィジカルで相手と互角以上にやれるということは、競り合いで不用意にボールロストをしたり、守備時でもあっさりかわされることが少なくなる。

攻撃ではボールの受け方にも工夫が見られる。サイドライン際に張って待つだけではなく、相手守備間のスペースにタイミングよく顔を出すと、ボールを受けてワンタッチで振り向く。あるいはスッと中のハーフスペースに入り込む動きを見せて、相手DFが食いついてくると、急ターンして裏のスペースへ走り出す。スタートのタイミングで相手より半歩でも前に出られたら、宮市のスピードに相手はもう追いついてこれない。

「それは練習中にも言われてます。試合に使ってもらう中で新たな武器というか、足元だけでもらわずに裏に抜け出すというところは結構進歩しているじゃないかなと思います」

新生・宮市の可能性と課題

相手と向かい合って対峙したらスピードを最大限に生かした突破からゴールにまっすぐ向かっていく。

ドレスデン戦で15分に見せたシーンがそうだった。カウンターから右サイドでボールを受けるとスムーズにギアアップ。相手にドリブルで向かっていくと、シンプルだがキレの鋭いまたぎフェイントから中に持ち込んで強烈な左足シュートを放った。GKの素早い反応でゴールにはならなかったが、一連の動きは非常に滑らかで迷いのないものがあった。右サイドからドリブルで縦に持ち込めば、そのままクロスまではいける。でも相手がそれを予測していれば、サイドをある程度捨てて、中を固めて対応しようとする。そうなると、ただクロスを上げても仲間に届く可能性は低くなる。攻撃的な選手には相手の準備を揺さぶれる能力が必要になる。

「そこは強みになってきたかなというのはありますね。右サイドでのバリエーションが増えているかなと思いますね。(あのシーンでは)シザース入れて、一歩入れて。進歩としてはゴール前で迷わなくなったというか、最後のシーンもどこを打とうかとかあまり考えずに、感じて打った。この前のシュトゥットガルト戦とかも結構チャンスがあったんですけど、考える時間が多くなると、いつもミスってしまうので。ゴール前ではあまり考えずにやるのが一番いいのかなっていう、そこは進歩かなと」

その他にも前半は左サイドに回って好クロスを上げたり、味方をフリーにするためにスペースに走りこんだりと、状況に応じたプレーが非常にうまくできていた。何より宮市がボールを持つとザンクトパウリの攻撃が明らかに怖くなる。相手左サイドバックがまったく上がってこないのは、宮市を警戒してのこと。

自分の武器であるスピードを最大限に生かすために、パスのもらい方、引き出し方、飛び出すタイミングといった判断レベルの向上に日々取り組んでいる。ただ、まだ改善の余地は残している。後半、相手守備が密着マークで宮市を徹底的に抑えにくると、味方からパスを受ける頻度が減ってきてしまう。宮市のチャンスメイクが減ってきたこともあり、ザンクトパウリの攻撃はテンポを失い、ゴール前まで運べないことが増えてきてしまった。そうした時に、どのように自分の空間を作り出すのか?

「そこがまだ課題だと思っています。チームとしても(サイドに)張るシーンを求められていて、なかなかゲームに入れないことがある。だからちょっと改善していこうかなというのがあった。(今日は)いい形で前半何度か受けられたと思います。ただ味方との連携というか、僕を見てくれるかどうかというところになってくる。あと後半は左サイドにボールが集まったんで、結構難しかった」

相手にマークされながらも味方と呼吸を合わせてパスを引き出し、そこで起点を作るプレーを身につけていきたい。もっといいサッカー選手になるために、もっとチームの勝利に貢献できる選手になるためにと、さらなる成長を渇望している。誰よりも速く走れるが、速いだけでの選手で終わるつもりはない。ザンクトパウリ監督のヨス・ルフカイは宮市のポテンシャルを誰よりも信じている。さらに戦術理解を深めていくことでより早く、より正確な判断力を身につけることができたら、本当にすごい価値を持つ選手になれるかもしれない。

<了>

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