子供のやる気は「大人の渡し方」勝負 「サッカー×教育」のプロが教える9歳までの指導術

Education
2020.03.26

香川真司選手と「花まる学習会」が立ち上げたサッカー教室「Hanaspo(はなスポ)」。代表を務める新山智也は教育ビジネスの世界で研鑽を積んだ人物で、「スポーツ教育に対する考え方の土台をつくり、広めたい」と語る。教育のプロがサッカー教室を通して伝える、「どうすれば上達するか」自ら考えられる子どもの育て方とは?

(インタビュー・構成・撮影=木之下潤、写真提供=Hanaspo)

大人の「渡し方」を大事にする理由

――現在いるスタッフ3名は花まる学習会で講師を務めた経験があるのでしょうか?

新山:もちろんです。私は少しキャリアが異なるのですが、講師も務めていて、中学受験向けの授業も担当していました。また、講師以外の仕事としては、「THINK! THINK!」というアプリを作ったりしていました。

――だから、プログラムの開発や、全体をオーガナイズするようなカリキュラムを作ったりされているわけですね。

新山:それらを作る上でこれまでのキャリアは生きていますね。例えば、子どもが解く問題を作る時もそうですが、どういうステップで難易度設定をするかは、ものすごく頭を使うところなんです。かなり工夫を凝らします。最初の問題は、どんな子もできるのが絶対条件です。1問目でつまずくと辞めてしまう子、泣いてしまう子が出てしまうので、そういう設計にしないのは大事です。そういう難易度調整の経験も、Hanaspoのトレーニングプログラム、カリキュラムを考える上では非常に役立っています。今日体験教室でやったドリブルゲームも「これ、得意じゃない」と誰一人感じさせない設定にしないと全員が楽しめませんからね。

――一発目は成功できる設定にする、と。

新山:ええ。例えば、「こそっとフラット」といういろんな場所に落ちているフラットマーカーを拾うゲームも、動きが早い子はたくさんマーカーを拾って得点が稼げます。だから、得点が高いマーカーは鬼役であるコーチの近くに置くようにして、低いものは離れた場所に置くように設計しています。そうすると、端っこに置いてあるマーカーは、まだ場に慣れずに内気で勇気を振り絞れない子でもマーカーを取ることができます。得点が低いものでもコツコツと集めたら子どもの自信が貯まっていきますから、そういうアプローチは必要なことです。トレーニングのカリキュラム、プログラムを設計する上で子どもがどのように学ぶかといった根本的な部分については、これまでのキャリアで積み重ねた経験が生きています。

――声かけ、条件やルールの設定などがHanaspoの掲げる哲学「夢中力」「工夫力」「表現力」につながっていると、今回の体験教室を見て思いました。やはりプログラムやカリキュラムの設計は子どもを指導する上で重要です。なかでも、夢中にさせることは一つのカギだと思うのですが、子どものどんなところを観察しているのですか?

新山:渡し方勝負。私は、これがすべてだと思っています。当然、設計は大事ですが、それを生かすも殺すも渡す人、つまり大人にかかっています。どういうふうに伝えるかは子どもの受け取り方に関わってきますので、一言一句、身振り手振りはすごくこだわる部分です。今日の練習でも、担当コーチの事前の「渡し方」があまりよくないところがありました。そもそも起こりうるだろう「子どもの予想外」はある程度事前にシャットアウトしないといけません。

 あとから、コーチが「こうだよ」と説明しても子どもたちは納得しないんです。そういった学びの邪魔になるトラブルは未然に防ぐために、子どもに「〇〇があるかもね」とか先に伝えておくこと。そういうところでの「渡し方勝負」はすごく意識しています。何を大事にしているかは、子どもがどれだけのめり込めるか。そして、子どもは必ず試行錯誤するし、工夫するものだから、そういうものを良い意味で促し、悪い意味に働きそうな場合はシャットアウトしておく。これは常に心掛けていることです。

――それはコーチに観察力、現場経験が必要です。

新山:これは私たちも花まる学習会で講師経験を積んでいるのでわかります。私たちの感覚では、一人前になるのに3年くらいかかります。まずは一人で教室を担当し、メンターという形で講師に教育係がつきます。そこから1年くらい指導経験を積んだら一つの教室を一人で受け持つようになります。一人になって2年は自分なりに試行錯誤がやはり必要です。とはいえ、何年キャリアを積み重ねても学び続ける必要はあります。

スポーツ選手のセカンドキャリアに一石を投じる

――今後、教室が増える場合はコーチの数も増やさなければいけません。その場合は「花まる学習会」で研修をするのか、あるいはHanaspo独自で研修制度を組むのですか?

新山:採用はHanaspo独自です。実は、私たちはスポーツ選手のセカンドキャリアに対するアプローチも行っていきたいと考えています。ここにも一石を投じたい。純粋にサッカーをしてきました。これからサッカー教室を開きます。こういうスポーツスクールのあり方には「そんなに簡単なものじゃないよ」という思いを持っていました。だから、研修制度についてはHanaspo独自の設計を今後は確立させていく予定です。

――ちなみに、スポーツ選手のセカンドキャリアにはもう着手されているのですか?

新山:はい。香川真司選手と花まる学習会が共同で設立したのも、そこにも狙いがあったからです。私も学生時代ずっとサッカーやフットサルをしていました。スポーツしかできない。そう思われるのが嫌で、だからスポーツ選手がセカンドキャリアとしてデビューする場が作れたらいいな、と。「本当はスポーツ選手ってすごいんだよ」ということを世間に広めていきたいです。

――話を聞いていると、コーチというより教育者、子どもの持つ能力をどう伸ばすかに重きが置かれているように感じます。

新山:個人的には、サッカーコーチもスポーツコーチも突き詰めていけば自然とそうなっていくと思います。こと幼少教育に関しては現段階であまりプロフェッショナルがいなくて、Hanaspoがそこの第一人者になれたらいいなとはイメージをしています。

――そのあたりは幼稚園から小学校低学年くらいまでのスポーツ教育が抱える課題、育成コーチに誤解されているところですよね。

新山:そもそも日本の資格制度の取得難易度は逆なんですよね。サッカーのライセンス制度もキッズリーダーが一番簡単な位置に設定されていますが、私は逆だと思っているくらいです。もちろんA級やS級なら特別な戦術論、マネジメント論などの専門的知識が不可欠になりますが、だったらキッズリーダーも「子どもを教育するところだからそんなに簡単じゃないぞ」と思うんですよね。D級、C級よりも難しくすべきというのが私の持論です。

――サッカー要素の前に、子育て要素の比重が高いから発育発達に関する知識は大切です。体づくりもその一環ですが、幼少になるほどちょっとした専門知識が重要なのは当たり前の話です。私もジュニアサッカーを専門に長く取材活動していますが、そこを誤解している育成コーチが数多くいるような気がします。

新山:よくサッカーか、人間教育かという議論がありますが、それ自体がナンセンス。「サッカーを教えようとしたら自然にそこに行き着く」と思っています。分けて考えること自体がどうなのかな、と。

言語化はカードで会話のキッカケをつくっている

――ところで、練習の最後にインタビューコーナーがありました。子どもたちは帰る間際にカードをファイリングしていましたが、あれは何か関係があるのでしょうか?

新山:私たちは「振り返りカード」という練習を振り返るツールをつくっています。その子は練習の感想などを記入したそのカードをファイルに入れていたのだと思います。

――なるほど。

新山:「振り返りカード」をつくった理由は、保護者との会話のキッカケをつくるためです。スポーツ教育の一つの目的に「言語化」を掲げています。私たちが1時間半の授業で教えられることは限られていて、家族と過ごす時間のほうがはるかに多いです。つまり、教室以外に言語化の練習ができるのかは子どもの成長の大きなポイントになります。例えば、普通はこんな会話が一般的です。

保護者「今日どうだった?」
子ども「楽しかった」
保護者「何が楽しかった?」
子ども「試合」

 以上、終わりみたいな。 特に男の子はこのような会話が多いですよね。 でも、そこから内容を広げたり深めたりすることが、言語化能力を養う上では重要です。保護者がカードを使って「これは何?」と聞くと、子どもは説明したくなります。そういう会話のキッカケにしてほしくてこのカードを考案しました。

――何がキッカケで思いついたのですか?

新山:なんとか言語化にアプローチできないか、と。どうすれば言葉の力が伸びるかな? そうイメージを膨らませていた時に「会話」の積み重ねが大事だなと、やはり家庭でどう取り組める環境がつくれるかが成長を左右する。そう思った時にお母さんやお父さんとの会話のキッカケ=ツールがあればいいなとカードのアイデアをたどり着きました。

 要は、授業や教室以外で「どう学ぶか」については、アプリ開発をしている時に実感したアイデアです。基本的に子どもに教えられるのは1時間半なので、教室以外で「あっ、こうすればいいんだ」と気づくキッカケがあればもっと伸びるんです。授業外に「あと伸びする」とも言えばいいんですかね。

 中身はこんなカードです。

 まず、私たちは練習内容を保護者とも共有しています。教室終了後、子どもたちはイラスト入りのカードに感想を書き、それを自分のファイルに入れて持ち帰ります。そうすることで家庭でも保護者と会話ができるような環境をつくっています。もちろんその意図は保護者に伝えてありますし、「ぜひカードを見ながら会話してください」とアナウンスを流しています。子どもにとっては思い出すためのツール、保護者にとってはそれを引き出し、深めたり広めたりするツールです。

――なるほど。

新山:保護者からすると「これは何なの?」「どういうことをするの?」などと聞きやすい仕組みになっています。子どもはもちろん最初から感想が書けるわけではありませんから、徐々に慣れていきながら書けるようになります。

――自分の言葉で書く、アウトプットすることは重要です。

新山:初めは書くための引き出しが少ないので、「こういうふうに言えるんだ」みたいな言葉や言い回しを覚える必要があります。そこでインタビューコーナーを設けて耳で覚える機会を設けました。音楽でも、英語でも、相手の言っていることを聞いていたら、いつの間にか言えるようになることがあるじゃないですか。なんとなく耳に入れていたらなんとなく使えるようになっていくのと同じで、言い方とか伝え方も会話の量を増やすといいのではないかな、と。

――コーチとの会話、お母さんやお父さんとの会話をしているうちに話せるようになりますよね。

新山:まさにそういう感じです。

――この言語化の仕方は理に適っていると思います。

新山:花まる学習会には、授業の中で作文を書く時間があります。いきなり作文を書ける小学生は少ないんですよね。だから、講師との会話をベースに深めたり広げたりして、文章を書く流れを一緒につくってあげるんです。この年代の子に「よく考えてごらん」と言っても、すぐに実行できるわけではないので、そこは知識をつくってあげて、「どう広げたり深めたりしていくのがいいのか」は寄り添ってあげることが大事です。この年代の子どもは耳から学ぶものですから。小さい子は印象的なCMの言葉、お笑い芸人さんの印象的な一発ギャグなどをすぐにマネするじゃないですか? あれも人間は耳が最初に発達する生き物だからです。

Hanaspoがやりたいことは9歳までの土台づくり

――そういうリーチの仕方を聞くと、スポーツ選手のセカンドキャリアでも実践しないと難しいのかなと思います。

新山:何が伝えたいか、要するに「こうなればいいんでしょ」という頭の柔軟性を持つ方であれば、私たちの研修制度を使い、より具体的に子どもたちにリーチできるようになると思うので、そういう人を見抜いて仲間になってもらいたいなと考えています。

――感度の高い方ということですね?

新山:観察眼というか、そこの解像度の高い方を採用したいです。研修で学んだことをさらにブラッシュアップできる人ですね。

――コーチも成長しないと子どもの成長スピードについていけません。

新山:そこは教育者として当たり前として持つべき考えなのかな、と。

――私がジュニアサッカーを長く取材活動するなかでコーチに足らないと思うことは「他者との関わりが少ない」「考えをオープンに話さない」ことです。一人の教育者として何か問題だと感じていることはありますか?

新山:子どもたちに対して思うことはありませんが、サッカーコーチに感じることはあります。もっと学び続けるべきではないか、と。過去のサッカー経験や知識をもとに「サッカーとはこうあるべき」という個人の価値観を押しつけたり、怒鳴ったりしているコーチを見ると残念な気持ちになります。

 岡田武史さんのようにサッカーの指導を体系的・構造的に理解されていて、それを整理して本まで出版するような人はそんな短絡的な発言や行動をしないのではないかと思います。自分を含めて、「もう少しスポーツ教育に関わるすべての人が勉強していかなければいけない」というのは、Hanaspoをスタートしてあらためて実感しました。だから、学び続ける企業でありたいです。

――子どもが一番伸びるのはタイミングを見極めて短い言葉で背中を押してあげることだというのが、私の持論です。

新山:私も、この一言で急激に変わったという経験はたくさんしています。では、それが「いつのタイミングか」は一人ひとり異なります。7歳の子もいれば、15歳の子もいます。ただ全員に伸びる可能性があるので一人ひとりを細かく観察することは絶対条件です。私はそれを花まる学習会で学び、体感しています。伸びる可能性を潰しているのは大人なんですよね。ずっと寄り添っている人がいれば、子どもは何かしらの可能性を持っています。

――お聞きしていると、このサッカー教室だけで子どもの成長を完結させようとは思っていらっしゃらないですね。そのあとにも「子どもが伸びる可能性をつなげる」というか。

新山:だから、私たちは9歳以下に対象を絞っています。10歳以上になったらサッカーを突き詰めたコーチが子どもと信頼関係を築き、寄り添って指導していけば伸びると思うので「そこからはお任せしたい」という考えで、この教室を始めています。

――子どもの基礎、土台づくりをしたい、と。

新山:スポーツ教育に対する考え方の土台をつくり、広めたかった。純粋に「ただ練習すればうまくなるよね」ではなく、「どうすればうまくなるんだろう」と常に考える習慣を9歳までに身につけておけば、あとは「どう練習すればいいか」は今の時代スマホを検索すればいくらでも出てきますし、図書館に行けばいくらでも専門的に知ることができます。私は意欲、情熱さえ備えたら勝手に上達していくと思っているので、その土台づくりをするのが私たちHanaspoの使命だと信じて、子どもの指導をしています。

[前編はこちら]

<了>

自分で試行錯誤する子になる!「香川真司×教育のプロ」の“だけじゃない”サッカー教室 

中村憲剛「重宝される選手」の育て方 「大人が命令するのは楽だが、子供のためにならない」 

香川真司の新たな挑戦 教育者・高濱正伸と紡ぐ「地頭を10歳までに磨く」新しいサッカー教育

岩政大樹の「ジュニア指導論」 準備期間1日で子どもたちを“解き放つ”方法とは? 

なぜ高校出身選手はJユース出身選手より伸びるのか? 暁星・林監督が指摘する問題点

PROFILE
新山智也(にいやま・ともや)
1989年生まれ、山口県出身。株式会社Hanaspo代表取締役社長。東京大学理学部卒業。学生時代はサッカーに明け暮れ、大学でフットサルに出会う。関東大学リーグ1部でプレーし、戦術に長けたチーム作りを行う。コンサルティング会社を経て「花まる学習会」に転職。教育ビジネスの世界であらゆることを学び、2019年にHanaspo代表取締役社長に就任。同年6月よりサッカー教室をプレオープンし、「9歳までの子どもに必要なスポーツ教育」を目的に「花まる学習会」で得た知識をフル活用したプログラムの開発を行う。4月より関東を中心にサッカー教室をスタートする。

この記事をシェア

KEYWORD

#INTERVIEW

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事