自分で試行錯誤する子になる!「香川真司×教育のプロ」の“だけじゃない”サッカー教室
香川真司のプロサッカー選手としての経験と、楽しく思考力を伸ばす幼児教育「花まる学習会」の知見を融合したサッカー教室「Hanaspo(はなスポ)」。“人間力を磨く”をテーマに4月より関東を中心にスタートする。代表取締役社長に就任した新山智也は、「サッカーだけじゃない」ことが香川真司とも意見を同じくする「子どもの成長のため」の大事なキーワードであると話す。
(インタビュー・構成・撮影=木之下潤、写真=Getty Images)
花まる学習会の指導をどうスポーツに取り込むか
――体験教室を見ていると、子どもが頭を使うような要素が入ったトレーニングがたくさんあるように見えました。
新山:私たちHanaspoは身体能力や技術力だけでなく、思考力や工夫力を問う練習を子どもたちに提供しています。
例えば、「忍者鬼ごっこ」という練習メニューがあります。ピッチ内にマーカーなどで隣り合う4つの箱を正方形状に作り、赤チームと青チームに分かれます。人数を仮に8対8にして、赤が鬼で、青が逃げ役。ルールはコーチが「ストップ」と声をかけたとき、一つの箱の中に赤が青と同じ人数「2対2」とかの状態を作っていたら赤の勝ち。逆に、青は数的同数の状態を回避できたら勝ちです。
この練習メニューをやっていて面白いのは、スタート時はみんな適当に逃げたり追いかけたりしています。そのうち、赤チームの誰かが「一人ずつ追いかける人を決めよう」と言って、サッカーで例えるところのマンマークを始めます。最初はうまくいくのですが、4つの箱の中に16人が入り乱れるので、今度は青の子の中にその状況をうまく使って逃げる子が現れます。そうすると、同じチームの他の子が学び出して、赤の子が自分の相手をとらえきれなくなります。
そうしていると、赤の誰かがそのゲームの最中に「この子はオレが見るから、そっちに逃げた子を見て」とマークチェンジのアイデアを思いつきます。このように練習メニューもきちんと設計すれば、子どもが自分で気づき、試行錯誤を行う状態を創造することができます。この二つの変化は、サッカーでいう「マンツーマンディフェンス」と「ゾーンディフェンス」ですよね。別に、私たちはこれを教えようとしたつもりはなく、子どもが自然に見つけていったんです。これが私たちの大事にしている「工夫の余白を残す」という指導です。もちろん、子どもの年齢やレベルに合わせてボールの有無などの条件をアレンジすれば、どの子もサッカーのトレーニングとして楽しめます。
また、コーチが真ん中にいて向こう側にドリブルして抜けるゲームをチーム戦で実施したりもします。チーム戦で気をつけているのは、個人差が浮き彫りにならないように、その調整を私たちコーチがやるように心掛けています。間違ったやり方をしてしまうと「お前のせいで負けた」みたいな言葉が飛び交う可能性もありますから。基本的にサッカーはチームスポーツなので、練習メニューも団体競技になるようにしています。子どもたちのレベルが上がっていけば数的優位、数的不利の要素も加えていきますが、最初の頃は1対0という最小単位から始めていきます。もちろん、その時々でサッカーの要素を強めたい時は2対1、3対1と数的優位の状況で攻撃側が楽しいようにオーガナイズしています。
――子どもたちの慣れや成長度合いに合わせて、徐々にサッカーに寄せたトレーニングになっていくわけですね。
新山:教室をプレオープンした昨年の6月頃は、今日参加している子どもはほとんど初心者でした。ちょうど8カ月くらい経った現在は「本当に初心者だったのかな?」と思うほど成長しています。この8カ月くらいの間に私たちも試行錯誤しながら今のカリキュラムを作ったので、4月からは理論的なトレーニングを提供できると思っています。
――8カ月くらいは試行錯誤されたんですね。
新山:最初は流行りのトレーニングをアレンジして実践したり、また全然サッカーとは違うアプローチをしたり。いろいろと試行錯誤しながら今の土台となるカリキュラムを完成させました。
――「花まる学習会」のノウハウを、どうスポーツ指導にアレンジしていけばいいのか、と。
新山:そうですね。私たちHanaspoは香川真司さんと共同設立していますので、香川さんのトレーナーにも相談しながらプログラムを構築しています。8カ月間といっても、きちんと形になっていったのは後半4カ月くらいです。前半の4カ月は迷走した時期もありました。
香川真司もうたう「サッカーだけじゃない」は一つのキーワード
――カリキュラムの設計をしている人、またチームはどなたなのですか?
新山:基本的には、私がベースとなるものを考えています。もちろん作成したあとは関わっているスタッフと一緒に現場で試し、動画を見て振り返ったりした上で、最終的なカリキュラムとして資料化していきます。危険なのは、絵に描いた餅になることですから。体の動きなどは、私が分析整理している途中で香川さんのトレーナーに専門的な意見をもらったりもしています。
――新山さんが頭脳というわけですね。サッカー教室の対象は幼稚園の年中から小学校3年で間違いないですか?
新山:はい。将来的には、もっと下の年齢に広げていきたい思いは持っています。なぜなら幼稚園の年中、つまり4、5歳の時点で「自分の体を思いどおりに動かせている子」と「これから基本動作を身につけていく子」に分かれていることがわかってきましたから。そもそも私たちは「サッカーだけが上手になることが主目的ではありません」ので、「スポーツを楽しむ上で必要となる土台は身につけてほしい」と思っています。
――1日のトレーニング構成としてコーディネーション、ボールを扱った全身運動、そこから少しずつサッカーのスキルアップと段階的に実施しているようでした。
新山:メインは「頭を使うこと」です。それを取り入れて「楽しめる」トレーニングになるようにそれぞれの練習プログラムを考案しています。
――体を思い切り動かす中に別の要素を取り入れているように見えました。
新山:例えば、ドイツで一般的に取り入れられている「ライフキネティック(運動をしながら同時に脳を働かせるエクササイズ)」ほど複雑に専門的にトレーニングをするわけではありません。よりサッカーの概念に通じていくようにトレーニングの内容は考えています。今日の練習全体を因数分解して最小単位にしたときに、結果サッカーの要素につながっていくようにプログラム内容を構成することが大事だと思っています。
――ベースに思い切り体を動かすがことがあって、コーチがルールや条件を設けたり、遊びの要素を加えたりすることでサッカーのトレーニングになっている。でも、子どもたちからすると遊び感覚ということですね。
新山:まさに。「どうしたら遊んでいるように感じるか」は大切にしている部分です。子どもたちが自然に夢中になれるように。
――Hanaspoのトレーニングは「楽しい」も合わせて因数分解しているイメージです。
新山:香川さんも「サッカーだけじゃない」と発言されていましたが、それは一つのキーワードです。例えば、体の動かし方も「サッカーと思って実行するとその動きしかできなくなる」と思います。単純にサッカーをやるための体作り、運動作りにはしたくありません。だから、全身運動になるように心掛けています。もちろんそれが「サッカーに通じる」ことは大前提です。サッカーコーチから見ると「遊んでるだけじゃん」と思われるかもしれませんが、私たちはサッカーの要素も一緒に因数分解していますので、その中には必ずサッカーは含まれています。
9歳以下を対象にする以上は体の基礎作りが大事
――子どもたちの成長度合いを見ながら運動能力とサッカーの能力との割合を変えるわけですね?
新山:はい。体を思いどおりに動かせないのにボールを扱ったプレーはできませんから、子どもの成長によって徐々にサッカーに特化していく流れです。サッカー教室ですから子どもたちの能力が備われば、サッカーの領域に深く入っていくのは当然のことです。基本的に、私はその子が「絶対にサッカーが合っている」という考え方を持っていません。スポーツ教育として捉えていますから、別に違うスポーツをやってもいい。
――サッカー教室なので、それを口にすることは勇気のいることです。スポーツ教育プログラムの提供が目的ですから、サッカーに特化すること自体が逆に難しい部分もあります。
新山:半々くらいから始める感じです。集まっている子どもによっては、別に全身運動の比率が高くてもいいと思っています。そもそも小学校3年生までを対象としているので、体の基礎を作る段階とサッカーに出会う段階との二つが混在している状況なので自然にそうなる、と。
――例えば、半年間は半々くらいの割合だけど、子どもの成長によってその比重がサッカーに傾いていくということですね。
新山:とはいえ、私はサッカーをうまくさせるためにも、今やっている取り組み方が結果的に近道だと確信しています。例えば、「上半身は鍛えません」ではバランスが悪くなりますし、サッカーはフィジカルコンタクトがありますから上半身は大いに関係があります。そうすると、サッカーをする上でもうまくする上でも全身運動は大事です。
――一般的なジュニアのコーチは小学校低学年でも全身運動とサッカートレーニングの割合を半々でもいいという考えは持っている人は少ないです。むしろ「サッカーの比率が少なくなるなんてありえない」と思っているコーチが多数です。Hanaspoは全身運動時にも頭を使う要素を入れているから結果的にサッカーにリンクするようにオーガナイズしています。そういう考えに至った過程は?
新山:私たちは、子どもに向き合っています。8カ月のプレオープンを通して何を感じたか? それは「勝手にできるようになる子とそうでない子がいる」という現実があること。その差は何かというと「自分の体を思ったとおりに動かせるかどうか」です。サッカーを楽しむ上では、その部分は大きいと思ったので、まずは「すべてに通じる基礎を養うこと」にフォーカスしよう、と。幼稚園の年中、年長の子には特にそこに多くの時間を費やしています。冷静にいろんなスポーツ選手を分析しても、できる人はいろんな動きができています。
一人ひとりの子どもに応じたスポーツ教育が必要
――香川さんサイドにも意見はぶつけるのですか?
新山:思いどおりに体を動かす点を重視する意味では、同じ意見です。ただ、全身運動とサッカートレーニングの割合をどこまでにすればいいのかは、私たちも正直データがあるわけではありません。一概に数字でお答えすることはできませんが、子どもたち一人ひとりのレベルによって必要ならば全身運動の割合を多くしても全然いいと考えています。先ほどの割合を変える話も、全員ができるようになってきたら全身運動は減らしていく意向です。
――ただ、それは各会場のコーチの裁量に委ねられますよね?
新山:そうですね。基本的に、私たちは一人ひとりの子どもに応じたスポーツ教育が必要だと思っています。だからこそ漏れがないようにカリキュラムの大枠は組みましたが、具体的な内容となるプログラムのさじ加減、時間配分は各コーチに任せています。
――だとすると、各コーチには子どもを見る観察力やトレーニングをどうするかのバランス感覚が必要です。
新山:うちには「花まる学習会」の経験やノウハウがあります。そこは他のスポーツスクール、スポーツクラブにはない強みです。ただ「この子に対してどういう声かけをするか」などのアプローチの内容とその質の差は、どうしても指導者(コーチ)によって出てしまいます。このことについては、場数を踏むしかありません。それは経験上、絶対に言えることです。
だから、Hanaspoは研修制度に力を入れています。スタッフは花まる学習会の研修を受けています。今後4人目、5人目とスタッフが増えていったときには、研修に半年以上時間をかけて「コーチ育成」をしていくつもりです。今も動画などで授業の振り返りは必ずしています。
「ここはなぜこういう声かけをしたの?」、「ここはこういう仕草をしたの?」など、みんなでチェックし、お互いにフィードバックをしています。高濱(正伸 花まる学習会代表)も会見時にその重要性を発言していましたが、社員の「言語化」に対するアプローチは徹底しています。その一つに日報を書くことがありますし、そういうインプットとアウトプットとの繰り返しが現場での指導に役立つのは「花まる学習会」の指導ノウハウから現在のスタッフ3名は心得ています。大事なのは、それぞれのコーチがきちんと頭の中で整理すること。そのために振り返りを時間をかけてやっていますし、今後その部分のクオリティ・コントロールはコーチの質に関わるので注力していかなければいけないと感じます。
・動画共有による振り返り
・日報による言語化
こういうことをHanaspoのコーチ教育としてオープンに見える化を図っていくのは大事だと考えています。
――毎回、授業は動画撮影されているわけですね。
新山:基本的には、毎回撮っています。今日の体験授業も「ここはより良くできるな」と思う点はありました。「なんでここをこのように伝えたのか」と。そういうことをスタッフ同士で話します。それは私を含めてスタッフ3名がいろんな教室を巡回指導するので、今日メインで担当したコーチが起こしたミスは放っておいたら他の教室でも起こります。
お互いのフィードバックは結果的にみんなで指導の集合知を生み出すHanaspoの財産です。だから、毎回の積み重ねは大切です。現実、他のサッカー教室でこういうことを実行するのは難しいのではないでしょうか。私たちは子どもに関わる以上は「花まる学習会の一員としてプロの教育者でありたい」と思っているので、指導の質は必ず担保するのは義務だと考えています。
<了>
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PROFILE
新山智也(にいやま・ともや)
1989年生まれ、山口県出身。株式会社Hanaspo代表取締役社長。東京大学理学部卒業。学生時代はサッカーに明け暮れ、大学でフットサルに出会う。関東大学リーグ1部でプレーし、戦術に長けたチーム作りを行う。コンサルティング会社を経て「花まる学習会」に転職。教育ビジネスの世界であらゆることを学び、2019年にHanaspo代表取締役社長に就任。同年6月よりサッカー教室をプレオープンし、「9歳までの子どもに必要なスポーツ教育」を目的に「花まる学習会」で得た知識をフル活用したプログラムの開発を行う。4月より関東を中心にサッカー教室をスタートする。
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