2021年の野球界「4つのシナリオ」 東京五輪&WBC開催の実現可能性・障害を比較する
3月24日夜、安倍晋三総理大臣は、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と電話会談し東京五輪の延期で合意したと発表した。現時点では、遅くとも来年2021年夏までに開催することだけが決まっている。
2021年の野球界は、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の開催も予定されていることから、日程面を含めた懸念の声もあがっている。そこで今回、考えられる「4つのシナリオ」について、その実現可能性や起こりうる障害や課題を比較しながら見てみたい。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
東京五輪延期によるしわ寄せは、来年必ずやってくる
東京五輪の延期が発表された――。
新型コロナウイルスの感染が世界規模で拡大し、現時点で収束のめどが一切立っていないことを考えると、致し方ないといえる。
ただ、大変なのはこれからだ。
現時点で決まったのは「延期」することだけ。
延期の期間も「1年程度」とされただけで、具体的に2021年のいつ、開幕できるかは不透明な状況だ。
日程面はもちろん、会場、選手選考、すでに販売済みのチケット……仮に1年間の延期だとしても、これらの問題をすべて解決し、安倍晋三首相が主張する「完全な形」で開催することは至難の業だ。
東京五輪で悲願の金メダル獲得が期待された日本プロ野球界にとっても、「延期」の影響は計り知れない。
そもそも、今年は五輪開催期間中にペナントレースを中断。それに伴い開幕を例年より前倒しにするなど、全面的に侍ジャパンをバックアップする予定だった。
それがコロナウイルスの影響で開幕の前倒しどころか現時点で4月下旬、状況次第では5月以降までずれ込む可能性が非常に高い。
東京五輪が延期になったことで中断期間はなくなり、ペナントレースを143試合、「完全な形」で行える可能性は増したかもしれないが、そのしわ寄せは間違いなく来年やってくる。
もちろん今回の「延期」はすべての五輪競技とその関係者、アスリートに多大な影響を及ぼすだろうが、ここでは「野球」に絞って、今後どのような影響、障害が起こりうるか検証してみたい。
WBC、五輪、侍ジャパン、ペナントレース、現実的な案は?
最大の懸念事項はやはり日程面になる。
仮に東京五輪がちょうど1年間延期されると想定した場合、今年と同じように開幕を前倒し、五輪期間中はペナントレースを中断する形を取れるかというと、そこには大きな問題が待ち受けている。
それが、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の開催だ。侍ジャパンが過去2度、世界一に輝いているWBCの第5回大会は、来年3月に開催が予定されている。現時点で予定されている本選のスケジュールは2021年3月9日~23日まで。今年の開幕は当初、3月20日を予定していたので、来年も同じようなスケジュールを組もうと考えると、完全にバッティングする。
加えてWBC自体、3月12日に予選ラウンド(同月13日~25日に開催予定だった)の無期限延期が決まり、今後の状況は全く読めない。
そもそも、同じ年にWBCと五輪という2つの世界大会が開催された場合、それぞれで世界一を目指すといういびつな構造が生まれてしまう。
五輪と世界大会のバッティングは、2021年8月6日~15日までのアメリカ・オレゴン州で世界陸上の開催を予定している陸上競技など、他競技も抱えている問題だ。(編集注:世界陸連は日程変更を検討すると報じられた)
東京五輪の会場は開幕戦を福島あづま球場で行い、決勝戦は主会場として決定している横浜スタジアムを使用することになっていたが、こちらも再調整が必要になるだろう。
「延期」すること以外、事実上何も決まっていない東京五輪。WBC、さらにはペナントレースとの兼ね合いも考えなければいけない中で、一体どのような形での実施が現実的なのだろうか。
あくまでも現時点での想定にはなってしまうが、考えられるいくつかのパターンを挙げてみたい。
シナリオ①:WBC、東京五輪ともに「完全な形」で開催
WBCを当初の予定通り3月に行った場合、必然的に東京五輪の開催は夏頃がマストになる。立て続けに国際大会を実施することは選手の負担はもちろんだが、野球の世界的普及という側面を考えてもあまりプラスとは考えにくいからだ。ただしその場合は、WBCと五輪の間でさまざまな調整が必要になる。
WBCを主催するのはMLBとMLB選手会が立ち上げたワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)。事実上、MLBの仕切りで行われると考えていい。
東京五輪の主催はご存じの通り国際オリンピック委員会(IOC)と東京都だが、MLBとIOCがうまく連携してくれるかというと疑問符がつく。そもそもMLBは選手の五輪参加には消極的だ。「野球世界一」を決める大会はあくまでもWBCであると位置づけ、東京五輪にはメジャー40人枠選手の派遣こそ認めたものの、ベンチ入りできる26人のロースター選手はこれに含まれない。
五輪開催期間中もレギュラーシーズンは行われる予定で、過去の五輪でもメジャーリーガーの参加は一度も認められていない。日米の野球界では五輪に対して大きな温度差があるのだ。
五輪における野球の存在はあくまでも一競技にすぎない。野球のために五輪の開催期間などを調整することは考えにくいし、そもそもすべきではない。
シナリオ②:WBCの開催延期、もしくは規模縮小で開催
現時点で予選が無期限の延期となっていることを考えると、来年3月のWBCが延期になる可能性はゼロではない。ただそれはあくまでも五輪開催のためではなく、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う措置にすぎない。すでに予選を免除された16カ国は出場が決まっているだけに、予選を打ち切り、16カ国での開催を決断してもおかしくない。
もちろん、来年3月の時点で新型コロナウイルスの感染が収束していることが条件にはなるが、開催が可能となった場合は恐らくどういった形であれ決行することになるだろう。
理想をいうと、夏季五輪開催後、来年の秋~冬頃への延期が野球界、侍ジャパンとしてはベストだろうが、MLBサイドが今後どう考えるか、注視する必要がある。
シナリオ③:WBCもしくは東京五輪のどちらかはフルメンバーを派遣しない
仮にWBCが予定通り3月開催、東京五輪が「1年程度の延期」で夏頃の開催となった場合、前述の通りペナントレースの日程調整は困難を極める。選手への負担も必然的に高くなり、両大会に侍ジャパンのフルメンバーを派遣することは困難になる。こうなった場合、日本の立場はより難しくなる。本来であればメジャーリーガーも参加するWBCにフルメンバーを派遣するのが筋だが、『自国開催』が大きな足かせになる可能性が大きい。そもそも東京五輪での野球競技復活は、開催が日本・東京であったことが大きな要因となっている。事実、次回大会のパリ五輪では野球は再び実施競技から外れることがすでに決まっている。東京五輪での金メダル獲得か、WBCでの世界一奪還か……。日本球界は大きな選択を迫られるかもしれない。
その一方で、五輪の延期が発表されて以降、SNSなどでは「野球はアマチュア選手の参加でいい」といった声も多い。確かに1996年アトランタ大会までは、五輪の野球競技はアマチュア選手のみで代表が結成されていた。原点回帰という意味ではそれもありかもしれないが、現実問題、「東京五輪出場」を目指していたプロ野球選手も少なからず存在する。安易に「アマチュアで」という決断もしにくいのが現状だ。
シナリオ④:東京五輪での野球競技中止
「完全な形での五輪」ではなくなってしまうが、実は筆者が一番懸念しているのがこのケースだ。延期の影響でさまざまな調整を余儀なくされる東京五輪では今後、日程や実施競技の縮小が検討されても不思議ではない。
そうなった場合、いの一番に「縮小対象」とされかねないのが野球だ。同年にWBCが開催され、プロ野球のペナントレースとの兼ね合いもある。五輪における野球競技のプライオリティも、決して高くない。参加チーム数も6と少なく、世界トップレベルのメジャーリーガーも参加しないことも考えると、延期によって野球が実施競技から外されてしまう可能性もゼロではない。
2021年の野球界は果たして……?
五輪の延期については、今も連日、新たな情報が錯綜している。「夏以外の開催」が有力という話もあるが、どんな結果になったとしても全ての競技関係者、アスリートにとって何らかの障害が生まれることは間違いない。
率直な考えを述べると、もしWBCが2021年3月、東京五輪が2021年の夏前に行われるのだとしたら、野球界、侍ジャパンとしてはあくまでもWBCの開催を優先させるべきだろう。サッカーのFIFAワールドカップが五輪とは一定の距離を置き、世界最高峰のスポーツイベントへと成長したように、野球世界一を決める大会はあくまでもWBCであるべきだ。
ただ、それはあくまでも五輪とWBC間での諸々の調整が難航した場合。
今回の延期を受け、東京五輪は過去のどの大会よりも世界中から注目される大会になるはずだ。
まずは新型コロナウイルス問題の収束が最優先だが、その先には必ず「成功」が待っていると信じている。
限りなく不可能に近いミッションにも思えるが、やはり「完全な形の五輪」が見たいと願わずにはいられない。
<了>
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