藤浪晋太郎「誰に」「何を」謝罪したのか? 新型コロナ感染者を袋叩きにする理不尽
4月23日、プロ野球阪神タイガースの藤浪晋太郎投手、伊藤隼太外野手、長坂拳弥捕手が兵庫県西宮市の球団施設で記者会見を行った。3選手は、3月14日に大阪市内で行われた食事会に参加したことで新型コロナウイルス感染し入院、3月下旬に退院していた。
中でも騒動の矢面に立っていた藤浪は、プロ野球開幕延期という異例の事態にも関わらず食事会に参加したことを「かなり軽率だった」と反省の弁を口にした。スポーツライターの広尾晃氏は、この「謝罪」に違和感を覚えたという。
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
藤浪晋太郎は「誰に、何を」謝罪したのか?
マスクで顔の大部分を覆った藤浪の姿を見て、最初に思ったのは、「これはどうしても今、しなければならない会見だったのか」ということだ。
「緊急事態宣言」が発出されてから、人々の行動変容が強く求められている。メディアは取材人数を絞り込んでいた。会見をした藤浪ら3選手はもちろん、取材したメディアもマスクをしていただろうし、検温や消毒は徹底していただろうが、わざわざこの非常時に行うべきものだったのかどうか。
阪神球団と藤浪ら選手にとって、これは「禊」のようなものだったのだとは思う。こうして社会に謝罪しなければ、世間に顔向けできない。大っぴらに練習や野球選手としての活動ができない、という思いがあったのだろう。
だとしても、今のご時世、オンラインでの会見、YouTubeでメッセージを発信するなどの手段もある。
「それでは失礼に当たる」という感覚があったとすれば、それはあまりにも「昭和」だったように思う。
筆者は思う。そもそも藤浪晋太郎は「誰に、何を」謝罪したのか。
感染したこと自体は不幸であっても罪ではない
会見で、藤浪は切り出した。
「まずファンの方々、プロ野球関係者の方々、そしてチームの方々に大変なご迷惑をおかけして、非常に深く反省しております」
日本社会には、病気にかかるのは、「心身を鍛えていないからだ」「気が緩んでいるからだ」「生活が乱れているからだ」という論法で人を責める人が、いまだに少なからずいる。藤浪が「深く反省」したのは、そういう「昭和のおじさん」に対してだったのかもしれない。
しかし、新型コロナウイルスの日本国内の感染者は、4月27日の時点で1万3000人を超えている。当たり前の話だが「鍛錬の有無」「気の緩み」「生活」に関わりなく、誰でも罹患する可能性がある。
「やはり自分の認識が甘くて、自分がなるなんて思わないで行動していた。そのあたりが軽率だったと思います」
藤浪はこう続けたが、感染した若者は、誰しもがそう思ったことだろう。
病気になったことで、一番不幸になったのは本人だ。なのに世間様に「反省しています」と頭を下げるのは、理不尽としか言いようがない。筆者は「嫌な社会に住んでいる」と思ってしまった。
3月14日の世間の自粛への取り組み、空気はどうだったか?
藤浪がPCR検査を受けたのは3月26日深夜のことだった。藤浪は阪神球団を通じてこれを公表した。その段階では「勇気あること」だとする見方が大勢を占めていた。球団自身も「(藤浪が)公表してくれと言った」と説明していた。
この空気が一変したのは、藤浪が感染したのが会食の席上であり、その会食に新地の水商売の女性が同席していたとして「クラスター合コン」などと報じられるようになってからだ。
先ほどの昭和のおじさんの論法で言えば藤浪は「生活が乱れていた」から、感染したのであり、弁解の余地がないという空気になってしまった。
ネット上では、藤浪が出席した「会食」に「未成年者が同席して飲酒していた」というまことしやかなうわさも流れて、藤浪の評判は地に落ちた。
しかしこの会食が行われたのは、3月14日のこと。安倍晋三首相が「新型コロナウイルス感染症に関する特別措置法の改正案」の成立を発表したのがまさにこの日の夕方であり、「緊急事態宣言」が発出される3週間以上前のことである。
NPBが3月20日に予定していた開幕を延期すると発表したのが9日であることを考えれば、確かにこの時点でも「非常事態」ではあった。
しかし、世間の緊張感は、現時点よりもはるかに緩かった。蛇足ながら当の安倍首相夫人は、首相会見の翌日に大分県に向けて不要不急と思われる旅行に出た。さらにいえば、4月に入ってから北関東でゴルフと会食、「緊急事態宣言」が出たのちに沖縄でゴルフをしていたことが発覚した石田純一氏の感染例とは「軽率さの度合い」が違うと思うがどうだろう。
スポーツ選手を饗応するのは、旦那衆の「見得」
「水商売の女性と会食した」ことに、目くじらを立てる人も多かったと思うが、プロ野球のような華やかな世界では、日常茶飯事である。
報じられている合コン疑惑についても、いわゆるタニマチ(旦那衆)が、自分のマンションに選手たちを招いて、寿司職人の握る寿司を食べさせた。その席に新地のママがいて、にぎやかしに新地の女性を呼んだということころだろう。
銀座や北新地などでは関取衆を引き連れて闊歩するタニマチの姿を見かける。スポーツ選手を饗応するのは、旦那衆の「見得」だ。
プロ野球選手の場合、何億ともらっている大物選手は、こうした招きに応じることは少ない。旦那衆に頭を下げなくても自分の金でうまいものを食べることも、女の子と遊ぶこともできるからだ。旦那衆が饗応するのは、中堅以下の若手だ。藤浪などは境界線のクラスの選手ではあるが、昔の誼で断り切れなかったのだろう。
こうした選手とタニマチの関係そのものが「昭和の風景」になりつつあるが、特に関西ではまだ多い。また古い経営者だけでなく、ベンチャー系の若い経営者などもこういう饗応をしている。いずれにせよ藤浪が責められる筋合いはないと思う。
藤浪を感染させた旦那衆は「ひいきの引き倒し」をしたことになる。誘いを断らなかった藤浪に問題がなかったとはいわないが、ここまで責められるようなことなのか。
会見で藤浪は、「自分が感染経路として食事会とか、そういう軽率な行動があった。そちらの反省の方が大きいです」と言ったが、これを軽率というのは、気の毒な感じがする。
なぜ藤浪だけが責められるのか?「成績」と「感染」は結びつけるべきではない
さらに言えば、なぜ藤浪だけがここまで大きく取り上げられ、責められることになったのか?
報道によればタニマチの会食には、7人の阪神選手が出席していた。そのうち感染したのは、藤浪と伊藤隼太、長坂拳弥の3人だった。23日の記者会見も、この3人が行ったが、コメントが大々的に報じられたのは藤浪だけだ。
伊藤隼太は5月8日には31歳になる中堅選手だ。昨年は一軍の試合に出なかったが、慶應義塾大学出身で控えの外野手として知名度の高い選手だ。おそらく妻と思われる「同居女性」の感染も報じられている。
長坂拳弥は東北福祉大出身、藤浪と同い年の控え捕手だ。出世前ではあるが、昨年は初本塁打を記録している。
この2人は、藤浪の後から名前が公表された。仮に藤浪に「罪」があるとすれば、この2人も「同罪」のはずだがこの2人が藤浪ほど批判されることはなかった。
これは近年の藤浪が「悪目立ち」しているからだろう。
大谷翔平と同級生で、高校時代は甲子園で春夏連覇。プロ入り1年目から2ケタ勝利を挙げ、3年目終了までで35勝。これは同時期の大谷翔平より6勝多かった。
しかし4年目から成績は下落し、昨年はついに0勝に終わった。制球難が目立ち、死球を連発して降板することが多くなった。
阪神ファンの失望は深く、藤浪に奮起を促す声もあったが、「指導者の言うことを聞かない」「精神的に弱い」などの批判もあった。
阪神入団以来、良きにつけ悪しきにつけ目立つ存在だった藤浪だが、ネガティブ報道が多くなったところにさしての「新型コロナ感染」のニュースであり、「不成績」と「感染」を結び付けて非難の声が大きくなったという側面があったと思う。
味覚・嗅覚障害を「症状」として周知させた功績も
もう一つ、今回の報道では「阪神球団の管理責任」を問うものもあった。プロ野球選手は学校の生徒ではないし、会社の社員でもない。阪神球団と選手は契約で結びついているだけだ。個人事業主である選手のプライベートにまで、球団が責任を負う筋合いは全くない。
メディアはしばしば「水に落ちた犬を叩く」。「トレード」「放出」などの報道も出ているが、どういう理屈によるものなのか、理解に苦しむ。
球団が所属する選手の行動に問題があると判断し、それが許容の範囲を超えていると考えるならば契約を解除し、放出すればよいだけのことだ。
あたかも保護者のように、選手のプライベートの問題にまで、球団が謝罪をするのは、日本スポーツ界独特の「甘えの構造」だと思う。
スポーツ選手が、新型コロナウイルスに感染し、それがプライベートに起因することが発覚すれば、藤浪のように叩かれるということになれば、感染を隠蔽する選手も出てくるのではないか。
藤浪晋太郎の陽性公表は、新型コロナウイルス感染の顕著な症状として「嗅覚異状」があることを、世間に周知させた点で大いに功績があった。
彼が勇を奮って率直に話したことで、多くの日本人の新型コロナウイルスへの知見がアップした一面があったことは忘れてはいけない。
「自粛」が長引く中で、世間は気が立っている。26歳になったばかりの青年、藤浪晋太郎はその好餌になった感があるが、前途ある野球選手に対して筆者は声援を送りたい。
<了>
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