
佐々木朗希&奥川恭伸、コロナ禍はむしろプラスに?「休めない」野球界の強迫観念
新型コロナウイルスの影響で、プロ野球はいまだ開幕のめどが立たないでいる。こうした未曽有の状況は、選手たちにどのような影響を与えるのだろうか。特にプロのユニホームに袖を通したばかりの佐々木朗希や奥川恭伸ら新人選手にとっては試練のルーキーイヤーとなっている。だが長い目で見れば、この状況はマイナスではない、いや、むしろプラスになるのかもしれない――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
新型コロナの影響で、プロ野球の常識も変化する?
5月4日、政府は全都道府県に出していた緊急事態宣言を5月31日まで延長する決定を下した。
現時点では新型コロナウイルス感染拡大の収束のめどは立っておらず、すべての国民の生活、労働環境に大きな影響を与えている。
プロ野球界も、同様だ。
延期となっているシーズン開幕がいつになるのか、そもそも今年のペナントレースが開催できるかどうかも、まだ分からない。
ただ、台湾では4月12日に、韓国では5月5日に「無観客」とはいえプロ野球が開幕。他国とはいえ、この決定が日本プロ野球界にも影響を与える可能性は十分ある。
現時点では緊急事態宣言が解除される予定の5月末から約1カ月程度の準備期間を経て、6月末~7月頭に開幕を迎えるというのが、プロ野球界が想定する理想のスケジュールだろう。
新型コロナウイルスの出現は、大げさな表現でもなんでもなく、世界を変えた。メディアは連日のように「STAY HOME」を呼びかけ、会社に出社しないリモートワークも徐々にだが浸透してきた。
筆者自身、4月に予定していた取材、撮影はすべてキャンセルとなったが、その代わりに「リモート」でのインタビューや取材、打ち合わせが何件も入った。
恐らく、新型コロナウイルスの感染が収束した後も、それ以前とは私たちの生活は大きく変化しているはずだ。
そして、プロ野球の世界にも、大きな変化が生まれるかもしれない。筆者は、そう考えている。
高卒1年目から「即戦力」として投げ続ける弊害
特に注目したいのが、高卒ルーキーをはじめとした若い世代への影響だ。その代表格が、奥川恭伸(ヤクルト)と佐々木朗希(ロッテ)だろう。ご存じのとおり、奥川は昨年ドラフトで3球団、佐々木は4球団が1位で競合した逸材。その実力は多くのメディアが「即戦力」と報じたことからもわかるように、1年目から1軍でプレーするだけの能力は十分ある。
特に奥川はその完成度の高さに加え、先発投手陣が手薄なヤクルトのチーム事情からも、順調にいけば今頃は1軍デビュー、ローテに定着していた可能性も十分あっただろう。佐々木に関してもチームはじっくりと育成する方針だったが、高校3年時点で最速163kmを誇る「国内最速右腕」であり、飛び抜けた才能とその能力があれば、「1軍で試したい」と誰もが思ったはずだ。
1999年に松坂大輔(西武)が高卒1年目ながら16勝を挙げて最多勝を獲得して以降、日本のプロ野球界ではたとえ「高卒」であったとしても能力のある投手を積極的に1軍で起用するケースが増えてきた。その中で、田中将大(楽天/当時)や藤浪晋太郎(阪神)など、高卒1年目から2ケタ勝利を挙げるような投手も生まれた。
とはいえ、肉体的にも技術的にもまだまだ成長途上の10代。長いプロ野球人生を考えると1年目から1軍で、しかも「戦力」として投げ続けることには弊害もある。
“休む”重要性は理解しつつも、無理をしてしまう現状
プロ野球選手はもちろん、アスリートにとって「休養」が重要なのは周知の事実だ。しかしその一方、野球界にはまだまだ「練習を1日休めば、取り戻すのに3日かかる」という考え方も根強い。
特に高校の野球部などではそういった考え方は今も強く、取材現場でも同じような言葉をたびたび聞いたことがある。元来が勤勉な人種である日本人。その上、子どものころから毎日のように練習を繰り返してきた野球選手にとって、練習を「休む」ことは「恐怖」でもある。
これまでの野球界は、練習を休むことの重要性は理解しつつも、その「恐怖」といかに折り合いをつけるかを考え続けてきた。甲子園出場を目指す強豪校や、優勝を目指すプロ野球チームならなおさらだ。
しっかりとした休養を確保すれば、選手としての実力はもちろん、選手寿命も延びるかもしれない。ただ、目の前に「負けられない試合」があれば、そこにすべてを注ぎ込んでしまうのも無理はない。
投手の故障に関する意識は高校、プロ問わず年々高くなっているが、それでもまだまだ、大一番では「無理」をさせてしまう現状がある。
星稜時代の奥川に取材した際にも、本人は完投にはあまりこだわらず「ヘロヘロの僕が投げるより、味方に託した方が勝利の可能性は上がる」「チームメートを信頼するのも、高校野球の醍醐味」と、高校生らしからぬクレバーな考えを話してくれた。同校の林和成監督も、いわゆる「エース依存」の考え方では決してなかった。
ただ、そんな奥川でさえ夏の甲子園3回戦・智弁和歌山戦では延長14回、165球を投げるなど、最後の夏はフル回転を余儀なくされた。
大船渡時代、奥川以上に「球数」に留意した起用を続けられた佐々木もそうだ。夏の岩手大会決勝で登板を回避したことが大きな話題となったが、4回戦では延長12回、194球を投げている。
どんなに気を使っても、目の前に「負けられない試合」があり、なおかつ高校野球のようなトーナメントの過密日程においては、他の投手の負担との兼ね合いで「無理せざるをえない」場面が生まれてしまう。
「逸材」と呼ばれ、高校時代から大切に起用されてきた彼らですら、高校3年間を「ノーダメージ」で過ごせたかというと、決してそうではない。
事実、奥川は軽症とはいえ1月の自主トレ期間に右肘の炎症が発覚。しばらくはキャッチボールも回避するなど、大事をとった経緯がある。
奥川、佐々木は自粛期間をどう将来へと生かしていけるか
それが今年、世界中を巻き込んだ未曽有の事態により、彼らをはじめすべてのプロ野球選手が図らずも長期間の「休養」をとらざるを得なくなった。もちろん、休養といってもまったく体を動かさないわけではない。「3密」を避ける工夫を凝らしながら、選手たちは今もトレーニングを積んでいる。ただ、実戦ではない以上、連戦が続くシーズン中のように「無理をする」必要はまったくない。身体に負荷がかかりすぎると思えば強度を落としたり、休養をとってもいいわけだ。
奥川や佐々木も、現在は来るべき開幕に向けてじっくりとした調整を行うことができている。
プロ1年目の大事なシーズン。いきなり出ばなをくじかれたという見方もできるだろう。
ただ、その大事なシーズンをじっくりとトレーニングに費やすことができ、肩肘をゆっくり休めることができたと、ポジティブに捉えることもできる。
恐らく、ほとんどのプロ野球選手にとって、故障を除けばこれほどの期間、「公式戦」から遠ざかった経験は初めてだろう。
ただ、初めての経験だからこそ、そこには発見も生まれる。奥川、佐々木はもちろん、昨季まで自身に「無理を強いて」プレーしていた選手たちがこの自粛期間をどう過ごし、それが今後のプロ野球生活にどう反映されるのか。
もし来季以降、彼らのような若手選手が大ブレイクを果たし、その要因として「自粛期間にしっかりと休んで、体づくりをすることができたから」というような言葉が飛び出したら、野球界にとってこれまで以上に「休むこと」の大切さが浸透するはずだ。
休むことは恐怖ではなく、成長に必要なファクターの一つ。そんな考え方が生まれ、一般社会同様に「コロナ前」「コロナ後」でプロ野球界の常識が大きく変わる――。
そんな未来も、あるかもしれない。
<了>
ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」
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