フィギュア選手は「夏」どう過ごす? シーズン成績を決めるオフ、紀平梨花の場合

Training
2020.05.14

氷上で華麗に舞い、甘美な世界へといざなう。まるで空間を支配するかのような、その優雅で力強い姿に酔いしれる。“冬”の風物詩として私たちを魅了するフィギュアスケーターたちは、“夏”をどのように過ごしているかご存じだろうか? 実はやることが多く、シーズンの成績を左右する重要な時期でもあるオフ。その過ごし方を、紀平梨花を例に挙げて見てみたい。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

オフシーズンは、新しい挑戦をするチャンスの時期

秋から始まり春に終わるシーズン中、フィギュアスケーターはリンクで華やかな滑りを見せてくれるが、そのプログラムに詰まっているのは夏の間の鍛錬だ。

ジャンプの進化が著しく、また毎年新しい表現が要求されるフィギュアスケートでは、シーズンオフの過ごし方がとても大切になってくる。新しいプログラム作りはもちろん、試合が続くシーズン中にはできない新しいジャンプへの挑戦や体づくりなど、選手が取り組むべきことは多い。そしてその努力の成果は、来るべきシーズンの成績にはっきりと表れてくる。

2018-19シーズンにシニアデビューした紀平梨花は、トリプルアクセルとすべての要素においてレベルの高い滑りを武器にグランプリファイナルを制し、一気に世界トップレベルにまで駆け上がった。しかし、さいたまスーパーアリーナで行われたシーズンを締めくくる世界選手権では惜しくも4位に終わり、メダルを逃している。

だが、エキシビション当日の囲み取材に応じた紀平は、既に先を見据えていた。

「もう『シーズンオフに何をしようかな』という感じで……やりたいことが、シーズン中から本当にたくさんあって。シーズンの締めくくりのような世界選手権だったので、その後『いろんなことをしたい』という気持ちがあった。今は『世界選手権がどうだったか』というよりも、『シーズンオフにどういうことをして、来シーズンもっとよくなったらいい』という気持ちばかりで、すごく前向きでいます」
「初めての世界選手権ということで、すごく学べた。今シーズンは割といい成績をとることが多かったので、もっともっと練習をしようという強い気持ちも生まれた。今はもう、来シーズンに向かってどういうことをしていかないといけないかを考えているような感じです」

「もう気持ちは4回転に向いているのか?」と問われた紀平は、次のように語っている。
「4回転だけではなくて、トリプルアクセルの確率をもっと上げないといけないし、ショートプログラムでミスのない演技をしないといけない。あとはトレーニングとかダンスとか、もっとたくさんいろんなことをしたい。シーズン中は『でもとりあえず、シーズンが終わらないとまだ考えていくことができない』ということばかりだったので、そういうことを新たにスタートできるということにすごくワクワクしているし、楽しみな気持ちもある」

この時の発言を聞いて、紀平の常に向上心を忘れない姿勢とともに印象に残ったのは、フィギュアスケーターにとってのシーズンオフの重要性だった。試合が続くため常に調子を保たなくてはいけないシーズン中には、大きな挑戦をすることができない。新しいジャンプへのトライや、根本的に体をつくり直すためのトレーニング、表現の幅を広げるためのダンスレッスンなど、新たな強さを手に入れるためのステップは、すべてシーズンオフに取り組まれる作業なのだ。

昨年6月、紀平梨花が語っていたオフの2カ月

フィギュアスケートのシーズンは、7月1日に始まる。2019-20シーズンが始まる直前となる昨年6月28日に行われたアイスショー「ドリーム・オン・アイス2019」に出演した紀平は大トリで登場、新シーズンのエキシビションナンバー『The Greatest』を滑った。ショーの終了後に行われた囲み取材で「シーズンオフは半分以上過ぎたが、ここまでの過ごし方は充実していたか?」と問われた紀平は「本当に充実していて『一瞬だったな』というような2カ月だった」と振り返っている。

ドリーム・オン・アイス2019に出演した6月末の時点で、紀平はショートプログラム・フリーの振り付けを終えており、既に5月のアイスショー(ファンタジー・オン・アイス2019)で新しいショート『Breakfast in Baghdad』を披露していた。初めての依頼となるシェイ=リーン・ボーンが振り付けたショートは「すごく挑戦的な音楽」と紀平自身が言う通り、難しい曲調に合わせた細かい動きが詰め込まれており、このプログラム自体一つの挑戦といえるものだった。

一方、フリー『International Angel of Peace』は、出世プログラムとなった前季フリー同様、トム・ディクソンに振付を依頼していた。

「曲がたくさん入りすぎて、ベースの音楽がないような曲なので、トムさんが名付けた曲になっています。初めは静かな感じで始まって、途中でたくさんの宗教の音楽が交じってくる。それをまとめたような曲になっています。本当は『砂漠の神様』という1個の宗教音楽だけを使う予定だったんですけど、何パターンか用意してくださっていたところで『ここのバージョンもいいけど、最後の部分はここを使いたい』と言うと、テーマが変更になって。いろいろな宗教の曲があったら『砂漠の神様』にはならない、ということで『International Angel of Peace』になり、テーマが難しくなってしまった」
「トム・ディクソン先生からは本当に細かく『この場面はこういうことを表現して』とか『こういう感じを出した顔にして』とか……いろいろなことが詰め込まれているので難しいんですけど、その場面を思い浮かべてもらえるように、表現をしっかりやりたいです」

4回転ジャンプ習得へ、オフでの取り組み

アメリカ・コロラド州で5月に行った合宿では、標高が高いためジャンプの高さが出やすい利点を生かし、4回転ジャンプの習得に取り組んでいる。帰国してからの4回転の成功率を問われた紀平は「コロラドと同じくらい、いい感じ」と手応えを語った。
「跳ぼうと思った時に、1度目か2度目くらいに跳べることが多くなってきた。試合でもすぐ跳ばなくてはいけないので、初めに跳べるということはいい傾向なんじゃないかなと思います」

さらに「4回転を入れることで、トリプルアクセルに何か変化があったか?」と問われた紀平は、次のように答えている。
「『トリプルアクセルを先に跳んでから、4回転の練習に入る』というふうに考えたりしています。4回転のウォームアップはギュッと締めるトリプルアクセルで、そうやって感覚をつかんでから4回転の練習に入ることができている。すごくいいウォームアップ、いい練習の仕方になっているなと感じています」

ジュニア時代から試合でトリプルアクセルを跳んでおり、大技を投入する難しさを熟知している紀平は、今シーズンを通し、競技会で4回転を跳ぶことに対して慎重であり続けた。9月に左足首をけがした影響もあったのか、結果的に今季の試合で跳んだ4回転サルコウはグランプリファイナル・フリーでの1本のみだった。ファイナルでは転倒した4回転を世界選手権で成功させることを目指していただけに世界選手権の中止は残念だったが、一方トリプルアクセルについてはシーズンを通して抜群の安定感を見せている。

来シーズンの飛躍に向けて

ドリーム・オン・アイス2019の時点では新しいシーズンを前にしていた紀平は、意気込みを問われ「昨季目標としていた演技よりも、自分の目標の演技がすごくレベルが高くなってきている」と語っている。
「『試合までまだまだ長いな』という気持ちよりも、試合が始まるまでに完璧に持っていかないといけないと思うと『時間がない、時間がない』という日々だった。本当にまだまだすることがいっぱいで、シーズンまでになんとか持っていかないといけない。たくさん練習して、なんとかいい状態でシーズンを迎えられるように、急いで練習したいです」

また、グランプリファイナル女王として臨むシーズンの目標を問われた紀平は、次のように話した。
「もちろんグランプリシリーズも昨季よりもいい結果を残せるようにしないといけないとは思うんですけど、やっぱり世界選手権で表彰台ということを今季は意識して、最後まで力を残して、そこでちゃんと一番いい演技をするということを目標にしています」

挑戦的なプログラムを試合ごとに自分のものにしていき、4回転をプログラムに入れる準備を着々と整えていた紀平が、今季の集大成を見せるはずだった世界選手権の中止は残念だった。しかしいつものような練習が積めない今もなお、できることに精いっぱい取り組んでいる紀平、そして世界中のスケーターたちの夏の努力は、次に氷上で競い合う時に必ず生きてくるはずだ。

<了>

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