なぜ台湾は早々に観客入場を解禁できたのか? 運営責任者が語る「正しいプロセス」
日本野球機構(NPB)は25日、2020年シーズンの開幕を6月19日とすると発表。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の全面解除に伴い、日本でも止まっていたプロスポーツ界の時計が再び動き出した。当面の間は無観客で試合を行うNPBだが、世界に先駆けてすでに観客を入れてシーズンを再開している先行例が台湾球界だ。パンデミック(世界的大流行)に世界が揺れる中で、台湾のプロ野球はどんな手を打ってきたのだろうか? スポーツライター・広尾晃氏が、中華職業棒球聯盟(CPBL)への取材を交えてリポートする。
(取材・文=広尾晃、写真提供=CPBL【中華職業棒球聯盟】)
プロ野球開幕に向けて台湾球界はどんな手順を踏んだのか?
台湾のプロ野球リーグである、中華職業棒球大連盟(CPBL)は、世界に先駆けて4月12日に無観客でペナントレースを開幕し、5月8日には1000人限定で有観客試合に移行し、15日からはこれを2000人に引き上げている。
これができた背景には、台湾での新型コロナ感染が、爆発的ではなかったことが大きい。
人口2378万人の台湾で、新型コロナウイルス感染者数は441人、死亡者は7人。人口1億2650万人の日本は感染者数1万6662人、死者862人。人口3億2820万人のアメリカは、感染者数168万0913人、死者9万8913人(2020年5月27日現在)。感染者数、死者数を見比べても、台湾のコロナ禍は、日本、アメリカと比べても極端に軽微だったといえるだろう。
未曽有の感染拡大にいち早く対応し、的確な手を次々と打って、感染者数、死者ともに最小限で抑え込んだ台湾にあっても、プロ野球、ペナントレースの開幕は容易ではなかった。
開幕を目指してCPBLがまず取り組んだのは、中央感染症指揮センター(CECC)が定めた「COVID-19(コロナ肺炎)因応指引:公衆集会(=新型コロナ対応ガイドライン:公衆集会)」に基づいて、感染症対策計画を策定、対応の手順を定めることだった。
CPBLで策定した対策計画や対応手順を衛生福利部や各自治体にプレゼンテーション。協議、了承にこぎつけた。CPBLは初めから受け身ではなく能動的に動いたといえよう。
体温チェック、アルコール消毒、「withコロナ」のプロ野球
実際に無観客試合を実施する上でも、CPBLは、衛生福利部や各自治体と連携し、全力で防疫対策に取り組んだ。
オープン戦から、選手、関係者など来場者のサーモグラフィーによる体温チェックや、アルコール消毒などを実施した。また、試合中のツバ吐きや、それにつながる噛みタバコ、ヒマワリの種を口にすることを禁止するなどのガイドラインを設けた。
さらに、CPBLの選手たちは感染防止のキャンペーンも行った。CPBLの公式サイトに防疫コーナーを開設し、選手が手洗いの励行や、マスクの着用など衛生対策の実施、市場や人ごみに近づかないこと、野生動物との接触を避けるなど、日常生活での自己管理の注意喚起をアピールする動画を発信した。
選手が感染防止対策の先頭に立つことで、社会の共感を得ようとしたのだ。
関係者、メディアも含めて、入場時の検温、アルコール消毒、健康申告書の提出を求め、立ち入り人数の制限、試合の前日に球場に入る関係者に対して「実名」での申請者のリストの提出を義務付けるなど、感染者が出た場合にも感染源を追跡できるようにした。
囲み取材も選手やコーチはマイクを使うことで、報道陣との「ソーシャルディスタンス」を確保した。こうした徹底的な対策によって、プロ野球開幕にこぎつけることができた。
開幕後は、大きな問題は生じなかったという。不慣れなことは多かったが、政府もCPBLもホームページや動画などを通して防疫政策の内容を十分に説明していたので、選手、関係者も対策の必要性、重要性を理解していた。
ただし、ビジネス的には厳しい状況だった。当然ながら無観客では入場料収入はゼロである。放映権料は入るが、収益環境はかなり厳しい。
CPBLの呉志揚会長(コミッショナー)は「損失はもちろん大きいが、コロナ禍で精神的なストレスも多い野球ファンにとって、テレビやネット中継により試合を視聴いただくことも、プロ野球としての責任だ」と語り、各球団のオーナーたちもこの考え方に同意している。テレビの視聴率が去年に比べて、上がった点は、朗報と言えるだろう。
ほぼ1カ月の「無観客試合」を経て、5月8日から1000人を上限とした有観客試合が始まった。
観客をスタジアムに入れる際もCPBLは、シーズン開幕と同じく、CECCが定めた「COVID-19因応指引:公衆集会(=新型コロナ対応ガイドライン:公衆集会)」に基づいて、独自の感染症対策計画を作成し、衛生福利部や各自治体と協議した上で了承を得た。
限定1000人の選考は、球団によって状況は多少異なるが、基本的には年間会員のファンクラブを優先して、残りはネット販売という形だ。
当然のことながら、有観客試合になれば、無観客試合より厳しい感染症対策が必要になる。
1000人限定の観客導入に際しては、以下の対策を徹底した。
・入場時の体温検査
・入場時の消毒作業
・行列時のソーシャルディスタンスの確保
・場内でのマスク着用義務付け
・観客の実名表記(※健康申告書の提出)
・試合中の観客の間隔確保
※CECCが定めた基準に基づいて、前後1席、左右2席の間隔を空ける。
・座席の移動自粛
・飲食禁止
さらに5月15日からは、1試合当たりの観客数が最大1000人から2000人に拡大されることが決まった。この手順もこれまでと同様だ。今後、さらに観客人数の引き上げを行う時も、同じ手順で進めるという。
6月19日開幕NPBが学ぶべき「リーグ主体」能動的な姿勢
観客数が1000人限定の時点までは、飲食禁止だったが、人数制限緩和とともに、主催側の球団がテイクアウト用ボックスに入ったセットメニューや、飲み物を販売することがOKになった。
選手からは「やはりスタンドにファンがいる中でのプレーはモチベーションが違う」、「プレーできる機会があることに感謝しなければならない」などの声が上がっている。有観客になって、視聴率はさらに上がっているとのことだ。
今後、通常の興行へと移行する上でも、これまでと同様のステップを踏み、十分な対策を準備して、衛生福利部や各自治体と協議する。
NPBの状況にも精通しているCPBLの宣推部主任、劉東洋氏にNPBへのアドバイスをリクエストすると、こんな答えが返ってきた。
「置かれている状況は違うのであまりアドバイスできないですが、CPBLの場合、各球団は連盟側と一丸になって、政府や自治体としっかりコミュニケーションを取りました。政府のコロナウイルス方針に基づき、対策や試合運営の計画について協議して取り組んできました。その辺の経験を共有できるなら幸いですね。
NPBとCPBLは交流試合を行うなど交流が多く、友好関係があるので、選手、ファン、そして関係者の皆さんは安全と健康であることを前提にして、一日も早いコロナウイルスの収束と、シーズン開幕ができることを私たちCPBLは願っています」
少し前までの台湾プロ野球界は、度重なる野球賭博や八百長事件によって、その信用を失墜していた。現巨人の陽岱鋼選手がそうであるように、台湾の有望選手はNPBやMLBを目指すのが当たり前という風潮だった。
しかし近年、体制を刷新したCPBLでは球団経営に大企業が参入。2019年にはLamigoモンキーズに日本の楽天の資本が入り、今シーズンからは『楽天モンキーズ』としてシーズンを戦っている。大手資本の参入に加え、リーグに有能な人材がそろいつつあるCPBLは急速に健全化している。
筆者は2013年から毎年、台湾で野球の取材をしているが、感じるのはCPBLは常に前向きでわかりやすい政策をどんどん打つということだ。
今回の新型コロナウイルスによる危機的状況下でも、CPBLが主体となって対策案を作成し、政府や自治体にプレゼンテーションして事態の打開を図った。
「待ちの姿勢」ではなく、自分たちから能動的に動いている。組織全体が若く、ガバナンスがしっかり効いているという印象だ。
ファクトに基づいて一つひとつステップを踏んで現状を打開するCPBLの姿は、未曽有の危機に直面してプロスポーツがどんな手を打つべきかを示唆している。NPBにとっても良いケーススタディになるのではないか。
<了>
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