
「バレーがしたい」中3生の思いをカタチに。元全日本エース越川優の「生まれて初めて」の経験とは?
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くの子どもたちの夢が失われた2020年。バレーボール元全日本男子のエースアタッカーであり、現在はビーチバレーボールの選手として活躍する越川優が「Yu Me~夢~バレーフェスタ2020」と銘打った自主イベントを主催する。東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨など、これまでにも災害に見舞われるたびに自ら行動を起こし、人々を勇気づけてきた越川の行動の源泉と新たな試みに迫った。
(インタビュー・構成・写真=吉田亜衣)
「バレーボールがしたい」中高生の声から生まれたバレーフェスタ
――活動自粛期間中、越川選手は自らのSNSで「中学生・高校生バレーボーラー」のみなさん、指導者、関係者、保護者の方に向けて、自粛開けに「何がしたいか?」という意見を募集しました。まずそのいきさつから教えてください。
越川:自粛期間中、緊急事態宣言が延長されて中学生、高校生の大会が中止になっていく中で、何かしたいと思っていました。いろいろなスポーツ選手がSNSで動画をあげていましたが、僕自身はそういうのは得意なほうではないし(笑)、どちらかというと現場に出向きたいタイプ。今の時代にはそぐわないかもしれませんが、今すぐじゃなくても、いつかできるタイミングで何かできたらいいな、とずっと考えていました。
――それで募集をかけられたんですね。どんな声が多かったのでしょうか?
越川:はい。子どもたちから一番多かった声は「バレーボールがしたい」で、親御さんたちは「大会に参加させてあげたい」でした。だから、全国クラスの大会を開催したいと思ったのですが、今の状況だと難しいと判断しました。そこで考えたのが、中学3年生を対象にした全国9ブロックごとの交流イベント『Yu Me~夢~バレーフェスタ2020』です。
――イベントの趣旨を教えていただけますか?
越川:自分の地元の先生方に話を聞くと、各市町村で大会を開催して3年生は引退、という地区もあるそうです。そうなると全国を狙っている学校にとっては、物足りなさも残りますし、完全燃焼したいという中学生もいると思います。そんな子どもたちに最後の思い出となる場所を提供したいと思いました。ただ、できることは限られているし、全員を対象にするのは難しいので、全国9ブロック(北海道、東北、関東、北信越、東海、近畿、中国、四国、九州)で男女各8チームの参加で交流ゲームやレクリエーションを行います。僕を含めた元Vリーガーの有志とともに楽しい1日を過ごしてもらえたら、と企画しています。
――5月25日の緊急事態宣言解除後に出されたスポーツ大会開催のガイドラインを守ったうえで開催するということですね。
越川:はい。ガイドラインでは、体育館の収容人数の50%の参加者で行うことになっています。1イベントにつき男女各8チーム、計16チームで選手がおよそ200名、保護者の方とスタッフを入れて400人強と考えると、1000席以上あってコート2面以上がとれる体育館で開催することになります。各チームにはスペースを空けて観客席に座ってもらうなど密にならないように最善の注意を払っていきます。
「被災者を勇気づけたい」変わらぬ思いと行動
――越川選手はこれまで東日本大震災、2016年の熊本地震、2014年の広島豪雨、2018年の西日本豪雨など日本各地が災害に見舞われるたびに被災者を勇気づける行動を起こしてきました。その根底にある思いをお聞かせください。
越川:少しでも被災者の方々に元気になってもらいたい。ただ、その思いで動いているだけです。東日本大震災のときは被災地の学校を訪問したり、高校生を自分の試合に招待したり。広島の時は地元のプロ野球チーム、広島カープとかBリーグの広島ドラゴンフライズの選手たちとタッグを組んで募金活動を行いました。
熊本地震の募金活動はリオデジャネイロ五輪最終予選の会場で、日本バレーボール協会アスリート委員会の一員としてお手伝いしました。
――その募金活動の会場は、出場メンバーから外れた大会の会場でしたよね。複雑な思いはなかったのでしょうか?
越川:周囲からは、「メンバーから外れた大会にきてよくやったね」と言われましたね。ファンの方からも「ここじゃなくてコートにいてよ」と声をかけられることも(笑)。でも僕自身、熊本のためになるんだったら、場所はどこでもよかったんです。そこがたまたまメンバーから外れた最終予選の会場だっただけ。
もちろん、コートの上には立ちたいと思っていましたけれど、そこは選ばれた人間がベストを尽くす場所。外れてもちろん悔しさはありましたけど、すでに一線は引かれているのでそこにプライドもないし嫉妬もなかった。メンバーに選ばれてコートに立てなかったり、負けたりするほうがずっと悔しいから……。そのときは違う立場で募金活動に集中していました。
生まれて初めての裏方は「本当に大変」
――ご自身の活動についてお聞きします。本業のビーチバレーボールの活動はいかがでしょうか?
越川:今はイベント開催に向けて時間を割かれるので、練習の時間が以前に比べたら少ないのは事実です。でもビーチに転向してずっと目指してきた東京五輪が1年延期になって、国内ツアーも9月に延期になりました。この時点でいまやるべきこと、自分が力になりたいと思ったのは交流イベントの開催でした。中学3年生の夏は今年しかない。夏が終わってからやっても意味がないんです。だから今は自分の状況を理解してくれている選手と練習して、9月からの国内ツアーに向けて準備しています。
――表舞台に立っていた立場から、裏方にまわっての準備はいかがですか?
越川:生まれて初めて裏方にかかわりました。企画が固まってきた6月下旬からずっと現地に出向いてスタッフと準備の打ち合わせをしているんですけど、本当に大変ですね(笑)。不安のほうが大きいのが正直なところです。
子どもたちが集まってくれるのかなぁ、とか。本来だったらスポンサーさんにお世話になる手段もあると思うんですけど、このご時世でそのカタチは現時点では難しい。会場費用などは記念Tシャツを参加者に買っていただき、その売上で運営を回していきます。もしかしたら財政的には厳しくなるかもしれませんが、今は子どもたちに少しでも長くバレーボールをして楽しんでもらうのが目的なので、そこは気にしていません。
――「やりたいと思ったことを実現する」。越川選手らしいですね。
越川:そうですね。これまで自分が動こうと思ったときにスポンサーさん、所属チーム、事務所が動ける環境を作ってくれたことに感謝しています。また、自分が発信することでメディアなどに取り上げてもらえる立場にいさせてもらえたことも……。がんばっても誰もがつかめるポジションではないですから。これまでたくさんお世話になったからこそ、その一方で夢や笑顔を失いかけた方々に勇気を与えられるような行動で還元していきたい。それが僕の理念ですね。
<了>
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[PROFILE]
越川優 (こしかわ・ゆう)
1984年6月30日生まれ。石川県金沢市出身。長野県岡谷工高在学中の2002年、全日本に初選出される。卒業後、サントリーサンバーズに入団し、中心選手として活躍。2008年北京オリンピックを果たす。2009年にはイタリアのセリエA2のパドヴァに入団。帰国後はサントリーに復帰し、2013年にJTサンダーズに移籍。2014/2015シーズンでJTを創部初優勝に導き、現役最後の大会となった2017年5月に黒鷲旗全日本選手権では優勝し、有終の美を飾った。以後、ビーチバレーボールに転向し日本代表として世界大会を転戦している。
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