
理系のお父さん・お母さんのためのかけっこ講座⑤ 常に全力では速く走れない! 短距離の3つの局面とは
「かけっこ」を科学的に分析し、理論的に子どもたちに伝える『かけっこ講座』の第5回は、いよいよ「走り方」の中身へ。これまで『マラソンは上半身が9割』の著者で、かけっこ教室も行っている理論派ランニングコーチ・細野史晃氏に、「走ることは重心移動の繰り返しである」、「身体のバネを使って走る」、「タイミングを合わせてパワーを最大化」などなど目からうろこの走り方を学んできましたが、今回は素朴な疑問、「かけっこって、ずっと同じ走り方でいいの?」という疑問から校庭最速を目指す走りを考えます。
(構成=大塚一樹【REAL SPORTS編集部】、写真=GettyImages)
位置についてヨーイドン! ずっと同じ走り方でいいの?
ピストル音やかけ声で一斉にスタートするかけっこですが、一度スタートしてしまったら「ただひたすら一生懸命走る!」としか伝えられない人がほとんどではないでしょうか? この連載を読んできたみなさんには、「正しいフォームで」「重心移動を意識して」「バネとタイミングを合わせて」と走り方のアドバイスはしてほしいところですが、実はかけっこのような短い距離の競走でも、局面によって走り方を変える必要があります。
「スタートダッシュ」という言葉をよく聞きますが、静止状態から加速していくスタートの局面はゼロから1、そしてその力をできるだけ大きくしていくという重要な役割を持っています。なので、「スタート」に注目する人は多く、陸上の練習でもスタートだけを繰り返している光景を目にします。
しかし、スタートを単体で捉え、「スタートの仕方」だけを練習しても、タイムは上がりません。重要なことは自分の走る距離全体を”連続する3つの局面“で考えることです。
かけっこ(短距離走)には3つの局面がある!
3つの局面とは
①加速局面
②疾走局面
③失速局面
のことを指します。
①加速局面は、文字通り加速していく局面。みなさんのいう「スタートダッシュ」の部分です。スタートのやり方についてはまた詳しく説明しようと思いますが、今回は短距離走には3つの局面があって、それがすべて連動しているということを理解してほしいと思います。
加速局面を終えたら、次にやってくるのは②疾走局面。スピードに乗り、最高速で駆け抜ける一番の見せ所です。この疾走局面にできるだけ早く、そして力を最大化できるように入るために加速局面が存在するのです。
そして、ゴールに向かって訪れるのが③失速局面です。「速く走りたいのに“失速”?」と思うかもしれません。たしかに速く走ることを考えれば、加速局面、疾走局面、そのままゴールをした方がいいような気がします。しかし、当たり前のことですが、最高速に到達した後には必ず失速が訪れます。この失速をどう抑えるかを考えるうえでも、「失速局面がある」ことを知っておくことが重要です。
それぞれの局面の中身についてはもう少し詳しく見ていきましょう。
「かけっこ」を例にとってしまうと学年などによって走る距離も違うと思うので、ここはみなさんがテレビなどで見慣れている100m走を例にとって説明します。
足の力を目いっぱい使ってスタートダッシュは間違っている!?
加速局面は、100mでいうと、30mくらいまでの区間を指します。
ピストルの電子音にいち早く反応し、スターティングブロックを蹴って大きく前方に飛び出していく。世界のトップクラスのスプリンターのスタートを頭に思い浮かべるとこんな感じでしょうか?
世界のトップクラスではスタートの反応速度も重要な要素ですが、かけっこにも通じる加速局面としてのスタートの最重要要素は、「頭の重さを使って前傾し、身体全体でしっかりと地面を押すことでその重さを加速する力に変換していくこと」です。
静から動、静止状態から一気に走り出すわけですから、足の力を目いっぱい使ってスタートダッシュ! といきたいところですが、ここで意識するのは頭の重さ、つまり重力です。加速局面での身体の使い方は次回詳しく説明しますが、重心移動については、この連載を振り返って復習しておいてくださいね。脚力に頼って、力だけで走ると後半で必ず力尽きます。
スプリンターの最大の見せ場「疾走局面」
疾走局面は、70〜80mまでの区間を指します。加速局面では下がっていた頭が少しずつ上がってきて、身体も前傾から起きた状態に移行していきます。
選手によって個人差はありますが、40〜60mくらいで身体が完全に起きて、いわゆるスプリンターの走り方になるのがこの区間です。
“世界最速の男”の称号をほしいままにしたウサイン・ボルト(ジャマイカ)の見せ場ですよね。上体が起き上がって疾走局面に入ったボルトは、まさに稲妻でした。
専門的には、100m走の30mまでの区間は1次加速、60mまでを2次加速、80〜90mまでを疾走局面、そして90mからゴールまでを失速局面と分けて考えるのが一般的なのですが、「かけっこ」は100mよりも短い距離で行われるのがほとんど。さらに子どもたちに、1次加速と2次加速の違いなど、細かく走り方を分けて教えることの難しさと、そのメリットよりも走り方が複雑になるデメリットの方が大きいことなどを踏まえて、この連載では疾走局面=加速局面の終わりから身体が完全に起きた状態になる地点までを疾走局面としています。
見過ごされがちな「失速局面」がタイムを左右する
ゴールに向けての失速局面は、疾走区間のどこかで最高速度に到達した後にやってくる減速していく局面のことです。順位やタイムを見定めてあえて減速する「流す」走りを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、流した走りとは別に最後まで全力で走りたくてもラスト20mではすべての選手が失速しています。
ひたすら全力で走ることだけを考えていると思いもしないことですが、速く走るためにはこの失速局面で「減速を最小限に抑える身体の使い方」が大切になってきます。
詳細については次回以降の連載で解説しますので、今回は加速局面で力だけで走ってしまうと失速局面に大きな影響を与えることだけ押さえておきましょう。
今回は100mで説明しましたが、かけっこでもそれぞれの局面の特徴は変わりません。50m走を例にとると、例えば中学生以上では50mに失速局面はほとんど見られませんが、小学校4年生くらいまでの子どもたちは100m走と同じような配分で失速局面が表れます。
マラソンなどの長距離走と違って、短距離ではペース配分やレースプランが軽視されがち、どころかほとんど考えずにただずっと全力で走ればあっという間に終わるというイメージかもしれませんが、トップレベルのスプリンターたちは、加速が得意、最高速度が速いなどの自分の特性に合わせてレースプランを練り、その局面に合った走り方を身につけることで、記録を出しているのです。
次回以降はそれぞれの局面のトレーニング方法や細かい注意すべきポイントと科学的な観点からなぜそうなのか? などを伝えていきます。
<了>
なぜ日本人は100m後半で抜かれるのか? 身体の専門家が語る「間違いだらけの走り方」
箱根も席巻! なぜ「ピンク厚底シューズ」は好記録を連発するのか? 走りの専門家が解説するメカニズム
[PROFILE]
細野史晃(ほその ふみあき)
Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。
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