プロ23年目、稲本潤一 「チームのパイプ役」ベテラン選手の役割とシーズンへ懸ける想い
6月27日、ようやくJリーグが再開し、J3リーグが開幕した。J3・SC相模原で、プロ23年目のシーズンをスタートした稲本潤一は、今、何を思うのか。2002FIFAワールドカップでは2得点を挙げて初の決勝トーナメント進出に貢献するなど、黄金世代を代表する選手として長年にわたり日本代表として活躍し、欧州でのプレー経験も豊富なレジェンドは40歳となり、現在は“メンター”としてチームを支える立場を担っている。これまでのキャリアを振り返りながら、今の心境を語ってもらった。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、人物撮影=松岡健三郎)
「サッカーが人々へ勇気や楽しさを伝えることができるものだと信じて」
――SC相模原で2年目のシーズンをスタートしたところで、新型コロナウイルスの影響により競技ができない期間は、どのような心境で過ごしていたのですか?
稲本:自分たちの力ではどうしようもできないことが起こってしまったので、収束するのを待つしかないと思っていましたし、ほぼ外出せずに、自宅で今自分ができることをひたすらやって毎日を過ごしていました。
――家で過ごす時間も多かったと思いますが、リフレッシュにはどんなことをしていましたか?
稲本:犬の散歩をしたり、子どもと遊んだりする時間はリフレッシュになりますね。特に新型コロナウイルスの影響で外出自粛中は、基本的にはいつも家にいたので。犬と子どもがいる家で過ごすことが、自分にとっては気分転換になります。コロナがなかったら、こんなに家族と密に過ごすことはなかったですし。すごく夫婦、家族としてより絆が深まったかなと思います。
――ようやくチーム練習が再開しましたが、何か感じたことがあれば教えてください。
(※編集注: 6月19日オンライン取材)
稲本:練習ができない間はやっぱり、サッカー選手の価値や、試合がない時にサッカー選手として何かできるのかなど、いろいろ考えさせられる時間でした。で、いざ練習ができる状態になった時にボールを蹴ってみて、また改めてサッカーの楽しさを実感しました。
――サッカーができない状況になって、サッカー選手としての在り方やサッカーの価値について、どんなことを考えましたか?
稲本:正直な話、もし世の中からサッカーがなくなっても、たぶん、最初は寂しいかもしれないけど、何年かしたら慣れてくるものだとは思います。でも、サッカーができなくなったら、サッカー選手は何をすればいいのか、どうしたら応援してくれる人たちに喜んでもらえるのか、楽しんでもらえるのか……ということはすごく考えました。やっぱり「サッカーが、こういう状況の中で苦しんでいる人たちに勇気や楽しさを伝えることができるものの一つであると信じてやっていきたい」という想いは強くなりました。
かっこいいと思うリーダー像は宮本恒靖さん
――今、稲本選手は相模原でチームのメンターとしての役目も担っていますが、どのようなことを意識していますか?
稲本:僕から「こうしろ、ああしろ」と選手に言うことはないんですけど、やっぱり年長である僕がしっかり練習をして、しっかりいい準備をして、プロとしての姿を若い人たちに見せていくことはすごく重要だと思っています。
――昨年から初めてJ3でプレーをして、環境面含め、これまで所属してきたチームと違いを感じるのはどんな部分ですか?
稲本:環境面に関して言えば、やはり厳しい環境の中でやっていますね。基本的には人工芝でやっていて、クラブハウスもないですし、今は相模原市のグラウンドで練習をやらせてもらっているので、密になるからシャワーも浴びられない状況です。
今まで20年以上プロでやってきた中で、こういう環境でプレーすることはなかったので。学生の時はもちろんありましたけど。ある意味すごく楽しんでできていますし、それは過去の経験があるからだと思うんですけど。だから、今の(新型コロナウイルスによる)厳しい環境を変えることは重要だとは思いますが、僕たちはやるしかないので、「コロナを言い訳にせずに一生懸命練習して少しでもうまくなる」ということは、練習中から若い選手たちに伝えています。
――稲本選手は、日本代表での活躍を始め、実力の面でもキャリアの面でもベテラン選手の一人ですが、現在所属している相模原での自身の立場や役割をどう感じていますか?
稲本:やはりチームの中で一番いろんなことを経験していますし、一つひとつの言動や行動に対して責任を持つことはすごく大事だと思っています。ただ、いち選手として、選手同士でポジション争いなど激しい競争がある中で、若手だとかベテランだとか関係なしに、その中でしっかり自分が勝ち抜いていくということは意識しています。そして、僕の経験や技術を若い選手たちは見て、学んでいってほしいです。
――チームを引っ張っていく立場の選手としての意識が高まったエピソードなどがあれば教えてください。
稲本:単純に「年齢が上がった」ということが一番ですね。でも、ヨーロッパから帰ってきたのが30歳の時でしたが、2010年当時、(川崎)フロンターレの中でも上から2、3番目ぐらいだったので、年齢が上がるとそのぶん、責任感だったり、ヨーロッパ経験による期待値も高く求められていたと思います。なので、日本に帰ってきた頃から、よりそういう意識を持つようになりましたね。
――稲本選手のこれまでのキャリアの中で、理想のキャプテンやリーダー像は誰ですか?
稲本:理想というか、かっこいいなと思うのは、今、ガンバ大阪の監督をやっている宮本(恒靖)さんです。ガンバ大阪ユースの大先輩なんですけど。宮本さんのリーダーシップやアイデア、言動などは僕には真似できませんが、やっぱりリーダーというイメージ像にはぴったりの人だと思います。いろんな形のリーダー像があると思うんですけど。僕はあんなふうに渋くはできないので(笑)。宮本さんが高校生で僕が小学生の時でしたけど、ガンバ大阪の下部組織にいた頃から見ていて、当時からキャプテンシーのある人だなと感じていました。
――下部組織の頃から見ていた大先輩と、日本代表で同じチームの仲間として戦ってきた経験の中で学んだことなどはありましたか?
稲本:例えば、メディアの方との接し方だったり、ファン・サポーターとの接し方や立ち居振る舞い、一つひとつの言動は、見ていて勉強になります。
――稲本選手もベテラン選手として、後輩やスタッフから相談を受けたり意見を求められることもあると思いますが、そういう時に意識していることはありますか?
稲本:スタッフのほうが年齢的には近いので、選手とスタッフのパイプ役になれたらいいなと思っています。
――年下の選手たちは、稲本選手に対してどのような温度感で接しているのですか?
稲本:最初は遠慮するだろうなとわかっていたので、できるだけこっちから話かけていましたけど、今は年齢差も気にせず、普通に選手たちから話しかけてきてくれます。
――稲本選手はイングランド、ドイツ、トルコ、フランスとさまざまな海外チームでプレーしてきましたが、日本人選手として、ヨーロッパ選手たちの輪に入ることは簡単なことではなかったと思います。そういった経験を通して、現在の相模原で新加入選手たちを迎えチームをまとめる上で意識していることはありますか?
稲本:話すことも大事だと思うんですけど、やっぱり「ボールで会話する」というか、一緒に同じボールを蹴ることによってコミュニケーションがとれるだろうし、サッカーをすることで、お互いの要求も伝えあえると思っています。なので、新しい選手とは積極的にボールを蹴ろうと意識していますね。
「またファンの人たちと接することができるようになったら……」
――ファン・サポーターからの目はもちろん、若手選手たちにもお手本として見られる立場で、意識していることなどがあれば教えてください。
稲本:身だしなみや、一つひとつの言動であったりとか、常に自分が見られているっていうのは、プロサッカー選手としてやっぱり常に意識はしています。そういう意識は、キャリア関係なくプロサッカー選手には必要かなと思います。
――身だしなみの面で、最近使っているおすすめアイテムについて教えてください。
稲本:MARO(マーロ)のシャンプーは、爽快感のあるタイプのシャンプーを初めて使ったんですけど、頭を洗った後のスッキリ感や、さわやかな香りが洗ったあともずっと残って頭もスーッとして気持ちがいいです。頭皮や髪にもやさしいなと思いながら使っています。周りの人からも「いい香りがするな」って思われていたら、うれしいなって思います。Jリーグが再開して、またファンの人たちと接することができるようになった時にも、ファンの人たちは選手のにおいって気になると思いますし。あと、爽快感があって頭が涼しく感じるので、夏にぴったりですね。
ファン・サポーターたちの声援はすごく力になる
――国内外含め、さまざまなチームでプレーしてきた中で、それぞれの環境で感じたキャプテンやリーダーシップにおける違いがあれば教えてください。
稲本:海外チームのキャプテンのほうが、より熱い人が多かった気がしますね。やっぱり、さまざまな国からいろいろな人種の人が集まってくる中で、言葉や文化はもちろん、宗教の違いやいろいろな違いがある中でチームを一つにまとめるキャプテンの役割を担う人というのは、すごく情熱的で責任感のある選手でした。
――海外で感じたことや経験を、今、相模原でメンターとして生かしてることはありますか?
稲本:ヨーロッパからJリーグに帰ってきてからはそれぞれのチームで、練習や試合の一つひとつの場面でチームメイトにアドバイスをしたり、プレースタイルの部分では激しいプレーを自分で見せて伝えるようにしています。
――今、相模原のチームの中で感じている課題や、今シーズンにもたらしたい変化があれば教えてください。
稲本:昨シーズンから、選手が3分の2ぐらい変わったので、今シーズンはまったく新しいチームとしてスタートした感覚です。その中で、監督や選手たちが「一つのチームになる」ということがすごく重要になります。その点においては、コロナの影響でリーグの開幕が延びたので、その間にチームとしてより密になることができたかなと、プラスに考えてやってきています。1月から新チームでスタートしてから約半年経って、まとまりとしてはすごくいいチームにはなってきていると思いますし。
最初は無観客でのゲームになりますけども、ほぼ全員が初めての経験だと思うので、どういうふうに対処して、どういうゲーム展開をしていくかは、やってみないとわからない部分はありますが、海外にいる時はけっこうあったんですよ。でも、日本で公式戦を無観客でやるのは初めてなので、未知な部分はありますね。それが選手にどう影響するのかは、やってみないとわからないなと。
――さまざまな海外チームでプレーしてきた中で、考え方が大きく変わったり、印象に残っている出来事はありますか?
稲本:ヨーロッパに移籍した時には言語や文化など多少の違いはありましたが、日本代表でヨーロッパに行くことはあったので、そんなに違和感はなかったんですけど。トルコに行った時は、宗教も違うし、隣がアジアというところで、今まで経験したことのない環境でしたね。
今、長友(佑都)くんが所属しているガラタサライSKも、僕がいた時はもっと古いスタジアムでしたけど、何試合も無観客試合を経験しました。宗教の影響であったり、国のスタイルというのは、やっぱりちょっと他のヨーロッパの国とは違いました。
――今とは状況は異なりますが、実際に海外で無観客試合を経験した時はどんな感覚でしたか?
稲本:やっぱり、すごく淡々とやっている感じで、モチベーションをキープしづらかったですね。すごく静かで、選手たちの声しか聞こえないので。声援があって、応援してくれる人たちがいるおかげで、普段出せない力が出るというのは、トルコで無観客試合を経験してみて、より強く思いましたね。
――ファン・サポーターの声援というのが、選手たちのパフォーマンスにおいて力になっているのですね。
稲本:特にヨーロッパは、ホーム&アウェイの応援の差はあるので。ファン・サポーターたちの声援はすごく力になっています。
――ファン・サポーターたちも待ち望んでいますが、一日でも早くスタジアムで応援できる日が来てほしいですね。
稲本:そう思います。
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<了>
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PROFILE
稲本潤一(いなもと・じゅんいち)
1979年9月18日生まれ、鹿児島県出身。SC相模原所属、元日本代表。6歳の時に大阪でサッカーを始め、ガンバ大阪ジュニアユースに加入。向陽台高等学校在学中の1997年にトップチームであるガンバ大阪に昇格し、当時最年少の17歳6カ月でJリーグ初出場、1カ月後にJリーグ初得点を挙げる。1999年にFIFAワールドユースで準優勝を果たし、シドニーオリンピック・サッカー日本代表、A代表にも招集されアジアカップやコンフェデレーションズカップに出場。2001年よりイングランドのアーセナルFCへ、2002年にフラムFC、2004年にウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン、カーディフ・シティにレンタル移籍した。2006年にトルコ1部のガラタサライSKへ移籍、2007年にはドイツのフランクフルト、2009年にフランス1部のスタッド・レンヌへ移籍。2010年より川崎フロンターレへ移籍しJリーグに復帰。2015年に北海道コンサドーレ札幌へ移籍し、2019年よりSC相模原に加入。日本代表では、2002年、2006年、2010年と3大会連続でFIFAワールドカップに出場し、2002年大会では2得点を挙げ、日本代表初のベスト16に貢献した。
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