
堂安、冨安、久保を生んだ「プレミアリーグ」 日本を強くする“未来への投資”育成年代の変革へ
新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、今年の高円宮杯JFA U-18プレミアリーグの開催中止が決定した。創設10年で初めての非常事態だが、今年に限りプレミアリーグと高円宮杯JFA U-18サッカープリンスリーグが合同リーグを開催するなど、今後に向けて新たな可能性を探る場、両リーグの実力差を測る試金石ともなりそうだ。プレミアリーグを経験し、10代で欧州に活躍の場を求めた堂安律、冨安健洋、久保建英に続く選手を今後いかに多く輩出できるか。理想を現実にするために育成年代は日々変化を続けている。
(文・写真=松尾祐希)
中島、南野、堂安、冨安、久保が経験したリーグ
今から23年前。日本は1998 FIFAワールドカップ出場を目指し、最終予選を戦っていた。Jリーグが開幕して5年目。当時の日本はワールドカップ出場を一度も果たせておらず、世界を知るプレーヤーもほんの一握りで1996年のアトランタ五輪組が数名いるぐらいだった。現在のようにヨーロッパ組は一人としていない。国内勢で代表メンバーを構成していた時代だった。
5年後に2002年の日韓ワールドカップを控える中で、誰もが待ち望んでいた悲願のワールドカップ初出場。1993年のドーハの悲劇から4年を経て、ジョホールバルの地で歓喜の瞬間を迎えた。
1997年、時を同じくして、世界で戦える選手の育成を目的に、高校年代の指導者たちが動き出していた。暁星高校の林義規氏(現日本サッカー協会副会長ならびに高円宮杯U-18サッカーリーグ実施委員会委員長)、帝京高校の古沼貞雄氏(現矢板中央高校アドバイザー)、習志野高校の本田裕一郎氏(現国士舘高校テクニカルアドバイザー)らが中心となり、“関東スーパーリーグ”を設立。トーナメント戦が多かった育成年代にリーグ戦を導入し、新たな施策で強化を目論んでいた。
名将たちによってまかれた種は全国に波及し、2003年には各地域にプリンスリーグを創設。2011年からは秋に開催されていた“高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会”を発展させる形で、全国規模の“高円宮杯JFA U-18プレミアリーグ”を開幕させた。その結果、その下部リーグに相当する9地域での高円宮杯JFA U-18サッカープリンスリーグと各都道府県リーグも整い、昇降格制度の導入によってシビアなレギュレーションで戦う環境が完成。毎週のように公式戦を実施できる形になったのだ。
とはいえ、大会を整備しても結果が伴わなければ意味がない。特に育成は短期間で答えを出しにくく、長い目で見る必要があった。プレミアリーグがスタートした当初は手探りの状態で、選手の成長にどれだけ寄与しているかは簡単には計れない。そうした状況に疑問を口にする人も少なからずいた。
それでも、林氏などはリーグ発展のために奔走。時には意見をぶつけ、喧嘩をすることもあった。そうした積み重ねがリーグ発展の礎となり、子どもたちの成長につながったのは間違いない。事実、2015年まで4大会連続で出場権を逃していたFIFA U-20ワールドカップでは直近2大会に出場してともに16強入り、弟分であるU-17代表も同様の成績を収めた。そして、現在の日本代表の主軸にも、プレミアリーグを経験した選手が多数入っている。中島翔哉(FCポルト)、南野拓実(リバプール)、堂安律(PSV)、冨安健洋(ボローニャ)、久保建英(マジョルカ)。この結果が何よりの証左だろう。
プレミアリーグ創設により生まれたメリット
現在もプレミアリーグの運営に携わる林氏も手応えを話す。
「プレミアリーグも現行の形にして10年目で、国体(国民体育大会)を18歳以下から16歳以下の大会にしたのも14年前でした。新しい取り組みはダメだと思ったらすぐに撤退しないといけないけど、2、3年でやめましたでは意味がありません。だから、子どもたちのために大人たちは続ける必要があります。ある程度続けていけば、エビデンスが見えてきます。ただ、こういう改革は一人ではできません。国体のU-16化も反対もされましたが、47都道府県や9地域の指導者が支えてくれました。本当に仲間がいてよかった。反対意見もありましたけど、中心になる人たちが賛同してくれたんです。改革はみんなでやらないといけない。育成は一人でできないし、時間がかかるんです」
では、具体的にプレミアリーグのスタートで何がもたらされたのか。最も選手にとってプラスだったのは、インテンシティの高いゲームを毎週のように味わえた点だろう。
プレミアリーグとプリンスリーグをともに経験した監督たちはこぞって「強度が違う」と言ったように、選手たちは結果を追い求めながらハイレベルな攻防を体験してきた。そこであらわになった収穫や課題は持ち帰り、翌週のゲームで再びトライする。練習試合ではなく公式戦でチャレンジできる環境は大きな価値で、そのサイクルが選手たちの成長に大きな影響を与えた。
そして、プレミアリーグの創設により、もう1つ生まれたメリットがある。積極的に選手を出場させられるようになった点だ。
今までの強化策では一発勝負の弊害で思い切った起用をあまりできなかった。しかし、リーグ戦文化が根づくと、毎週のようにある公式戦で伸び盛りの下級生を抜擢するケースも増えてきている。また、Aチームで出場できなかったとしても、Bチームもリーグ戦に参加しているクラブであれば、継続的に出番を得られる恩恵は大きい。その結果、中学生を飛び級で高校生のゲームに加える場合も珍しくなく、有望な選手が早い段階で上のステージを体験できるスキームが浸透した。
久保建英のステップアップ例
わかりやすい例を挙げるのであれば、マジョルカでプレーする久保建英だろう。
2015年、久保はFCバルセロナの下部組織を退団した直後にFC東京U-15むさしに入団すると、持ち前の的確な状況判断とずば抜けたテクニックで下級生ながら主軸となった。ただ、同年代で圧倒的なプレーを見せている一方で、その類い稀な才能をいつまでもU-15年代のカテゴリーにとどめておくのは本人にとってプラスとはいえない。そこでクラブは2016年、中学3年生の時点でU-18チームに昇格させ、より高いレベルでプレーする場が与えられた。
すると、U-18相手でも適応能力の高さを発揮し、高校生の中に混じって遜色ないプレーを見せる。最初は体格やパワーの違いからフィジカル面で苦労する場面もあったが、プレミアリーグの中盤戦以降はチームを引っ張る存在になった。その勢いはとどまるところを知らず、J3に参戦するU-23チームにも招集。同年11月に15歳でJリーグ最年少デビューを果たした。
2017年、高校1年生となった翌シーズンもU-18チームの主軸として活躍しながら、徐々に主戦場をU-23へ移していく。U-18でプレーする機会は少なくなり、同年11月にFC東京のトップチームとのプロ契約を果たした。早い段階でプロのステージに上がれたのも、中学生からプレミアリーグを経験したからだろう。
そうした経験を持つ選手は久保だけではない。プリンスリーグ九州で戦っていたアビスパ福岡U-18に籍を置いていた冨安は、同U-15時代に飛び級でプレミアリーグに出場。堂安も出場はしていないが、中3の時点で登録リストに名を連ねていた。彼らはいずれも15歳の時点で一つ上のステージを知り、高校時代にJ1を経験。そして、10代でヨーロッパに活躍の場を求めた。その後のステップアップを早める上で、プレミアリーグでプレーした意味は大きかったといえるだろう。
未曾有の危機だからこそ、見えてくる次の扉
プレミアリーグ創設から10年が経った。東西に分ける形でリーグ戦を行うスタイルは選手たちに定着。2種年代最高峰の戦いで“優勝する”ことを目標の一つに挙げるようになってきた。ただ、同時に次のステップにきているのも事実。「次の10年でも子どもたちに夢の舞台を用意するのは大人の仕事」(南監督)であり、変革を考えてもいい頃合いだろう。
多くの指導者もプレミアリーグの見直しは必要不可欠だと話している。運営側もプレミアリーグ実施委員長の林氏などが提唱した“東西合わせて4チームを増やす案”を筆頭に、リーグの在り方を模索している最中だ。
その理由は明白で、強度の高い試合をより多くのチームに経験をしてもらいたいからである。「今後はチーム数を増やし、世界に追いつくためにも今以上にインテンシティの高いゲームをしていきたい」とは林氏の言葉。プレミアリーグのチーム数が増えれば、選手たちが今まで以上の頻度でハイレベルなゲームを経験できる。そうすると、プリンスリーグにチャレンジできるクラブが新たに生まれ、同2部の設置を検討している関東、関西、九州においてはさらに可能性が広がっていく。裾野が広がれば、成長スピードが早まるのは確かだ。
また、今年は新型コロナウイルスの影響でプレミアリーグを開催できない。創設後初めての事態だが、ポジティブな面もある。1年限定でプレミアリーグとプリンスリーグを統合する中で、新たな可能性を引き出す場になるかもしれないからだ。
チーム数が多いため関東と関西は別形式での開催の可能性もあるが、それ以外の地域は、プレミアリーグのチームとプリンスリーグのチームが同じ舞台で戦うことになった。新たな刺激を受けるきっかけにもなるし、2つのリーグにおける実力差を見極める場にもなる。
「子どもたちのやる気とかモチベーションがどうなっているのかも含め、監督やスタッフ、運営側からも意見を聞いてピンチをチャンスに変えたい。絶対にあぶり出される事象があるので、未来に対する投資になる。そうしないともったいない」(林)
未曾有の危機だからこそ、見えてくる次の扉。上のステージを経験させる観点では、Jリーグが2021年からの創設を予定しているU-21リーグに大きな期待を寄せたいが、まずはリーグをより高いレベルに引き上げるためにチーム数を増やす取り組みが最優先事項となる。
「将来的には17歳から18歳でフル代表に入ってほしい。本田圭佑、岡崎慎司、長友佑都らは3回ワールドカップに出場しましたが、すでに30歳を超えています。でも、世界でトップ10に入る国では26歳、27歳で4回出場している選手もいますよね。強豪国に追いつくためにも、国内でインテンシティの高いゲームを経験し、早い段階で上のステージに進んでほしい」(林)
日本サッカー界を強くするために――。理想を現実にするために日々変化を続ける育成年代の戦いに終わりはない。
<了>
【連載第1回】「実力拮抗」高校年代の真価 林義規委員長「日本の育成の象徴」プレミアリーグ改革案とは?
【連載第2回】「高体連は生き残れるかどうかの狭間」元流経大柏・本田裕一郎が求める育成年代の“不易流行”
【連載第3回】「リアル・アオアシ」J下部発展の鍵とは? 森岡隆三が語る“Jユースvs高体連”の意義と課題
【連載第4回】Jユースと高体連の明確な違いとは? 東福岡・志波総監督が語る、育成年代の加速度的変化
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