
新国立と神宮外苑の関係を見直すべき! 2028年ロス五輪会場が実現したスタジアムの新機軸
2020年9月、2028年ロサンゼルス五輪のメイン会場候補の一つとなるSoFiスタジアムが完成した。アメリカ・カリフォルニア州のハリウッドパーク競馬場跡地につくられたスタジアムで、都市や公園と一体となった「ボールパーク」と「全天候型スタジアム」が融合した最新型の施設として注目を集めている。同じくオリンピックのメイン会場となる新国立競技場にとっても多くの示唆を与える興味深い事例となっている。スタジアムと都市が織りなす幸せな関係とは?
(文=上林功、写真=Getty Images)
ボールパークと全天候型スタジアムのいいとこ取りという発想
一般にスタジアムやアリーナの計画を考える際に、よく聞く議論として「ドーム化」の話があります。屋根をかけることで天候に左右されず多目的な運用が可能となり、安定的な施設利用が可能となると誰しもが考えることです。一方で、アメリカのメジャーリーグでは既に1990年代の初頭から、新設スタジアムの「脱ドーム化」が進められ現在に至っています。維持管理コストがかかるだけでなく、スタジアムごとの特色を出しにくいドーム化は、スタジアムでの体験デザインを重視するスタジアムビジネスの変化の中で倦厭(けんえん)され、都市や公園と一体となった「ボールパーク」に取って代わられるようになりました。一方で、こうした変化は始まるととどまるところがなく、おおむね全米のスタジアムがボールパーク化したのちに改めて気づき始めることとなります。
「やはり天候に左右されず多目的に運用できるスタジアムがほしい」と。
2020年9月にオープンしたSoFiスタジアムは、ハリウッドパーク競馬場跡地につくられた最新のスタジアムであるものの、これまでのボールパークと同様、スタジアムおよび周辺のオープンスペースを整備しつつ、これらすべてを大きな屋根で覆った全天候型施設として計画されています。ボールパークと全天候型スタジアムのいいとこ取りをしている施設であり、2028年ロサンゼルス五輪の会場候補の一つとなっています。ある意味、一周してドーム施設を評価したこうしたスタジアムの取り組みは現在の日本のスタジアム整備にもう一つの可能性を示すものではないかと考えています。今回は、完成したばかりのSoFiスタジアムを取り上げ、スタジアムと都市の関係から新たなスタジアムのアプローチについて改めて考えてみたいと思います。
2028年ロス五輪会場となるSoFiスタジアムとは
SoFiスタジアムは、アメリカ・カリフォルニア州イングルウッドにあるスタジアムを含んだ総合エンターテインメント施設です。ロサンゼルス国際空港から約5キロメートル、NBAのロサンゼルス・レイカーズがかつてホームアリーナとしていた「ザ・フォーラム」に隣接するハリウッドパーク競馬場跡地に建てられています。2016年から実に約4年の歳月をかけ2020年9月に完成となりました。
NFLのロサンゼルス・ラムズとロサンゼルス・チャージャーズのホームスタジアムとして使用され、カレッジフットボール(大学アメリカンフットボール)のLAボウルのホームとしても使用されています。2021年3月28日には世界最大のプロレスイベント「レッスルマニア37」の開催が予定され、また、2022年2月にはNFL王者を決めるスーパーボウル、2023年1月にはカレッジフットボール・プレーオフ全国大会が開催予定となっているなど大きな大会が目白押しです。何より2028年ロス五輪の会場候補となっており、招致計画によれば開会式と閉会式、サッカー、アーチェリーの会場として計画されています。
収容人数は7万240人と大規模なものですが、NFLのスタジアムとしてはこれでも小さなほうで、SoFiスタジアムでは増席により最大10万240人まで拡張が可能となっており、オリンピックやスーパーボウルといった超大型イベントに対応するようになっています。スタンドは4段構成となっており、2段目と3段目のスタンドの間にVIP用のボックスシートが挿入され、各階の幅広のコンコースにはショップや飲食が並びます。
透過率が極めて高く、スタジアム周辺まで伸びる屋根
スタジアムの何よりの特徴はその屋根で、透過率が極めて高いETFEによるフィルム膜屋根がスタジアムを覆っています。屋根はスタジアムだけでなくその周囲のオープンスペースに伸びており、外部イベントやスタジアムへのアプローチにおいても半屋外空間としてスタジアムとの併行利用しやすい構成となっています。こうした特徴はヨーロッパサッカーのスタジアムやNBAのアリーナにも見られる構成で、屋内外一体となったスポーツ体験をつくり出すのに一役買っています。
スタジアム内部の屋根中央部には帯状円環の4Kビジョンが吊り下げられており、両面に映像を映すこのビジョンは試合の状況だけでなく、演出効果にも使用されています。データ活用が進むことで、ライブで選手の情報やより詳しい試合状況をスマートフォンだけでなくビジョンに映すようになってきたことでビジョンの大型化が進んでいます。アトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムでは高さ58フィート(約18メートル)のビジョンが設置されるなど、今後のスタジアムでの重要な要素といえるでしょう。今回SoFiスタジアムで導入された大型ビジョンは約1000トンにもなるビジョンとなっており、吊り下げるとなると屋根がゴツくなって支持構造材でせっかくの透明な屋根を覆ってしまうところでしたが、従来のセンタービジョンのように屋根中央にビジョンの固まりを吊り下げるのではなく、ある程度、屋根全体を利用したリボン状の輪のように両面映像のビジョンを回すことで支持部分の構造負荷を分散。テンション構造との組み合わせによって透明な屋根を損なうことなくビジョン設置が実現しました。
設計を担当したのはアメリカの設計会社HKSで、国内では北海道ボールパークの設計を担当していることでも有名な、都市計画と一体となった施設設計を得意とする設計事務所です。実際にこのスタジアムは競馬場跡地に開発中の「ハリウッドパーク」の構成要素の一部に過ぎず、周辺開発が進められています。6000席規模のアートパフォーマンスセンターやメディアセンター、8万4000平方メートル規模の商業施設、7万4000平方メートルのオフィススペースなど、街として必要な就労機能やサービス機能をはじめ、2500戸の住宅やコンドミニアムといった住居機能、300室規模の高級ホテル、総計10万平方メートルの公園スペースといったアメニティスペース、そしてそれらをつなぐ道路網を含んだ超大型都市開発となっています。
アメリカ・脱ドーム化の20年と新たなスタジアムパークの展開
SoFiスタジアムは単なる最新のスタジアムというだけでなく、これまでアメリカが歩んできたボールパークの歴史における転換点となるプロジェクトではないかと思います。脱ドーム化を標榜しボールパークを目指したスポーツ環境が、再び全天候型のスタジアムに回帰していると考えられます。
全天候型によるスポーツドームのパイオニアはアメリカです。1965年に作られたアストロドームは世界初の本格的なスポーツドームで、この施設をモデルに多くのドーム建築が世界中で建てられることとなります。一方でこれらのドーム建築は構造的にも最適化され、合理的な大きさや構成に違いが見られなくなり「クッキーカッター」、日本語で言い換えれば「判で押した」と揶揄される似通った施設が量産されることとなってしまいました。
ところが90年代にまず最初の方針転換がはじまります。1992年に完成したオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズはメジャーリーグスタジアムとしてベースボールの原点に戻り、青空の下スポーツ観戦を行うスタジアム体験を再構築し、その後の「ボールパーク」建設の端緒となった施設となりました。それまでのドームスタジアムと決定的に異なっていたのは、都市環境との連携にあります。ドームスタジアムは屋根で覆うことも含め、施設内で建物は完結し、その周囲は駐車場をつくるくらいで、スタジアムと周辺環境との関係は切り離されていました。一方、ボールパークは改めて都市とスタジアムの関係を構築することに注目し、オープンスペースや街に向けた売店・飲食施設、都市構造との関係への配慮など、街づくりとの関わりが新たな課題として取り上げられました。都市計画的な施設としてスタジアムを捉え、スタジアムに新たな価値を与えた「ボールパーク」化はスポーツの可能性をさらに膨らませるきっかけとなりました。
改めてSoFiスタジアムを見ると、スタジアムはより広大な都市計画「ハリウッドパーク」の一部分として計画されており、あくまで主眼が置かれているのは都市の全体最適化である部分に注目したいところです。新たな街「ハリウッドパーク」においてSoFiスタジアムとは大規模イベントで通年いっぱいになるような施設であり、全天候型施設として大規模イベントを積極的に誘致するうえで屋根の重要性が何より高いことがわかります。スタジアムは大きな施設ゆえに時に迷惑施設として扱われますが、スタジアムが都市を従えるのではなく、都市がスタジアムを従えて、うまく協調・利活用するうえで、どのようなスタジアムが必要なのかは都市からの要請が何より重要なのではないかと思います。
SoFiスタジアムから見る新国立競技場の活用方法とは
SoFiスタジアムから得られる示唆を我が国の新国立競技場に当てはめてみましょう。個人的には新国立競技場そのものをどうこうするのではなく、東京の在り方、もっと具体的にするならば明治神宮外苑の在り方そのものを改めて問うことになると考えます。既に日本青年館の移設が行われていますが、明治神宮野球場や秩父宮ラグビー場、聖徳記念絵画館や周回道路、銀杏並木など外苑全体の構造を再検討する可能性まで踏み込むべきかもしれません。明治神宮外苑の公園としての役割を改めて見直し、現代に沿う都市型公園の在り方を議論することも必要でしょう。
本来、明治神宮外苑があり、そこに新国立競技場が建てられたことを考えると、明治神宮外苑のほうを変えるべきとは本末転倒な話かもしれません。一方でスタジアムのポテンシャルを最大限に生かすうえで、周辺環境がいかに重要であるかをSoFiスタジアムは示唆しています。SoFiスタジアムが示す、都市の全体最適を見据える必要性とスタジアム環境をとりまく周辺との連携は、スタジアムだけでなく、周辺環境そのものの価値を毀損しないために必要な共創体制であり、ともに変化することをいとわないことが重要なのではないかと考えています。
すでに2021年に延期となっている東京五輪のメイン会場である新国立競技場の大会後の在り方については、本来ならば大会後となるこの秋には議論が始まっているはずでした。新型コロナウイルス感染症の拡大によりいまだこうした議論に至らず、延期後の大会をどのように行うかの議論が始まったばかりです。1年後ろ倒しになった今こそ、大会延期とあわせて、あと利用について議論できるチャンスかもしれません。アフターコロナに向けた都市の公衆衛生への配慮も含め、国が推し進めてきたスマート・べニュー(コミュニティの核となるスタジアムやアリーナの多機能複合化)について、施設単体ではなく、街づくりと一体となった新たなアプローチを官民連携によって共創する絶好の機会ではないかと考える次第です。
<了>
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PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計(2018)など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、一般社団法人運動会協会理事。いわきFC新スタジアム検討「IWAKI GROWING UP PROJECT」分科会座長、日本財団パラスポーツサポートセンターアドバイザー。
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