東京ドーム改修100億円は適正? シティ全体がスタジアムとなる新しい観戦スタイルとは

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2020.08.07

巨人と東京ドームが7月20日に会見を行い、総額約100億円の改修を行うと発表した。これはMazda Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)が新たに一つ建設できる規模の改修費であり、新型コロナウイルス対策を第一とした今回の改修は果たして妥当なものなのだろうか。マツダスタジアムなど数々のスポーツ施設を手掛けてきたスタジアム・アリーナの専門家・上林功氏が「国内スタジアムとしてはもっとも成功している事例」と東京ドームを高く評価しつつ、この度の改修に対しては疑問が残るという部分を解説する。

(文=上林功)

東京ドームのグラウンド地下にあるものとは?

7月20日、東京ドームの大規模な改修が発表されました。総額約100億円かけた大改修で換気能力の向上やトイレや洗面の衛生対策など新型コロナウイルス対策や非接触によるキャッシュレスへの対応などが盛り込まれるほか、横幅126mの国内最大規模となる大型ビジョンの設置などが公表されています。一方で、こうした改修に対して、スタジアムがもう一つできてしまうほどの規模の設備改修をする意味があるのかとの意見も聞こえています。

日本を代表する野球場である一方、かつての後楽園球場とは異なり、全天候型のドーム球場はもはや野球だけでなく、多くのイベントに利用される多目的な施設です。また、スタジアム単体だけでなく東京ドームシティというエリア全体での施設運用も考えたとき、改めて今後の国内のスタジアムの方向性について気づきを与えてくれるものだと考えます。

そこで今回は東京ドームを通じて、改めてスタジアムの在り方について考えてみたいと思います。

東京ドームは収容人数5万5000人(野球時、約4万6000人)、国内初の空気膜構造スタジアムとなっています。空気圧膜構造の歴史は古く、世界初のものは1970年の大阪万博アメリカ館にまでさかのぼり、館内に空気を送り込むことで室内の気圧を上げ、風船がふくらむ要領と同じように気圧差で屋根がかかる構造となっています。

 東京ドームは、隣接する小石川後楽園の景観配慮などから庭園側に10分の1程度屋根が傾いており、これがそのままファールやホームラン軌跡を内包できるよう計画された世界で唯一の「傾いた屋根」を持つ空気膜構造スタジアムともいえます。

多目的に利用することを当初から想定しており、野球場以外にもコンサートやフィスティバル、アメリカンフットボール、集会やコンベンション利用に合わせた座席・フィールド配置が計画図にも見て取れます。ピッチャーマウンドが昇降式になっていることは有名ですが、グラウンド地下に競輪競技用のバンク(競争路)が格納されていたり、観客席の一部が可動観客席となっていたりと当初からあらゆる利用を想定された施設であることがわかります。

東京ドームを語るうえで“野球場”との捉え方は説明不足

東京ドームのプロ野球利用による年間入場者数は約300万人、1試合平均4万人を超す国内でも最大規模の動員数となっています。これだけではありません。プロ野球以外の年間入場者数も合わせ、おおむね800万人台を推移していた入場者数は2019年度には970万人を突破し、多目的施設としても国内トップクラスであることがわかります。年間のイベント回数は200件を超えており、これは世界的にも稼働率が高いスポーツ施設であるイギリス・ロンドンのThe O2の211件(2018年)やアメリカ・ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンの320件(2019年)にも引けを取らない世界的なイベント施設といっても差し支えないでしょう。

また東京ドームを語るうえで単体の野球場との捉え方はいささか説明不足であり、周辺の東京ドームシティの存在が不可欠となっています。述べ約13.3ha(ヘクタール)の敷地に設けられたドーム以外のホテル、アトラクション、商業施設、温浴施設、複数の多目的ホールを備えています。

東京ドームホテルは地上43階建ての総客室数1006室、レストラン、宴会場やプールを併せ持つ都内有数のシティホテルで、設計者は代々木第一体育館やフジテレビ本社屋なども設計した建築家の丹下健三、ドーム利用の宿泊者だけでなく、周辺施設や都内アクセスのしやすい好立地と併せた宿泊・宴会利用が行われています。

アトラクション施設はドームに続くメインアプローチに面したアトラクションズエリアと通りを挟んだラクーアエリアに分かれており、商業施設や温浴施設を含む多用途な都市型遊園地になっています。ラクーアにある観覧車ビッグ・オーは中心が空いた世界初のセンターレス観覧車として当時話題となりました。建築的にはジェットコースターの支柱も注目すべき点で、国内では珍しいテンション構造(鋼材とワイヤーロッドによる張弦柱)が採用されていたり、商業施設の一部をかすめるような構成は都市的なアトラクション施設として舌を巻きます。

現在までの東京ドームの軌跡を見る限り、国内スタジアムとしてはもっとも成功している事例の一つといえますし、施設を使い続けるうえでの今回の改修100億円とみると妥当であるともいえるかもしれません。しかしながら、個人的には今回公表されている改修内容については疑問が残る部分がないわけではありません。

おおむね、コロナ対策やこれまで未着手であったキャッシュレスなどのIT化、加えて大型ビジョンを導入することで試合の演出のみならず、イベント利用などにも対応できる素晴らしい内容のようにも思えますが、これらの設備投資に対して、来場者や観戦者に対する新たな体験やサービスにつながっていない点に不安が残ります。

利用者にとっては「やって当然」な内容?

現在、東京ドームのみならず多くのスタジアムにおいて、コロナ対策やそれにともなう設備投資が必要とされていますが、これらは利用者が魅力的に感じる体験の提供につながっているかというと、これまでの安全性や利便性のベースアップが行われたにすぎません。利用者にとっては「やって当然」な内容であり、本来ならば長期的な視点で更新していくべき設備更新が、新型コロナウイルスに併せてごく短期に集中的に行わなくてはならなくなったと考えることができそうです。

似たような設備更新については、例えばトイレの人感センサーや自動水洗があります。従来、指で触れて、蛇口をひねって使用するものでしたが、細菌性の感染予防のため非接触で操作できる仕組みがここ10年程かけて国内のほとんどのスタジアムで入れ替えられてきました。ここでもわかる通り、本来こうした設備更新は集中的に行うと多額のコストがかかることもあり、少しずつ長期的な視点で行うことが一般的といえます。東京ドームの今回のコロナ禍への対応は必要なものではありますが、設備投資をその点に集中させることがスタジアムビジネスの安定的な運用に影響を及ぼさないか一抹の不安を感じずにはいられません。

さらに今回発表された「世界トップレベルの清潔・安全・快適なスタジアム」とされる「清潔」、「安全」、「快適」はスポーツ消費者行動研究においては、スタジアムへのリピーター観戦につながる「再観戦行動」との関係は乏しく、スポーツ観戦者は「当然行われているべきサービス・クオリティ」と考えている場合が多く、短期的には現在のコロナ禍での他施設との差別化は図れそうですが、こうした設備投資はやはり観戦者のベネフィットとして置き換えられにくいと考えられます。

早稲田大学スポーツビジネス研究所の調査では、5月15日から約2週に一度の頻度で「スタジアムやアリーナにおける直接観戦の心配」についてアンケート調査を行っており、「飲食店での店員からの提供」や「観客席での通路での行き来」などでは不安が徐々に減っているのに対し、「大勢の人が同じタイミングで集まること」や「観客の応援行為」などへの不安は相変わらず払拭されていないことが見て取れます。基礎的な公衆衛生の充実は必要ではあるものの、そもそも人々が集まること、応援することそのものに不安があることを考えると、スポーツ観戦・応援スタイルそのものに対して提案しなければならないのではと考えます。

シティ全体がスタジアムとなる新しい観戦スタイル

極めて個人的な意見ではありますが、東京ドームがもし何か投資を行うとするならば、それはスタジアムの中ではなく外、東京ドーム周辺施設だと考えています。東京ドームシティ アトラクションズの年間来場者数は約590万人となっていますが、これは他の競合施設と比べても飛び抜けており、上野動物園の約496万人や長崎ハウステンボスの約272万人など、東京ディズニーリゾートの3000万人を超える来場者にはかなわないものの都内随一の来場エリアとなっています。無料で入場できる点ではシティ全体で約4000万人の来場者数となっており、誰もが立ち寄れる都心のエンタメ体験空間となっている点が大きな特徴だと思います。

個人的には、すでに東京ドームシティにあるスポーツバーなどのスタジアム連携店舗をもっとシティ全体の屋外スペースに拡張し、周辺パブリックビューイングエリアとして展開してみてはと考えます。3密を避け、現在の商業店舗での運用方法をそのまま継続できるように規模を制限すれば、安全性も確保できそうです。ドーム内のビジョンを充実させるのもいいですが、東京ドームシティの敷地全体でデジタルサイネージやビジョンを充実させ、ドーム内と連携させて中継を屋内外に展開させれば、プロ野球時にはシティ全体がスタジアムとなるようなオープンで3密を避けつつも、新しい観戦スタイルを提案できるのではと考えます。

一方、これには課題もあります。東京ドームシティは敷地全体の13.3haのうち12.8haが都市計画公園の指定を受けており、その施設計画や運用について制限があることはあまり知られていません。民間企業が整備する東京ドームシティではありますが、公園的性格を持つものとして法規制を受けているのが実状です。実際にこうした取り組みを行うには官民連携による規制緩和が必要となるでしょう。また、スタジアムでの観戦体験を拡張するうえでIT化が遅れていることは否めません。ローカル5Gの活用なども視野に入れて、ドーム内外についてスタジアムアプリなどを介してつなぐ工夫も必要だと思います。

今こそ、新しい生活様式としてのスポーツ観戦環境の提案を、東京ドームシティをモデルケースとして展開できる絶好の機会なのではと思います。これができるのは、東京ドームができた1980年代、もっとさかのぼれば1940年代から継続してこの地域の社会価値を構築してきた歴史あるこの場所でしか成しえないのではと考える次第です。

<了>

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PROFILE
 上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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