
三井不動産の東京ドーム買収騒動。マツダスタジアムを手掛けた専門家はどう見た?
東京ドームのTOB(株式公開買い付け)に関する報道が世間を騒がせている。日本有数の不動産デベロッパーが東京ドームを欲する理由とは何だろう? そこからは近年世界中で注目されている「スポーツによる街づくり」という考え方が見えてくる。マツダスタジアムなど数々のスポーツ施設を手掛けてきたスタジアム・アリーナの専門家・上林功氏が、今回の騒動の背景にある、スポーツ施設を核とした都市開発について解説する。
(文=上林功、写真=Getty Images)
東京ドームを巡って何が起きているのか
1988年に開場した東京ドームは今年で33年目、公共建築物であれば大規模修繕も含めた一区切りがつく年数です。今年の夏には会見で新型コロナウイルス感染症にも対応した空調設備など含めた約100億円の改修を行うことが発表されました。一方、夏が過ぎたころ筆頭株主である海外のファンドによる経営改善提案が出るなど、東京ドームを巡ってさまざまなニュースが流れるなか、11月26日には国内大手デベロッパーによるTOB(株式公開買い付け)に関する報道が行われました。
記事を見た人のなかには、「なぜ不動産屋さんが東京ドームを手に入れようとしているの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。しかしながら、こうした動きは世界のスタジアム・アリーナビジネスでも見られるようになってきており、都市開発を行う不動産デベロッパーが中心となってスタジアムやアリーナを企画する事例が出てきています。
今回は、スタジアムやアリーナなどのスポーツ施設を核とした都市開発を中心に、東京ドームで何が起きているかを考えてみたいと思います。
スタジアム・アリーナができると環境価値が上がる?
スタジアムやアリーナを建てようとしたとき、その主体となっているのは誰でしょう。日本の多くのスタジアムやアリーナは公共自治体が地域のスポーツ振興も兼ねて、建設を企画しスポーツチームや市民利用が行われています。2003年の地方自治法の改正により、公共施設の民間運営導入が進んだことで、その役割のすみ分けはさらにハッキリしたものとなります。こうした仕組みを公設民営といい、多くの自治体で導入されてきました。
これらのスタジアムやアリーナは公共自治体が企画して、公金を財源としていることもあり、基本を「地域のスポーツ振興」を目的にしています。近年ではただスポーツ振興を目指すだけでは自活できる施設になりにくいということで、民間による運営の範囲を緩和するなど、多様なスタジアム・アリーナビジネスを生み出そうとしています。
これらスタジアム・アリーナビジネスの方向性として、観戦環境をより良くしたり、施設内だけでなく周辺の店舗でもにぎわいを生むなどさまざまなキャッシュポイント、くだけた言葉で言うなら「儲けどころ」が生み出され続けていますが、ここで少し視点を変えたビジネスとして不動産ビジネスが取り上げられるようになります。
スタジアムやアリーナをつくって、地域を盛り上げたり周辺を整備することは、環境そのものの価値を上げる行為に他なりません。環境価値が上がることで、周囲の店舗の売り上げは伸び、にぎわいが出てくれば周辺のオフィスや店舗のテナント料やレジデンスの家賃なども上がるでしょう。こうした環境価値を上げることに連動した地域全体での収益化を狙いとしているのが不動産デベロッパーになります。
もちろん、こうした評価は必ず起きるものではありません。周囲のことを一切気にしないようなスタジアム・アリーナは迷惑施設に他ならず、むしろ環境価値を下げるでしょう。一方、環境価値の上昇は、地域のにぎわいだけでなく土地や建物の不動産価値にまで及ぶことを考えると、デベロッパーが率先して企画に関わり、より良いスタジアムやアリーナをつくろうとする考えもよくわかります。
スタジアムで街をつくる? 日米で展開されるスポーツによる街づくり
不動産デベロッパーが積極的に関わることでスタジアムは施設単体にとどまらず、その周辺の街そのものの再開発も含めた超大型プロジェクトになります。近年、アメリカではこうした都市開発と連携したスタジアムやアリーナの事例が出始めています。アトランタ・ブレーブスのトゥルーイスト・パークでは都市郊外にMLBスタジアムを核として、商業施設やエンタメ施設を組み込んだロードサイドの街そのものをつくり出し、前回の記事でも紹介したNFLロサンゼルス・チャージャーズとロサンゼルス・ラムズの本拠地SoFiスタジアムではハリウッド競馬場跡地を利用して、2028年ロス五輪スタジアムを中心としたニュータウンを一体開発しています。
これらのプロジェクトは、スタジアムの敷地周辺の不動産オーナーによるものもありますが、そのほとんどが環境価値の上昇による経済効果を自治体自身が評価し、企画段階でデベロッパーを迎え入れているケースが多く、公共自治体のビジネスマインドの高さがうかがえます。スタジアムだけでなく、サンフランシスコのベイエリア開発の核となるチェイス・センターやニューヨークのダウンタウン、ブルックリンを中心としたNBAブルックリン・ネッツとNHLニューヨーク・アイランダースの本拠地バークレイズ・センターなど屋内アリーナ施設も同様で、スポーツによる持続可能な価値を生み出すエコサイクルを地域全体で構築しているといえるかもしれません。
日本では、まだ大規模な街づくりにつながる事例は完成していないものの、2023年完成予定の北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールド北海道」やV・ファーレン長崎が進める「長崎スタジアムシティ」はスタジアムだけでなく、街づくり全体にプロジェクトを波及させ、施設だけでなく地域全体を対象とした計画が行われています。実はこうした開発は、もともと日本の十八番ともいえます。阪急グループの創始者である小林一三は阪急沿線開発の一環として、1936年西宮北口駅の駅前に阪急西宮球場を建設(1937年開場)します。大阪の阪急百貨店は鉄道のターミナルと百貨店が組み合わさった建物ですが、阪急西宮球場も当初は「ターミナル・スタジアム」として駅上につくられる予定だったともいわれます。阪急電鉄は鉄道事業と沿線の不動産開発を一体とすることでその業績を伸ばしており、球場もその一環として企画されたものになります。
周辺全体を一体的に開発する考え方は甲子園の阪神パーク、西武ライオンズ球場(現・メットライフドーム)の西武園ゆうえんちなどの娯楽施設による一体開発に継承されることになります。そして冒頭の東京ドームシティももともとは後楽園球場と遊園地の一体開発地を継承したエリアであり、ビジネスの考え方に多少の異なりはあるものの、スタジアムとエリア開発の親和性についてはすでに日本が先駆けて着手していた開発モデルであったことがわかります。
東京ドームから日本に広がるスタジアム開発の可能性
東京ドームは国内で最も成功しているスタジアムの一つです。年間のイベント回数は200件を超えており、世界的なイベント施設といってもいいでしょう。シティ全体での年間4000万人の来場者数は、都心のエンタメエリアとしてテーマパークにも引けを取らない規模といえます。一方で、デベロッパーとしての株式会社東京ドームは、あくまで自社のドーム周辺の開発に特化してきた点において、かなり特殊な立場です。国内の多くの地域で開発を行う立場とは異なり、ひたすらに後楽園の敷地を開発し続けてきたデベロッパーとしての株式会社東京ドームは、自社の敷地に特化した独自のエンタメのノウハウを持つ都市開発企業との見方ができると考えます。今回のTOBは、大手デベロッパーによるドーム施設の取得ではありますが、ライブエンタメに特化した「東京ドーム」という開発企業と国内実績を多く持つ大手デベロッパーとの合併劇との見方もできると考えています。
今回のTOBについて、個人的にはポジティブに捉えています。国内随所で開発事業を行う大手デベロッパーの知見は、東京ドームシティの今後の開発に新しい風を入れることにつながることを期待しています。特に街づくりなどの地域共創による価値創出にも力を入れている同社の取り組みは、ファンや地域を巻き込みながら大きな変化につながるのではないかと考えています。
また同時に、今後行われるであろうスタジアムやアリーナを核とした新たな都市再開発に、東京ドームの知見やノウハウが生かされることを期待しています。東京ドームシティそのものは歴史と街中の敷地に支えられた独特の特徴がありますが、長い歴史のなかで培われてきたスポーツ興行やライブエンタメのノウハウは、ぜひ他の施設でも生かされてほしいという思いがあります。
2020年のコロナ禍の最中に起こった騒動。引き続き注視をしたいと思います。
<了>
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PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。
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