ラ・リーガが日本の育成発展に全面協力? “世界初”日本企業とパートナーシップを結んだ深い理由

Business
2020.12.21

スペインのプロサッカーリーグ「ラ・リーガ」がアジア初、育成面でのコラボレーションとしては世界で初めて、日本企業とオフィシャルパートナーシップを凝結した。リーガの哲学、フォーマット化された育成メソッドを日本に伝え、日本における指導者、育成年代の選手育成を目的としたプロジェクトだという。なぜ、リーガはイチ日本企業と契約を結んだのか? ラ・リーガのスポーツプロジェクト部門の責任者であるファン・フロリート氏が日本進出の理由について、リーグと各クラブとの育成面での連携の重要性、ラ・リーガの運営哲学、そして理想的な指導者像について語ってくれた。

(文=栗田シメイ、写真=Getty Images、取材協力=ワカタケ)

ラ・リーガが近年最も大切にしてきたこととは?

ラ・リーガが日本企業とオフィシャルパートナーシップを凝結――。そんなリリースがリーガのHPで公開されたのが12月初旬のことだ。アジアでは初となるリーガと契約を結んだ企業は、育成年代の成長に寄与することをミッションとするワカタケグループ。同グループの代表を務める稲若健志氏は、「リーガの哲学、フォーマット化された育成メソッドを知ることで、子どもたちや指導者が世界最高峰のスペインサッカーを学ぶ下地ができる。そして、リーガの指導者たちから直接指導を受けられる機会を得ることは日本サッカーの成長につながり、本当の意味で世界水準の選手が生まれるルートにもなる可能性が生まれてくる」と話す。

この契約はスポンサー契約ではなく、日本における指導者、育成年代の選手育成を目的としている。来年にはリーガのコーチ陣が来日し、直接指導を受けた優秀選手はリーガ育成のプログラムである「satge」にスペインで参加できるというものだ。なぜ、リーガはイチ日本企業であるワカタケと契約を結んだのか――。

ラ・リーガのスポーツプロジェクト部門の責任者であるファン・フロリート氏がオンライン取材に応じた。フロリート氏の話は、各クラブとの育成面での連携の重要性、ラ・リーガの運営哲学から、あるべき指導者像にまで及んだ。

「サッカーはどういったスポーツでありその特徴は何か? 日本の皆さんに限らず、どこの国の方にも私が最初に尋ねるはこの質問です。その点を突き詰める作業はリーガでも何度も行ってきました。格闘技、野球、テニス、バスケットボール、ラグビー。これら5つの人気スポーツが持つそれぞれの特徴を、サッカーは持ち合わせている。サッカーという競技は一見シンプルに見えますが、前提として非常に複雑な要素が絡み合うスポーツだということを理解してほしい。常に変化して、同じシチュエーションが一つも存在しない。ピッチ上で起こり得ることは全て“カオス”が生じ、そのカオスを整理する能力が指導者として大切なことなのです。

カオスを生む要素として、戦術、テクニック、フィジカル、外的要因、コントロールできる内的要因が関係します。(ジョゼ)モウリーニョが『カオスを生むこれらの要素を個別に切る取ることはできなく、総合的に考える必要がある』と話していましたが、私たちも同じ考え方。つまり指導者には、一度きりのシチュエーションに最適解を見出すためのあらゆる知識が求められます。必然的に原理・原則を抑えた上で、ある程度の統一性を持たさないといけない。この原理・原則、統一性とは何なのかを突き詰めてフォーマット化する。その点はラ・リーガとして近年で最も大切にしてきた部分です」

イニエスタの才能は埋もれていたかもしれない

フロリート氏はさらに具体的に、クラブ、選手の名前を挙げながら話を続ける。

「具体的な例を挙げて説明しましょう。スペインでは、15年ほど前から育成に関する考え方は大きく変わりました。それまでは各クラブがほとんど情報共有することなく、各クラブが独立して育成を行っていた。そして、育成年代でも結果や順位、成績などを重視する指導者が多かった。理論やメソッドをアウトプットするという考えはほとんどありませんでした。本来であればカンテラは全て選手の成長を最優先に考えるべきですが、レアル・マドリードやFCバルセロナというクラブですら、結果を重視する指導者が少なくなかった。ただ、各クラブの財産といえるメソッドを自分たちだけのクローズな情報として処理するのはスペイン全体の損失で、ひいては世界のサッカー界にとってマイナスとすらいえます。そこで私たちラ・リーガは、各クラブが集まり情報共有して、育成プログラムを作成していくということを目的としたプロジェクトを立ち上げました。それは『ラ・リーガ トレーニング HUB』と呼ばれるもので、現在は全22クラブが協力のうえ、育成のベースとなるプログラムを作成するまでになったのです。

最初はクラブに足繁く通い、各担当と関係を作るところからスタートしました。ここに至るまでは多くの年月と労力を要しましたが、そういった指針を作ることもリーグにとって重要な仕事といえます。今ではクラブ側にある程度リーガの指針を伝え、そのチェックを行う段階までになりました。私たちのプログラムは世界55カ国に配信しており、世界中の指導者育成に貢献するものとなったという自負があります。

そして、才能ある選手の取りこぼしもなくなる一つの要因となった面もあります。一つ(アンドレス)イニエスタの例を挙げましょう。彼の年代の選手はちょうどターニングポイントでもあり、育成方針の変わり目の時代でもありました。カンテラ(育成組織)時代から抜群の技術を見せていましたが、小さな体でフィジカル的にも恵まれないイニエスタという選手には賛否が分かれていた。当時のディレクターの『短所ではなく特徴を伸ばす育て方をしよう』という一声が前例を変え、彼をトップ選手へと誘うキッカケとなった。もし彼がいなければイニエスタの才能は埋もれていたかもしれません。つまり、指導者の視点や能力により、選手の運命は変わるリスクがあるということです。そういったミスリードを少しでもなくすため、また判断を助ける要素としてプログラムを作成し始めたんです」

ラ・リーガが定義する良い指導者とは?

ラ・リーガの育成のメソッドは大きく分けて4つの項目に分かれる。1つ目から順に簡易戦術、試合で使える技術、サッカーに必要なフィジカル、そしてメンタルだ。驚くのはこの4つから派生し、実に100のプログラムが組み込まれていることだ。そして、全世界共通のものとして展開されているという。

「私たちが定義する良い指導者とは? それは、変動性が高いサッカーというスポーツをロジカルに捉え、かつ一つひとつ丁寧に選手に落とし込めるということが挙げられます。競技の本質、原理・原則を理解した上でアクションに起こせる人物ともいえるでしょう。

(ジョゼップ)グアルディオラは2011-12シーズンのバルセロナにおいてポゼッションサッカーをベースにチームを構築しました。一方、2014-15のバイエルンでは直線的なプレー、2、3本のパスでゴールを目指すサッカーにモデルチェンジしました。そして、マンチェスター・シティでは2つの要素をミックスしつつ、サイドチェンジを多用し、カウンターという要素も取り入れた。では、なぜ彼はスタイルを変えているのか。バルセロナ時代はシャビやイニエスタが中盤におり、バイエルンでは(ロベルト)レヴァンドフスキが前線にいた。そしてシティではサイドや前線にスピードがある選手が揃っていたからです。もちろんスペイン、ドイツ、イングランドという各リーグの特徴を踏まえた上で、選手の特徴を生かしたチーム作りを行っている面もあります。

アトレティコ・マドリードの(ディエゴ)シメオネにしても、前線がジエゴ・コスタ、(アントワーヌ)グリエーズマンや(アルバロ)モラタと入る選手によって戦い方を変えることができる。それができるからタイトルを獲得できる監督ともいえます。サッカーの本質をうまく理解できていない人がよく監督の名前を出して、『〇〇のサッカーは……』と言うことがありますが、そもそも根本が間違っています。

指導者がエゴを出して自分の目指すチーム作りをするのではなく、選手やチーム、対戦相手に応じて柔軟に戦い方を変えることができるから優れた指導者といえるのです。

指導者の柔軟性を育むためにベースとなる知識やノウハウを突き詰めていったところ、100のプログラムが必要となったという結論に至りました。背景にあるのは先程からも述べているように、サッカーが常に変動するため、さまざまなシチュエーションを想定した上で、複合的に捉える必要があるスポーツであるというのがわれわれの考え方です」

リーガ各クラブと関係が深いワカタケは理想的なパートナー

ラ・リーガと提携する企業は世界中に46社を数える。だが、育成面で提携という形のコラボレーションを果たしたのは世界中でワカタケが初となる。ラ・リーガとして日本という市場はどう映っているのか。

「われわれが本契約に至る上で重要視したのが、一方的なものではなく、お互いに成長できる関係ということです。まず日本には素晴らしい文化的水準を持つ国であり、教育レベルも高い。そして、サッカーの面でも育成年代の発展が目立ち、近年では国際大会でも少しずつ結果を残してきた国と捉えています。その結果、久保(建英)のように若くしてリーガで活躍する選手も出てきました。リーガとしても、彼らのような本当に才能がある選手の“道”を作る機会を創出することは将来的なプラスになると思っています。

日本企業とパートナーシップを結ぶことは、われわれリーガにとっても大きな学びの機会を得たと捉えています。そしてもう一つ、われわれスペインという国の育成や哲学を理解し、同じ理想像を持ってプログラムに取り組める相手と一緒に進めていきたかったということが挙げられます。単純にどちらの国の方法が正しい、ということではありません。その要素を比較した上で、自国の文化に還元できるか、ということが大切だからです。そういった意味ではラ・リーガの各クラブとの関係が深いワカタケは理想的なパートナーといえました。

最後に一つ私から言えることは、サッカーという競技は競技人口の全体の底上げが国の強化につながるということです。そして、底上げのためには良い指導者をたくさん育てることが重要です。全体の指導者の質という面は、現段階ではスペインが勝っている面でしょう。それは積み重ねと試行錯誤を重ねてきたという歴史の長さの違いがあるからです。もしわれわれのメソッドが日本サッカーの成長に少しでも寄与できることがあるとすれば、それはわれわれにとっても光栄なことですし、そうなることを願っています」

<了>

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