
「選手はプロ化を焦っていない」“なでしこのエース”岩渕真奈がWEリーグに対する「本音」
いよいよ2021シーズンから日本初の女子プロサッカーリーグとなる「WEリーグ」が開幕する。日本女子サッカー界をけん引してきた“なでしこジャパン”のエース岩渕真奈は、イングランド FA Women’s Super Leagueのアストン・ヴィラLFCへの移籍を決め、WEリーグへの挑戦ではなく海外でのチャンスにかけた。実際に選手たちは、女子サッカーのプロ化に対してどんな思いを抱いているのか? その本音と、日本女子サッカー界の未来への想いについて語ってくれた。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=大木雄介)
「選手はプロ化を焦っていない」
――2021年からINAC神戸レオネッサも含めWEリーグが創設されることになりましたが、日本女子サッカーのプロ化について一選手としてどう感じていますか?
岩渕:初めてのことだから当然いろいろな問題が出ることも分かるんですけど、選手泣かせというか……。やるからにはもう少し具体的に整って、(選手たちから)どんな質問が来ても返せる状況になってからスタートしてほしかった。そのほうが選手も入りやすいし、ワクワクする。スケジュールだけ決まってその他はまだきちんと決まっていない状態では、選手は不安を感じるので。そこはちょっと残念でした。
選手は(プロ化を)焦ってないんですよ、別に。多くの選手は「この時期に無理してやらなくても新型コロナウイルスが落ち着いてしっかり状況が整ってからでいいんじゃない?」っていう気持ちでいます。
――実際に海外でプロとしてプレー経験のある岩渕選手から見て、日本女子サッカーのプロ化をどう思いますか?
岩渕:想像がつかないですよね。「観客を増やします」と宣言だけしていて、実際にどうやって増やすのかという部分が分からないから、現実的に「本当に増えるのかな?」という疑問もあります。外国人選手が来るかもしれないですけど、基本的にはプレーする選手たちは変わらないので、どうやったら観客が増やせるのかも分からないし。
――Jリーグやプロ野球など他のライバルスポーツとも戦いながら集客をしなければいけないわけですから、なかなか簡単なことではないですよね。
岩渕:はい。しかも(日本)女子プロ野球リーグも存続の危機にあるとの報道もありましたし、アメリカですら過去存在していた女子サッカーのプロリーグが廃止に追い込まれていたぐらいだから、どうなんだろうっていう不安はすごくあります。
(編集部注:WUSA(アメリカ女子サッカーリーグ)/2001年-2003年、WPS(アメリカ女子プロサッカー)/2009年-2011年と過去存在していた2つのトップリーグが、いずれも予算難を理由に短期間で廃止)
それから、いま企業で正社員として働いている選手たちは、会社での待遇よりいい条件でプロ契約してもらえるのかっていうところも「はてな」がつくぐらいだから。サッカーで夢や、より高みを目指しているという選手たちだけじゃないと思うんですよね。安定を取りたい選手たちもいるから、難しいなと思います。
――なるほど。
岩渕:例えばノジマ(ノジマステラ神奈川相模原)の選手は、ノジマの正社員としてやっていてボーナスも出るし社員旅行もあってけっこう楽しんで働いている選手も多く、たぶん仕事が苦じゃない子たちなんですよ。
仕事に楽しみを持ちながらやっている選手たちもいる中で、プロにならなくても働きながらでいいですよっていう人も絶対いるじゃないですか。そのあたりはとても難しいですよね。
――女子の場合、選手キャリアも長くない人が多い中で、引退後はどうするかという問題もありますよね。岩渕選手は、今後の日本女子サッカー界にどんなことを望みますか?
岩渕:理想としては、プロリーグが長く続いて来場者も増えて、選手の条件が年々よくなるぐらい女子サッカーというものがうるおっていけば、その先に子どもたちが「女子サッカー選手になりたい」ってしっかり思える未来が来るはず。正直、スタートは難しくても我慢強く時間をかけて女子サッカーっていうものが広がっていったらいいなと思います。
「2024年のパリ五輪はもういいって言えるぐらい……」
――東京五輪が1年延期になることが発表されてからしばらく経ちましたが、あらためて2021年の大会に向けてどんな気持ちですか?
岩渕:いまでも2020年のうちに開催されていたらよかったっていう気持ちはやっぱりあるんですけど。でも、10月の合宿でこれまでにないくらい代表活動に充実感があったんですよ、自分の中で。試合は男子チームとしかやれなかったですけど。それでも、全員で切磋琢磨している感じというか、ピッチ内での熱が前より増えたなと感じて。そういう意味では、そういった時間を持てたことはポジティブなことなのかなと。
――こんなに長期間、代表ユニフォームを着なかった時期はなかったのでは?
岩渕:そうかもしれないですね。
――そう考えると、久々にユニフォームを着たらよりモチベーションも上がりますよね。
岩渕:そうですね、やっぱり(代表は)“好きな場所”なので、素直に楽しかったです。東京五輪が開催できることを願ってやるしかないので、あらためて頑張ろうっていう気持ちになりました。「頑張んなきゃ」ってお尻をたたかれたっていうか。そういう意味でもよかったなって思います。東京五輪に向けて半年間、コンディションだけは崩さずにイギリスで頑張りたいなと思ってるので、移籍を選択したことを後悔しないように頑張りたいです。
――岩渕選手が代表入りして何年になりましたか?
岩渕:11年目です。
――それだけ長い間なでしこジャパンにいるというのは、すごいことですよね。
岩渕:現時点でのビジョンとしては、2023年の(FIFA女子)ワールドカップは目指したいし、そこで2024年のパリ五輪はもういいって言えるぐらい悔いなくやるというのがいまの目標です。
<了>
「きっかけは2011」“なでしこジャパン”のエース 岩渕真奈が「勝負服」にかける想い[PR]
岩渕真奈はなぜ“今”海外へ行くのか? 「結局どこでやっていようが…」英国で新たなる挑戦へ
なぜ猶本光は日本に帰ってきたのか? 覚悟の決断「自分の人生を懸けて勝負したい」
岩渕真奈の好調は「腸腰筋」にあり。身体の専門家が施したトレーニング法とは?
岩渕真奈が振り返る、10代の葛藤 「自分のプレーと注目度にギャップがあった」
PROFILE
岩渕真奈(いわぶち・まな)
1993年生まれ、東京都出身。アストン・ヴィラLFC所属。ポジションはフォワード。小学2年生の時に関前SCでサッカーを始め、クラブ初の女子選手となる。中学進学時に日テレ・メニーナ入団、14歳でトップチームの日テレ・ベレーザに2種登録され、2008年に昇格。2012年よりドイツ・女子ブンデスリーガのホッフェンハイムへ移籍し、2014年にバイエルン・ミュンヘンへ移籍、リーグ2連覇を達成。2017年に帰国しINAC神戸レオネッサへ入団。2021年1月よりイングランド FA Women’s Super Leagueのアストン・ヴィラLFCへ移籍。日本代表では、2008年FIFA U-17女子ワールドカップでゴールデンボールを受賞、世間からの注目を集めるようになる。以降、2011年女子ワールドカップ優勝、2012 年ロンドン五輪準優勝、2015年ワールドカップ準優勝、2019年ワールドカップ・ ベスト16に貢献。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
高校ラグビー最強チーム“2006年の仰星”の舞台裏。「有言実行の優勝」を山中亮平が振り返る
2025.02.14Career -
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
「やるかやらんか」2027年への決意。ラグビー山中亮平が経験した、まさかの落選、まさかの追加招集
2025.02.07Career -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion -
前人未到の高校女子サッカー3連覇、藤枝順心高校・中村翔監督が明かす“常勝”の真髄
2025.02.06Opinion -
一流選手に求められるパーソナリティとは? ドイツサッカー界の専門家が語る「実行に移せる能力」の高め方
2025.02.03Opinion -
柿谷曜一朗が抱き続けた“セレッソ愛”。遅刻癖、背番号8、J1復帰、戦術重視への嫌悪感…稀代のファンタジスタの光と影
2025.02.03Career -
「アスリートを応援する新たな仕組みをつくる」NTTデータ関西が変える地域とスポーツの未来
2025.02.03Business -
卓球・17歳の新王者が見せた圧巻の「捻じ伏せる強さ」。松島輝空は世界一を目指せる逸材か?
2025.01.30Career -
最多観客数更新のJリーグ、欧米女子サッカービジネスに学ぶ集客策。WEリーグが描く青写真とは?
2025.01.28Business -
4大プロスポーツ支えるNCAAの試合演出。「ジェネラリストは不要」スポーツエンターテインメントはどう進化する?
2025.01.28Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion -
前人未到の高校女子サッカー3連覇、藤枝順心高校・中村翔監督が明かす“常勝”の真髄
2025.02.06Opinion -
一流選手に求められるパーソナリティとは? ドイツサッカー界の専門家が語る「実行に移せる能力」の高め方
2025.02.03Opinion -
高校サッカー選手権で再確認した“プレミアリーグを戦う意義”。前橋育英、流経大柏、東福岡が見せた強さの源泉
2025.01.20Opinion -
激戦必至の卓球・全日本選手権。勢力図を覆す、次世代“ゲームチェンジャー”の存在
2025.01.20Opinion -
なぜブンデスリーガはSDGs対策を義務づけるのか? グラスルーツにも浸透するサステナブルな未来への取り組み
2025.01.14Opinion -
フィジカルサッカーが猛威を振るう高校サッカー選手権。4強進出校に共通する今大会の“カラー”とは
2025.01.10Opinion -
なぜバドミントン日本代表は強くなったのか? 成果上げた朴柱奉ヘッドコーチの20年と新時代
2024.12.29Opinion -
「すべて計画通りに進んだ」J1連覇の神戸・吉田孝行監督が示した日本サッカー界へのアンチテーゼ
2024.12.24Opinion -
昌平、神村学園、帝京長岡…波乱続出。高校サッカー有数の強豪校は、なぜ選手権に辿り着けなかったのか?
2024.12.13Opinion