
「タトゥーは運動能力を低下させる」? ドイツの大学教授が指摘するタトゥーのリスク
近年、海外のスポーツ選手たちがそれぞれに自己表現やファッションの一つとして思い思いの文字や絵のタトゥーを入れているのを当たり前のように目にする。日本においても広がりつつある一方で、いまだマイナスのイメージも強くタトゥーを巡る議論は絶えない。ところで、アスリートがタトゥーを入れることにより健康とパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのだろうか? ドイツのケルン体育大学教授に、スポーツ医学の観点から見たタトゥーについて話を聞いた。
(インタビュー・構成=土佐堅志、トップ写真=Getty Images、撮影=Sebastian Bahr)
タトゥーがスポーツ選手の健康とパフォーマンスに及ぼす影響とは
昨年大みそか、WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチのリングに上がった井岡一翔の左腕には大きなタトゥーが入れられていた。JBC(日本ボクシングコミッション)の規定ではタトゥーを入れた選手の試合出場は禁じられていることから、井岡の行動がその後賛否両論の飛び交う大きな問題に発展したことは記憶に新しい。
しかし、「公序良俗に反する」としてタトゥーを規制することの是非の他に、「タトゥーがスポーツ選手の健康とパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのか」という視点からの議論も必要なのではないか。井岡の騒動について情報を集めていた中でそうした考えが浮かんだことから、ドイツのケルン体育大学でけがの予防とリハビリについて長年研究を行っているインゴ・フロベーゼ教授に、スポーツ医学の観点から見たタトゥーについて話を聞いた。
ドイツでタトゥーを入れているサッカー選手の割合は27.75%
日本ではまだまだ反社会的イメージが強いタトゥーだが、例えばヘルシンキ大学(フィンランド)のニコラス・クルーガー教授が発表したデータによれば、2012年にアメリカとフランスで実施したタトゥーの有無を問うアンケートでは、アメリカでは全体の21%、フランスでは17%がタトゥーを入れていると回答。欧米ではタトゥーが自己主張あるいはファッションの一つとして既に一定の支持を得ている。また、ドイツメディア「VICE」が2017-18シーズンにブンデスリーガでプレーしたサッカー選手を対象にして、各クラブが公表している画像やSNSに投稿されている画像をもとに実施した調査でも、タトゥーを入れている選手の割合は27.75%に達するなど、タトゥーはスポーツ界にも広く浸透しつつある。
しかし、その一方でタトゥーが人体に及ぼす健康上のリスクについても欧米では以前から盛んに指摘されていて、2017年にアルマ大学(アメリカ)のモーリー・リュートケマイヤー教授が発表した研究論文では、タトゥーを入れた箇所で皮膚の発汗機能の顕著な低下が確認されている。また、今回インタビューを依頼したフロベーゼ教授も、「体に毒を入れる行為に等しい」とした上でタトゥーが持つ健康上のリスクに警鐘を鳴らしている。
「タトゥーに使われているインクにはニッケルやコバルトなどさまざまな人工の化学物質が含まれていて、インクが皮膚のより深い場所へ浸透することでそうした化学物質が血管やリンパ節の内部にまで入り込み、体内の血液循環や免疫機能が阻害される恐れがある。緑色もしくは青色のインクが使用された場合は、それらに含まれている特有の化学物質によって他の色よりさらに大きな影響を人体は受けることになり得る」
タトゥーにより運動能力は低下するのか
また、タトゥーを入れた後は皮膚の炎症のような急性的な症状だけでなく、運動能力も低下するとフロベーゼ教授は主張する。
「タトゥーによって体内が汚染された場合、人体の解毒作用を担う肝臓には過度の負担がかかり、同時に体内の新陳代謝等の活動は全て解毒作用に必要なものから優先して行うようになる。そのため、タトゥーを入れた直後は運動に投入できる体内のエネルギー量が以前よりも少なくなり、それによって運動のパフォーマンスもタトゥーを入れる前より3%から5%ほど低下してしまう。この状態は、2、3週間から長い場合には数カ月ほど続くこともある」
タトゥーの健康および運動能力への影響については、実際のところまだ結論が出ていない。
前述のタトゥーによる発汗機能の低下の研究についても、その後グリフィス大学(オーストラリア)のイーサン・ロジャーズ教授らが2019年に「発汗機能はタトゥーに影響されない」と結論づけた研究論文を発表している。インタビュー前にタトゥーをめぐるこうした議論の存在を把握し、「異なる研究結果が報告されているのは、実験に参加した被験者がタトゥーを入れた時期が違うからではないのか。つまり、タトゥーによって低下した人体の機能や運動能力が、時間の経過とともに回復する可能性もあるのではないか」という仮説が頭に浮かんでいた。
このことについてフロベーゼ教授に尋ねたところ、「その仮説は基本的には正しい」とした上で、以下のように説明してくれた。
「アスリートとしてのリスク」も懸念が必要
「タトゥーが人体に与える影響を左右する主な要因は、タトゥーを入れた場所とその大きさだ。発汗機能についていえば、頭部や胸部付近と手足では皮膚に存在する汗腺の数に大きな違いがある。これまでの先行研究では被験者のタトゥーの場所と大きさが統一されていなかったため、実験結果にも差が生じていた。
それから君が予想したように、タトゥーを入れることで生じるデメリットを、その後のトレーニングなどによって補うことは可能だ。水分を多めに取って体内の解毒作用を促すといったことも一つの方法として挙げられる。ただし、タトゥーを入れた直後に出るさまざまな悪影響をゼロにすることは不可能であり、人体の基本的な機能が悪化することによる一定期間の運動能力低下も避けられない。そのことはほんのわずかな差をめぐって争うトップレベルのアスリートにとっては大きなビハインドとなる。そのことをわれわれはよく考えなければならない」
タトゥーによって人体の機能が一時的に低下し、それによって運動のパフォーマンスも落ちる。その度合いと持続期間はタトゥーを入れた場所と大きさが関係していて、タトゥーを入れた後の措置でタトゥーによって被った影響を軽減あるいは縮小することはできても、影響そのものを完全になくすことはできない。これがフロベーゼ教授のタトゥーに関する見解のようだ。
日本でもファッションの一環や自己表現の方法の一つとして、これからタトゥーを入れるアスリートの割合がますます増えていく可能性もある中、一時的ではあるにせよパフォーマンスの低下を招きかねないリスクを負ってでもタトゥーを入れるべきなのかといったことについても今後はより活発に議論されていくべきではないだろうか。
<了>
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PROFILE
インゴ・フロベーゼ(Ingo Froboese)
1957年生まれ、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州ウンナ出身。ケルン体育大学運動セラピー・予防・リハビリテーション研究所長。研究活動の傍ら数多くのスポーツクラブで顧問を歴任し、『Die Gesundheitsformel der 100-Jaehrigen』(ZS Verlag GmbH)など著書も多数出版。
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