浦和L・安藤梢と猶本光が抱く「危機感」。女王として挑むWEリーグ開幕への“覚悟”

Opinion
2021.05.26

いよいよ開幕が今秋に迫ったWEリーグ。現在は三菱重工浦和レッズレディースに所属し、海外リーグでのプレー経験も持つ安藤梢と猶本光は、日本初の女子プロサッカーリーグに対してどのような思いを抱いているのか? 2人は共に筑波大学の大学院を卒業し、安藤は今年3月に同大学の助教に就任。多角的な視点でサッカーを見つめ続ける2人がそろって口にしたのは、新リーグ開幕を目前に控えた“危機感”と、昨年のなでしこリーグ女王としての“覚悟”だった。

(文=中野吉之伴、写真=GettyImages)

壮大な理想を追うWEリーグに抱く“危機感”

9月に開幕を迎える日本初の女子プロサッカーリーグ・WEリーグは「女子サッカー・スポーツを通じて、夢や生き方の多様性にあふれ、一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する」という理念と「世界一の女子サッカーを。世界一アクティブな女性コミュニティへ。世界一のリーグ価値を」というビジョンが掲げられている。

公式ホームページに書かれているように「性別に囚われない夢の抱き方が生まれる。多様な生き方への可能性が生まれる。あたらしい幸せのあり方が生まれる」という壮大な理想の実現に向けて、女子サッカー界が一歩を踏み出すことは素晴らしいことだ。

ただ理想を掲げることは簡単な一方、それを実践するのは困難なことだ。運営サイド、クラブ関係者、選手、そしてファンの思いが同じ方向へ向かっていくことが求められる。

実際に選手たちはどのようにこの新しいリーグを受け止めているのだろう? どんなリーグになってほしいとイメージし、どのような取り組みでファンに喜んでもらいたいと考えているのだろう?

今回は三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢と猶本光の2人に話を伺い、新しいリーグへの思い、自分たちのやるべきこと、チーム内における自分たちの立ち位置などを選手目線で語っていただいた。

安藤「(WEリーグ開幕を控えて)私は今自分たちのプレーでお客さんを魅了できるのかという危機感を強く感じています。コロナ禍ということもありますが、レッズレディースでも観客数が2000人まではなかなか入りません。岡島(喜久子)チェアは目標として5000人以上に見ていただくリーグにとおっしゃいますし、そうなるためには自分たちが試合に来てくれる人や女子サッカーに興味を持ってくれる皆さんを魅了できるプレーをしなくてはいけないと思います」

猶本「私も同じような危機感は感じています。またサッカー面でも日本のリーグで勝てるサッカーと世界で勝てるサッカーとは違うなと感じているので、WEリーグで優勝するようなチームは世界とも対等にやれますよ、というレベルにならなくてはと思います」

くしくも2人は同じく“危機感”という言葉を口にした。

猶本光がドイツで見て驚いた光景。持ち帰った武器

プロリーグが始まることで自分たちが担う責任や役割は増えてくる。一生懸命頑張るのは当然として、プラスアルファを創出することが求められる。おそらく選手たちは「これまで以上にいいプレーをしないといけない」「お客さんにまた見にきたいと思ってもらえるようなクオリティを発揮しないといけない」という重責を少なからず感じているはずだ。

では具体的にどういうプレーを大事にして、どういう存在としてチームの中でやっていきたいと思っているのだろうか? どんなプレーを突き詰めていけば、観客を魅了することができるのだろう?

猶本「やっぱり(サッカーは)シュートシーンを見るのが一番面白い。中盤でつないでいるところもサッカーをよく知っている人が見ると面白いかもしれないけれど、サッカーに詳しくない人でも楽しんでもらえるのはシュートシーン、ゴールシーンだと思うので、そういうシーンをどんどん増やしていけるようにしたいなと思います」

なぜ、なんのために、どのように。それはサッカーというスポーツの本質についての問いへとつながる。サッカーはゴール数が勝敗を分けるスポーツ。日本ではパス回しやポゼッションの練習が多い傾向があるし、そこに強みを持つこと自体はポジティブなことだ。一方でドイツではトレーニングでゴール前での練習やシュート練習が多かったと2人は話す。

猶本「ドイツではシュート練習がすごく大切にされていました。試合前に隣でバイエルン・ミュンヘンやヴォルフスブルクがウォーミングアップをやっている時に、キーパーも一流なのに、ほとんどの選手がシュートを決めていて、それには本当に驚きました。『一流の選手はシュートが本当にうまい』。言葉にすると簡単に聞こえると思いますけど、この差はすごく大きな差だとドイツで強く感じました」

安藤「(猶本)光はドイツで、最後にシュートを決める選手になることをすごく学んできたみたいです。それにプラスしてレッズレディースに戻ってきてからフリーキックも武器にしました。トレーニングしているのを横で見てきたので、そういうところでも期待しています。光がボールを置いた時に観客がみんな注目して、決めてくれるんじゃないかという気持ちになっているのがベンチにいてもよく分かるので、さらに磨きをかけていってほしいですね。シュート練習もいろいろな形で研究しながらやっているので、注目してほしいです」

今もなお成長を続ける“ねえさん”のすごさ

一方、猶本から見た安藤の魅力とはどこだろう? 9月のWEリーグ開幕時には39歳になる。どうしても年を重ねると瞬発力系の衰えは隠せなくなってくる、はずだ。だが安藤は今でもファンを魅了する武器となるレベルにあるという。

猶本「やっぱりすごいのはスピードですかね。皆さんが観客席から見ていても『速い!』と感じるプレーができるのは魅力的です。あとシュートがうまいというのは誰もが評価する部分だと思いますが、(安藤梢)ねえさんは『自分はシュートが下手だった』って言っていたんです。でもそれは、今もなお成長し続けている証拠だと思うので、そこも注目ポイントかなと思います」

安藤「仲間にも(シュートが)うまいって言ってもらえて、密かにうれしいです。もともとシュートはすごく下手でしたが、いろいろ考えながらトレーニングしていたらまだまだうまくなれると思いました。一緒にトレーニングして、動画を撮って指摘し合ったり、改善したり、光から学んだこともすごくあります。シュートの技やポイントなど、自分が習得したことを若い選手にもつなげて、みんなで強くなりたいです」

「サッカーに同じシーンはない」とはよく言われるが、「同じようなシーン」はある。そこをどのように整理していくかが選手の成長には欠かせない。安藤と猶本は試合中にシュートを外すことがあれば、似ているトップ選手のシーンを動画でピックアップして、技術的にどういうところがポイントなのか話し合ってトレーニングを行うという。昨季はそうした取り組みの成果が出て、同じような得点パターンを再現できている。

2人ともとてもこだわりが強く、研究熱心だ。疑問に思うこと、納得のいかないことをそのままにはしておかない。飽くなき追及を繰り返し、常に成長へと結び付けようとする。

「メンタルを調整する技は経験」

安藤「私は筑波大学ではトレーニング実験をずっとやっていたんです。自分自身が被験者になって『チーム梢』を大学2年時から続けてきましたが、そこに光が入ってきた時、自分以上にすごいこだわりを持った子が来たなって思いました。いつもサッカーの動画を見ていろいろ研究したり分析したりしていますね。自分もよく動画を見たりするのですが、光はもっと細かく見ています。逆に細かく見すぎたり、分析しすぎてしまうがために、求めるプレーのイメージが高すぎて自分で自分を苦しめてしまうこともある」

猶本:「ありますね(笑)。入ったゴールも『入ったけどこの動作はダメだった』とか。でも、考えに考え抜いた後に見えるものもあるから」

安藤:「すごいシーンで決めたのに光本人は全然満足してなくて、『メッシだったらこういうところをこういうふうにしてる』って説明してくる。入ったんだから喜べって思いますけどね(苦笑)。でもそういうこだわりが次の成功や成長につながっているから、それが彼女の良さだなって思います」

うまくいかない時の対処法は人それぞれ。誰にでも当てはまる最高の対処法なんてない。それぞれ状況と立ち位置、その時の気持ちなどさまざまな要素が関わってくる。それだけに猶本にとって数多の経験を積み重ねた大先輩がそばにいる意味は大きい。

猶本「ねえさんは気持ちの切り替えが上手だから、いい塩梅でアドバイスを返してくれます。あとねえさんは落ち込まない。反省はするけど、それでも『いいや、忘れちゃえ』みたいなところもあるから、自分もそれくらい切り替え上手になりたいって思います」

安藤「それは多分、経験です。長く深く落ち込むことも今までたくさんありましたけど、サッカーって次々に試合がありますし、そこで悪かったところがしっかり分かれば、次はこうすればいいやって切り替えていけばいいので。そこのメンタルを調整する技は経験だと思います」

以前、フランクフルトの長谷部誠が「30歳を過ぎてからはガツガツ行くだけじゃなくて、いろんなことを考えてメンタルもコントロールできるようになった」と話していたのを思い出す。人それぞれ周期もタイミングも違うだろうが、いい意味で受け流す、鈍感でいることができる人は強い。ただ忘れているだけでは何も身につかないが、それまでにさまざまな経験を重ね、それぞれの経験から学び、確かな土台を築き上げた人は、そこで自分なりの最適な対処法を身につけることができる。

レジェンドの背中で語られる“情報の質”と相乗効果

安藤「自分の中で体も心もすごく良いって感じられるようになったのが29歳くらい。2011年の(FIFA女子)ワールドカップの時くらいからだったんですけど、その頃からいろいろな経験をしてメンタル的にも落ち着いて、バランスが良くなってくるのかもしれないです。光は今何歳だっけ?」

猶本「27歳です」

安藤「私から見ると、自分が27歳の時よりもすごくいろいろなことが見えていて、落ち着いているなって思います。レッズレディースにも、自分が20代の時よりもしっかりしているなって思う選手は他にもいるので、これからがすごく楽しみです」

日本代表で、ドイツの地で、そしてレッズレディースで安藤は本当にいろいろな経験をしてきている。彼女の立ち振る舞いや取り組み方、考え方は間違いなく若手選手にいい影響を及ぼしているようだ。今では安藤のルーティンを真似する選手が増えてきているという。

猶本「けっこういますね。梢ねえさんが試合前に何か食べていたら、『それ、何ですか?』って自分も食べてみたり、何か飲んでいたらそれを飲みたいとか」

安藤「それ、ほんと?(笑)」

猶本「ねえさんが途中出場の時、強度も距離も足りないからと、試合後にプラスで走ったりしているんですけど、それに若い選手たちも加わって一緒に走ってますよ」

安藤「そうですね。試合で出場時間が短かったら後から自分で走りますが、最初は(私からサブの選手に)『やるぞー!』って言っていたのが、最近は若い選手たちから『やりたいです』って言ってくれたりしますね」

大先輩の背中で語られる情報の質。豊富な経験と数々の輝かしいキャリアを歩んできたレジェンドが、寡黙に自分と向き合い続ける姿を見せている。ベクトルが逆になることもあるだろう。安藤自身もひたむきな若手のチャレンジに刺激を受ける。そんな相乗効果が持てたら最高だ。

三菱重工浦和レッズレディースだけに限った話ではなく、それぞれの選手が、それぞれのチーム同士が互いに認め合える環境の中で成長していってほしい。

飽くなきハングリーさで自分と向き合い、妥協せずに成長のために取り組み、プロフェッショナルを追い求め、誇りを持ってピッチに立つ。

そんな彼女たちのリアルな戦いを楽しみにしたいではないか。

<了>

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