堂安律、失いかけた“らしさ”を取り戻せた1年前の決断。東京五輪での輝きを確信する理由
堂安律にとって特別な舞台が間もなく始まる。「10」を背負う自国開催の五輪で、目標に掲げる金メダル。道のりは決して容易ではない。だがそれでも、この男なら何かやってくれそうな気がする。
一度は“らしさ”を見失い、ネガティブに陥った。再び輝きを取り戻せたのは、あるたった一つの決断から始まった――。
(文=藤江直人、撮影=高須力)
東京五輪で「10」を背負う堂安律。楽しそうにプレーする姿が帰ってきた
思い描くゴールにたどり着くには、いくつものルートが存在する。最短距離で駆け抜ける選手もいれば、急がば回れとばかりに、あえて回り道に映る選択をする選手もいる。
今夏の東京五輪に臨むU-24日本代表に選出され、これまでのサッカー人生で縁がなかった「10番」も託された堂安律は、サッカー人生の目標をこう思い描いてきた。
「特別な選手に、何か違いを生み出せる存在になりたい」
中学生年代からガンバ大阪のアカデミーで育ち、2016シーズンに飛び級で昇格したトップチームを経て、19歳になった直後の2017年6月にオランダ・エールディヴィジのフローニンゲンへ期限付き移籍。翌年5月には買い取りオプションが行使された。
そして、2019年8月にはエールディヴィジで歴代2位の21回の優勝を誇るPSVアイントホーフェンへ完全移籍。1913年に創立された名門クラブの歴史上で初めての日本人選手として出場機会を重ねていくたびに、実は胸中に違和感を募らせてきた。
「PSVでは自分の周りにスーパーな選手がいる分、自分が1対1で仕掛けるのをやめて、味方へのパスを選択する場面が多くなっていった。少しずつですけど、プレースタイルが自分らしくないというか、ネガティブなものになっていったと感じていました」
ビーレフェルトへの移籍は、出場機会が理由ではなかった
迎えた昨年9月。堂安は大きな決断を下した。12シーズンぶりにブンデスリーガ1部へ挑むビーレフェルトへの期限付き移籍が、開幕直前の段階で急きょ発表された。
エールディヴィジからヨーロッパ5大リーグの一つ、ブンデスリーガ1部への移籍はもちろんステップアップとなる。対照的に名門のPSVから昇格組のビーレフェルトへの移籍は決してそうは映らない状況を、誰よりも堂安自身が理解していた。
「チームの格でいえば、もちろんPSVの方が上であることは僕も分かっています。周囲にとってはPSVで活躍した方がさらにビッグクラブへ移れるとか、あるいは成長するための近道に見えがちかもしれません。ただ、少し遠回りに映るかもしれませんけど、僕にとっては強くなるため、うまくなるための一番の近道だと感じて決断しました」
結果を先にいえば、ビーレフェルトではリーグ戦の全34試合でピッチに立った。そのうち先発は33回を、プレー時間は全体の94.1%にあたる2879分をそれぞれ数えた。
ブンデスリーガ1部でプレーした日本人選手では、1982-83シーズンの奥寺康彦氏(当時ヴェルダー・ブレーメン)以来、38年ぶり2人目となるリーグ戦全試合出場の快挙。それでも堂安は「試合に出られるかどうかで、選んだわけではありません」と振り返る。
「大きな成長曲線を描きながらさらに化けていくためには環境を、つまりプレーする国を変える、というのが一つの選択肢になっていました。実際、国によるスタイルの違いはこんなにも大きいのかと、新鮮な気持ちでプレーできました。オランダは3点取られても4点取ればいいという攻撃的なスタイルでしたが、ドイツは例えば1-0で勝つとか、堅い展開になる試合が多い中で守備の仕方もまったく違うと感じていました」
「正義感にも近い気持ちで」。サッカーの楽しさを思い出させてくれた
ビーレフェルトではウーヴェ・ノイハウス前監督、そして今年3月から指揮を執るフランク・クラマー監督から重用され続けてきた。ブンデスリーガの舞台で無我夢中になって戦ってきた過程で、堂安はフローニンゲン時代と同じ感覚を抱くようになった。
「家族感というか、チームのコンセプトやフィロソフィーでは似たような部分がありました。小さな規模ながら中心選手として僕を扱ってくれた点も含めて、2チームともすごくプレーしやすい環境に身を置かせてもらえたのが共通点ですね」
新天地へ抱いた親近感は、程なくして感謝の思いに変わっていく。5月22日のシュトゥットガルトとの最終節。先発した堂安は1-0で迎えた72分に貴重な追加点をゲット。ビーレフェルトの1部残留を決定づけた殊勲のヒーローになった。
「僕に再び自信を与えてくれたチームを、2部に落とすわけにはいかない。正義感にも近いような気持ちを抱きながら、監督やチームメートたちに感謝しながら、ビーレフェルトのために最後まで走り切ろうと、すごくピュアな気持ちでサッカーを楽しめました」
天国と地獄とを分け隔てる最終節を戦った心境をこう振り返った堂安は、PSVで失いかけていた自分らしさを取り戻し、再び成長できたという感覚を手土産に帰国した。
「変化を恐れることなく、いろいろな部分で成長を遂げたいという気持ちを忘れずにプレーできた中でよみがえった感覚があります。プラスアルファとして、ヨーロッパの5大リーグの一つで、そういう気持ちを表現できたのは成長なのかな、と」
ドリブル成功数はブンデスリーガ4位。それでも「明らかに足りていない課題」
よみがえった感覚は明確な数字を介して具現化された。シーズン終了後に発表されたドリブル成功数で71回を記録した堂安は、リーグ全体で堂々の4位にランクされた。
「最初の2~3カ月は自分から積極的に、一度失っても何回も仕掛けていくという気持ちがありました。無理な体勢からでも仕掛けるというか、もう一度感覚を研ぎ澄ますような感じで練習から取り組めた中で、もうちょっとするとチームメートたちからの信頼も増してきて、僕にパスを出して『行ってくれ』という状況も増えてきました」
自分の意識の変化と、周囲から寄せられる信頼の厚さとの相乗効果というべきか。シーズンが深まるごとに手応えをつかんだ堂安のドリブルには、がむしゃらに仕掛けたガンバやフローニンゲン時代と比べていい意味での変化が生じ始めている。
「あからさまに仕掛けにいくドリブルだと、実は相手のディフェンダーにとっても分かりやすい。その中で味方へのパスをちらつかせるというか、ボールを運ぶようなドリブルを見せながら仕掛けていった方が、緩急がついて逆に相手を剥がしやすいと気が付きました。自分のストロングポイントである仕掛けるという部分に対して、いろいろと見つめ直す上でも非常にいいシーズンになったと思っています」
チームの中で特別な存在であり、違いも生み出せる選手への第一歩を力強く踏み出せた一方で、アタッカーの絶対的な指標であるゴール数には満足していない。チーム最多タイとなる5ゴールをマークしても、堂安は「インパクトに欠けた」と反省する。
「数字が明らかに足りていないところが僕の課題です。それは(昇格組の)ビーレフェルトだから、というわけにはならないし、上へいく選手はそういうチームでも数字を残す。フローニンゲンで得点数が評価され、PSVでちょっと得点が取れなくなったときにチーム内の序列が下がったことを考えれば、欲をいえば2桁を取りたかった」
フローニンゲン時代に通算で「15」を数えたエールディヴィジでのゴールが、PSVでは一転して「2」に激減。周囲を驚かせた末に移ったビーレフェルトでの戦いで再び「5」に転じさせた軌跡を、堂安はいい意味でU-24代表での戦いにつなげた。
東京五輪オーバーエイジ3人の名前を見て抱いた感情
6月に組まれた2つの国際親善試合、5日のU-24ガーナ代表戦と12日のジャマイカ代表戦の両試合でゴール。2018年9月の森保ジャパンの発足後はA代表に軸足を置いてきた堂安にとって、意外にも東京五輪世代のチームで初めて決めたゴールだった。
ブンデスリーガ1部の最終節を目前に控えていた5月20日。堂安は日本サッカー協会から発表された6月の国際親善試合に臨むU-24代表の顔ぶれを見て、A代表と兼任する森保一監督のメッセージを感じずにはいられなかった。
3人まで招集できるオーバーエイジはセンターバックの吉田麻也、右サイドバックの酒井宏樹、そしてボランチの遠藤航と全て守備的な選手で占められていた。
当初は名前が挙げられていたFW大迫勇也は、最終的には名を連ねなかった。守備をA代表の常連選手で固めた上で、ゴールを奪う仕事は東京五輪世代に託されたわけだ。
「オーバーエイジの3人を見た時に、正直、僕もそれを感じました。監督から直接言われたわけではないけど、前線の選手たちが信頼されているというか、しっかりやってくれというメッセージですよね。なので東京五輪前にアピールしなければいけないし、選んだのが間違いではないと信じさせるのが、僕たち前線の選手の仕事だと思っています」
こう語った堂安はU-24ガーナ戦、そしてジャマイカ戦と右サイドハーフで先発。両試合にトップ下で先発した久保建英、左サイドハーフの相馬勇紀(U-24ガーナ戦)、三笘薫(ジャマイカ戦)と、東京五輪本番を見据えた2列目のコンビネーションを具現化させた。
「こう言うと正しいのかどうか分からないですけど、感じたままに動いて、感じたままにプレーするのが、僕とタケ(久保)の良さを最も引き出し合えると思っています」
左利きのアタッカー同士だからこそ生まれるあうんの呼吸で、久保と頻繁にポジションチェンジを繰り返し相手を翻弄(ほんろう)した堂安は、相馬や三笘との関係にもこう言及した。
「相馬くんや三笘くんは僕たちとはタイプが違うし、彼らの特長を消してはいけないと思っていた。なので真ん中で攻撃を構築するところは僕とタケとでポジションを入れ替えながら、あとは(遠藤)航くんや(田中)碧とでうまくやりながら、1対1で剥がせる彼らには左サイドに張っていて、最後のところで顔を出してほしいと話しています」
自信を取り戻した「10番」は、必ずや東京五輪の舞台で輝きを放つ
U-24代表に招集されていた今月9日に、ビーレフェルトは堂安の退団を発表した。買い取りオプションの行使を目指していたが、コロナ禍で減収を余儀なくされた状況下で、500万ユーロ(約6億6000万円)の違約金はあまりにも高額だった。
「遊び心や創造性、驚きの連続によって、(堂安)リツは瞬く間に相手チームが非常に守りにくい武器へと成長を遂げました」
堂安との別れを惜しむかのように、ビーレフェルトはクラブの公式SNS上にこんな言葉を掲載した。日本の地にいた堂安も、もちろん思いをシンクロさせた。
「相手をいなすプレーというか、遊び心がないと見ている人も楽しくないし、見ている人が楽しんでくれないと自分も楽しくないし、自分が楽しめなければ調子自体も悪くなっていく。そういうリンクをさせないように、かなり意識しながらプレーしてきました」
2020-21シーズンをこう振り返った堂安は、ビーレフェルトに加入したばかりの映像を見直すたびに、「ボールを受けたときに、焦っている自分が見て取れました」と明かす。だからこそ、楽しみながらプレーする原点を取り戻させてくれた日々を忘れない。
「プロになれば楽しいことだけじゃなく、いろいろなことがある。ビーレフェルトでも点が取れず、苦しい時期ももちろんあったけど、その中でもチームが常に僕に自信を与えてくれた。そういう立場を与えてくれたチームの全員に、本当に感謝しています」
日本サッカー協会から発表された東京五輪に臨む18人の代表メンバーのリストで、堂安の所属は「PSVアイントホーフェン」に戻されている。新シーズンへ向けた去就は現時点で未定だが、今は目の前に迫る母国開催の戦いへ思いを集中させる。
「まずはしっかりと1シーズン戦ってきた体と頭を休ませる。そして、7月に入ったらギアをもう一段階あげて、特にメンタルを集中してつくり上げていきたい」
名門クラブからあえて離れる英断が自然体でのプレーをよみがえらせ、ピッチ上の主役を自負する“らしさ”をも身にまとわせた。23歳になったばかりの堂安は「10番」を背負う東京五輪のひのき舞台で、違いを生み出せる特別な存在として輝きを放つ自身の姿をイメージしながら、7月5日からスタートする予定の事前強化合宿に臨む。
<了>
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