広島・スキッベ新監督が日本サッカーにもたらすものとは? 若手を代表へ導く“本当の中身”
今季の明治安田生命J1リーグを11位で終えたサンフレッチェ広島は来季、クラブの歴史で初めてドイツ人監督が就任する。ドルトムント、フランクフルトなどドイツ・ブンデスリーガの名門クラブやギリシャ代表などを率いた経歴を持ち、育成年代の指導にも精通するミヒャエル・スキッベ監督が指揮することになった。積極的な若手登用に定評があり、実績と経験のあるドイツ人監督は日本サッカーにどのような新風をもたらしてくれるのだろうか。かつてレバークーゼンでスキッベ監督のもとでプレーした元ドイツ代表のルーカス・シンキビッツ氏に話を聞いた。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
若手起用に手腕「ドイツ有数のGKをデビューさせたのは…」
サンフレッチェ広島にミヒャエル・スキッベ監督が就任した。シャルケ、ドルトムントでU-19監督やユースコーディネーターを務め、ドイツサッカー協会(DFB)では2002年FIFAワールドカップ日韓大会時にルディ・フェラー監督の右腕としてアシスタントコーチ、その後は育成ダイレクターのほか、U-18、U-20代表で監督を歴任。トップチーム監督としてはドルトムント、レバークーゼン、フランクフルト、ヘルタ・ベルリンといったドイツのブンデスリーガクラブだけではなく、トルコのガラタサライやスイスのグラスホッパー、ギリシャ代表監督の経験もある。
果たしてスキッベとはどんな指導者で、どのような人間なのだろうか?
実際に指導を受けたことがある選手に聞いてみるのが一番だろう。そこで筆者の友人で指導者仲間であるルーカス・シンキビッツを訪ねてみた。彼はFCケルンの育成育ちでルーカス・ポドルスキの同期でもある元ドイツ代表DF。2007-08シーズンのレバークーゼン時代にスキッベのもとでプレーしている。現役引退後は指導者となり、現在はフォルトゥナ・デュッセルドルフU-23でコーチとして後進の指導に情熱的に取り組んでいる。
デュッセルドルフのイタリアンレストランでシンキビッツはスキッベについて懐かしそうに語ってくれた。
「もう15年近くも前のことだね。スキッベのことは今もとても評価しているよ。まず人間として素晴らしい。もちろんプライベートでの細かいところはわからないし、言及できないよ。私が言えるのはクラブでの彼の仕事ぶりに関してだ。あのころ彼は若い指導者としてチームを率いていた。当時43歳にしてブンデスリーガで監督というのはまだまだ珍しいことだったんだ」
スキッベがドルトムントで監督になったのは33歳の時。ホッフェンハイムやRBライプツィヒで評価を高め、34歳にして名門バイエルンの監督に就任したユリアン・ナーゲルスマン監督を筆頭に今でこそ若手監督の誕生について話題となることも多いが、スキッベは1990年代にすでに1部リーグの監督を若くして務めていた。
ドイツメディアの評価を追ってみると、スキッベは若手選手を積極的に起用する指導者という表現をよく目にする。
「若手を重用するのは当時からそうだったね。それは確かだ。例えばあのころ絶対的なレギュラーGKだったハンス=イェルグ・ブットを外して、正GKをレネ・アドラーにしたのは彼だった。ブットが出場停止となった試合で、セカンドGKではなくて、当時22歳だったアドラーを抜擢したんだ。その翌シーズンからはアドラーが正GKになっていたね」
アドラーはその後ドイツ代表の正GKへと成長。2010年ワールドカップ南アフリカ大会直前にケガをしたために、その座をマヌエル・ノイアーに譲ることとなったが、ドイツ有数のGKをデビューさせたのはスキッベだった。それにしても絶対的な守護神を代えるというのは相当に勇気のいることだが、そのあたりはどのようにアプローチしていたのだろうか?
「スキッベは何の心配もすることなく若手選手を起用することができる監督だ。そして選手にはそれなりの自由を与えてくれていた。うまくいっていたのはコミュニケーションが取りやすい監督だったからじゃないかな。彼のイメージするサッカーは若手選手を多く起用して、彼らが解放感を持ってプレーできるように導いて、それがレバークーゼンというクラブのイメージともうまくかみ合っていた。
若い選手が活躍したというだけでなく、チームとしてとても機能していたと思う。若手だけじゃなくて、セルゲイ・バルバレス、ベルント・シュナイダーら経験豊富な選手もいた。そうしたチームにもともとある戦力をうまくバランスよくミックスさせていた」
日本サッカー界へポジティブな影響を与えてくれる監督なのか?
少し気になる点もある。サンフレッチェ広島の前に監督を務めていたサウジアラビアのアル・アインでは就任後、半年も経たずに辞任しているのだ。ただしこの短期政権は、冬の移籍市場で適切な補強をすると就任前に約束が交わされていたはずなのに、クラブの会長の一存で勝手な補強をされたことが大きな理由だったという。
「クラブをどんな人物が経営していて、どんなクラブ哲学なのかで合う、合わないはある。それは誰でもそうだ。その上でスキッベには高い適応能力があると思う。大事なのは彼とはしっかりと話ができるということだ。つまり、自分の意見だけをぶつけてくるとか、相手の意見を聞かないなんてことはない。彼は相手の意見に耳を傾けることができる」
シンキビッツの話を聞いていると、確かなビジョンとアイデアを持って、それをうまく伝えられるだけの手腕を持っている指導者だということがうかがえる。では、そのような実績と経験のあるドイツ人監督が新たに来ることで、少なからず日本サッカー界へポジティブな影響を与えてくれるだろうか。
「私はこれまでに日本人選手と一緒に取り組んできた経験がある。例えば試合翌日にビデオ分析をして、その後に『明日から毎日練習後に6キロ走ってくれ』と言ったら選手はどんな反応をすると思う? ほとんどの国の選手は『なんで?』『なんのために?』って疑問を口にする。でも日本人選手はたとえ疑問に思っても、それを口にすることなく毎日6キロ走るだろう。どの国にもどの地域にもそれぞれ文化と習慣がある。そして日本人は面と向かって批判したり、疑問を口にしたりしない傾向があると思うんだ。
でもね、私もそうだけど、監督は選手の“本当の中身”を知りたいんだ。常に選手の“本音”を聞きたいと求めている。それこそ友達と一緒に空き地でサッカーをする時のような選手の本当の姿を引き出したいんだ。もちろん戦術的な規律は必要だよ。でも本来サッカーは自由なスポーツで、自分を解放できないとトップレベルでプレーなんてできないんだ。だからスキッベの手腕で日本人選手たちからそのあたりをうまく引き出せたらすごく面白いと思う」
確かに日本では子どものころからの習慣として、指導者の発言や指導内容に対して疑問を抱いても、選手たちが「それはなんのために?」とは発言しづらい風潮がある。それでも選手としても、人間としても、どこかでその殻を破らなければ、確かな成長にはつながらない。
冷静で落ち着いた雰囲気。うまくバランスを取れる存在
「いまスキッベがどんなサッカーを志向しているかはわからないけど、でも彼らしさというか、若手選手を積極的に起用してピッチに送るだろうから、そうなると相手陣地で積極的に自分たちからプレスを仕掛けていくスタイルを目指すと思うんだ。ただ、単純に『オフェンシブなサッカー』という言葉で片付けるのは危険だ。指導者として考えると、チームがどんな状況かを考えることが重要になるだろう?」
チームにはどんな選手がいるのか? これまでのチームスタイルはどうだったのか? リーグにおいてどの位置にいて、どこを目標にしているのか?
選手の特長を見極めて、方向性を打ち出しながら、その中で最適なバランスを見つけ出す。若い優秀な選手が多いなら、若手特有の前からガンガンいく特長を生かしたい。でもどれだけ監督が「前から全力でプレスだ!」と言っても、そこでボールを奪い取ることができなかったら、ただ空回りするだけだ。ボールを保持することに長けた選手が多いならポゼッションをうまく組み込む必要が出てくる。
「結局どれかだけだとダメなんだ。サッカーは総合的なスポーツなんだから。そしてオフェンシブなサッカーというのはやみくもに前へ攻めることじゃない。チームの戦力を見極めて、どこで仕掛けて、どこで奪って、どうやって構築して、どのようにシュートまで持ち込むのか。そこをうまく整理してこそのオフェンシブサッカーなんだ。スキッベはそのバランスをうまく見極めて手腕を発揮していた監督だよ」
スキッベは日本人若手選手に戦術的な規律の大切さをベースにしながら、思い切って自分を解放させていくマインドの重要さを伝えてくれるかもしれない。
「さまざまな場所で指導者を続けることで成熟しているはずだし、人間としては本当に素晴らしい人物だ。若手選手に自信を与え、確かなプレービジョンを育み、代表選手まで成長させる腕がある。育成でも長く活動しているメリットがそこにあるね。常に冷静で落ち着いた雰囲気を持ち、礼儀正しい人間で、性格的にも日本と合うはずだよ」
精力的にドイツサッカー界の育成改革を推進してきた中心的存在の一人
ドイツサッカー界が2001年から本格的な育成改革に乗り出し、原点からの抜本的な改善に取り組んだのは有名な話だが、スキッベもラルフ・ラングニック、フォルカー・フィンケ、クリストフ・ダウムらとともに精力的にその改革を推進してきた中心的存在の一人だ。ドイツメディアに対してスキッベが次のように振り返っていたことがある。
「例えばわれわれはドイツ全土で育成アカデミーとシュツットプンクト(トレセン)を整理することができたと思う。その後20年間かけてさらにさまざまな面で投資が行われ、今では非常にプロフェッショナルとなった。当時私たちはそれなりの投資を育成へと投じるべきだと主張し続けていたからね。私がDFBにいた時から、今は相当発展したと思う」
広島での挑戦では何よりトップチームの確かな方向性と納得のできる成績が求められる。期待のしすぎはよくないし、うまく機能するかどうかは始まってみないとわからない。それでもその中でスキッベのサッカーが広島に浸透し、育成年代も含めた日本人の特長を生かした新しいアプローチを見つけ出してくれたなら、それが日本サッカー全体にポジティブなきっかけを与えることになるかもしれない。
<了>
ミシャ式、誕生秘話。「彼らが万全なら結果は違った」広島が誇る類い稀な“2人の存在”
なぜドイツは名監督を輩出しながら「危機感」? トップと育成を両輪で成功へ導く指導者育成の改革とは
森保一は、現代の西郷隆盛!? 広島・黄金時代を築いた「名将の第一条件」とは?
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「まるで千手観音」レスリング97kg級で世界と渡り合う吉田アラシ、日本最重量級がロス五輪を制する可能性
2025.12.19Career -
NWSL最年少ハットトリックの裏側で芽生えた責任感。松窪真心が語る「勝たせる存在」への変化
2025.12.19Career -
「準備やプレーを背中で見せられる」結果に左右されず、チームを牽引するSR渋谷・田中大貴の矜持
2025.12.19Career -
なぜ“育成の水戸”は「結果」も手にできたのか? J1初昇格が証明した進化の道筋
2025.12.17Opinion -
「日本の重量級は世界で勝てない」レスリング界の常識を壊す男、吉田アラシ。21歳の逸材の現在地
2025.12.17Career -
鈴木優磨が体現した「新しい鹿島」。自ら背負った“重圧”と“40番”、呪縛を解いた指揮官の言葉
2025.12.15Career -
中国に1-8完敗の日本卓球、決勝で何が起きたのか? 混合団体W杯決勝の“分岐点”
2025.12.10Opinion -
サッカー選手が19〜21歳で身につけるべき能力とは? “人材の宝庫”英国で活躍する日本人アナリストの考察
2025.12.10Training -
なぜプレミアリーグは優秀な若手選手が育つ? エバートン分析官が語る、個別育成プラン「IDP」の本質
2025.12.10Training -
ラグビー界の名門消滅の瀬戸際に立つGR東葛。渦中の社会人1年目・内川朝陽は何を思う
2025.12.05Career -
SVリーグ女子の課題「集客」をどう突破する? エアリービーズが挑む“地域密着”のリアル
2025.12.05Business -
女子バレー強豪が東北に移転した理由。デンソーエアリービーズが福島にもたらす新しい風景
2025.12.03Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「まるで千手観音」レスリング97kg級で世界と渡り合う吉田アラシ、日本最重量級がロス五輪を制する可能性
2025.12.19Career -
NWSL最年少ハットトリックの裏側で芽生えた責任感。松窪真心が語る「勝たせる存在」への変化
2025.12.19Career -
「準備やプレーを背中で見せられる」結果に左右されず、チームを牽引するSR渋谷・田中大貴の矜持
2025.12.19Career -
「日本の重量級は世界で勝てない」レスリング界の常識を壊す男、吉田アラシ。21歳の逸材の現在地
2025.12.17Career -
鈴木優磨が体現した「新しい鹿島」。自ら背負った“重圧”と“40番”、呪縛を解いた指揮官の言葉
2025.12.15Career -
ラグビー界の名門消滅の瀬戸際に立つGR東葛。渦中の社会人1年目・内川朝陽は何を思う
2025.12.05Career -
個人競技と団体競技の向き・不向き。ラグビー未経験から3年で代表入り、吉田菜美の成長曲線
2025.12.01Career -
柔道14年のキャリアを経てラグビーへ。競技横断アスリート・吉田菜美が拓いた新しい道
2025.11.28Career -
原口元気が語る「優れた監督の条件」。現役と指導者の二刀流へ、欧州で始まる第二のキャリア
2025.11.21Career -
鈴木淳之介が示す成長曲線。リーグ戦出場ゼロの挫折を経て、日本代表3バック左で輝く救世主へ
2025.11.21Career -
なぜ原口元気はベルギー2部へ移籍したのか? 欧州復帰の34歳が語る「自分の実力」と「新しい挑戦」
2025.11.20Career -
異色のランナー小林香菜が直談判で掴んだ未来。実業団で進化遂げ、目指すロス五輪の舞台
2025.11.20Career
