Amazon「気候誓約アリーナ」は環境配慮型の施設としては不十分? 命名権が果たす新たな役割と企業戦略

Technology
2022.01.26

アメリカ・シアトルでAmazon(アマゾン)が命名権を取得した「クライメットプレッジアリーナ(Climate Pledge Arena/気候誓約アリーナ)」が話題になっている。なぜアマゾンは企業名や商品名をつけなかったのか? 気候誓約アリーナは本当に最新の環境配慮型の施設なのか? スタジアム・アリーナを取り巻く社会課題と施設命名権の新たな展開について、自らもMazda Zoom-Zoomスタジアム広島など数々のスポーツ施設を手掛けてきた専門家・上林功氏が解説する。

(文=上林功、写真=Getty Images)

環境に配慮した持続可能なスタジアム・アリーナとは?

施設命名権の使い方が特徴的な「クライメットプレッジアリーナ(Climate Pledge Arena/気候誓約アリーナ)」の記事が昨年からたくさん取り上げられています。アマゾンが命名権を取得し、施設の取り組みにおいてもその名に相応しい多くの環境配慮を行われています。

これまでの施設命名権の活用は企業名や商品名を打ち出したものがほとんどです。国内ではスタジアムの施設命名権第1号にあたる味の素スタジアムに代表されるように、マーケティング戦略の一つとして使われてきました。こうした戦略は主に製品志向、販売志向といった従来のマーケティング戦略に沿ったものでしたが、気候誓約アリーナが注目を浴びたのは単なる施設命名権にとどまらない、都市開発との相乗効果を狙った企業の巧みなマーケティング志向にあります。

驚くべきは各種興行のパートナーにも厳しい条件を課している点で、施設に関わるすべての人に環境配慮を促しながらも、こうした取り組みに対して着実な支持を集めているところにも注目が集まっています。

一方で、スタジアムやアリーナは大量のエネルギーや資源を消費します。照明や音響、空調や水道など多岐にわたり、シーズン中は、資源消費の一極的集中が繰り返されているといえます。さらに施設だけでなく、興行へ足を運ぶ際の交通利用や自動車、観戦時に消費される大量の食品や飲料など、消費される資源は多岐にわたります。

スタジアム・アリーナにおいて省エネルギー施策を当てはめることは、何も最近始まった話ではありません。環境負荷や省エネルギーについて課題となった1998年の長野五輪を始め、国際的なイシューとして古くから示されています。日本国内においては2000年に建築関連5団体が学術・建築家・施工業者などの壁を超えて協調する地球環境・建築憲章の採択をきっかけに、省エネルギー対策は当然のように行うことが常となっています。

気候誓約アリーナは環境配慮型の施設としては不充分?

スタジアム・アリーナでは数十年におよぶ環境配慮のノウハウがあり着実な取り組みが行われてきました。それらと比べた時に気候誓約アリーナについて施設単体で評価することに危うさを感じています。今回、気候誓約アリーナは既存施設の屋根を利用した施設改修によるリノベーションを行っています。こうした取り組みを挙げて「改修こそがアリーナの新しい潮流である」といった日本の“もったいない精神”と結びつけた考えを聞くと疑問を抱かざるを得ません。

アリーナの改修においてもっともCO2(二酸化炭素)排出に関わるのは大架構となる屋根であることは確かです。多くの資材を使いますし、廃棄物も大量に出ます。搬出入にも多くの車両を動員し、施工には重機が必要です。そう考えると一見、大架構を残して屋根下を全面的に建て替えるのが妥当なようにも思えますが、このアリーナは実はもともと雨漏りで有名だったりします。HPシェル(薄い曲面板からつくる建築構造)を4方向から集めて十字の大梁で支えるような点対象の平面形状を持つアリーナで、建設当時に流行った構造的な美しさを重視したアリーナの一種であり、必ずしも合理的な形状かというとそうではありません。今後のメンテナンスが大丈夫なのか気になるのが正直なところであり、なおかつこうした屋根形状は拡張が難しく、将来的に結局屋根を壊すことになるのではと心配になります。

例えば2012年のロンドン五輪で使用されたヴェロドローム(自転車競技場)は形状そのものが効率よく換気・空調効率を高めるものとなっており、環境共生型アリーナとして注目を浴びました。また東京五輪で新設された施設のほとんどで建築環境総合性能評価システムCASBEEにおいてSランクを取得しており、環境配慮型だけでなく運用面においても検討された施設として計画されました。

建物として見た時に、気候誓約アリーナは環境配慮型アリーナとしてはかなり無理をしているように見えるのが正直なところで、名前と建物にズレを感じざるを得ません。

施設や興行をも内包した“パーパスドリブン”なアリーナ

気候誓約アリーナについては、改修そのものを評価するというより、シアトル全体についてアマゾンが行っている面的な取り組みに注目しなければ意味がないように思います。世界の流通を代表する存在であるアマゾンはもはや知らないという人のほうが珍しいでしょう。以前アマゾンはサッカーのイングランド・プレミアリーグ、トッテナムのスタジアムの施設命名権を取得して「Amazonスタジアムが誕生か!?」との報道もありましたが結局続報は出ずに終わっています。もはや企業名を出すまでもなく世界中の多くの人に認知されているだけに、施設名を広告として使用する必要はないのかもしれません。

むしろ、施設単体で見るのではなくアリーナの立地であるシアトル全体に対するアマゾンの取り組みに注目するとその理由が見えてきます。もともとシアトルのビーコンヒルに拠点を構えていたアマゾンですが、2008年ごろから中心市街地の北部にあたるサウス・レイク・ユニオンに移転しています。当時、中小オフィスビルや自営の商業施設が並ぶシアトル郊外の一帯でしたが、アマゾン移転をきっかけに高層オフィスが建ち並ぶ“アマゾンの街”が短期間につくられました。

象徴的な施設として、2018年に完成したアメリカ本社キャンパスの一部であるアマゾンスフィアがあります。多様な植物を取り込んだ温室のようなオフィスで、見た目も完全に温室の強烈な印象を与える施設です。イギリスのエデンプロジェクトを思わせる球体のドームはまさにバイオスフィアであり、環境共生を指向する施設そのものといえます。シアトルのサウス・レイク・ユニオンには複数のアマゾン高層オフィスが立てられていますが、それらが取り囲む中心にアマゾンスフィアがあり、環境とともにあるこれまでにない都市計画が進められています。

気候誓約アリーナもそうした都市計画の一部として捉えるとまた違った見え方ができると思います。施設単体でなく、公共交通機関とのスムーズな交通インフラの連携や雨水流出抑制と併せた水の再利用など、持続可能な都市的開発の一部として考えるとしっくりきます。単体改修ではなく都市内でのネットワークによって社会課題に取り組んでいると言い換えることもできるでしょう。

近年、企業の存在意義(パーパス)に基軸をおいた企業活動を行う「パーパスドリブン」な企業が注目されています。企業の在り方を示す上で社会との関わりや貢献に力点をおいた経営は、ESG投資などとの組み合わせによって新しいビジネスモデルを形成しつつあります。アマゾンによる気候誓約アリーナはシアトル全体の都市環境に関わる企業として、スポーツ興行やエンタメコンサートなどへの関わり方に対するスタンスを施設名に込め、賛同してくれる企業を巻き込んだパートナーシップによる「パーパスドリブン」なアリーナであるといえるでしょう。

スタジアム・アリーナを利用した施設命名権の新たな活用法

「パーパスドリブン」な企業にとって、キャッチコピーはこれまで以上にその価値を高めると考えます。自社だけでなくパートナーシップを念頭においた社会的な企業の在り方において、共有できる強い「言葉」は最低限のコストで最大の効果を生む手段といえます。企業の存在意義をともにする上で、「気候誓約」はまさに共有できる強い言葉にふさわしいものなのだと思えます。

こうした施設命名権の利用については、実のところ国内でも萌芽的な取り組みがないわけではありません。私自身も設計に携わった広島市民球場は施設命名権の取得にともない自動車メーカーのマツダによる命名が行われています。命名権者の募集は工事の真っ最中で、決まり次第、施設名を取り付けられるようにすでに施工されていた外壁に下地を組み込むなどの準備を進めていました。さあどんな名前が出てくるのか、と思っていた矢先に示されたのが「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」でした。

正直な最初の印象は「Zoom-Zoomって……、また思いのほか長い名前になったな……」と若干困惑したのを覚えています。しかしその困惑は、Zoom-Zoomに込められた思いを聞いて消え去りました。海外の童謡などでも出てくる車が走る「ブーン」という擬音語に相当する言葉で、「子どもの時に感じた、動くことへの感動」や、「動くことへの感動を愛し続ける全世界の方々と走る歓びを分かち合うための合言葉」として球場の名称に使用したいとのことでした。「ロードスタースタジアム」など製品名を使うのではなく、企業として社会に共有したい言葉を使用した国内でも珍しい例だと思います。当時はまだパーパス経営といった言葉もありませんでしたが、Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島が、その後広島にとってなくてはならない球場になったことはご存じの通りです。

こうした事例を持ち出す中で、施設名をことさらに社会に対する美辞麗句で飾ろうというわけではありません。また施設名を使ってプロパガンダに利用しようというわけでもありません。これは広告にもいえることですが、従来の「発信型」の施設名ではなく、興味を抱かせて引きつける「着信型」の施設名がスポーツの新たな都市戦略として有効なのではないかと思う次第です。

<了>

PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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