モーグル堀島行真、銅メダルの背景。着地の乱れも「逆に」覚醒できた理由
北京五輪・フリースタイルスキーの男子モーグルで堀島行真が日本選手団初メダルとなる銅メダルを獲得した。前回、平昌大会ではエースとしての活躍を期待されながら、決勝2本目で転倒し11位に終わった。雪辱を誓った今大会では、予選1本目で16位と出遅れたものの上位6人で争う決勝3本目に進出。第1エア着地後にバランスを崩しながらも銅メダルを獲得した堀島の進化の秘密とは?
(文=小林信也、写真=Getty Images)
ウエアメーカーの担当者が語る「確信」
「決勝3本目、スタート前の堀島選手の目を見て、実力を出し切ってくれると確信しました。自信にあふれていました」
話してくれたのは、高校時代からずっと堀島行真をサポートし続けるウエアメーカーの担当者だ。今回はコロナ禍の状況があり、テレビでの応援だったが、画面の中の堀島は期待どおりの頼もしさだったという。
「途中であれだけ揺さぶられて、普通の選手なら完全に飛ばされています。それを立て直して、しかもあのスピードで加速したんですから、きっと審判も驚いたんだと思います。あれだけ体勢が崩れたのでもっと減点されるかと心配しましたが、その後の滑りがあの高得点につながったんじゃないでしょうか」
決勝3本目、「飛ばされる」くらいの冷たい衝撃
勝負が決まる最後の3本目、第1エアの直後に波乱があった。着地後のターンが乱れ、飛ばされかけたのだ。堀島を応援するスタッフたちの背筋に一瞬、冷たい衝撃が走った。ところが堀島は動じなかった。この時のことは、レース後、堀島自身がこう語っている。
「あきらめようと思うぐらい危なかった」
だが、そんな動揺がまるでなかったかのように、むしろ積極的に加速した。
「すごいですよ。あの状況でカービング・ターン、板のエッジを使って直線的に降りて行った。彼自身、驚いたんじゃないかな……」
長い付き合いの担当者が、「彼自身、驚いたんじゃないか」と呟(つぶや)いたのは、その瞬間、これまで見たことのなかった堀島行真の姿がそこにあったからだろう。
平昌五輪では、金メダル候補と期待されながら決勝2回目で転倒。途中棄権となり、11位と敗れた。それから、メンタルが堀島の課題だと言われるようになった。本人もそれを乗り越えなければならない課題と感じていた。しかし、4年後の大舞台、飛ばされかけた直後に、堀島の中に眠っていた攻撃的な魂に火が点いた……。
理屈では説明しきれない、あまりにも短時間での切り替えだった。ピンチに見舞われたその瞬間にはもう攻めに転じ、堀島はピンチをチャンスに変えていたのだ。
「それでいて、第2エアの前ではしっかり制動して、3回転を決めた。彼は4回転をやる力もあるので、冷静な対応ができたんだと思います」。正確に記せば『コーク1080』。横に3回転、縦に1回転する技をきれいに決めた。
「最後の滑りも完璧でした」
高校時代の堀島に見た可能性とメダルへの自信
担当者が堀島を初めて見たのは、堀島が高校生の時だという。コーチから、「面白い新鋭がいる」と聞いて、福島・猪苗代でやっていた合宿を見に行った。
「一目見て、エアのセンス、空中動作はピカイチでした。コブの滑りを磨いたら間違いなく世界のトップになる」
担当者は確信した。
「堀島選手は、全体練習が終わった後も、ひとりだけずっとトランポリンを跳んでいました。30分くらい、私はずっとそれを見てました」
メンタルが課題と言われた堀島が、揺るぎないまなざしでスタート台に立ち、着地の乱れも逆に「覚醒」のきっかけにできた背景には何があったのだろう。
「なすべきことを重ねてきた自信でしょうね。4年前は、氷のような斜面に対応できなかった。今回も人工雪で、しかもマイナス10度は優に超えるの寒さですから、ガチガチの氷の上を滑るのと一緒です。前回、銅メダルを取った原大智選手はアメリカの固い斜面でトレーニングを重ねた強みがありました。堀島選手はこの4年間、世界の斜面を経験しました」
あらゆるコンディションにも屈しない技術と経験を身につけた。その自信が堀島に銅メダルをもたらした。
知性的に自らの内面を表現できる希有な魅力
私自身、堀島には4年前から特別な期待を感じていた。インタビューでの発言が、スポーツ選手の中で異彩を放っていたからだ。知性的で、内面を的確に表現する。多くのスポーツ選手の取材をさせてもらっているが、堀島は特別な存在に思えた。超一流選手しか到達しない技術や心理の次元は、恐らく言葉にするのは難しいのだろう。だから、ほとんど語られることがない。私はその境地をなんとか伝えたいと強く願っている一人だが、堀島はまさにその表現のできる希な存在ではないかと強く魅了されたのだ。
しかし、知性的なアスリートほど、考えすぎて逆に自分で不安を作り出して苦しむ例が少なくない。平昌の敗北を見て、私は口には出さないがそのような不安を抱いていた。その難しい課題を、北京では堀島自らが乗り越え、次の境地に飛び込むことに成功した。
「今回はまだ序章が始まったばかりですよ」、先の担当者が声を弾ませて言う。「これからも誰もがなしえなかった記録ができる可能性がある。(ミカエル・)キングズベリー(編集部注:今大会では銀メダルに終わったが、平昌五輪金メダル、W杯70勝の絶対的王者)を超える存在になってくれることを期待しています。いまから次のイタリア(ミラノ・コルティナ五輪)が本当に楽しみです」
堀島は、雪の斜面を滑るだけでなく、トランポリンはもちろん、アイスリンクでスケートを滑る練習をし、母校・中京大の体育館で体操にもチャレンジしている。種目を越えたさまざまな経験がモーグルに結晶する。一つの種目だけで終始する時代は終わりつつある。堀島行真という稀有な表現者を得たことはモーグル界にとっても大きな武器になるはずだ。
<了>
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