フィギュアスケート“表現力”の本質とは何か? ワリエワと坂本花織で異なる指向

Opinion
2022.02.05

フィギュアスケートをテレビで観戦していると、「この選手は表現力が素晴らしい」といった言葉をよく耳にする。ジャンプやスピン、ステップには一つ一つに基礎点が設けられているのに対し、演技構成点にその名前の項目があるわけでもない。どこか曖昧さを感じさせる「表現力」だが、決してフィギュアスケートという競技から切り離すことはできない。北京五輪でのメダルが期待されるカミラ・ワリエワ、坂本花織の演技をひも解きながら、「表現力」とはいったい何か――、その本質を考えたい。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

金メダル候補最右翼、15歳ワリエワにみられる「表現力」の神髄

北京五輪・フィギュアスケート女子シングル優勝候補の最右翼である15歳のカミラ・ワリエワは、今季何度も世界最高得点を更新している。ショートプログラムではトリプルアクセル、フリーではトリプルアクセルと4回転3本を組み込む高難度構成と高い出来栄え点により、もちろん技術点は高い。しかし、ワリエワの一番の強みは、演技構成点の高さにあるのかもしれない。

ワリエワは優勝したグランプリシリーズ・ロシア杯(2021年11月)のフリーで、世界最高得点となる185.29をマークした。演技構成点を見ると、5項目(スケート技術・要素のつなぎ・演技力・構成力・曲の解釈)の全てで9点台を出している。ジャッジによっては10点満点をつけている項目もあり、極めて高い評価だといえる。

一般的にはシニア1年目のスケーターが高い演技構成点を得ることは難しいが、ワリエワはその壁を軽々と超えている。時には技術点の高さに引っ張られて高くつけられているように感じることもある演技構成点だが、ワリエワの場合、まったくその印象はない。15歳にして名曲『ボレロ』を貫禄すら漂わせて滑りこなすワリエワに与えられる高い演技構成点に、違和感は伴わない。

ワリエワが氷上で見せる、はかない美しさ、音楽に対する感受性

プログラム全体の構成を評価する演技構成点は、スケーティングや表現力が評価の対象になる。優れたスケーティング技術があってこそ質の高い表現ができるフィギュアスケートにおいては、スケーティング技術と表現力は切り離して考えることが難しい。名伯楽であるエテリ・トゥトベリーゼの下で鍛えられてきたワリエワは、高いスケーティング技術とバレエの基礎に基づいた美しい所作を併せ持っており、完全無欠のスケーターだといっていい。

ワリエワは、ジュニアのころから印象に残るプログラムを披露してきている。2018-19シーズン、12歳だったワリエワが滑っていたショート『鏡の中の鏡』は、パブロ・ピカソの名画『玉乗りの曲芸師』をイメージして振り付けられており、一度見たら忘れられない芸術性に満ちていた。今季もショート『In Memoriam』では夢を象徴する蝶を追いかける少女をはかない美しさで表現し、フリー『ボレロ』では前衛的で強さのある所作を見せるワリエワは、音楽に対する感受性も高い。

美しい動きを行える身体能力と同時に、自らが一番美しく見えるポジションをイメージする力も持っているようにみえる。手足が長く恵まれたプロポーションも併せ持つワリエワは、氷上のバレリーナのようだ。

坂本花織は、ワリエワとは異なる種類の表現力を発揮している

音楽に応じて最も美しい動きを完璧な形で行うワリエワに対し、プログラムのテーマを内面から伝えるという違う種類の表現力を発揮しているのが、坂本花織だ。

2度目のオリンピック出場となる坂本花織は、21歳の今でしか滑れないプログラムで北京に臨む。平昌五輪シーズンから組んできたフランスの振付師ブノワ・リショーは、坂本のために「女性の強さ」を表現するショートとフリーを振り付けている。

特にフリー『No More Fight Left In Me /Tris』については、そのメッセージ性の強さゆえに坂本は今季序盤まで苦戦していた。50カ国・2000人の女性へのインタビューを基に制作されたドキュメンタリー映画『Woman』の曲を使ったプログラムは、英語のナレーションで始まる。

I love being a woman.
I love the tenderness,
the sensitivity,
the uniqueness of what it really means
(to be a woman.)

坂本は、本格的なシーズン開幕前の10月に行われたジャパンオープンに出場した際、このプログラムのテーマについて説明している。コロナ禍により不自由になった世界で、制限がある中でも存在しているほんの少しの自由を表現していると言い、「今しかできない、今だからこそできるプログラムなのかなってすごく思いました」と語っている。

「本当にみんなが大変な思いをして過ごしているけど、フィギュアを見て少しでも元気になれたり『勇気が出た』って言ってもらえるような滑りを自分は今すべきだと思うので、その気持ちをしっかり込めて滑りたいなと思います」

坂本の今季プログラム詳細はこちら

平昌五輪から4年、内面の成長が見る者の心を打つ演技へと反映されている

この4年間、坂本は表現面において目覚ましく成長してきた。平昌五輪シーズンのフリー『アメリ』は、既に抜群のスケーティング技術と大きなジャンプを持っていたものの、まだ内面から表現するスケーターではなかった坂本に合わせてリショーが作ったプログラムに見えた。17歳の坂本は、パントマイムの動きが組み込まれた振り付けを懸命に踊っていた。

平昌五輪の翌シーズン、リショーは坂本のためにフリー『ピアノレッスン』を振り付ける。もともと伸びやかなスケーティングが魅力で、少しずつ柔らかさも表現できるようになってきた坂本にぴったりのプログラムだった。壮大なメロディーに乗って氷上を駆けていく坂本の姿が印象に残る。

そして2019-20シーズン、坂本はリショー振り付けによるフリー『マトリックス』に取り組む。プログラムができたばかりの2019年6月、坂本は「(振り付けが)ブノワさんなので全部難しいんですけど、頑張りたい」と語っている。大学生になった坂本は、このシーズンから自主性を持って練習するようになり、またトリプルアクセルにも取り組んでいたが、全ての歯車がかみ合わず不調に陥る。全日本選手権でショート3位につけながらフリーでミスを連発し総合6位に終わったことが象徴するように、1年目の『マトリックス』は不発のままだった。

しかし、翌シーズンも継続した『マトリックス』は、ようやく真価を発揮する。優勝したNHK杯、2位になった全日本での『マトリックス』はスピード感と迫力に満ちており、坂本にとっては一番の“はまりプログラム”だったかもしれない。

そして今季も、坂本はリショーから難しい宿題となるフリー『No More Fight Left In Me /Tris』を託される。8月の試合では『ピアノレッスン』に戻すなど迷いを見せていた坂本だが、グランプリシリーズ初戦のスケートアメリカでようやく完成形を示した。そしてグランプリシリーズ2戦目となるNHK杯は、大きなミスなく滑り切って制している。また優勝した北京五輪代表最終選考会となる全日本では、緊迫した雰囲気の中で、さいたまスーパーアリーナの広大な空間を埋めた観客を魅了するような大きな滑りを見せる。高難度ジャンプを入れず完成度で勝負すること、難しいプログラムを完遂することを決意した坂本の強さがプログラムのテーマと重なり、まさに圧巻の演技だった。

平昌五輪のフリー、坂本の演技構成点は68.11で、5項目全て8点台だった。今季NHK杯フリーの演技構成点は71.83で、5項目のうち3項目が9点台、2項目が8点台という評価になっている。

「表現力」の答えは一つではない。それぞれのスケーターが持つ個性を味わう…

一口に“表現力”といっても、スケーターによってさまざまな個性がある。ワリエワのように、どの瞬間を切り取っても美しいバレエの舞台のような完成された動きも表現力によるものなら、坂本のように、内面の成長が反映されて心を打つ滑りも表現力のたまものだろう。

個人的には、プログラムからにじみ出るスケーターの人生に心が動かされる。点数がつくスポーツであることから考えると本筋から外れた見方なのかもしれないが、そこにこそフィギュアスケートの醍醐味(だいごみ)があるのではないだろうか。そしてその深い味わいは、北京五輪に出場しない宮原知子や、エリザベータ・トゥクタミシェワの演技に最も強く感じるものだ。

今でも完成された美しさを持つワリエワだが、きっと4年後にはさらに深い味わいを持つ滑りを見せてくれるだろう。気が早すぎる話だが、ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪でのワリエワの演技を、楽しみに待ちたいと思う。

<了>

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