因縁などない? 青木真也vs秋山成勲、14年越し“最凶”対決。違い過ぎる生き様、互いを嫌う理由
3月26日(土)に開催される、ONE Championshipの10周年記念イベント「ONE X」。日本初のPPV配信となる今大会を飾る注目のメインカードが、青木真也vs秋山成勲だ。「格闘界最凶の2人、まさかの激突 -ずっとお前を殴りたかった-」と銘打たれた一戦を、青木と秋山はそれぞれどのような心境で迎えているのか?
(インタビュー・構成=篠幸彦、写真提供=ONE Championship)
じつは青木と秋山という2人の間には、因縁というほどの因縁はない
10周年を迎えたONE Championshipの記念大会となる「ONE X」で、日本向けのメインカードに組まれたのが「青木真也vs秋山成勲」だ。日本の格闘技界のみならず、世界を舞台に名をはせてきたベテランの2人の対戦は大きな注目を集めている。
この注目カードの見出しは「因縁の対決」である。しかし、そもそもこの2人のなにが因縁なのか。コアなファンでなければ少しつかみづらいところがある。そして2人はどのような思いを抱いてこの試合に臨もうとしているのか。それぞれの言葉からひも解いていきたい。
まず2人の接点の始まりとされるのは、2008年9月に行われたDREAM.6後の記者会見で、青木が秋山に対して対戦要求をしたことからだ。このとき、青木の要求に対して興味を示さなかった秋山は、DREAMではなく、戦極(PRIDE解散後の選手の受け皿の一つとなった格闘技団体)の吉田秀彦と対戦がしたいと発言した。
「あのときはいちファイターとして考えたとき、青木選手とやるより、吉田先輩とやったほうが世の中は盛り上がるだろうと思ったんですよ」(秋山)
そう振り返る秋山に対して、青木はこう思っていたという。
「当時、DREAMと戦極という場所があったときに、戦極の選手の名前を出して『やりたい』というのは、『お前、それはルール違反だろう』と思うわけですよ」(青木)
PRIDEが解散し、DREAMと戦極という2つの団体が生まれたなかで、秋山は対戦の場をDREAMにこだわらないという話を持ち出してきたのだ。ただ、その表面だけをなぞっていては、青木の言葉の真意には届かないという。
「秋山成勲というのはDREAMの主催であるFEG(HERO’Sを主催していた会社)側で、僕はPRIDE系のリアルエンターテインメント(DREAMの運営会社)文脈なんですよ。その2つ(HERO’SとPRIDE)が一緒になってDREAMを立ち上げたなかで、陣取り争いや互いの思惑なんかが密接に絡んでいるわけです。そういった背景や当時の状況なんかを生で見てきていないと、この因縁というのは非常にわかりづらい話なんですよね」(青木)
その深すぎるバックグラウンドゆえに、当時からの熱心な格闘技ファンでない限り、このカードの因縁を正確に捉えるのは困難だ。それは対戦相手である秋山にさえ、ピンときていない。
「彼が自分の地位を高めたいのかなんなのか。別になんか言ってるなって、そんな感じでしたよ。肩透かしみたいになっちゃいますけど、本当に興味なかったというのが正直なところです」(秋山)
そんな秋山側の思いに、青木自身も理解を示している。
「じつは青木と秋山という2人の間には、因縁というほどの因縁はないんです。だから向こうにとってはなんの思い入れもないただの試合だと思いますよ。だから秋山が『え、なんなの?』と思うのはすごく理解できます」(青木)
当人同士の恨みつらみや対戦してきたなかでのものではなく、日本の格闘技界の時代背景が複雑に絡み合ったことで生まれたこの因縁のカードは、青木いわく「日本の格闘技らしい格闘技ができる唯一のカード」という一戦なのだ。
芸事とアスリート、2人のまったく異なる価値観
それから2009年に秋山がUFCと契約し、2012年にDREAMが活動を停止したことで、両者は散り散りとなったが、2018年に秋山がONEと契約したことで再び接近する。しかしこのとき、2人が互いを意識することはなかった。
「ONEと契約したときに彼への意識はまったくなかったですよ。階級も違いましたしね」(秋山)
「彼がONEと契約して、僕の数あるカードの中の一つが戻ってきたというだけですね。格闘技を20年くらいやっていると、なにかしらの衝突だったり、因縁のようなものはどこかしらで生まれてくるものなんですよ。それが将来のどこかで、商売の選択肢になればいい。その一つという感じですね」(青木)
その選択肢が浮き彫りとなってきたのが、2021年4月の「ONE on TNT IV」。青木が試合後のマイクで「秋山、お前適当なことやってんじゃねぇ! 次はお前だ! 首洗って待っとけ!」とかみつくという一幕だ。その裏で秋山側にある事情があった。
「コロナの影響でウェルター級では対戦相手が少なくて試合がいつ組めるかわからないという話だったんですよ。でも僕が1つ下のライト級に落とせば、ゴールデン階級なのでたくさん強い選手がいて、試合を組める可能性も高かったんですね。私もこの年齢でキャリアが長いわけではないからいつまでも待っていられなかった。一度階級を落として頑張ってみようかなというのをONEに打診していました」(秋山)
その打診があって秋山は「ONE on TNT IV」でライト級のエドゥアルド・フォラヤンと対戦する予定だった。しかし直前の練習で秋山がケガをしてしまったことで欠場。またこの大会で青木はセージ・ノースカットと対戦予定だったが、ノースカットが新型コロナウイルス感染により欠場が決まった。
互いに対戦相手が欠場となった青木とフォラヤンが対戦するという形となったのだ。そのフォラヤンに勝ったあとのマイクで、青木は大会に穴をあけた秋山にかみついたというのが一連の流れである。
それから2021年9月6日に青木と秋山のもとに、正式に対戦オファーが届く。しかし、秋山はここでもケガを理由に断っている。そして10月に開催された秋山プロデュースの「Road to ONE: 5th Sexyama Edition」に青木が出場し、試合後のマイクで秋山に対して「なんで断ったんだよ! 嘘つくんじゃねえよ!」と再びかみついたのだ。
この一幕で2人の間に険悪なムードが流れ、ようやく因縁めいたものに火がともってきた。このときに如実に現れたのが、2人の格闘技に対するスタンスの違いである。
秋山はケガでコンディションをつくることが困難であることを理由にオファーを断った。しかし、青木はこのアスリート的な価値観を嫌う。
「ケガだろうが、なんだろうがやるというのがプロの格闘家なんですよ」(青木)
自身の格闘技が芸事であることに強いこだわりを持つ青木は、試合が決まればなにがあっても興行として成立させるのがプロであると考える。一方、秋山は万全のコンディションで臨めないのであれば出る資格はないと考えている。
「2008年当時と2022年の今の立ち位置では、試合をするという意味ではまったく違うと思いますよ。でもそのスタンスの違いというのは、今とあまり変わってない。現場の最前線でつくっている人間と、うまくポジションを取ろうとしている人間の行き違い。その構図自体は今も昔も変わってないです」(青木)
芸事とアスリート、両者の価値観は真っ向から異なっているのだ。
信じる力がここまで大きいのかと気がつかされる一戦
2人のスタンスによるコントラストはこの試合に向かっていく姿においてもきれいに異なっている。
「ケガで2回断って、やっぱONEに対してすごく悪いことをしたと思っています。ケガは仕方ないといわれれば通じる話かもしれないけど、2回も仕事に穴をあけるなんて、一般の企業では考えられないことですよ。それで3回はさすがにあけられない。だから無理してでもONEのためにやるというのが私の使命であり、責任だと思っています」(秋山)
迷惑をかけたONEに対して筋を通すというのが、秋山が試合に向かう一つの理由だ。この試合を通じて見せたいもの、伝えたいものがあるかという質問にはこう答えた。
「ない。全然ないです。自分からなにかを見せたいとは思わないです。自分が試合をして、それをどう感じてもらえるかは100人いれば100通りある。見たくなければ見なくていいし、見たければ見て、それをどう思うかは皆さんにお任せします」(秋山)
一方で、格闘技でなにを見せるかにとことんこだわってきたのが青木だ。自身のnoteで3月4日に投稿した記事のなかにこんな一文がある。
<今回の映像は佐藤大輔には触ってほしくないのです。今の僕が創って勝負したいです。意地を張りたい>
「結局、佐藤大輔(PRIDEやDREAMなどで煽り映像を手掛けてきた映像クリエイター。現在はRIZINなどを手掛けている)という人間がつくり出したものの一つが、今の秋山成勲像なんですよ。DREAMの3、4年、彼とは本当につかみ合うような関係で仕事をしてきました。でもDREAMが崩壊して約10年。佐藤大輔の力なくして立てなかった選手はたくさんいた。ほとんどが彼の映像があるから成立していたんです。でも青木真也だけは、存在感を維持して、大きくしてきたわけです。そこで今回彼に触れられたら、俺がやってきたことってなんなんだってなるじゃないですか」(青木)
だから今、佐藤大輔にこのカードを触られるのは、自分への否定だという。
「僕はいまだに佐藤大輔がつくる作品をチェックしていますよ。でも今つくっているものに、彼がどれだけ熱中できているのか。力が入っているのか疑問なんです。お前、本気でつくれてんのかよ。あの頃みたいに振ってないよな。怒られるようなものつくってねえよなって思うんですよ。だから僕は同じつくり手として、今回青木真也という名前で佐藤大輔がつくるものに伍せると思ってる。対等になれる存在だと思っているんですよ」(青木)
それをこの「青木真也vs秋山成勲」というカードで証明するのが、青木にとっての一つの勝負であり、そのストーリーは青木が見せたいものの一つだ。己との勝負という意味では、秋山にもまったく違う角度で秘めているものがある。
「今回、水抜きなしで10kg以上の減量が必要で、柔道時代を含めても今までで一番きつい。そのなかで思うのは、人間は生きていく上で、最終的にどれだけ自分を信じ切ることができるかで人生が変わってくると思うんですよ。仕事や家族に対してもそう、生きていればいろんな形でいろんなことがあります。でもそのなかで信じる強さを今ものすごく感じている。自分を信じれば、たとえ結果が良くなくても自分にはプラスになるということも信じる。練習から食べるものからすべて信じ切らないとなにもできない。信じる力がここまで大きいのかということに気がつかされる一戦になると思っています」(秋山)
生き方がまったく違う2人の人間が交差するドラマ
因縁の対決とうたわれながら互いに見ているところはまったく違う。スタイルも生き方もすべてが対極にある。記者会見で決して目を合わせることなく向き合う2人の姿はまさにそれを象徴しているかのようだった。しかし、だからこそ見せられるものがあると青木は言う。
「この試合は、良くも悪くも本当のこと、現実のことを言ってきた人間と、周りだったり、建前だったり、よく見えるであろうことをずっとやり続けてきた人間。その生き方や価値観がまったく違う2人の人間が交差するドラマ。そこをじっくり楽しんでほしい」(青木)
人間誰しも生きていれば、青木のように生きている人もいれば、秋山のように生きている人もいる。それぞれにさまざまな苦悩を抱えながら生きている。だからこそ、誰もがこのカードに感情移入できるのだ。
「そんな人たちのなにか力になったり、問題解決なのか、定義なのか、なにかしらその人の中に残るものがつくりたい。すべての芸事、表現するものが最後に伝えたいメッセージは『生きろ』。この一言に集約されるんですよ。僕はよく『過去は死体』と表現するんですけど、結局、生きているものにしか価値はないし、現実にしか価値はない。だからこのカードでも最後は『生きろ』っていうところに着地させたいと思っています」(青木)
青木真也と秋山成勲という異なる生き方を象徴する2人。その男たちがケージの中で交わり、どんなドラマを見せてくれるのか。その結末に刮目(かつもく)したい。
<了>
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