欧州女子バスケ界で躍動する“162センチ”安間志織。未開の地で開拓する「人がやっていないこと」

Career
2022.04.01

162センチとバスケットボール選手としては非常に小柄な体格ながら、ドイツの地元紙に頻繁に登場するほどの活躍を見せている選手がいる。女子バスケットボールのドイツ・ブンデスリーガのフライブルク・アイスフォーゲルに所属する安間志織だ。昨季、日本でリーグ優勝を果たしたものの、東京五輪代表のメンバー入りを最後の最後に逃し、「行くなら今」と飛び込んだ海外初挑戦。欧州の地でぶつかった壁と、手にしたポジティブな価値観とは?

(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=Getty Images)

地元紙に頻繁に登場。ドイツを熱狂させるシオリ・ヤスマ

今季、女子バスケットボールのドイツ・ブンデスリーガ所属フライブルク・アイスフォーゲルでプレーしている安間志織をご存じだろうか。加入直後から中心選手として活躍し、地元ファンからの絶大な信頼を得ている。

フライブルクは今季リーグ戦2位。現在優勝を目指してプレーオフを戦っている。昨季リーグ戦の結果が7位だったことを考えると、目覚ましくポジティブな変化だ。「シオリ・ヤスマ加入がもたらした影響は計り知れない」とライバルチームですら警戒を超えて、諸手を挙げて称賛しているほどだ。

「ヤスマはブンデスリーガで規格外の選手だ。素早く、精密で、効果的なバスケットボールの手本を見せてくれている。ヤスマがスピードとリズムをコントロールし、攻撃にアイデアをもたらし、コーチングで守備組織を整える。フライブルクはヤスマ加入のおかげで上位に食い込んでいるのは間違いない」

これはリーグで対戦しているイネシャオ・ロイヤルザールルイスによる安間評。観戦に訪れたホーム戦後に「ヤスマはファンタスティックな選手だ。プレーがダイナミックで、スピーディーで見ていてワクワクするよ。今日も本当に素晴らしかった」とフライブルクファンに熱っぽく声をかけられたこともある。フライブルクの地元紙では高頻度で安間を特集した記事が載っているほどだ。

安間は昨シーズン、Wリーグのトヨタ自動車アンテロープスでリーグ優勝を果たし、プレーオフMVPにも選ばれている。練習環境も素晴らしかった。バスケットボール選手として必要なものはそこにあったはずだ。では、なぜ安間はそうした環境を手放し、日本を離れ、あえてドイツでのプレーを決断したのだろう。そこには、選手としてだけではなく、人としての確かな成長と向き合おうとする熱い思いがあった。

「人がやっていないことに挑戦するのは嫌いじゃない」

「私の場合は、なんとなく高校の時から海外に行ってみたいという思いはありました。すぐ行動に移したりはなかったけど、大学の時にユニバーシアードで本格的に海外の選手とやることがあって、そこでさらにいつか海外でやりたいなという気持ちが強くなりました。

もともと人がやっていないことに挑戦するのは嫌いじゃない。あと東京五輪代表で最終選考まで残れましたけど、最後選ばれなくて……。その最終選考が終わった1週間後くらいに、フライブルクから声をかけてもらえたんです。ずっと行きたかったし、タイミング的にも年齢的にも行くなら今か来季かなって思っていたので、思い切って飛び込んできました」

フライブルクのカフェで行ったインタビュー。屈託のない笑顔からは海外生活を楽しんでいる様子がうかがえる。チームメートとのコミュニケーションも良好だそうだ。

「英語の大切さをめちゃくちゃ感じています。もっとしゃべれたら、もっと細かいことを伝えられるし、聞くことができる。でもチームのみんながすごく優しいんです。英語で話していろいろ間違えても、みんな優しく笑ってくれる。いじられるくらいの関係性があるかな(笑)。発音練習しているときも、『なにそれー』って言われたり。だから、間違えても全然恥ずかしくないですね」

新しい国、新しい町、新しい言葉、新しい習慣。いろいろなことが新感覚だろう。日本で暮らしているとわからなかったさまざまな発見があったという。

「チームメートはまだ10代の学生の子が多いんですけど、バスケのことだけじゃなくて、環境のこととか政治のこととか話していて。そういうのは日本だとあまり考えられない。みんないろいろ勉強しているんだなって。医大に通っているチームメートとかいますけど、めちゃくちゃ賢いですからね」

「生活はめちゃくちゃ楽しい。ただ…」恵まれていた日本の環境

海外生活は充実していて、プレーのほうはヨーロッパの舞台で華々しい活躍で堂々の戦績。外から見るとこれは一つのサクセスストーリーだと思える。一方、安間はもどかしさも感じながらプレーしていると明かしてくれた。

「生活はめちゃくちゃ楽しいです。ただバスケはもっとレベルが高いところでやりたいという葛藤はあります。最初に練習した時はある意味衝撃でした。レベルが思っていたよりも低くて……。正直ここで1シーズンやっていく自信はないなって思ってしまったほどでした」

ドイツのバスケットボールの環境もレベルもそこまで整っているわけではない。ヨーロッパの中でも強豪国には入らないし、それこそ日本のWリーグと比べてもだいぶ劣る。練習環境も全然違う。トヨタ自動車時代は好きな時間にいつでも体育館が使えた。なんでもそろっていたという。だがフライブルクでは違う。

「ここだとまず自分が動かないと、助けてもらえない。口に出して言わないと、周りの人たちは、私が困っていることも知らない。例えば、『空いている時間を使ってトレーニングしたい。どこか使える場所はないですか?』など自分からアクション起こさないと、何も変わらないんです」

しかし、ある意味ではこれこそ安間が求めていたものなのかもしれない。

「でも、そういう経験をできたというのは勉強になったというか、人としての成長につながっていると思うんです」

こうした不自由さのなかでさまざまな葛藤を抱えながら、それと向き合って、それを成長のために必要なチャレンジと受け止めて、今の環境で自分にできることは何かを考えている。自分で動き、自分で経験して、自分で解釈して、自分のプラスに変えていく。今このチームで自分にできることはなんだろう。試行錯誤の毎日だ。

「試合でそれこそ私だけでバッと行くのもありなんですけど、それじゃチームじゃない。バスケはチームスポーツだから。けっこうみんなには言うんです。『こうしてほしい』『こうしよう、ああしよう』って。言いすぎて、選手がついてこれないとよくない。でも言わないで、私がそこに気づけなくなったり、そこへのこだわりが弱くなったりするのも困る。そのあたりのバランスが難しいですね」

ヨーロッパでプレーするメリットは「比較されやすい」こと

心から満足できるレベルでプレーできていないことに納得はしないけれど、そうした事実もここにきたからこそわかることだと受け止めている。こなきゃわからなかったし、きたからこそ、もし次に「ヨーロッパでバスケをやってみたい!」という選手がいたら、具体的なアドバイスをしてあげることができるかもしれない。それこそ「海外のクラブへ移籍ってどうしたらいいの?」と悩んでいる選手に対して、一つの具体例ができたのは大きいのではないだろうか。

「日本の女子選手ってエージェントがいないんですね。2〜3年前のアシスタントコーチが、オーストラリアで男子ヘッドコーチをやっているんですけど、その人に『私も海外でプレーしてみたい』という話をした時に『エージェントが必要だよ』と言われて。『エージェント!? どうやって見つけるの?』って思っていた。こっちだとエージェントは当たり前。でもそういうのも知らない。海外移籍に興味を持っている選手もいるので、そういうところから伝えています」

現在ブンデスリーガはリーグ戦を終え、年間優勝を懸けたプレーオフがスタートしている。目指すは優勝。「狙っています」と力強く話す安間。ここからどんな未来が待っているかはわからない。だが、ヨーロッパの舞台に踏み出したことで次への展開が開ける可能性だって少なくはない。

ドイツのレベルは高くはないが、ヨーロッパでプレーすることで比較してもらいやすいというメリットはある。「ドイツ・ブンデスリーガのレベルで、このくらいのプレーをしている」という判断基準で見てもらえるからだ。

「バスケで海外というと最初に浮かぶのはやっぱりアメリカ。世界のトップなので。その次だとヨーロッパ。ヨーロッパのなかだとユーロリーグが最高峰で、その次にユーロカップ。そのあとに国内リーグという感じです。私の今の目標は来年ユーロリーグ、ユーロカップでやること。そんな私の行動を見て日本人選手が刺激を受けてくれたらうれしいです。(日本人選手の)可能性を広げることにもなるかもしれない。私、日本のリーグでも一番(身長が)小さいんですよ。そんな私がヨーロッパで通用したらインパクトがあると思うんです」

安間の人生にもたらされるポジティブな価値観

これまで誰もやっていないことにチャレンジしたい。だから、ドイツのシーズン全日程が終了する4月のあと、安間はすぐに日本に戻ってプレーしたいとも思っているという。

「まだ日本がシーズン中だったら、チャンスがあるならすぐ帰ってプレーしたい。一回海外に行って、戻ってプレーするというのってないじゃないですか? それをやってみたいという思いもあります。海外に行ってプレーして、日本に戻ってもプレーする場所があるという前例をつくれたら、海外に挑戦する人も増えるんじゃないかなって」

逆のパターンも面白そうだ。ドイツの選手を日本へ連れていくというのはどうだろう。安間はうなずきながら同意してくれた。

「みんなを一度日本に連れていってあげられたらな、って思ったりもするんです。若い彼女たちがそういう経験ができたら、プロになるならないじゃなくて、きっと何か感じることはあるんじゃないかなって」

目の前に引かれているレールを歩んでいくことが正しいと考えられることがある。それも一つの生き方だろう。でも、それだけが答えではないはずだ。世の中にはさまざまな選択肢があり、その中でどんな道を、どんな思いで選び、どのように歩いていくのかはそれぞれが持っている大事な権利。そして好奇心をもって、新しい道を切り開いていく人の生き方から学べることはきっととてもたくさんあるのだ。ドイツ生活は間違いなく安間の価値観にポジティブなものをもたらしている。

「ためになることだっていっぱいあります。例えば練習の雰囲気が悪くなることはあるけど、終わったあとはみんな楽しそうに話したり、そこの切り替えとかはいいなって思うんです。日本人けっこう引きずったりするじゃないですか。まあ、『もうちょっと引きずれよ』と思ったりもしますけどね(苦笑)」

<了>

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